第2章 桶狭間でアゲてけ

第7話 調べてみた

「――というわけで、私たちが見つけた七陣ひみつスポット、変なモノ博物館の紹介でした。これで発表を終わります。ありがとうございました」


 三人そろって礼。パチパチとクラスのみんなから拍手がおくられる。


「へぇ~、角隈山にそんな場所があるなんて、先生知らなかったなあ」


 と、笑顔の工藤先生。

 へー、先生も知らなかったんだ。建物は古そうだったけどな。他の子にも聞いてみたけど、みんな知らないって言ってたな。


 でも、私もちょっと違和感があった。うまく言えないけれどあの建物、まるで古いまま突然あそこに現れたような、そんな不思議な感じだった。


 ネットで調べても今時ホームページもなかったし、もしかしたらあの時本当にあそこに生えてきたのかもしれない。タイムトラベルなんてことができる人の家だから、そんなことないとも言い切れない。


 とにかく、あの不思議な冒険からしばらくが経った。。

 私たちは変なモノ博物館をひみつスポットとして紹介することで、無事にグループ学習の課題発表を終えた。もちろんタイムトラベルのことは秘密にして、ただの変なモノが置いてある博物館としてだ。


 あれから私は、織田信長という人物に興味が出て少しだけ調べてみた。

 歴史って難しい話だから心配だったけれど、小学生向けの説明や、マンガ版の伝記もあって結構わかりやすかった。


 織田信長。

 戦国時代に活躍した人物。

 尾張国——今の愛知県西部の出身で、最も有名な戦国武将の一人。


 お父さんから織田家を継ぐと、桶狭間の戦いで今川義元の大軍勢を破ってその名は一気に有名に。

 その後どんどん支配地域を広げて、天下統一まであと一歩のところまでいく。けれど家臣の明智光秀って人に反乱をおこされて、京都の本能寺で最期をむかえる。


 最後、裏切られちゃうんだ。

 それにそれよりもずっと前にも、弟さんに裏切られたり、妹さんのお婿さんに裏切られたり、結構つらい人生なんだなって思った。


 吉法師くんはあんなに明るくて親しみやすい感じだったけれど、どうしてそうなっちゃったんだろう?


 最近まで名前くらいしか知らなかったのに、なんだか急に知り合いのイメージだよ。ま、実際あれが夢じゃなければ知り合いになったんだけど。ただしアロハ。


 そう言えば、信長はただ戦いが強くて天下統一に近づいたんじゃなくて、経済の感覚も優れていたって本に書いてあった。きっとあの津島の町で身につけた感覚だったんだね。納得。



 ☆☆☆☆☆



「ちょっと彩花、こっち来てちょうだい」


 それからまた数日がたったある日。昼休みに廊下を歩いていると、松田さんから呼び止められた。なんだろう?

 疑問に思ってついて行くと、廊下の突き当りの目立たないところに長谷川さんが待っていた。


「長谷川さんも?」

「そう。図書室にいたんだけど、松田さんから呼び出されて」

「松田さん、私たち二人に何か用なの? 教室じゃ話せない事?」


 わざわざ呼び出すあたり、そうだと思う。

 この三人だし、つまり話の内容は……。


「もっちろん! ね、ちょうど連休があるし、またあの変なモノ博物館に遊びに行ってみましょ!」


 ああ、やっぱり。


 あれから変なモノ博物館には行っていない。

 別に避けているというわけじゃないけれど、なんとなく行ってない。というか、変なモノ博物館の秘密についての会話があれ以来初めてだ。


「えー、うーん……」

「なによ? タイムトラベルなんて中々できない体験でしょ?」

「それはそうだけど……。怖い思いをしたのを、松田さんは覚えていないの?」


 あの時、吉法師くんが助けてくれなきゃ大変だったと思う。命がなかったかもしれない。そういう事も考えちゃうと、私はあんまり乗り気じゃないかな。


「私も上林さんと同じ意見。あの時はあなただって早く帰りたいと言っていたじゃない」

「なによおー、二人ともノリが悪いわね。それに何? いつまでも松田さん松田さんって他人定規たにんじょうぎな――」

「他人定規じゃなくて他人行儀たにんぎょうぎ

「そうそうそれよ長谷川! そう言いたかったの!


