第11話 アゲていこう

「従うか、いくさか……うーむ」


 今川家に降伏するか、それとも戦うか。

 あれからしばらくしても、信長さんは一人で悩み続けている。


 それもそのはずだ。この決断で沢山の人の生死が決まるかもしれない、重要な決断。例え大人でも、その決断は重すぎるよ。


(ねえ唯ちゃん、どうしたらいいと思う?)

(私たちは未来の事を教えることができない。信長が決断を出すのを見届けるしかないと思う)

(やっぱりそうなるよね)


 まだ名前が吉法師だったあの小さな頃から特別な感じだった信長さんが、あれだけ悩んでいるんだ。小学生の私たちにできることなんて、何一つないと思う。じゃあアロハシャツはどうして私たちを?


「うぬら、何か良い策はあるか?」

「残念だけど何も思いつかないわね」


 と、即答する陽菜ちゃん。


「手助けできるようなことは何もない」


 と、首を横に振る唯ちゃん。


「上林よ、うぬはどうだ?」

「ええ、私ですか!? 私は特別な信長さんと違って普通の子だから無理ですよ!」

「特別? この俺がか?」

「え、はい。前に出会った時も、乱暴な人を追い払って勇気があると思ったし、津島の湊町を案内してもらった時は賢いんだなと思ったし、普通の私と違って、とにかく小さな頃から特別なんだなって……」


 勇気があって、賢い。これを特別と言わずになんと言うのか。普通小学生でモブガールの私とは違い過ぎると思う。


「ハハハ、この俺が特別か! 勇気? そんなもの俺にはない。人一倍臆病なくらいだ。賢い? 俺は賢くなんぞないわ。だからこうして悩んでおるし、上手くいかない事だらけだ。うぬの良い方を借りれば、俺は特別ではなく普通の人間よ。そこらの者共と何も変わらんわ」

「とてもそうは……」

「ただそうだな、俺は人よりも諦めが悪い。それにかっこつけだから、弱い部分もあまり見せないようにしておる。それこそ普通の俺がこの織田家の当主である理由よ」


 そう言って信長さんは、ニカッと笑った。

 私たちの時代にまで歴史に名を残した彼が、自分の事を普通と思っているなんて知りもしなかった。なんとなくこういう人は、テレビで見るベンチャー企業の若社長さんみたいに自信満々で、自分の事を特別だと考えているような人だと思っていた。


 でも違う。普通だからこそ弟さんと対立して悩むし、普通だからこそ戦うかどうかで悩んでいる。彼はきっとそう言いたいんだ。


「だから何でもいい、知恵を貸してくれ! 普通な俺がこの状況をどうにかするために、なんでもいいから教えてくれ!」

「えーっとそれなら、悩みを和らげる方法とか?」

「ハア!? 彩花、そんなのん気なこと言っている状況じゃないでしょ!」


 すかさず陽菜ちゃんからツッコミが入る。

 まあ、だよね。小学生の悩みのレベルとは段違いな状況だし。


「いいや、いい。教えてくれ」

「本当にちょっとしたことですよ?」

「かまわない。教えてくれ」


 信長さんの目はいたって真剣だ。たいしたことじゃないのにと、どんどん緊張してくる。でも教えないと気が済まなそうなので、私はうなずいて喋り始めた。


「私は嫌な事があった時とか、悩みがある時、いつもすることがあります」

「なんだ?」

「悩みはいったん置いておいて、好きな事をするんです」


 悩みがある時、一人で悩み過ぎてもしょうがないので、私は好きなことをして気分転換をするようにしている。例えばお気に入りのマンガを読みなおしたり、散歩したりだ。そうするとすっきりする。


 すると不思議な事に、すっきりした心に悩みの解決法がポーンと浮かんでくるのだ。だから私は毎回、こうして心を落ち着けている。


「信長さん、あなたの好きな事はなんですか?」

「俺の好きな事か。舞だな」

「舞? 踊りということですか?」

「そうだ。中々の仕手してだぞ俺は。ふむ、一つ舞ってみせようか」


 彼はそう言うと立ち上がり、扇を手に持つ。

 少し待つと、それは静かに始まった。


「人間ー、五十年ー、化天げてんのうちをー、くらぶればー、夢幻ゆめまぼろしのーごとくなりー」


 ゆったりとした踊りと歌だ。唯ちゃんがポツリと、「敦盛あつもり」とつぶやいた。これがきっとこの歌の名前だ。


「ひとたび生を受けてー、滅せぬもののー、あるべきかー」

「ちょっと待って、ストップストーップ!」

「ちょ、ちょっと陽菜ちゃん!?」


 信長さんは気持ちよく踊っていたのに、突然陽菜ちゃんが腕をぶんぶん振って止めに入った。


「どうして信長さんの邪魔をするの!?」

「どうしたもこうしたもないわよ! 信長、あんたこれから大勝負かけるかどうかってところなのよね?」

「う、うむ。いかにも」

「ならこんな暗い踊りを踊ってんじゃないわよ。勝てるものも勝てなくなるわ! 前会った時の豪快な精神はどうしたの!? ウツケだった頃のあんたは、もっと輝いていたわよ!」

