第4章 そして歴史になる
第19話 セイレキ1582ネン 6ガツ20ニチ
革新的だけど恐ろしい一面もあったという、戦国時代の魔王織田信長。
普通の歴史だと、二人はこんな感じだ。
けれど、私がタイムトラベルで見たのは――、
経済の力でみんなを笑顔にしたいと夢見、悩みだって多い苦労人の織田信長さん。
空を見ることが好きで、戦いがなくなるのを夢見た女の子の卑弥呼ちゃん。
――こんな感じになる。
どっちが正しいとかはわからない。
私たちが見て体験したことが、本当に過去の世界なのかもわからないし。
でもマダムさんがよく言う通り、「百聞は一見に如かず」だ。
ああやって体験しなければ彼らは私にとって、教科書にのっているただの大昔の人物で終わっていたはずだ。
それはいつだったかマダムさんが言ったように、空想上の物語の登場人物となんもかわらず、その人たちに人間味みたいなものを感じないままだったと思う。
なーんて、まじめに考えちゃったりして。
普通少女の私としては、歴史上の偉人さんたちにもそういう人間味を感じられたことが、結構うれしかったりするんだ。普通な自分にも少しだけ希望が持てたってね。ほんの少しだけ。
「あ、あーちゃん!」
そんな事を考えながら廊下を歩いていると、なんだか懐かしい呼び名で呼ばれた。
彩花の「あ」をとってあーちゃん。私をあーちゃんと呼ぶ子は、あまり多くない。
「なっちゃん! 久しぶり!」
なっちゃんは幼稚園から小学校四年生までずっと同じクラスだったお友達で、すごく仲良くしていた子だ。でも五年生に進級してから話すのは初めてだ。
「久しぶりあーちゃん、元気にしてた?」
「うん、してたよ。なっちゃんは?」
「もちろん。あーちゃんを何度か見かける機会はあったんだけど、声をかけそびれちゃって」
「私も~」
本当に不思議だ。私は五年二組でなっちゃんは五年三組。
隣のクラスなんて、隣の扉を開ければいつでも会える。それなのに中々会わない。これはひょっとして七陣小七不思議に入るんじゃないだろうか? ……いや、入らないか。
「そう言えばあーちゃんは最近、松田さんや長谷川さんと仲良いんだっけ?」
「そうだよ。誰かから聞いたの?」
「うん、噂でね。一緒にいるのを見かけたりもしたし。……でも大丈夫?」
「なにが?」
なっちゃんが不安そうな顔で私の顔をのぞきこむ。
なっちゃんは昔から優しい。なにか心配事があるのかな?
「松田さんってほら、“七陣小のワガママクイーン”って言われているでしょ? 大丈夫? ワガママ言われて、雑用とか押し付けられたりしてない?」
え……。
「それに長谷川さんは無表情だし、怒ったりされてない?」
「そ、そんなことないよ! 陽菜ちゃん――松田さんは、少しワガママなところはあるけれど明るくて良い子だし、唯ちゃん――長谷川さんは、たしかに表情はわかりづらいけれど優しくて良い子だよ。勉強も教えてもらってるし」
なんだろう。彼女の中では二人は悪い子って思われているのかな?
だとしたら嫌だな。私は二人の事が好きだし、なっちゃんも好きだ。
私が不安に思っていると、なっちゃんが笑顔で口を開いた。
「そうなんだ。それを聞けて安心だ」
「安心?」
「うん。あーちゃんの人を見る目は確かだから。ほら、幼稚園の時も私たちが怖い先生だと言っていたら、あーちゃんだけはその先生を『違うよ、優しい先生だよ』と言っていたでしょ? そしてその先生は、本当はすごく優しい先生だった」
「そんなことあったかなあ?」
幼稚園の時のことなんて、もうあんまり覚えていないや。なっちゃんはよく覚えているなあ。でもこういうのって、本人よりも周りの方が覚えているものなのかな?
