第14話 優等生の秘密
私のカリカリという鉛筆を走らせる音。時々聞こえる、パラりという唯ちゃんが本をめくる音。そして外でザーザー振る雨の音。それ以外は聞こえない、けれど心地良い静かな時間。
そして、パタンという音が聞こえた。
唯ちゃんが手に持つ本を閉じた音だ。
「そろそろ休憩にしましょうか」
「うん。はあー、疲れたあ」
みっちりと集中できたと思う。これは唯ちゃんの部屋というパワースポットの力かもしれない。もしかしたら私も次のテストで学年上位に……なわけないか。
「麦茶をいれてきた。どうぞ」
「あ、ありがとう」
いつの間に。うーん、冷えた麦茶が勉強で疲れた身体に染みるー!
「はかどった?」
「うん、すっごく。唯ちゃんの教え方ってわかりやすいし」
授業で聞くよりもすらすらと頭に入ると言ったら、工藤先生に失礼かな? でもそう言いたくなるくらい、理解できた気がする。
「唯ちゃんはいつも何時間も勉強してるの?」
「いいえ、それほど。予習復習が大事というだけ」
へぇー、やっぱりそうなのか。成績優秀の唯ちゃんが言うと、お母さんから口うるさく言われるよりも説得力あるや。
「でもすごいよね、唯ちゃんって大人びているし」
「大人びている? 私が?」
「うん。だっていつも冷静だし、部屋には漫画もなくて小説や難しそうな本ばかりだし。今だって、さっと麦茶を出してくれる気づかいの持ち主だし」
唯ちゃんはいつも冷静だ。戦国時代にタイムスリップして、あわあわしている私とは違って、冷静に状況を分析して判断してくれる。それにいつも静かに本を読んでいて、本棚も小説がたくさん。私の部屋なんて漫画ばかりだ。
表情があまり変わらないせいで勘違いされやすいけれど、本当は優しいことを私は知っている。こうして私に勉強を教えてくれているのが、何よりの証明だ。
成績優秀で運動神経抜群。背もスラっと高い美人で、大人びた冷静な性格。そのうえ優しい。あれ、完璧超人じゃない? まさに特別な子だ。しかもご両親お医者さんだよ。さすがって感じ。やっぱり頭の良い家族がいると、頭良く育つのかな?
ちなみに私のお父さんは普通の会社員で、お母さんは普通の主婦だ。だから私が普通の小学生なのも、必然的な運命ってやつなのかもしれない。……この運命って使い方、少女漫画と違ってロマンチックの欠片もないな。残念。
「私が大人びている……。そんな事はないと思う」
「え、そうなの? 自覚あるものだと思ってた」
唯ちゃんは別に頭が良いことを鼻にかけるような子じゃないけれど、自分は他の子よりも大人だという自覚があると思っていたから、否定されたのはすごく意外だ。
「うーん、彩花さんになら見せていいかも」
「え、何を?」
「他言無用、秘密厳守。守れる?」
「う、うん」
お友達の秘密を、ペラペラと言いふらして回る様な性格はしていないつもりだ。
唯ちゃんはうなずくと、ガバンっとクローゼットを開け放ってガサゴソと漁り、奥の方から段ボール箱を取り出した。
「……これは?」
「開けてみて」
「うん……え? もしかして”魔法少女マギルカ”のグッズ?」
段ボール箱の中身、それはカラフルなコンパクトやおもちゃの指輪、ぬいぐるみ、そしてボタンを押すと光るステッキなんかだ。全部マギルカのグッズだ。
魔法少女マギルカというのは、もう何年も続いている日曜日の朝に放送されている魔法少女アニメのシリーズだ。私も小さな頃は毎週楽しみに見ていた。
「そう、私はマギルカの大ファン。今でも毎週かかさず見ている」
「そ、そうなんだ。別にいいと思うよ?」
「それだけじゃない。家に一人でいる時は、オリジナルの魔法や変身の振りつけも考えている。そんな私が大人びている?」
び、びっくりだ。まさかあの唯ちゃんが、まだマギルカを見ていたなんて。イメージとはすごくかけ離れている。それにオリジナルの魔法や変身の振りつけ? めちゃくちゃ熱心だ。私も小さな頃はごっこ遊びをしていたけれど……。
「どうだろ? 大人びてはないのかな?」
「さあ? 少なくとも私は自分の事を大人びていると思ったことはない。ただ騒いだりするのが苦手なだけ。それだけの普通の小学生」
普通。普通か。私からしたら、唯ちゃんも陽菜ちゃんも特別だ。だけど本人たちは自分は少し違うだけで普通だと言う。
「彩花さんはマギルカシリーズ見ないの?」
「えっと、三年生くらいまでは見てたかな? それくらいで卒業しちゃった」
私がそう言うと、とたんに唯ちゃんは少しだけ目を伏せた。
これは……悲しみの表情?
