第3章 古代魔法少女

第13話 雨の放課後

 窓の外は雨がザーザー降っている。

 連休が明けて、それからまたしばらくの時が過ぎた。もう梅雨つゆの時期だ。


「ああもう、なんで毎日雨なのよー!?」

「仕方ないよ陽菜ちゃん、梅雨なんだから」

「はあ、ツユう!? なんか毎年雨が沢山降る季節があるなって、私も思っていたところよ!」

「それを大昔に発見していたら大発見だったね」


 戦国時代で信長にダンス指導をした少女こと松田陽菜ちゃんは、今日も元気いっぱいだ。一方私の方はというと、悩みがある。もちろん信長さんほどじゃないけれど、私にとっては重大な悩みだ。


「よし!」

「え、どうしたの彩花?」


 私は決心して立ち上がり、教室の隅で本を読んでいる唯ちゃんの下へ向かう。友達だけど言うべき事がある。いや、友達だからこそ言わなくちゃいけない。


「唯ちゃん!」

「なに、彩花さん?」


 私に気がついた彼女の視線が、本から私へと移る。

 うん、よし、言うぞ。


「唯ちゃん、勉強を教えて!」



 ☆☆☆☆☆



 放課後の静かな図書室に、カリカリと鉛筆の音が響く。

 そして時折その音がピタッと止まる。


「ねえ唯ちゃん、ここはどうすればいいの?」

「それなら教科書のこのページに書いてある式を使って……」

「あ、そっか!」


 知っての通り二か月前、私は五年生になった。

 五年生になったら変わった事がある。勉強だ。


 高学年だからか、どの教科も一段と難しくなった気がする。だから危機感をもって、成績優秀な唯ちゃんに勉強を教えてもらうことにしたのだ。雨が続いて外も出歩けないし、時間を有効活用しないとね。


「またわからない所があったら聞いて」

「うん。ありがとう唯ちゃん」


 唯ちゃんの教え方はいたってシンプル。最初にざっと教えてくれて、その後は自分で問題を解かせる。その間、唯ちゃんは読書タイム。そして私が問題につまると、解き方のヒントを教えてくれる。


 頼りすぎちゃいけないし、ただ教えてもらってばかりだと覚えないからとは唯ちゃんの談だ。


「はあー、彩花は真面目ねえー」

「だって勉強についていけなくなると困るし」


 私の横でぐだーっとした姿勢をしている陽菜ちゃんが、これまたぐだーっとした言葉をかけてくる。読んでいた本はとっくに閉じられ、長机の端に置かれていた。


「せっかくだから、陽菜ちゃんも勉強を教えてもらえば?」

「えー、めんどくさーい」


 ちなみに陽菜ちゃんの成績は私よりも悪く、下から数えた方が早い。

 おせっかいかもしれないけれど、勉強しておいた方がいいと思うな。


「私は暇だったから、お喋りでもしようと思ってここに来たの」

「うーん、でも私は勉強しているし、そもそも図書室では静かにしていないと」


 正直いまの私にお喋りをしている余裕はない。夏休みに入る前の授業は夏休みに入る前に理解しておかないと、大変なことになりそうだ。


 というか五年生でこの難しさなら、来年の六年生その先の中学生だともっと大変だろうなあ。お姉ちゃんも部活と勉強の両立が大変と言っていたもんな。


「で、唯はなんの本を読んでんの? えーっと、『桜町のミステリー』? あ、それなら映画で見たわ! ラストが驚きでね、なんと主人公のお兄さんが――いたっ!? なにすんのよ!?」


 止める間もなくしゃべり始めた陽菜ちゃんの頭を、唯ちゃんはぺしりと軽く叩いた。


「ネタバレ厳禁。本のネタバレは、この世でもっとも重い罪の一つだと思う」

「ううっ、わかったわよ……」

 

 そう言って陽菜ちゃんは、大人しく引き下がる。

 うん、私も唯ちゃんに賛成だ。なんでもネタバレされると、つまんなくなっちゃうよね。本は自分でページをめくっていく面白さがあるわけだし。


 でも良かったね陽菜ちゃん、ペシりとされるくらいで。もしタイムトラベルした先でネタバレしていたら、この時代に帰って来られなかったよ。



 ☆☆☆☆☆



 放課後は図書室で勉強。そんな日が続いたある週末。


「というわけで私、今日は用事があるから。じゃあね、バイビー!」

「あ、うん。また来週ね、陽菜ちゃん」


 ぶんぶんと手を振った陽菜ちゃんは、ビューンとすごい勢いで駆けていく。

 そう言えば陽菜ちゃん、週末はママがお仕事休みだからお出かけするって言っていたっけ。窓から校門の方を見ると、高そうな赤い車が停まっていた。それにぴょんぴょんスキップをしながら乗り込む陽菜ちゃん。きっとあれが陽菜ちゃんママの車だ。


 久しぶりの親子水入らず、楽しんでね。

 唯ちゃんと二人になった私は、いつも通り図書室に向かったんだけど――。


「――休館?」


 図書室の入り口には「本日休館」と書かれた札。

 あれ、そんなこと言っていたっけ?

