第17話 けれど心は晴れやかに

(ねえ二人とも、これどうやって解決すればいいの?)

(そんなの、敵をバーンとやっつけちゃえばいいのよ!)

(無理だよ陽菜ちゃん……)


 これってもしかして、信長さんに代打を頼んだ方がいい系じゃない?

 

(桶狭間の戦いの時は、別に私たちが戦う必要なかった。今回もそういった感じだと思う)

(そ、そうだよね)


 冷静に考えればそうだよね。陽菜ちゃんのダンスみたいに、何かきっかけを作ってあげるとかで良いはず。


「汝れら、何をこそこそとしておるのじゃ?」

「な、なんでもないよ。あはは……」


 思い出せ彩花。卑弥呼ちゃんは何か言っていた気がする。平和になる方法を、自分の口から言っていた気がする。

 それは確か――そうだ。天気を予想する彼女の技術があれば、奪い合わなくても食べ物が手に入ると言っていた。でもそれを他の国の人が信じないって。


「ねえ卑弥呼ちゃん、天気を予想する技術を他の国の人が信用しないのが問題なんだよね?」

「そうじゃな。と言っても、やつら聞く耳をもたんぞ」

「ふーん。じゃあさ、聞いてくれないのなら見せてみるってのはどう?」


 ピュッと手を挙げて、陽菜ちゃんが言った。


「陽菜ちゃん、見せてみるというのは?」

「昨日私はママとレストランでディナーをしたわ。そこはって言って、シェフの人が料理を作っているのを見られるようになっているの。お肉をジュージュー焼いたりしているのを見ていると、本当に美味しそうでお腹が減ってきたわ。それと同じで、天気予報をして雨が降るっていうのを実際に見てもらえばいいわけ」


 なるほど。すごく良い考えだと思う。

 陽菜ちゃんがしゃべるのを聞いて、私もお腹が減ってきちゃった。


「なるほどな。天の国の言葉はようとわからんかったが、実演してみせるということじゃな?」

「そういうことよ。そしたらみんな、あっと驚くと思うわ!」

「ならばちょうどよい。明後日、この邪馬台に周辺の国の代表が話し合いに訪れる。どうせ話はまとまらんがな。しかし、今日空を見て鳥の飛び方を見た限り、ちょうど昼ごろから雨が降ると我は考えている。良い機会かもしれん」


 つまり明日、今日はお昼ごろから雨が降りますと言っておいて、実際にお昼から雨が降り始めたら疑っていた人たちも「本当かな?」と少しは思ってくれるよね。


「二人ともどうかな? 私は良い考えだと思う」

「もちろん賛成よ! なんて言ったって私のアイデアだしね」

「唯ちゃんは?」

「方向性は良いと思う。けれど……」

「けれど?」

「陽菜さんの意見にケチをつけるわけじゃないけれど、それだけじゃ弱い。ライブキッチンは音や匂い、そして包丁さばきと、いろんな方向から見ている人に訴えかける。けれど今の案だと、それがない。棒立ちのマジックショーを見る観客はいない」


 つまりは地味ってことか。雨が降りますと言って実際に降る。それだけじゃ説得力が弱い。きっと唯ちゃんはそのことを心配しているんだ。


「じゃあ唯、どうすればいいっていうのよ? ここには照明や舞台装置もないんだから」

「大丈夫。私に良い考えがある」



 ☆☆☆☆☆



 翌日。ここは卑弥呼ちゃんの家の裏手の林で、他の人には見つからないような場所。そこでは作戦を成功させるために、唯ちゃんによる秘密特訓が行われていた。


「マギマギマギルカ、マジカル☆パワー! はい!」

「ま、まぐまぐ、まぐるかぱわー?」

「呪文が違う。それに動きももっと素早く」

「わ、わかったのじゃ先生!」


 棒を片手にマギルカのポーズを決める唯ちゃん。そしてそれを覚えるために、魔法少女ステッキを持って必死に練習する卑弥呼ちゃん。さすがはスポーツ万能の唯ちゃん。ポーズがキレッキレだ。


「本当にこんなんで上手くいくの?」

「うーん、上手くいくといいんだけれど……」


 唯ちゃんが出した案。それはただ天気予報をするだけじゃなくて、まるで卑弥呼ちゃんが魔法を使って雨を降らせていると思わせることだった。


 彼女のおじいさん達がそうだったように、この時代の人々は魔法やまじないなんかの不思議な力をすごく信じる。

 それならいっその事、天気予報を技術ではなくて魔法みたいなものだと思わせれば、逆に信用してくれるかもしれない……ということだ。


 現代だと全くの逆だよね。科学的に説明しないと誰も信じないし。魔法だなんて言ったら怪しい人だ。


「それより彩花、私たちこの時代に一泊しちゃったし、周りの国の偉い人が来るのは明日なんでしょ? やばくない? 私たち行方不明じゃん!」

「そうだよね。それも心配だ」


 前の二回は、せいぜい数時間くらいのタイムトラベルだった。だから夕方には家に帰れたし、何も問題はなかった。

 けれど今回は、陽菜ちゃんの言う通り三日間もこの時代にいることになる。大丈夫かな? お母さん心配してないかなあ?


