第21話 歴史になるということ

「皆さん、お帰りなさい。きちんと見届けましたか?」


 私たちが現代へと帰ると、いつもとは違う口調でマダムさんが迎えてくれた。


「はい、見届けました」

「信長は立派だったわ」

「知識とは違う本物があった」

「良い答えです。きっと彼も喜んでくれているでしょう。さあおいでなさい。心が落ち着く、美味しい紅茶をいれてあげま~す」


 マダムさんは最後だけおどけると、私たちをティータイムに誘ってくれた。

 ティーカップに注がれたマダムさん秘蔵だと言う紅茶は、一口の飲むと心があったかくなる味だった。


「さて、これがということで~す。皆さんもお気づきの通り、歴史上の人物——この変なモノ博物館に展示されて~いる変なモノの本来の持ち主は皆、既に亡くなっていま~す」

「はい、忘れかけていたその事を思い出しました」


 信長さんも卑弥呼ちゃんも、とっくの昔に亡くなっている。

 それは私たちが産まれるよりもずっとずっと昔の事だ。

 当然と言えば当然だけど、忘れていた。


「トレビア~ン! そのは素晴らしいことで~す。さて、もう知っているかもしれませ~んが、今回みなさ~んが導かれたのは、歴史上の重大事件、本能寺の変の前夜で~す。つまり翌日の早朝、織田信長は歴史となりま~した」


 それからマダムさんは、ざっくりと本能寺の変について教えてくれた。

 1582年6月21日——当時の暦でいうところの天正てんしょう10年6月2日の早朝。反乱を起こした織田家の家臣明智光秀は、軍勢を率いて信長さんが宿泊していた京都の本能寺を襲撃。信長さんは戦うけれど、数も装備も違いすぎて負けてしまう。そして――彼の命は尽きることになった。


「光秀がどうしてこの事件を起こしたかは今もってわかりま~せんが、天下の権力者であった信長の死は、すさまじい混乱と衝撃を引き起こしま~した。そして光秀もまた、羽柴秀吉——後に豊臣秀吉として知られる者に討たれるので~す」

「ふーん、そうなんだ。色々あったんだ……」


 珍しく静かな陽菜ちゃんが、きっと信長さんの顔を思い浮かべながらそう言った。


「ウィ。多くの人間が残してきた情熱、生き様、志、そうしたものの積み重ねが歴史であ~り、その延長線上こそ、いま皆さんが生きる現代なので~す。ちょっと難しいお話しですか~ね?」

「いいえ、わかります。信長さんを始め、多くの人が想いをつないできた世界に私たちは生きているってことですよね?」

「ウィ。彩花さん、その通りで~す」


 マダムさんは満足そうにうなずいて、紅茶を飲んだ。

 多分知ってほしかったんだ。彼らみたいな人がいたことを。

 そういったいくつもの人の想いが歴史を動かしてきたことを。


「マダムさん、ひとつ質問いいですか?」

「ウィ。ど~ぞ唯さん」

「結局、私たちが選ばれた理由ってなんですか? どうして私たちは変なモノに導かれたんですか?」

「それ~はきっと、あなた達ならと思ったか~らでしょう」

「私たちが導く……?」


 私たちが導かれるんじゃなくて、私たちが導く?

 ここにある変なモノを?


「ではその前に、なぜ博物館が存在するかをお話ししましょ~か」

「なぜ博物館が存在するか?」

「ウィ。皆さんは博物館に収められている品――収蔵品しゅうぞうひんと言います~が、それらの本来の持ち主は基本的に既に亡くなっているのは理解してくれま~したね?」


 信長さんの結末を見て、嫌でも理解した現実だ。私たちはそろってうなずいた。


「トレビア~ン。そしてその事は、この変なモノ博物館ではなく他の博物館でも同じことなので~す。動物がいるから動物園。本があるから図書館。では博物館は? 土器に刀、書物に軍服。博物館の収蔵品の共通点はなんだと思いま~すか?」


 スマホやアロハシャツが展示してあるこの変なモノ博物館はともかくとして、確かに普通の博物館も展示品の種類って色々だよね。ちょっと前ならこの質問に戸惑うだけだったと思う。でも今の私の中には、「これだ!」という答えがある。陽菜ちゃんと唯ちゃんの顔を見ると、二人とも同じみたいだ。


「どうやらお気づきのようです~ね? 博物館の収蔵品の共通点とは、その全てに昔の人々の想いが込められているということで~す。そうやって想いの込められ~た品々は、特別な力を持ちま~す」

「特別な力?」

「ウィ、陽菜さん。日本では付喪神つくもがみなどとも言います~ね」


 付喪神。たしか長く使っていた物が妖怪みたいになることだっけ?

 想いを込められた品が特別な力――心を持つ。


「さあ、唯さんの疑問にお答えし~ましょう。知っての通りここに並ぶ変なモノは、見てほしいものがあって、知ってほしい事があって、あなた方を呼び寄せま~す。もちろん連絡は私がしま~すが。そして変なモノはあなた方を導くと同時に、あなた方もまた変なモノを導くので~す。モノは決して自分で動けませんか~らね」

「つまり過去に連れていかれた私たちがしていることは、変なモノを助けているということですか?」

「ウィ。彩花さん、その通りで~す」


 そうなんだ。私たちがただ過去を映画の様に見せられるんじゃなくて、いろいろしなくちゃいけないのは、そういう意味があったんだ。


「人は生まれ、何かをし、いず~れはとなりま~す。歴史とは、そのページが集まった一冊の本のようなもので~す。ここにはまだまだあなた方の助けを必要としている、変なモノが沢山ありま~す。また助けてくれま~すか?」


 私は唯ちゃんと陽菜ちゃんの顔を見る。

 みんな答えは決まっている。だからせーので返事をした。


「「「ウィ!」」」

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