第8話 街へ

 そして連休、約束の日。

 お母さんから許可とおこづかいを貰った私は、陽菜ちゃんと一緒に電車に揺られている。目指す映画館は七駅先だ。


「なあにそわそわしてんのよ、彩花」

「あ、ごめん陽菜ちゃん。こうやってお友達とだけで電車に乗るの初めてで」


 今まで電車に乗った時は、親と一緒かお姉ちゃんに連れられてだった。こうやって同じ歳のお友達とだけで電車に乗るのは初めてだ。正直キップを買うのも緊張した。


「まったく、彩花はお子ちゃまねえ。戦国時代へ行くのに比べたらずっと近くよ。怯えることじゃないわ」

「あ、あはは。そうだね陽菜ちゃん、ありがとう」


 今日はクールなストリートファッションで決めた陽菜ちゃんが、笑顔で私を元気づけてくれる。おかげで少し心細かったのがなくなった。


 そんな風にワイワイと楽しく話をして(もちろんうるさくして迷惑をかけない程度に)いたら、七駅先なんてすぐについて、あやうく乗り過ごしそうだった。



 ☆☆☆☆☆



「面白かったね、映画」

「ええ、期待通りだったわ。大宇宙のロマンね」


 私たちが見たのは、どちらかというと男の子向けっぽいSF映画。宇宙を舞台にバーンと戦いが繰り広げられ、アクションシーンがドーンという感じで、CGと爆発がボガーンとド派手だった。


 陽菜ちゃんはこういう映画を、「お子ちゃま向けっぽくて嫌い」とか言いそうだけれど、意外なチョイスにびっくり。


「陽菜ちゃんこれからどうするの? 帰る?」

「帰るなんてもったいないわよ。せっかく大きな街に来たんだし、カフェに行きましょ。オススメのお店があるの」


 カフェ。普通女子の私にとって魅力的な響きだ。行ったことないし行ってみたい。


 私はささっとお財布を開いて、お母さんから貰ったおこづかいの残りをチェック。うん、たぶん大丈夫。電車代を考えても、それくらいなら。


「うん、行こう。私も行ってみたい」

ならそう言ってくれると思っていたわ」

って……、吉法師くんに影響されまくりじゃん」

「アハハ、さあ行きましょ」


 陽菜ちゃんおすすめのカフェは、道路沿いにテーブルとイスが並べられている、いわゆるオープンカフェというやつだった。濃い緑色のパラソルの下に座っていると、なんだか道路を歩いている人から見られているようで落ち着かない。


「もう、彩花ったらビクビクしすぎ」

「あはは、慣れてなくて」


 私はそう言ってレモネードを飲む。ストローを通して爽やかな香りが口の中に広がり、少しリラックスできた。


「陽菜ちゃんはすごいね。いつもおしゃれだし、こういうお店も知っているし」


 すごく大人なんだなと思う。出会ってから陽菜ちゃんはよく私のことを「お子ちゃま」だと言うけれど、本当にそうなんだろうなと納得する。


 だって私は今日まで、こんなおしゃれなオープンカフェなんて雑誌やテレビの中でしか見たことなかったし、まさかこうして過ごすなんて夢にも思わなかった。


「前、ママに連れてきてもらったのよ。雰囲気良いでしょ?」

「うん、すごく。ママってモデルさんの?」


 陽菜ちゃんのご両親は、たしかお父さんが世界を股にかけるデザイナーさんで、お母さんがモデルさんだったはずだ。七陣小ではすごく有名な話だ。


「そうよ。私のママったらすごいんだから! よく雑誌の表紙になってるし、テレビだってたまに出ちゃう。SNSのフォロワーなんて、すごく沢山よ!」

「そうみたいだね。私も陽菜ちゃんのママを、お姉ちゃんの雑誌で見たことあるよ」

「ふっふーん、そうでしょそうでしょ。パパもすごいのよ! この前はイタリアでお仕事して、今度はフランスなんだって。彩花はフランスって知ってる?」


 イタリアにフランス……えーっと、確かヨーロッパの国だ。うん、たぶんきっと絶対そう。ヨーロッパはたしか日本からだと、地図でずーっと左に行ったところだから、すごく遠いのかな。