 視界の先で、唯ちゃんが空に勢い良く棒を放る。それはくるくると回転して上空へとあがり、そしてまた落ちてくる。彼女は一回転してから、パシリとナイスキャッチ。隣で真似をしていた卑弥呼ちゃんは、頭にステッキが激突。痛そう。


「すごいなあ、まるで新体操みたい」

「まるでじゃなくて新体操」

「うわっ!? ゆ、唯ちゃん……!」


 一瞬前までは離れたところで卑弥呼ちゃんの指導をしていた唯ちゃんが、ずずずいっといつの間にか目の前にいた。


「魔法少女マギルカのアクションには、新体体操をモチーフにしている」

「そ、そうなんだ。卑弥呼ちゃんの調子はどう?」

「大丈夫。明日までには、必ず私のマギルカ愛を注入してみせる」


 唯ちゃんは真面目な顔で一気にそう言うと、また卑弥呼ちゃんの所へと戻って行った。


「はあ、まさかあの唯がこれほどまでに魔法少女大好きっ子だったとはねえ」

「すごく意外だよね。でも今は二人を信じよう」



 ☆☆☆☆☆



 翌日、私たちは物陰に隠れて様子をうかがっている。

 視線の先には、周辺の国から来た代表さんが集まっている。


「ううっ、大丈夫かなあ卑弥呼ちゃん」

「大丈夫。彼女のマギルカ愛はばっちり」

「唯、むしろ私はそれが不安なのよ」


 そろそろ時間だ。卑弥呼ちゃんが代表さんたちの前に出てくる。

 なんか私まで緊張してきた。卑弥呼ちゃん、ファイト!


「おう、いつぞやのホラ吹き女子おなごのヒミコじゃないか」

奴国なのくにのマシカ殿か。あの後、我の言った通り雨が降ったじゃろが」

「偶然じゃ、偶然!」


 卑弥呼ちゃんの言った通りヤジが飛んでいる。でも彼女は負けていない。その顔は少しもひるんでいない。


「せっかく皆様方が集っておるのじゃ、今日はこれからこの地に雨を降らせようと思う」

「ほう、この雲一つ無き青天の日に、雨が降ると?」

「良い質問じゃ伊都国のガキツ殿。しかし違うぞ、我が雨を降らせるのじゃ!」

「なんと、汝が雨を降らせるだと? そんなことできるわけがない!」

「まあ見ておれ」


 そう不敵な笑みを浮かべると、チラリと空を見上げた。さっきの人が言ったように、雲一つない青空だ。それを見て卑弥呼ちゃんは、誰にも聞こえない声で「よし」とつぶやき、自信満々にうなずいた。


 そして舞台に立ち、が始まった。

 儀式と言っても、唯ちゃん仕込みのマギルカパフォーマンスだ。


「な、なんだ? 見たことのない動きだ」

「不思議な舞よ。これが雨を降らせるまじないなのか……?」


 私たちにとっては見慣れた動きでも、この時代の人にとってはまったくもって新鮮な動き。卑弥呼ちゃんは唯ちゃんに教えてもらった動きを、きびきびと再現する。


「そう、そうよ卑弥呼さん。そこでターン。よし」


 隣で唯ちゃんが、拳を握りしめて応援している。

 表情はいつもと変わらない無表情のままだけど、情熱が伝わってくる。

 みんな応援してるよ。がんばって、卑弥呼ちゃん!


「ねえ彩花、あの卑弥呼が棒を振り回すの、なんだか神主さんに似てない?」

「言われてみればたしかに。あの白い紙がついた棒を振り回すやつね」


 そう言われると、今の卑弥呼ちゃんの姿は神主さんっぽいかもしれない。案外この光景が、巡り巡ってああなる……ないかな?


大幣おおぬさ

「へえ、あの紙付きの棒ってそんな名前なんだ。さすが唯ちゃん」


 そう話している間に、そろそろクライマックスだ。動きもだんだん激しくなっていく。けれど空はいまだに変化していない。


「マギマギマギルカ、マジカル☆パワー! 《雨よ降れ》!」


 ステッキを上空に投げて一回転。そして落ちてきたステッキをキャッチ。最後に呪文を唱えて空を指した。成功だ!


「な、なにも起こらんではないか!」


 パフォーマンスは成功した。

 けれど言われる通り、天気に変化はない。どうするの、卑弥呼ちゃん?


「棒を振り回す舞を見た時は珍しいとも思ったが、しょせんは子どものすることよ。ええい、大人をからかいおって!」

「まあ見ておれ」

「なにぃ!? 生意気な口をききおって――」


 怒った一人が卑弥呼ちゃんに迫ろうとしたその時――ゴロゴロと雷の音が鳴り響いたと。さっきまであんなに晴れていたのに、すぐに空が暗くなっていく。


「こ、これは? まさか……!」

「言ったじゃろ? 我が雨を降らせると」


 その瞬間だった。さっきまでの晴天が嘘みたいに、土砂降りの雨がザーザーと降り出した。成功だ!


「やったね、唯ちゃん!」

「うん、卑弥呼さんが頑張ったから」

「うわっ! 良かったんだけれど、これ私たちまでびしょびしょ! 彩花、ポケベルは?」

「あ、いま確認するね。あ……音が!」


 ポケットからポケベルを取り出す前に、いつもの「ピピピ」という電子音が鳴り響いた。私たちの身体を白い光が包んでいく。


「待って、さよならを言っていないよ!」

「大丈夫。ほら」


 そう言われて卑弥呼ちゃんの方を見る。する彼女は、笑顔や驚きを浮かべた大勢の人に囲まれて、満面の笑みを浮かべていた。


「あの子のなら大丈夫。立派な魔法少女に――そして立派な女王になって、この地を平和に導く」

「うん、そうだね」


 雨はザーザー降っている。けれど私たちの心は晴れやかな気持ちだ。景色がグルグルと回転していく。そして私たちは、この時代からさよならをした――。

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