第10話 ネタバレ厳禁

「は、話を聞いてください! 私たちはスパ――間者なんかじゃありません!」

「ええい、黙れ黙れ!」


 ダメだ、まるで話を聞いてくれない。


「お館様やかたさまにご報告じゃ。こやつらを牢に運ぶぞ!」

「ちょっとやめてよ! 触らないで、セクハラよ!」


 私たちを牢に? 牢屋行きかあ。アロハさんもちゃんと安全な場所を選んでタイムスリップさせてよ……。


「何事だ?」


 牢屋へ運ばれようとするまさにその時、そんな男の人の声が響いた。その声の主が近づいてくると、お侍さん達はとたんに片膝をついて礼を示す。


「ははっ。お館様、怪しき者共を城内にて見つけたので、とらえておりました」

「子どもに見えるが?」

「ははっ。ですが、忍びの者共は警戒されない子どもを使うと言います。用心するにこしたことはありませぬ」


 私たちは顔を伏せられて、顔が見えない。けれど”お館様”と呼ばれている人の声は、なんだか聞いたことがあるような?


「ふむ。うぬらの言を信じようか。今川はもうそこまで迫ってきておる」


 ――うぬ? もしかして……!

 私は渾身の力を込めて、なんとか少しでも顔を上げた。がんばれ私の背筋!


「もしかして吉法師くん!?」

「こら、頭を下げんか!」

「きゃあっ!?」

「吉法師? ん、待て。その者の顔を上げさせろ」

「ははっ!」


 押さえつけられていた私は、今度はぐいっと顔を正面に向けられる。

 目の前には、工藤先生より少し年上くらいのお兄さん。

 でもなんとなく面影が――。


「まさかうぬら、の!? 浜辺にいた!」

「そ、そうです!」

「なんと、いやまさか!」


 お館様の顔が驚きに染まっていく。そりゃそうだよね。前回から十六年も経っているのに、私たちの見た目はまるで変わってないんだから。


「おい、この者たちを放せ。この者たちは俺の顔見知りよ。断じて忍びなどではあらぬ!」

「は、ははっ!」


 お館様――吉法師くんの命令で、バッと私たちは解放されて自由になる。

 不安だったけれど、良かったあ。


「あの、ありがとうございます!」

「うむ。ついてこい、俺の部屋で話そう」



 ☆☆☆☆☆



「ハハハ、しかし驚いたぞ。昔とまるで変わらぬままだ」

「あはは、ちょっと色々あって……」


 あの後、運良くピンチを脱した私たちは、このお城(清須城というらしい)の奥の部屋へと通された。部屋にいるのは私たちだけだ。


「えーっと、吉法師くん? いや吉法師さん?」

「今は元服して、織田信長と名乗っておる」


 信長! 見た目も成長したけれど、ようやく私たちの知る織田信長になったんだ! 服装もあの時と違ってアロハじゃなく、戦国時代らしい羽織袴はおりはかまだ。


「うぬらと出会ってから、色々とあったのだ。色々とな……」


 そう言って、信長さんは少し遠い目をする。

 漫画の伝記を読んだ私は、彼に何があったか知っている。


 あれからしばらく経って、信長さんのお父さんが亡くなった。それで織田家を継ぐという話しになったんだけど、うつけ――変人と呼ばれた彼が織田家の当主になるのを、よく思わない人が大勢いた。


 信長さんの弟もその一人で、弟さんは反乱を起こした。実の弟に裏切られたんだ。


 ただの兄弟ケンカじゃなくて、この尾張国を真っ二つにわけた激しい戦い。信長さんは無事にその戦いに勝って織田家を継いだんだけれど、弟さんは……。


 私にもお姉ちゃんがいるし、もし生まれる時代が違ってそんなことになったら本当に辛い。いや、辛いなんて言葉じゃとても言い表せない。


「信長さん、一つ聞いていいですか?」

「なんだ?」


 質問したのは唯ちゃんだ。

 さっきから何か考えていたけれど、それに関係あるのかな?


「さっき『今川はもうそこまで迫ってきておる』と言っていたと思うんですけれど、どういう状況なんですか?」

「耳聡いやつめ。まあ知れ渡っとることだ、話そう。今この尾張国へ隣国の大名だいみょう今川義元いまがわよしもとの大軍勢が攻め込んできておる」


 それって大ピンチ中の大ピンチじゃん!

 でも私は驚きながらも、唯ちゃんが「やっぱり」とつぶやいたのを聞き逃さなかった。


「ど、どうして攻め込まれているんですか!?」

「決まっておる。この豊かな尾張の地が欲しいのよ。よく米がとれる大地、伊勢湾交易のぜに、全てが欲しいのだ」


 私の頭に、あのにぎやかな津島の湊町が思い出される。そうか、あれを狙って。


「敵の兵力はざっと十倍近く」

「じゅ、十倍!? 勝てるんですか!?」

「わからん。だから話しおうておったのよ。すなわち、従うか戦うかとな」

「え、会議中ってこと? ここにいて大丈夫なんですか?」

「かまわん! どうせあいつらと話しても答えは出ぬ!」


 彼はそう言うと、それっきり「うーん」と悩み始めてしまった。


(ねえねえ唯ちゃん、さっき『やっぱり』って言ってなかった?)

