第2話 角隈山
「暑い……」
で、やってきました日曜日。まだ春だというのに暑い角隈山の中、汗をぬぐいながらハイキングだ。
「ちょっと、あーやーかー! 早く来てよお!」
「あ、ごめーん松田さん! すぐ行くー!」
今日はハイセンスなアウトドア系でキメている松田さんは、最初は文句を言っていたのに今ではピョンピョンと元気に先を行っている。
「上林さん、体調が悪いのなら言ってほしい」
「大丈夫だよ長谷川さん。少しぼーっとしていただけだから。ありがとう」
ようやく追いついた私に、長谷川さんが声をかけてくれる。
表情が変わらないから分かりづらいけれど、心配してくれているってことだよね?
……まさか怒ってる? 遅れたから怒ってる?
「それよりも、あれ……」
「うん。私も気になってた」
あれというのは、目の前にそびえ立つ建物のことだ。
洋館って言うんだっけ? 外国風の大きな建物。
窓に這うツタが、随分と年月を感じさせる。
うわー、いかにもお化けが出そう……。
「この山にこんな建物あったっけ? 聞いたことないような」
この角隈山は大昔の人のお墓――古墳だったというのは聞いたことがあるけれど、こんな建物があるなんて聞いたこともない。
「私も聞いたことないわ」
と、松田さん。
「まあいいわ、ちょうどお花をつみたかったし入りましょう」
「お花? お花なら確か少し戻った場所にお花畑があったよ」
春の野花がきれいに咲いていた。
それにここには怪しい洋館だけで、お花なんてまるで見当たらない。
「もう、彩花はお子ちゃまね!」
「ええ……」
私はお花の場所を教えてあげたのに理不尽な。
これが七陣小のワガママクイーン……。
「上林さん、松田さんはたぶんトイレに行きたいんだと思う」
「え、そうなの長谷川さん?」
「うん。そういう言い回しをすることもある」
「へえ、そうなんだ」
「まったく! トイレトイレってあんた達には乙女の恥じらいってものがないの!? もういいわ。私行くから!」
松田さんはそう言って、スタスタと洋館の方へと歩き出してしまった。
「ちょ、ちょっと待ってよ松田さん!」
「待てない! ……何よここ、インターホンもないじゃない!」
「そのタイプのドアはそれ、扉についているドアノッカーを鳴らす」
長谷川さんの言う通り、古びたドアには丸い輪っかみたいなのがついている。
松田さんは「知っていたわよ!」と返すと、背伸びをしてその輪っかを掴んだ。
「ごめんくださーい!」
ゴンゴンとドアノッカーを叩いて、松田さんが呼びかける。
けれど返事は返ってこない。
「人の気配がない」
「だよね。お留守かな?」
「ずいぶん古いみたいだし、空き家の可能性もある」
「あ、そっか」
どっちにしても、お化け屋敷みたいであんまり近寄りたくないな。ここは早く立ち去――、
「あれ? この扉、鍵がかかってないみたいよ?」
――とか考えていたら、松田さんが洋館の扉を開いていた。
「ちょうどいいわ。さ、中に入りましょ」
「ちょっと松田さん!? 勝手に入ったら怒られるよ」
「大丈夫よ。少しその――お花をつむだけだし。人がいたら後でお礼を言えば解決よ。パパも海外ではそんなものって言っていたわ……たぶん」
たぶんて。
「ぐだぐだ言ってないで早く行きましょ! 私その……もう限界だから!」
「しょうがない。行こう、上林さん」
「ええ、長谷川さんまで!?」
「おもらしされても困るし」
「もらさないわよ!」
「それにほら、グループ学習にここってぴったりじゃない?」
ええ、きれいなお花が咲くお花畑とかにしとこうよ。そっちの方が絶対ウケるって。私は一秒でも早く立ち去りたいんだけど……。
そんな事を考えている間にも、薄暗い洋館の中へと松田さんはトタトタと先に入っていくし、長谷川さんもスタスタとついて行く。
私は本当に人がいないのか、もう一度ぐるっと洋館の外を見渡してみる。
決してお化けが怖いとかじゃない。そう、これはチェックだ! 見渡してみればここのお家の人がいるかもしれないし! もう五年生だし、こ、怖くなんかないんだから!
「ほら彩花、はーやーく!」
「ううっ、しょうがないなあ。今行くよー!」
はあ、もう本当にワガママなんだな。
私は心の中で、「ドロボーじゃないんですごめんなさい」と三回謝ってから中に入り、小走りで二人の後を追った。
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