第1章 展示品は変なモノ

第1話 普通少女

「はい、じゃあみなさん。今日から一年間、五年二組としてよろしくお願いします!」

「「「お願いしまーす」」」


 待ちに待った新学期!

 私もついに五年生になった。なったんだけれど……。


 ――仲良しの子がいない!


 なっちゃんも、りっちゃんも――四年生まで仲良くしていた子とは誰も同じクラスにならなかった! こんな事ってある!?


 私の通う七陣小学校しちじんしょうがっこうは、三年生と五年生の時にクラス替えがある。つまり私はこの神様のイタズラみたいなクラスで、卒業までの残り二年間を過ごす。ああ、なっちゃん達と修学旅行に行きたかったな。


「そわそわしてどうしたの、上林さん」

「あ、だいじょーぶでーす、工藤先生」

「そう? 体調が悪かったらいつでも言ってね。じゃあはーい、プリント配りまーす」


 いや、全然だいじょばないんだけれどね。

 胸の内は心細さにバックバクなんだけれどね。


 私の名前は上林うえばやし 彩花あやか

 七陣小学校に通う、ごく普通ふつうの小学五年生の女の子だ。


 え? よくある自己紹介だって?

 確かにね。私もこういう自己紹介、マンガなんかでよく見るよ。

 というか普通って自分で言う子は、だいたい普通じゃない法則あるよね。


 でもちょっと違う。私は本当に普通なのだ。マンガで言うならヒロインじゃなくてモブキャラ。背景にお花は咲いていないし、瞳がキラキラ輝いているわけでもない。


 だから普通。普通の女の子。それが私。

 普通って本当は平均みたいな意味だと思うんだけれど、日常生活だとあまりそんな意味で使わないよね。


 例えば、「料理美味しかった?」に対する「え? だった」という答え。

 美味しかったなら「美味しかった!」とか「また食べたい!」みたいに答えるけれど、この返答だと微妙だよね。


 他にも、「テストどうだった?」に対する「え? だった」という答え。

 私もそうだけど、テストの点数が良かったら具体的な点数を言うんだよ。「お母さん聞いて! 九十点だったよ!」みたいにね。この回答だと六十点くらいかな?


 以上の例をもって、日常生活においてとはそんなにいい意味じゃないということを報告するものとします。


 そんな普通少女の私から見て、普通とは言えないな子が何人かこのクラスにいる。

 私はプリントを後ろの席の子へ回しながら、教室のにぎやかな方を見る。


「で、どうよこのファッション?」

「うわー、すごーいさすが陽菜ちゃん! 相変わらずおしゃれ~」


 例えば周りの子たちに今日の服を見せている、ファッション雑誌から飛び出たようなおしゃれな子――松田まつだ 陽菜ひなちゃんは普通じゃない。


 お父さんは世界を股にかけるデザイナーさんで、お母さんはモデルさんなんだって。すごいよね。本人も何度か雑誌に載ったことあるんだって。


 それに比べて私のお父さんは平凡なサラリーマンだし、お母さんは平凡な主婦だ。実に普通だ。


 このクラスには彼女と同じくらい普通とは言えない子が他にもいる。教室の片隅で静かに本を読んでいる長谷川はせがわ ゆいちゃんもそうだ。


 長谷川さんのどこが普通じゃないかと言うと全部だ。あの子は勉強では全科目満点の学年トップ、運動神経も抜群なスーパー小学生なのだ。羨ましい。


 ちなみに私は言うまでもなく、勉強普通、運動も普通の普通小学生だ。得意も苦手もない。だから目立たない。


 二人とは五年生になって初めて同じクラスになったけれど、その名前は噂でよく聞いていた、この七陣小の有名人だ。


 きっと世界は、こんな子どもの頃から普通じゃなかった子たち――な子たちが動かしてきたんだろうなってなんとなく思う。しょせん私は物語で言うところのモブキャラなんだ。


「はーい、プリントは皆に行き渡りましたか?」


 工藤先生の問いかけに、一番後ろの席の子が手を挙げて答えた。

 私も配られたプリントへと目線を戻す。


(えーっと、七陣ひみつスポット調査?)


 配られたプリントには、「七陣小学校の校区には、まだまだ知らない場所がいっぱい! みんなで探して教えあおう!」みたいな事が書いてある。


「というわけで皆さんには、校区の隠れた名所――“ひみつスポット”を探してもらいます。高学年になったんだし、宿題として日曜日にね」

「えー、めんどくさーい!」


 小学校も五年生になれば、先生の言うことに皆「はいはい」元気よく返事することもなくなる。いま不満の声を上げたのは、松田さんだ。


「そう面倒くさがらずにね。それに調査は三人組のグループごとに行ってもらいます。三十人クラスだから十グループ、自由に決めていいからね」


 あー、クラス替えしたし早く仲良くなってもらいたいから的なね。あるある。でもこういう場合ってたいてい……。


「はい、じゃあ三人組を作ってくださーい!」


 工藤先生の呼びかけで、みんな次々に三人組を作っていく。

 そんな中、ポツンと取り残される私。


 やっぱりね。こういう時って普通に前の学年までで仲良かった人と組むよね。とりあえず近くの子に声をかけてみるけれど、もう三人組になっていて失敗。心細いけれど、クラスを見渡すと私以外にもまだ三人組になってない子がいた。


「さ、私と組みましょ。あと一人誰にする? ダサい子は嫌よ」

「ごめんね陽菜ちゃん、私もう武田さんたちのグループに入っちゃった」

「え……」


 さっきまで話していた子から、すげなく断られている松田さん。


「…………」


 そしてグループ決めのことなんて関係ないとばかりに、読書を続行している長谷川さんだ。

 

 二人が残っているのは、私にとって意外……でもない。

 松田さんはちょっと――いやかなりワガママなところがあって、“七陣小のワガママクイーン”と呼ばれて苦手に思う子も多い

 長谷川さんの方はというと、あまり表情に出さないから怒っているのか笑っているのかわからないと言われている


 たぶんそんな理由で、二人はグループが決まっていないんだ。


「はーい、グループは決まったかな?」


 そうこうしているうちに、グループ決めの終わりを見計みはからった工藤先生が声をかける。先生はすぐに、まだグループの決まっていない三人の生徒を見つけた。私たちだ。


「松田さん、長谷川さん、それから上林さんが決まってないみたいね。ちょうど三人だし、あなた達三人でグループになったら?」

「はい工藤先生。よろしくね、松田さん長谷川さん」


 私に断る理由はない。の私とは違うな二人。特に成績優秀な長谷川さんは頼りになりそうだし。


「ふん、よろしくしてあげてもいいわよ」

「……よろしく」


 それからグループごとに調査する場所が決まった。私たちの担当は校区のはずれにある角隈山つのくまやまの周辺だ。子どもでも登りやすい小高い山で、何度か遊んだこともある。


「じゃあ日曜日ね。詳しいことはNINEナイングループで話しましょ」

「あ、ごめん松田さん。私スマホ持ってないんだ」


 中学生になったら買ってくれると言われているんだけどね。実際お姉ちゃんも中学生になって買ってもらったし。


「はあ、彩花それマジ? 今時ありえなくない?」

「う、うん。だからごめんね。家の電話番号教えとくから」

「まあいいわ。……長谷川もそれでいいわね?」

「ええ。じゃあ日曜日に」


 このごく普通なグループ学習があんな変で不思議な体験になるなんて、この時の私はまだ夢にも思ってもいなかった――。

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