(ここが1560年だと知った時、もしかしてと思った。これは桶狭間おけはざまの戦いが起こった時)


 桶狭間の戦い……あ、思い出した!

 それも伝記漫画に書いてあった、信長さんの有名な戦いのひとつだ!


(なに二人だけで話してんのよ。で、桶狭間の戦い? 何よそれ?)

(信長さんが今川義元の大軍に勝って、一躍有名になった戦いだよ。だよね、唯ちゃん)

(そう)

(なんだ、それなら私もわかるわ! ゲームで遊んだもの!)


 陽菜ちゃんはそう言うと、ばっと立ち上がった。

 あ、一応ゲームで覚えてきたんだ。けれどどうするんだろう?


「聞きなさい信長!」

「ちょっと陽菜ちゃんどうしたの!? せめて”さん”はつけよ? ね?」

「かまわぬ。なんだ松田よ」


 信長さんは向き直ると、不思議そうな表情を浮かべた。

 対する陽菜ちゃんは、不敵な笑みを浮かべての仁王立ち。


「信長、あんたこの戦い勝てるわよ!」

「どうしてそう言い切れる?」

「だって今川義元って、最初らへんのステージのザコでしょ? なんか蹴鞠とかしてる。あんなのヨユーよヨユー!」

「何を馬鹿な! 義元は将軍家に連なる家柄であり、三河みかわ遠江とおとうみ駿河するがの三ヵ国を治める知力と、あれだけの軍勢を従える武力をもっておる。決してうぬの言うような簡単な相手ではないッ!」


 興奮したのか、今度は信長さんもガバッと立ち上がった。

 陽菜ちゃんは、それに気圧されてサササと唯ちゃんの所まで逃げる。


(ねえ唯、信長の言っていることは本当なの?)

(本当。義元は戦国時代でも屈指の、知略にも武力にも優れた名将。現代の静岡県を中心に大きな勢力を築いた。それを倒したからすごいという話。ゲームで最初のあたりに戦うのは、桶狭間の戦いが信長の人生の中でも初めの方だからという理由だと思う。要は順番の問題)


 まあそうだよね。ゲームを面白くするために色々と脚色って言うのかな? それをしていて当然だよね。最初のステージで、最強キャラと戦うのも嫌だし。もちろん小説やドラマだって、歴史そのままを描いているわけじゃないからね。


(まあ信長が勝つのは本当なのよね。それがわかればいいわ。よーし!)

(ああ、ちょっと――)


 陽菜ちゃんは唯ちゃんの制止も聞かずに、再び信長さんの前に仁王立ち。その自信と活力はどこから湧くんだろう?


「いいかしら信長、一つ教えてあげるわ!」

「……なんだ松田よ?」

「この織田家と今川家の戦い、勝つのは――」


 ――ピピピ、ピピピ!


 陽菜ちゃんがバンっと言い放とうとしたその時、けたたましい電子音が鳴り響いた。私が持っているポケベルだ。


「ポケベルの音? まさかもう終わり?」


 私はポケットから慌ててポケベルを取り出して、急いで画面を確認する。そこには――。


「ねえ彩花、なんて書いてあったの?」

「それが、『ネタバレ ゲンキン デース』だって……」


 ネタバレ厳禁で~す。つまりいま陽菜ちゃんがしようとしていたように、未来の事を喋るのはルール違反ということだと思う。そのタイミングでまた、「ピピピ」と電子音が鳴った。


「えーっと今度は、『モシヤブルト カエレナクナリマース』ぅ!?」

「「――!」」


 たぶんさっきの続きで、「もし破ると帰れなくなりま~す」だ。それってもし未来の事をネタバレすると、元の時代に帰れなくなるって意味だよね!?


「わ、わかったわよ……。信長、なんでもないわ。忘れてちょうだい」

「う、うむ。そうか?」


 さすがにこれは効いたのか、陽菜ちゃんは大人しく引き下がると畳の上に正座した。元の時代に帰れなくなるって、そりゃ嫌だよね。


「えーっと信長さん? さっきから音の鳴っているこれ、気にならないんですか?」


 少し疑問に思ったので、おずおずと聞いてみる。

 いくらアロハを着ていたからって、さすがにポケベルは見たことないはずだ。不思議に思わないのかな?


「うーむ。俺は南蛮なんばんの物や珍しい物が大好きではあるのだが、うぬらの服やその板切れには不思議と興味がわかんのだ」


 あー、もしかしたらこれもマダムさんの力なのかな? 考えれば昔の人と言葉が通じるのも不思議だし、あの人なら魔法でなんとかしてそうだ。


 私の質問に答えてくれた信長さんは、また「うーん」と悩みだす。今回はもしかしたらこの悩みを解決しないといけないのかな? どうしよう?

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