 自分は「松田さん」を他人行儀と言ったのに、長谷川さんは「長谷川」呼びなあたり、“七陣小のワガママクイーン”ここにありだ。松田さんは、そんな事気にも留めずに話を続ける。


「ともかく! 一緒に戦国時代まで行ったのに、いつまでも他人行儀な言い方してんじゃないわよ。彩花! それにえーっと、長谷川の下の名前ってなんだっけ?」


 松田さん――いや陽菜ちゃん、長谷川さんの下の名前知らなかったの?

 長谷川さんは「はあ」とため息をついた後、自分の名前をボソリとつぶやいた。


「唯」

「そうそう、彩花に唯!」


 どこら辺でスイッチが入ったのか、陽菜ちゃんはすごく乗り気みたいだ。どうやって断ろうかと考えていたら、「ピピピ」と私のポケットから電子音が鳴った。


「なんだろう……あ」


 私はスマホを持ってないし、音の出るような物をポケットに入れていないはず――と思っていた。けれどポケットをごそごそと漁ると、よく見たことある物が出てきた。マダムさんに持たされたポケベルだ。


「なによ彩花、学校まで持ってきてるの?」

「いや、家に置いてきたと思うんだけど……」

「ふーん。まあそれはどうでもいいのよ! なんてメッセージがきたの?」

「えーっと、——!?」


 モノクロの電子画面に表示されたメッセージに、私は思わずキョロキョロと周りを見渡す。当然だけれど、マダムさんはどこにもいない。けれどあまりにもタイミングが良すぎると思う。


「なによ彩花、早く言いなさいよ」

「あ……、うん。『レンキュウチュウ アソビニ キテクダサーイ』だって」

「ベストタイミングじゃない! ほら、マダムさんも遊びに来てって言ってるわ! だから行くだけ行ってみましょうよ」

「うーん、この連絡を無視するのも悪いし、行ってみるかなあ?」


 マダムさんは良い人だと思う。少なくとも悪い人じゃないとは思う。

 グループ学習の発表にも協力してくれたし、遊びに行くくらいなら……。


「それでこそ彩花よ! 長谷……唯は?」

「わかった、私も行く。二人だけだと心配だし」

「よしよし、決定ね。保護者気取りなのが引っかかるけど、まあいいわ」


 長谷川さん――唯ちゃんも一緒なら安心かな。

 もし何かあっても、歴史に詳しくて頼りになるし。


「よーし、そうと決まれば別の日も出かけるわよ! 映画を見に行きましょう!」

「映画? 何か関係あるの? 歴史の映画とか?」

「いや、全然」


 ……“七陣小のワガママクイーン”は、今日も唐突とうとつです。


「見たい映画があるのよ! 連休のうち一日は変なモノ博物館に行くでしょ? だから他の曜日に三人で新婚しんこんを深めに――」

親睦しんぼくね」

「そう言うところだったの! 親睦を深めに映画を見に行きましょ!」


 そう言えば陽菜ちゃん、さっきクラスでいつも一緒にいる子たちを映画に誘って断られていたな。でもまあいいや。面白そうだし。

 陽菜ちゃんも陽菜ちゃんなりに考えて私たちを誘っているわけで、決してただ自分が映画を見たいだけじゃないと思う。たぶん。


「私はいいよ。お母さんに聞いてみないとだけど」

「よし、さすが彩花! 唯は?」

「私はパス。他の日は用事があるから」

「そうなの。まあいいわ、じゃあ決定! 七陣タイムトラベル三人官女出発! おー!」

「お、おー!」

「おー」


 陽菜ちゃんが「おー!」と拳を突き上げたのに合わせて、私も「おー」と上げてみる。表情は変わらないけれど、唯ちゃんも「おー」と合わせて拳を上げた。名前呼びもそうだけれど、特別な二人と少し仲良くなれたみたいで嬉しい。


「でもそのネーミングセンスは正直ないと思う」


 唯ちゃんが真顔でつぶやく。

 正直そこは私も同感です。

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