 戸惑っていると、ちょうど司書さんが中から出てきた。


「最近いつも勉強している子たちね? ごめんね~、今日は臨時休館なの。雨が続いたせいで天井や壁が傷んじゃって。業者の人に見てもらうのよ」

「あ、そうなんですか。わかりました」


 としか言いようがないよね?

 私たちは司書さんに別れを告げると、靴箱へ向かう。


「残念だけど今日は中止だね。教室も使えないし」


 防犯上の理由とかで、放課後の教室利用は出来なくなっていると工藤先生が言っていた。だから図書室で勉強していたんだけどね。


「地域の図書館は少し遠いし、雨が降ってるしなあ」


 地域の図書館は自転車で行くと近いけれど、歩いて行くには遠く感じる距離だ。一度帰って合羽かっぱを着て自転車で集合となると、さすがに頼みづらい。私が勉強を教えてもらっているわけだし。


「それなら、私の家に来る?」


 ザーザーという雨音に紛れるような静かな声で、そう唯ちゃんが切り出した。

 表情はいつもの無表情。長い黒髪をいじりながらでもなく、前を向いて歩きながらだ。


「え、いいの?」

「かまわない。学校からも近いし、私にとっても都合が良い」

「そ、それならお邪魔しちゃおうかな」


 いつも一人でいる彼女の家に、誰かが遊びに行ったという話は聞いたことがない。成績優秀、スポーツ万能の特別な子のお家は、どんな感じだろう?



 ☆☆☆☆☆



 唯ちゃんのお家は、本人の言う通り学校から近かった。具体的に言うと、七陣小から徒歩十分の距離だ。


「ここが唯ちゃんのお家? うわー、大きい!」

「そうでもないと思う。普通」


 いや、かなり大きいと思うよ。私の家はマンションだからちょっと比べづらいけれど、トーシャヒ二倍くらい。トーシャヒの意味はわからないし、ここら辺は大きな家が並んでいるけれど、そのどれよりも大きく見える。


「入って」

「あ、うん」


 玄関も立派だ。広い。靴が何十足も置けそう。というか玄関に暮らせそう。


「ん? 唯、帰って来たのか」


 上がろうとしたら、高校生くらいの男の人が現れた。


「ただいま、お兄ちゃん」

「おかえり。友達か?」

「あ、はい! クラスメイトの上林彩花です。おじゃまします!」


 お兄さんか。唯ちゃんと似てすらっと背が高く、真面目そうな見ためだ。


「ああ、うん。唯、騒がないようにな」

「わかっている。勉強をするだけだから」

「そうか」


 お兄さんはそれだけ言うと、ノートを片手に階段を上がっていった。


「さ、どうぞ。私の部屋にいきましょう」

「うん。おじゃましまーす」



 ☆☆☆☆☆



「すごーい、ここが唯ちゃんのお部屋? 広―い! あっ……」


 そう言えば騒がしくしないように言われていたんだった。ハッと思い出した私は口元を抑えた。お口にチャックだ。


 それにしても広い。私の部屋の倍はありそうだ。壁には大きな本棚があって、小説や難しい本がびっちりと収められている。机の上には、問題集がこれまたぴっちりと整頓されて置かれている。カーテンは唯ちゃんにぴったりの落ち着いたブルーだ。


「きれいなお部屋だね」

「ありがとう。でもそこまで小声じゃなくても大丈夫」

「う、うん」

「ごめんなさい。兄は医学部を目指して受験勉強の最中で」

「え、医学部? じゃあお医者さんを目指してるんだ」


 見た目からして頭良さそうだったけれど、やっぱり唯ちゃんと一緒で頭良いんだ。


「そう。うちは両親共に医者だから、お兄ちゃんも絶対なるんだってはりきっていて」

「へー、ご両親がお医者さんなんだ。初めて聞いた」

「誰にも言ってないから。この部屋に人をいれたのだって、彩花さんが初めてだし」


 そうなんだ。それは光栄だな。私の家にも今度は二人を招待しようっと。


「さ、勉強を始めましょう」

「うん、よろしくお願いします」

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