第9話 セイレキ1560ネン
陽菜ちゃんと街で遊んだ翌日。私たちは再びあの変なモノ博物館へとやって来た。時間は決めていたので、とりあえず角隈山の入り口で待ち合わせ。
「こんにちは、唯ちゃん。あの、聞いてなかったけれど、私も唯ちゃんって呼んでいいのかな?」
「別に構わない。私も彩花さんと呼ぶ」
今日の唯ちゃんは、白いワンピースの上に水色のカーディガンを羽織っている。背がスラっと高いし、可愛い系の陽菜ちゃんと違ってきれい系な感じだ。
「何してんのよ二人とも! 早く行かないと日が暮れるわ! はーやーくー!」
「陽菜ちゃん、まだお昼だし日は暮れないよ……」
今日はビビットなスポーティファッションに身を包んだ陽菜ちゃんにせかされて、私たちは山の上にある変なモノ博物館へと急いだ。
☆☆☆☆☆
「ボンジュ~! 皆さん、お久しぶりで~す!」
「こんにちはマダムさん。あの、今日は何か用事ですか?」
出迎えてくれたマダムさんは、相変わらず魔女みたいな見た目だ。
わざわざポケベルに連絡がきたくらいだし、何か用事があるのかな?
それとも単純に、また遊びに来てほしかっただけ?
「ウィ。もちろんで~す! でも用事があるのは私ではありま~せん」
「マダムさんじゃないんですか? じゃあ誰が?」
私の質問に、マダムさんはニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「もちろん、変なモノで~す」
屋敷の中に入った私たちは、いれてくれた紅茶を飲んだ後、例の特別展示室へと案内された。
展示ケースの中には、相変わらず沢山の変なモノが展示されている。竜馬、卑弥呼、秀吉、クレオパトラ、義経、ナポレオン。少しは名前を聞いたことのある、歴史上の超有名人ばかりだ。
「何度見ても普通のアロハなんだけどね。そこらの服屋さんで売っているような」
「うん。ただし信長が着用したという言われがなければ」
さっき紅茶をいただいている時にマダムさんから聞いた話だと、またこの『織田信長のアロハシャツ』が私たちを呼んでいるらしい。
本当に不思議だ。何の変哲もない普通のアロハシャツに見えるのに、吸い寄せられるように見てしまう。隣に立つ唯ちゃんも、その静かな瞳でじっと見つめている。
「ねえねえマダムさん、他の変なモノを使ってもタイムトラベルできるの?」
「それはどうでしょ~か陽菜さん。全てはお導きしだいで~すから」
「ふーん」
「陽菜さんは、どこか見てみたい時代でもあるので~すか?」
「別に。ただちょっと気になっただけ」
陽菜ちゃんは私と一緒で歴史に詳しくなかったはずだ。私みたいにあれから気になって調べたとか? いや、ただ色んな時代を見物したいだけって可能性もあるか。うん。陽菜ちゃん的にはそっちの方がありえそう。
「さあさあ、手っ取り早く始めちゃいま~しょう。百聞は一見に如かず! ゴートゥー戦国時代で~す!」
「おーう!」
「ちょ、ちょっと待ってくださいマダムさん! 陽菜ちゃんも!」
マダムさんも陽菜ちゃんも、ノリノリでタイムトラベルを始めそうだったので私は慌てて止める。
「オウ彩花さん、どうしたので~すか?」
「私たちは前回、かなり危険な目にあいました。今回は大丈夫なんですか?」
「ウィ。大丈夫だと思いま~す。たぶん」
たぶんて。
「ノン、心配ご無用で~す! 日本には”三人寄れば
まあそりゃ、二人とも頼りになるけれど……。
私たちってもしかして、底が見えない谷にかかったボロボロの橋を渡るレベルで危険な橋を渡ろうとしてない?
