第12話 偉人だって人間だ
「皆さん、お帰りな~さい」
「あ、マダムさん! ということは――良かった、無事に帰ってこられたんだ……」
やっぱりちゃんと帰ってくるまで不安だ。特に私たちは今回、刀や槍をつきつけられるという、令和日本でまず経験しない恐怖体験をしたわけだし。
「あ、帰ってきたのね! 信長は無事に勝ったのかしら?」
「歴史の結果として、信長は桶狭間の戦いに勝利しているはず。どうですか、マダムさん?」
「ウィ。ちゃんと織田信長は、桶狭間の戦いに勝利してま~すよ」
「ほ、それなら安心ね。私もダンスを教えた甲斐があったものだわ」
うん、良かった。きっとあの後アロハを羽織ったまま、すごいテンションで「出陣じゃああッ!」とか叫んだ信長さんを見て、家臣の人たちは驚いたと思うけれど。
「私の送ったメッセージをちゃ~んと守って、ネタバレはしないでサポートができたようです~ね」
元の時代に帰れなくなるって言われたらそりゃね……。
「ねえマダムさん、変なモノである『織田信長のアロハシャツ』が今回見せたかったものってなんですか?」
「あら、気がついていな~いのですか? 彩花さんの質問が、一番正解に近かったと思うので~すが」
私の質問? それって信長さんにしたやつってことだよね?
えーっと、ポケベル気にならないんですかは違うし……、あっ!
「もしかして、信長さんが自分は特別な人間じゃなくて、普通の人間だと言っていたことですか?」
「ウィ。それが見せたかったものだ~と思います。彩花さん、あなたは吉法師――信長の子ども時代に出会ったと~き、どう思いま~したか?」
「えっと、小さな頃から優秀なんだなって」
でも信長さんはそんなことない。俺は臆病で、賢くもない普通の人間だと言っていた。
「小さな頃、そこが重要で~す。どんな歴史上の偉人や英雄だって、大人として生まれてくるわけがあ~りません。必ずみんな赤ちゃんとして産まれ、育っていくので~す。おヒゲボーボーで産まれてきても怖いで~すからね」
「あはは、たしかに!」
マダムさんがおどけてみせて、陽菜ちゃんが笑う。
「吉法師と織田信長、違う時代の彼を見たこと~で、少し変わったなというイメージを抱いたのではないです~か?」
「たしかに。吉法師くんは夢見る少年だったけれど、信長さんは織田家の代表としての責任感とか悩みとかで大変そうでした」
「ウィ。現代だと映画や小説、ゲームなんか~で、キャラクター化された織田信長が大勢いま~す。苛烈な戦国の魔王。そんな決まったイメージを持ちがちで~す」
「確かに、私が遊んだゲームでもそんな感じだったわ!」
と、陽菜ちゃん。
「私が読んだいくつかの本でも、そんな風に描かれていた」
そう語るのは唯ちゃん。
たしかに私も、そういうイメージがついていた。織田信長と言えば、ヒゲが生えていて、厳しくて怖い。そんなイメージが。
「けれど、現実の織田信長はキャラクターではありま~せん。誰にだって子どもの頃はある。誰にだって悩みはある。それはたと~え、戦国の大英雄である織田信長にとってもなので~す。そんな当然の事を、『織田信長のアロハシャツ』は知ってほしかったんじゃないのでしょ~か?」
そうか。私は前回、子ども時代の信長さんを見て、昔から特別だったんだと思った。けれど本当は違った。どんな偉人さんだって、過去や悩みがある。それを本当の意味で私はわかっていなかったんだ。
「まあそうよね~。なんとなく歴史の人物って、大人のままのイメージがあるもの」
「うん。私も桶狭間の戦いの時の織田信長は、もっとバシッと決断したものと思っていた。でも実際は小学生の私が言うのもなんだけれど、あの戦いの時はまだ若かった。悩むのも無理はないと思う」
「ウィ。その通りで~す。歴史上の人物に誰も会ったこ~とない以上、その人物の性格なんかは誰でも自由に、決まったイメージを持たなくていいので~す!」
決まったイメージを持たなくていい。その言葉がスーッと私の胸に入った。
そうか、それだったんだ。信長さんは本に書かれているキャラクターじゃなくて、実際に大昔を生きた人なんだ。そんな当然のことも、なんとなく私の中では忘れていて歴史上の偉人だと特別視していた。
「たしかに。学問としての歴史でも、たった一つの資料の発見で今まで当然だと思っていた事が全く逆だなんて事も結構あると聞いたことがあります」
「さすがは唯さん、詳しいです~ね。そういう事は実際に沢山あ~ります。例えば恐竜の見た目は、皆さんのお母さんとあなた達では、違ったイメージを持っているはずで~す。新しい発見や研究によって、時代と共に考えられてきた姿が違いま~す」
あ、それなんか聞いたことがある。
昔のティラノサウルスは、怪獣映画みたいに直立してたんだっけ?
私のイメージ的には、首を前に出している感じだけど。
「あ、そうそう、学校のテストでは習った事をちゃんと書いてくだ~さい。そこは斬新な新説を発表する場じゃありま~せん」
まあそうだよね。学校のテストで「信長はアロハを着ていた」なんて書いたら、不正解で済めばいい方だ。きっと職員室に呼び出される。
「ささっ、歴史の授業はもう終わり。カラスが鳴いたので、皆さんお家に帰りま~しょう。オルヴォワ~」
「「「オルヴォワ~」」」
陽菜ちゃんが言うところによると、フランス語で「さようなら」だという挨拶をして、私たちは家に帰って行った。
☆☆☆☆☆
「ただいま~」
「あら、お帰りなさい彩花、今日は彩花の好きなオムライスよ」
お母さんに今日は日帰りで戦国時代へ行ったと言っても信じないだろうなあ。スパイと間違えられて、あわやオムライスの具材みたいにみじん切り一歩前だったなんて。
「今晩はお父さんもお姉ちゃんも遅いから、先に食べちゃいましょ。手を洗ってらっしゃい」
「はーい」
私は手を洗いながら、この前お出かけした時に陽菜ちゃんが言っていたことを思い出していた。
彼女のご両親は忙しくて、中々一緒にご飯を食べられないし、会うことすらたまにだ。そんな陽菜ちゃんは、『お母さんに叱られる』みたいな私や他の子が普通だと思うことを、逆に自慢に思うと言っていた。
特別だと思っていた信長さんは、悩みもあれば間違いもする普通の人だった。
もしかしたら私は信長さんと同じように陽菜ちゃんのことも、有名すぎる“七陣小のワガママクイーン”の噂を気にし過ぎて、特別という決まったイメージを貼り付けていたのかもしれない。
(お休みが明けたら、もっと陽菜ちゃんと話しをしてみよ)
うん。人を知るのには話をしてみるのが一番だ……って誰かが言っていた気がする。私は陽菜ちゃんの事を大切なお友達だと思っている。もちろん唯ちゃんの事もだ。だからもっと、二人と話をしてみよう。
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