第6話 変わるイメージ

「はは、どうだ! 織田家が精魂込めて築きあげた、津島つしまみなとよ!」


 案内されたのはにぎやかで大きな港町だった。行きかう人々は皆活気に溢れていて、笑顔いっぱいだ。並ぶのは新鮮な魚や貝、そして野菜やきれいな布なんかも売ってる。


「これはウツケの若殿!」

「おう、元気にやってるか?」

「おかげさんで!」


 通りを歩くと、吉法師くんは町の人々からよく声をかけられている。皆に慕われて、信頼されているんだな。


「すごいね、吉法師くんは」

「ん? いいや、津島が繁盛しているのは俺の父や祖父の功だ。ただ、俺はこの町を歩くのが好きだ。城で勉学に励むよりも、よほど世の中の事がわかる」

「どういうこと?」

「そうだな。例えばほら、あの男を見よ。どう見える?」


 彼が指さしたのは、ある商売をしている男の人だ。

 まるで「悩みなんてありませーん」みたいな、すごくにこやかな顔だ。


「えーっと、すっごく笑顔?」

「そうだ、あの男は笑顔だ。もうかっているからな。では、あちらの男はどうだ?」


 今度は反対側にいる、別の商売をしている男の人を指さす。

 こちらはなんかどんより。呼び込みをしているけれど、活気がない。


「さっきの人と比べると、暗く感じるかな。落ち込んでるのかも」

「その通りだ。こちらの男は儲かっていない。ゆえに落ち込んでいる。が、この男と先ほどの男、取り扱っている商品は同じ品だ。どうして差が出ていると思う?」

「え? えーっと……」

「決まっているわ! お店の雰囲気が悪いのよ!」


 と、横から松田さん。

 確かに、暗い雰囲気のお店で買い物ってあまりしたくないよね。


「ははっ、そうだな。しかし違う。単純に落ち込んでいる男の店の方が高いからだ。しかし元より二人の男の商品は、どちらも同じ近江おうみより仕入れている品。元の値は同じなのだ。しかし高いと安いの差が出る」

「じゃあ負けないように値下げすればいいじゃん!」


 と、再び松田さん。

 でもそうだよね。高くて売れないのなら、同じ値段で売ればいいのに。


「そうはいかんのだ。ちょうど荷を運ぶ道のあたりでいくさがあってな、安く売っている男の方は別の道を使う伝手つてがあったが、高く売っている方の男はそれがなかった。ゆえに荷運びの代金が高くなり、安く売っては赤字となってしまう。だから値下げができない」


 なるほど? つまり安く売っている人の方が賢かったってことかな?


「ま、小難しい話はともかく、俺が言いたいのは物事には必ず原因があるということだ。今回は戦だが、それは大風や地震だったりする。儲かるにも儲からないにも原因がある。正確な情報は直接見るしかない。城におってもわからんことだ」


 なるほどね。インターネットがあるわけじゃないし、遠くの事がすぐにわかるわけじゃない。それを彼は、町の人の顔や雰囲気を見て話しをして考えているんだ。


「俺には夢がある。この尾張だけでなく、いくつもの国をまとめて大きな商売をするのだ。そうすれば戦を止め、災害が起きたら助け合うことができる。そしてみんなで商売をして笑顔になる。そんな夢がな!」


 そう語る彼の顔はキラキラ輝いていて、たとえ将来織田信長という名前で歴史に残るということを知っていなくても、きっと何かしてくれそうな感じだ。そして語り終えると、ニカッと笑った。


「長谷川さん、すごいね吉法師くんって。私知らなかった」

「うん、私も知らなかった」

「え? 長谷川さんも知らなかったの?」

「織田信長の事は知っていた。けれど、子どもの頃の彼はウツケと呼ばれて変わった事ばかりしていたと本に書いてあったから、こういう事を考えていたのは知らなかった」


 確かに私のふんわりと知っていた厳しそうな織田信長と、目の前のアロハで明るい性格の吉法師くんは結びつかない。イメージ変わったな。


「彩花! あっちにも何か面白そうなのがあるわよ!」

「あ、ちょっと待って松田さん!」


 ――ピピピ、ピピピ!