「なっ……!」


 陽菜ちゃんのあまりの暴言に、信長さん思わずフリーズ。


「でも陽菜ちゃん、今は好きな事をして心をすっきりって時間だから……」

「それはわかっているわよ。踊りを踊るのもわかるわ。けれどそれが暗すぎだって言ってんの!」


 まあたしかに私もそれは感じたけれど、ここ戦国時代だし。


「信長、あんたアロハはどうしたの?」

「む、あの赤い着物ならそこにしまってある」

「じゃあ早く出しなさい。そして着なさい」

「お、おう……」


 陽菜ちゃんの妙な勢いに押されて、信長さんはガサゴソと漁ってアロハシャツを取り出した。仕立て直されているみたいで、大人になった彼も着れるサイズだ。彼はそれを羽織るように着た。


「着たぞ、松田よ」

「うん。良いわよ、すごく良い。あんたもだんだんと思い出してきたんじゃない? あのころのウツケソウルを!」


 マジか陽菜ちゃん。ウツケソウルってなんだろう?


「お、おう! そうかもしれぬ!」


 マジか信長さん。戦国の超有名人がそれでいいんですか?


「じゃあ私に続いて踊りなさい! 大丈夫、ダンスはママからばっちり教えてもらっているわ!」

「む、参ろうぞ!」


 ニコニコ笑顔で自信満々の陽菜ちゃん。

 なぜか知らないけれど、信長さんもノリノリだ。


(ちょっと唯ちゃん、止めなくていいの?)

(信長も乗っかってるし、彼女にまかせてしばらく様子をみましょう)

(えー?)


 本当に大丈夫かなあ?

 そんな心配をしている私をよそに、陽菜ちゃんのダンス教室は始まった――。


「歌い出しは『人間五十年』だったわね?」

「まあ本当はそれ以前にも歌詞はあるが、それでよい」

「なるほど、サビってことね。それにしても五十年って短いわ。ここはでっかく二倍の百年にしときましょう。ヘーイ! 人間百年♪ ……なにしてんのよほら、続きなさい!」

「わ、わかった。へーい! 人間百年♪」


 なんかもうすでにむちゃくちゃだ。

 唯ちゃんは……ええ!? 口元を抑えて笑いをこらえてる!?

 あのクールな唯ちゃんが!?


「ゲテンのうちをくらぶれ……ゲテンってなによ? アゲての方が絶対良いわ。アゲてガンガン盛り上げてけ~♪ はい!」

「ア、アゲてガンガン盛り上げてけ~♪」

「夢幻の……? ドリームでっかく無限大~♪」

「ど、どりーむ? でっかく無限大~♪」


 すごい。まるで原型をとどめていない。

 けれどなぜか元気になる。信長さんも元気そうだ。


 そう言えば昨日陽菜ちゃんは言っていた。「人間元気が一番ね。落ち込んでないで、ガンガン行かなきゃ。臆病に閉じこもっていても始まらないわ!」って。たぶんそれが陽菜ちゃんなんだ。いつも元気で、ファッションもなんでも一生懸命。それこそが陽菜ちゃんなんだ!


「キメはかっこよくポーズをとって!」

「こ、こうか?」

「うん。初めてにしては中々だわ。合格点をあげる」

「そうか。かたじけない」


 陽菜ちゃんアレンジによるダイナミックな「敦盛」は、無事終わった。二人ともやり切ったすっきりとした顔をしている。


「どうだった彩花に唯。私たちのソウルフルなダンスは?」

「うん、すっごく良かったと思うよ」

「私も良かったと思う」


 いつの間にか普段の冷静さを取り戻した唯ちゃんと一緒に、二人を拍手で迎える。


「礼を言うぞ。うぬらのおかげでだいぶ心が整理されたわ」

「私も気持ちよく踊れたから良かったわ。また一緒に踊りましょ」

「うむ。そして俺は決めたぞ。今川に従うのではなく、いくさを挑む! バカな決断かもしれん。けれど挑むべきだと俺は思う。ウツケソウルだ!」


 悩みにとりつかれていたようなさっきまでと違って、信長さんの顔は闘志に満ち溢れている。私が本で見た、歴史上の織田信長の顔だ。


「えーっと、がんばってください信長さん!」

「うむ。しからば戦になるゆえ、うぬらは元の場所へと帰れ。童が戦場で血を見るべきではない」

「は、はい!」


 私も戦いなんてごめんだ。けれど返る方法は――と悩んでいたら、いつもの電子音が鳴った。ポケベルだ。そして私たちの身体が、光に包まれていく。


「信長、あんたならできるわ! 応援しているから、必ず勝ちなさい!」


 そう叫んだ陽菜ちゃんの言葉に、アロハを羽織った信長さんは拳を突きあげてニカッと笑い応えていた。そして視界がグルグルと高速で回転し始めて、私たちはこの時代から――。

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