「えーっと、すごく遠い国ってことくらいかな」

「そうね。ファッションやお料理が有名なのよ。私も一回行ったことあるわ」

「へえー。それにしても本当にすごいよね、陽菜ちゃんのパパとママ。色々活躍されているんだね!」

「そうよ、私のパパとママはすごいの! お仕事も沢山頼まれていて、すごく忙しくて、それで……」


 それまで笑顔で元気に話していた陽菜ちゃんの言葉が詰まった。そして手に持っていたグラスをテーブルへ置くと、パラソル越しに少し空を見上げた。


「それで……、私とはなかなか会えないの。ねえ、彩花は夜ご飯、家族と食べる?」

「え? うん、家族と食べるよ」


 お父さんやお姉ちゃんが仕事や部活で遅くならない限り、夜ご飯は家族四人で食べる。別に二人もそんな頻繁に遅いわけじゃないし、だいたいは家族そろってだ。


「そう、……ね。私は週の半分は、一人きりで食べるわ」

「……そうなんだ」

「パパは外国だし、ママもモデルのお仕事で夜遅いから仕方ないんだけれどね。今日見た映画もね、本当はパパとママと見たかったんだ。一年生の時、パパが少しだけ日本に帰ってきて、たまたまママも時間が空いていて、家族であの映画の前作を見たの」


 そう言えば今日見た映画はツーだったな。前作を知らなくても楽しめる内容だったから、気にもしてなかった。


「だからあれは思い出の映画。私にとっての数少ない、家族三人そろった大切な思い出。ねえ、彩花は私がなんて呼ばれているか知ってる?」

「それは、えーっと……」


 もちろん知っている。”七陣小のワガママクイーン”だ。でもそれを本人の前で言っていいのか悩んでいると、陽菜ちゃんが先に口を開いた。


「ま、知ってるわよね。有名らしいし。でもそれはいいのよ。クイーンって女王って意味でしょ? ゴージャスだしエレベーターだと思うわ」


 いいんだ。でも陽菜ちゃん、エレベーターじゃなくて、もしかしてエレガントとかじゃないかな? エレベーターだと上に行っちゃうよ?


「私はパパとママのことが大好きだし、誇りに思っているから、さっきみたいに二人がどれだけすごいかってのをよく言っちゃうのね。でもそれを不満に思う子もいるみたい」

「……そういう人もいるかもしれないね」

「まあそうかもね。でも私にとってのそれは、みんなが言う『またママに怒られた』とかと一緒なのよ。というか私からしたら、そっちの方が嫌味に聞こえるわ」


 陽菜ちゃんはご両親とあんまり会えないと言っていた。だから怒られるのも羨ましいのかな?


「あーあ、私って性格悪いのかしら?」

「私は……!」

「ん? どうしたの彩花?」

「私は、陽菜ちゃんの性格そんなに悪くないと思うよ! 今日だって電車で不安だった私に声をかけてくれたし、戦国時代に行った時もぐいぐい行く性格には助けられた。あの時もし私だけだったら、きっと不安で不安で何もできなかったと思う。そりゃワガママなところはあると思うけれど、パパとママを好きなのは絶対に素敵で良いことだよ!」


 出会ってからまだ一ヵ月くらいだけれど、陽菜ちゃんは別に性格が悪いというわけじゃないと思う。明るく社交的だし、こうやって私を映画に誘ってくれたのも嬉しい。


 陽菜ちゃんは、最初はキョトンとした顔で私をながめていたけれど、すぐに元の明るい表情に戻った。


「ぷふふ、あはは! 私が素敵なのはそりゃ私が一番知っているわよ」

「ええ……」


 さっきまでぼんやりと空を見上げていたのは何だったのか……。

 思わずそう思ってしまうくらい、今の彼女の笑顔は自信満々だ。


「でもまあ、ありがと。彩花に言葉をかけてもらって、なんだか元気が出たわ。人間元気が一番よね。落ち込んでないでガンガン行かなきゃ。臆病に閉じこもっていても始まらないわ! さあ、行きましょう彩花。レコメンドスポットはまだまだあるんだから!」


 陽菜ちゃんはバッと立ち上がると、満開の笑顔でそう言った。

 私はこの良く晴れた日に、陽菜ちゃんに連れられて沢山の事を体験して、それはどれも素敵な思い出になった。

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