「卒業……ね。私は好きな物から、子どもっぽいという理由で卒業する必要はないと思う。好きな物はずっと好き」
「え、うん! 私も良いと思うよ! ちょっと驚いただけで、それがダメってわけでもないし。好きな物は人それぞれだよ。もちろん唯ちゃんの秘密は他の人には言わない。他言無用、秘密厳守……だっけ?」
「うん、ありがとう。彩花さんならそう言ってくれると思っていた。言ってよかった」
唯ちゃんの表情が今度は少し――ほんの少しだけ柔らかくなった。これは喜びや安心の表情かな。
「じゃあ勉強の再開を――」
と提案した時、ピピピと電子音が鳴り響いた。私のポケベルだ。
入れたつもりはないけれど、ポケットに手を入れると入っていた。
「このタイミングで?」
「なんだろうね、見てみるよ。えっと……『アシタ アソビニ キテクダサーイ カナラズ』だってさ」
文章は「明日遊びに来てください、必ず」ってことだよね?
必ずというのは前回入っていなかった言葉だ。
「いきなり明日だし、もしかしてマダムさん急ぎの用事があるのかな?」
「わからない。彩花さんは明日大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ。唯ちゃんは?」
「私も大丈夫」
確か天気予報でも明日は久しぶりの晴れだと言っていた。問題はなしと――じゃなかった!
「陽菜ちゃんに連絡しないと!」
「大丈夫、私がNINEを送った。……もう返信が来た。『当然行くわよ! 歴史ミステリー三人娘出陣よ!』……相変わらずネーミングセンスがない」
「あ、あはは……」
陽菜ちゃんのネーミングセンスはともかく、これで決まった。明日は変なモノ博物館だ!
☆☆☆☆☆
翌日、角隈山へとやって来た私たちは、山道を登り始める。降り続いた雨で足元がぬかるんでいるから、気をつけなきゃ。
「ちょっと彩花、聞いたわよ! 昨日は唯のお家に行ったんですって!?」
「うん、そうだよ。唯ちゃんちで勉強している時に、ポケベルが鳴ったんだ」
「えー、ずるい! なんで私も誘ってくれなかったの!?」
「陽菜ちゃんは昨日、お母さんとお出かけしたんじゃなかったの?」
「そうよ、ママとショッピングをしてディナーを食べたわ! でもずるい!」
やっぱり陽菜ちゃん、ワガママなところあるなあ。本人はクイーンって部分が気に入っているらしいけれど。
「唯、今度は私も招待しなさい!」
「無理」
「なんでよお!?」
「陽菜さんは静かじゃないから」
すげなく断られた陽菜ちゃんは、ワーワーと抗議の声でまくしたてる。唯ちゃんはというと、そんなこと気にしないとばかりに振り向きもせず歩く。
「唯ちゃんのお兄さんが家で受験勉強してるんだよ」
「そういうことね! でも大丈夫、私は静かにできる子だから!」
本当かなあ? 自分の事じゃないのに心配だよ。
そんなとりとめもない会話をしていると、すぐに目的地へとたどり着いた。
「ボンジュ~皆さん。おいでま~せ!」
「「「ボンジュ~マダムさん!」」」
「あ~ら皆さん、元気な挨拶で~すこと。おほ~ほ~」
今日も今日とてマダムさんは、ローブって言うのかな? 紫色のいかにも魔女風な服装に身を包んで私たちを出迎えてくれた。マダムさんの独特な喋り方も、もう慣れちゃった。
彼女の言う「ボンジュ~」は「こんにちは」、「オルヴォワ~」は「さようなら」。そして「ウィ」が「はい」で、「ノン」が「いいえ」だ。陽菜ちゃんが言うには全部フランス語らしいけれど、マダムさんはフランスの人なのかな?
「ところでマダムさん、今日は緊急の要件だったんですか?」
「その通りで~す。あなた達をまた変なモノが呼んでい~ます」
「変なモノが? それってまた信長さんがってことですか?」
だとしたら三回目の戦国時代だ。信長さんの人生は波乱万丈だったみたいだし、今度はいつに呼ばれるんだろう? また刀とか向けられたら嫌だなあ……。
「ノン。今回は別の変なモノで~す!」
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