第16話 倭国、大いに乱れる

 思わず絶叫してしまい、あわてて口元を抑える。

 大丈夫、村は静かだ。他の人にバレた気配はない。

 ……ないんだけれど、女の子はまるで動じず目の前にいる。


「誰とはなんじゃ。むしろれらの方こそ誰じゃ。里の者ではないな?」

「な、なれ……?」

「たぶんあなたって意味だと思う」


 戸惑った私を見て、唯ちゃんが横からフォローしてくれる。

 魔法ならもう少し分かりやすく翻訳してくれてもいいのに。


「えーっと、私たちは……」


 なんと言ったらいいんだろう? 未来人と言って通じるわけじゃあるまいし、こんな囲いにおおわれた村に旅人ってのも変だ。あー、もうどうすれば!?


「私たちはまあ、簡単に言えば天から来たのよ」


 と、あわてている私をよそに発言したのは陽菜ちゃんだ。

 え? その返答で大丈夫そ? 怪しさ満点じゃない?


「なんと、天から! まさか汝れらは天の使いか!?」

「そうよ! 私たちはその天の使いってやつ。なんて言ったって私はクイーンなんだから!」

「く、くいーん……!」


 す、すごい。完全に勢いだけで丸め込んでいる。

 さすがは常に出たとこ勝負と言い切った少女!


「天の使いはね、卑弥呼って人に用があるの。それ以外の人にあんまり知られちゃまずいのよ」

「それは天の国のおきてか?」

「そーよ! で、あんた卑弥呼って人を知っていたら、案内なさいな」

「うむ。それはのことじゃ」

「わ?」


 わ?


「だからそれは我のことじゃ。我が汝れらが探しておるヒミコじゃ」

「え――」


 今度は叫ぶ前に口元を抑える。よし、大丈夫。


「へ、へえ、あんたが卑弥呼なの? な、なかなかやるじゃない」


 何が「なかなかやるじゃない」なのか、ちっともわかんないよ陽菜ちゃん。

 でも卑弥呼さんは発見できたし、グッジョブだよ。


(ねえ唯ちゃん。つまりこの子が卑弥呼さん――その子どもの頃ってことだよね?)

(間違いないと思う。つまり彼女について行けば、今回のタイムトラベルはちゃんと進む)

(うんわかった。それでいこう)


 まだ彼女が女王になっていない時期ってことだよね。信長さんにおける吉法師くん時代みたいな。だとしたらやることは――。


 コソコソ話で作戦会議を終えた私たちは、卑弥呼ちゃんへと向き直る。


「ねえ卑弥呼ちゃん、良かったらあなたのお家に案内してくれないかな?」

「我の家にか?」

「そう。私たち、あなたの力になりたいの。きっと協力できると思うよ?」

「ふむ……」


 卑弥呼ちゃんは少し考えるような仕草をした後、


「わかった。それは我にも得がありそうじゃ。ついて来い」


 と、私たちを家に連れていくことに決めたのだった。



 ☆☆☆☆☆



「じじ、ばば、帰ったぞ。客人もおる」

「こ、こんばんは」


 卑弥呼ちゃんに案内されて入ったのは、里の中のある家だ。こういう形の家を、竪穴式住居たてあなしきじゅうきょって言うんだって。唯ちゃんが教えてくれた。焚火たきびを囲んで、おじいさんとおばあさんがいる。


「はて、客人かい?」

「うむ、なんでも天の国から来たそうじゃ」

「なんと、天の国から……!」


 おじいさん達はカッと目を見開くと、とたんにひざまずいてお祈りの言葉みたいなのを唱えだした。


「わわ、やめてください!」

「そうじゃ。別にこやつらを祈っても作物は豊作にならん気がする。ただし里の者たちには他言無用じゃ」


 うん、それは正解。私たち、ただの小学生だしね。

 卑弥呼ちゃんの説得でお二人が落ち着いたところで、私たちは焚火を囲んで話し合うことになった。


「えっと、まずは今の状況を教えてくれるとありがたいかなって」

「ふむ。知っておるか知らんが、ここは邪馬台国じゃ。そして今、この地は大いに乱れておる。南の狗奴国くなこくの連中は元より、伊都国いとこく奴国なこく末盧国まつらこく、そしてこの邪馬台国でさえ、どの国もいくさに明け暮れておる」