「大丈夫。いざとなったら逃げる」
「唯ちゃん、私はそんなに足は速くないんだよ」
この子だいたい
私的にはもう少し秀才パワーの方でお願いしたいです。
「冗談はともかく、帰ることができる条件を教えてほしい。危険だったら帰れるのか、ポケベルで連絡を取ったらここに戻してもらえるのか」
「オー唯さん、話していませ~んでしたか? あなたた~ちを記憶の世界に招待した変なモノが満足したら――つまり、何らかの目的を達成したら帰ってこれま~す」
「つまり、マダムさんが操作しているわけではないと?」
「ウィ。全てはお導きのままで~す」
つまりあのアロハシャツのご機嫌次第?
ランダム性高いなこのタイムトラベル。ガチャかな?
「あれ、じゃあ前回は私たちなんで帰ってこられたの?」
前回戻った時はたしか、吉法師くんに津島の湊町を案内してもらっている時だった。何かアロハシャツさんを満足させたとも思えないんだけれど。
「それはた~ぶん、皆さんの信長に対する認識が変わったからで~す」
「吉法師くんに対する認識?」
「ウィ。彩花さんは帰ってき~た時、『織田信長があんな感じだって、ちっとも思ってもみなかった』と言いまし~た。信長の印象が変わった。それが良かったのではないのでしょ~か?」
不思議な話だけれど、不思議な体験をもうたっぷりとしているから、信じられないかと言わるとそうじゃない。つまり今回も何か私たちに知ってほしいことがあるって、このアロハシャツが思っているってことなのかな?
「じゃ、というわけで今回も行きま~しょう! 皆さん、心の準備はよろしいです~か?」
「おーう!」
「はい」
「は、はい!」
陽菜ちゃんは元気よく、唯ちゃんは何か考えながら冷静に、そして私は緊張混じりに返事をする。不安な事はあるけれど、タイムトラベルなんて経験、ワクワクしないと言えば嘘になる。
「うわわ!」
前回と同じように、私たちの身体が白く輝き始め、周囲の景色がコーヒーカップみたいに回転しだす。その回転はだんだんと速くなっていき――。
☆☆☆☆☆
「う、うーん……」
床が固い。今回は地面の上じゃない。これは……板張りの床だ。
ゆっくりと身体を起こして、周囲を見渡す。
私と同じように、陽菜ちゃんと唯ちゃんも起き上がる。
「ここは?」
「わからない。少なくとも、建物の中ではある」
と、唯ちゃん。
たしかに屋根がある。壁がある。床は板張りで広めな建物の中だ。
ここが戦国時代という事を考えると、もしかしてお城の中?
「彩花さん、ポケベルを見て」
「あ、そっか! えーっと、『セイレキ1560ネン オワリノクニ』だって」
「西暦1560年……」
ふむ、と顎に手をあてて、唯ちゃんは何か考えるような仕草をする。
1560年かあ。前回はたしか1544年だった。つまりあの時から16年後ってことだよね?
「む! なに奴!?」
鋭い声で呼びかけられて、振り返る。
そこには鎧を着た人たち――お侍の人たちがいた。
「
(唯ちゃん、間者って?)
(スパイのこと)
ええーっ!? スパイだと思われてんの!?
いきなりピンチじゃん!
「き、聞いてください、私たち!」
……なんて言えばいいんだろう? まさか戦国時代の人に、タイムトラベルと言って通じるわけないし。それにこのお侍さんたち、すごく怖そう。まるでこれから戦いが始まるみたいな――。
「ええい黙れ、怪しい奴らめ!」
「うわわっ!?」
騒ぎを聞きつけて集まってきた他の人たちが私たちを取り囲み、槍や刀を一斉に突き出す。鋭い槍の先がわずか数センチのところまで迫り、ギラギラと光り輝く刀には、青くなった私たちの顔が反射する。
(ちょっとちょっと、今回もいきなり大ピンチなんですけどー!?)
私は『ノン、ご心配無用で~す!』というマダムさんの言葉を思い出す。
なんと無責任なんだ。現に私たちはこうやって鋭すぎる刀や槍を突きつけられている。言ってみれば私たちの余命はあと数センチだ。
「さあ、正直に白状せい!」
なにを!? スパイじゃないですって!
どうすればいいのこれええ!?
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