「少しお節介だったみたいだね。ごめんね、松田さんや長谷川さんの事も別に悪く思ってはいないの」
「わかるよ。ただ私のことを心配してくれたんだね」
「うん。またね、あーちゃん」
「うん、またね。今度一緒に遊ぼう。陽菜ちゃんたちを紹介するよ」
「それは楽しみ!」
☆☆☆☆☆
「この角隈山もだいぶ暑くなってきたわね」
「私は最初に来た時から暑いと思ってたよ」
「頑張って、二人とも。木陰を歩けば少しは涼しい」
「そうだね。ありがとう唯ちゃん」
夏休みも近づいてきて、気温もだいぶ上がってきた。
そんな日曜日、私たちは例によって角隈山をハイキングだ。
目的地はもちろん――変なモノ博物館。
数日前、私が借りているポケベルにまたマダムさんから連絡が入った。
『コンド ヒマナトキニ キテクダサーイ』と書かれたそのメッセージは、前回とはうって変わって急ぎの用事じゃないみたいだ。けれど私たちはたまたまその週の日曜日が空いていたので、やってきたというわけだ。
「ボンジュ~」
「「「ボンジュ~」」」
いつもの挨拶を済ませて変なモノ博物館の中へ。クーラーが良く効いていて生き返った気分だ。出された美味しい紅茶をいただいて、いつものメイン展示室へ。
「で、マダムさん。今回はどの展示物が私たちを呼んでんの? このスマホ? それとも美顔ローラー?」
「ノン、陽菜さん。今回は――いえ、今回もというべきでしょ~か。『織田信長のアロハシャツ』で~す!」
信長さんかあ。もうすっかりお馴染みだよね。
なんだか久しぶりに会う気がするや。でも――。
「マダムさん、今回はちゃんと安全なんですか?」
タイムトラベルは楽しい。けれど戦国時代が危険な時代だってことは、もう十分すぎるくらい身に染みている。
「ウィ。今回は安全なので、心配ご無用で~す」
「そ、そうなんですか?」
思いがけずあっさりと答えられたので、ひょうし抜けだ。
いつもなら『お導きの次第で~す』くらい言いそうなんだけれど。
「信長……」
「唯ちゃんどうしたの? 大丈夫?」
「うん、大丈夫。心配しないで」
唯ちゃんは少し悩んでいるような表情をしていた。やっぱり心配なのかな?
「さあ、そうと決まれば早く行きましょ! 彩花、唯、ヒストリー謎解きガールズ出陣よ!」
「そのネーミングセンスはない」
「あ、あはは……」
「さあさあ、行ってらっしゃ~い!」
マダムさんがそう言うと、いつも通り私たちの身体が光り輝いていく。そしてグルグルと回り始める景色。もうすっかり慣れたものだ。チラリと見えたマダムさんが、何かを言っていた。「きちんと見届けてください」? なんのことだろう……?
☆☆☆☆☆
「お、今回も室内ね」
「うん。明るくてよかった」
私たちが目を覚ましたのは、畳の和室だ。
壁には掛け軸が飾ってあり、高そうな壺も置かれている。きっと偉い人の部屋だ。
時刻は夜みたいだけれど、部屋にはロウソクが灯っていて十分に明るい。前回みたいに真っ暗じゃなくて良かった。
「彩花さん、ポケベルを確認してみて」
「うん、ちょっと待ってね。えーっと、あれ? 今回は日付も書いてあるや。『セイレキ1582ネン 6ガツ20ニチ キョウ ホンノウジ』だって」
ホンノウジ。今回は尾張国じゃないんだ。お寺かな?
……でもどっかで聞いた気がするなあ?
「日付まで書いといてキョウってなんなのよ? ねえ唯……ちょっと、なにフリーズしてんのよ唯?」
そんな陽菜ちゃんの声に隣を見ると、唯ちゃんがまるで石像みたいに口をパカリと開いたままフリーズしていた。
「どうしたの、唯ちゃん?」
「……たぶん」
「たぶん?」
「日付まで正確に覚えていないからたぶんだけれど、1582年は本能寺の変が起きた年」
「本能寺の変? いったい何が変なの?」
陽菜ちゃんはまだハテナがいっぱいみたいだけれど、私はそれを聞いて思い出した。キョウというのはきっと、京。今でいう京都だ。――つまり!
「この場合の変は、時代が急激に変化する事件みたいな意味」
「ふーん、で、なんなの? もったいぶらずに言いなさいよ」
「1582年、京、本能寺。織田信長は家臣明智光秀の反乱にあい、ここで死ぬ――」
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