倭国大乱わこくたいらんの時代……」


 唯ちゃんがぽつりとつぶやいた。

 倭国ってのは古代日本のことだから、それが大乱——日本中が大いに乱れている。つまり卑弥呼ちゃんの言ったのは、そんな時代。


「我の両親もそういったいくさで死んだ。本当にくだらぬ戦じゃ」

「そうなんだ……」


 だからこの家には、彼女以外はおじいさん達しかいないんだ。


「ねえ卑弥呼、あんたはなんでこんな夜更けに一人であんな場所にいたわけ?」

「陽菜よ、その答えなら決まっておる。星を見ておった」

「星を?」

「そうじゃ。星を見て、様々なことを占っておった」


 お姉ちゃんの雑誌で読んだことがある。たぶん占星術せんせいじゅつっていう占いのことだ。星から運命なんか占うんだよね。ロマンチック!


「ヒミコは不思議な術を使えるんですじゃ」

「おじいさん、そうなんですか?」


 そう言えば卑弥呼は怪しげな術を使って民を従えたって言ってたな。魔法的なやつかな? だったら見てみたいんだけど。


「いいや使えん。我にできるのは、空や星を見て天気を予想することじゃ」

「天気を?」

「そうじゃ。我は一人じゃったから、昔から空を見ることを好いとった。そうしたら、どういう雲の動きをすれば雨が降るだとかが、わかるようになったのじゃ」


 すごっ! 現代で言うところの気象予報士さんみたいだ。


「ヒミコが雨を教えてくれることで、この邪馬台国は豊かなのですじゃ」

「きっと天からお告げを聞いておるのですじゃ」

「だから違うといっておるじゃろ! 断じてお告げなどではない、ただの技術じゃ。けれどこの技術があれば、争いをして奪い合わんでも十分な米がとれる。じゃが他の国のやつらと言ったら、嘘じゃ偶然じゃといっこうに聞こうとせん!」


 そう言って悔しそうに拳を握る。

 まあでも、気象予報士のの字もないこの時代じゃ、彼女の言っていることは嘘や偶然と思われても仕方ないよね。他の人には信じられないだろうし。


「ところで卑弥呼さん、このくらいの棒みたいなものを見たことがない? 色は紫色で、輝く石がついていると思うんだけれど……」


 唯ちゃんはそう言って、手で長さを説明する。

 そうだよね。まだ肝心の魔法少女ステッキのありかがわからないんだよね。


「ん、もしやあれか?」


 卑弥呼ちゃんはそう言うと、家の隅でなにかごそごそし始めた。

 かけてある布を取っ払って、出てきたあれは!


「これのことかの?」

「そう! それだよ卑弥呼ちゃん!」

「ほう、これを探しておったのか。硬さも長さもちょうどよいので、布かけにしておったわ」


 物干しざお扱い!?


「卑弥呼さん、それをどこで手に入れたの?」

「ふむ。裏の林の地面に刺さっておったのだ」


 つまり拾ったってことか。信長さんのアロハシャツと一緒で、それを手に入れた理由は関係ない。マダムさんもそう言っていたしね。


「ていうか卑弥呼に会ったし、変なモノをみつけたし、これで終わりじゃないの? 彩花、ポケベルに連絡きた?」

「ううん、きてないよ陽菜ちゃん。何か他にする事があるのかな?」

「邪馬台国の場所を解き明かすとか?」

「まさか……」


 一回目のタイムトラベルは、吉法師くん――信長さんに対するイメージが変わったから。二回目は、信長さんも悩んだりする普通の人間だってわかったから、変なモノが満足してクリアになったんだってマダムさんは言っていた。


 私たちは卑弥呼ちゃんに対するイメージがそもそもほとんどないし、だとすると何か他の……もしも二回目のタイムトラベルで、陽菜ちゃんが信長さんの悩みを発散させたことが関係しているとしたら……!


「ねえ卑弥呼ちゃん、悩みとかってない?」

「悩み?」

「うん、そう。私たちを連れてくるときに、『それは我にも得がありそうじゃ』と言っていたよね? もしかして解決したい悩みでもあるのかなあって」

「流石は天の使い、お見通しか! 察しの通りあるぞ」


 ビンゴ!

 たぶんこれを解決すればいいんだ!


「で、その悩みって?」

「ふむ。戦を全て終わらせ、この地に平和をもたらすことじゃ!」


 ……うん。その悩みの解決は、小学生の私たちには無理なんじゃないかな?

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