 走り出そうとした松田さんの手を握った時、何か電子音が私のポケットから聞こえた。マダムさんから借りたポケベルだ。


 私は取り出して画面を見ようとした。けれどそうする前に、ぼんやりと、そしてすぐに激しく私たち三人の身体が輝き始める。


「これは!?」

「うん、たぶんこれは……」

「うわっ! またなの!?」


 そして周りの風景がグルグルと高速で回転しだした。これはきっと、私たちがこの時代に来た時と同じやつだ。


「おお、いったい何が!?」

「もののけの仕業か!?」

「また会おうぞ――」


 戸惑う周囲の声に混じって、吉法師くんのそんな言葉が聞こえた気がした。



 ☆☆☆☆☆



「皆さ~ん、おかえりなさ~い!」

「うっ……、あ! マダムさん!」


 目をあけると、目の前には笑顔のマダムさん。つまり――。


「帰って来た! ねえ、二人とも起きて! 私たち帰って来たんだよ!」


 ここは元の場所。つまり変なモノ博物館の展示室だ。

 帰って来た。私たち元の時代に帰って来たんだ!


「良かった」


 と、短いけれどホッとした表情の長谷川さん。


「えー、私はもう少し戦国時代観光したかったのにー!」


 と、言ったのは松田さんだけど、一番帰りたがってたじゃんとツッコミをいれたくなる。


「無事に帰ってきてなによりで~す。どうでした~か?」

「いきなりタイムトラベルさせるなんて酷いです! 吉法師くんが助けてくれないと危なかったんですから。でも……」

「でも……?」

「でも、少し――いえ、結構楽しかったです。信長があんな感じだって、ちっとも思ってもみなかった」


 私は元々歴史に詳しくないし、織田信長という人物についてどれだけ知っているかと言われると、ほとんど知らない。けれど今日会った吉法師くんは、ふんわりと思い描いていた怖いイメージとはまるで違う印象を受けた。


「私も私も! 吉法師って不良っぽかったけれど、案外良いやつよね!」

「うんうん、そうでしょう。というやつで~す。私は皆さんが楽しんで歴史の事を知ってく~れて、この変なモノ博物館の館長としてとても嬉しいで~す」

「ちょっと聞きたい事があります」


 長谷川さんが挙手していた。


「どうしま~したか、唯さん?」

「なんで信長はアロハシャツを着ていたんですか?」

「彼はなんと言っていま~したか?」

「拾ったと」

「ならそういうことで~しょう。世の中不思議なこともあるもので~す!」

「ええ……」


 うん、まあ気持ちはわかるよ。でもついさっき戦国時代にタイムトラベルした以上、世の中不思議な事もあるって言われたら、なんか納得しちゃう。


「あ、そうだタイムトラベル! マダムさん、どうやって私たちを戦国時代に送ったんですか!? まさか、このポケベルがタイムマシン!?」

「ノン。そのポケベルはタイムマシンで~はなく、ただ別の時代とも通信できるポケベルで~す」


 いや、それもすごいと思うけど。


「じゃあどうやって?」

「それは……」

「それは……?」

「企業秘密で~す!」

「「「えええーっ!」」」


 今度は私と松田さんだけじゃなくて、長谷川さんまでもがハモる。


「教えてくれたっていいじゃないですかー」

「ノン、ダメで~す」


 そう言って、マダムは手をバッテンの形にした。


「しいて言えば、おちびきで~すね~」

「お導き?」

「ウィ。ここに展示されてい~る変なモノ、今回は『織田信長公着用アロハシャツ』に導かれたので~す」


 導かれた。そう言えばマダムさんと出会った時も、そんなことを言っていた気がする。この変なモノ博物館に来たのも、導かれたからだって。


「これが導いて……?」


 真っ赤で派手なアロハシャツは、今も展示ケースの中に飾られている。当然何かを喋るなんてことはないけれど、あんな体験をした後だと、何か訴えてきている気がする。


「ささ、もう夕方で~す。遅くなるといけま~せんから、皆さんお家に帰りましょ~う。オルヴォワ~」



 ☆☆☆☆☆



「あら、お帰り彩花」

「あ、お姉ちゃん。ただいま!」


 家に帰ると、普段は部活で遅い、中学生のお姉ちゃんがもう帰って来ていた。


「あれ、お姉ちゃん部活は?」

「今日は日曜で朝から練習だったから、夕方までだよ」

「あ、そっか」

「彩花はどこへ行ってたの?」

「学校の課題で角隈山だよ」


 私たちは話し合って、タイムトラベルしたことは秘密にしておくことにした。まあ話したって信じてもらえないだろうしね。


「ねえ、お姉ちゃん」

「なに、彩花?」

「織田信長ってさ、アロハ着てたと思う?」

「はあ? あんた何言ってんの、そんなわけないでしょ」

「あはは、そうだよね……」


 実際に見た今でも――というより、タイムトラベルをしたという体験自体が、夢だったんじゃないかと感じられる。そう思っても仕方ないくらい不思議な体験だった。


(でも――)


 私は自分の部屋に入り、ポケットからある物を取り出す。マダムさんから『また必要になると思うから、貸しておきま~す』と渡されたポケベルだ。


「夢みたいだけど、夢じゃないんだよね……」


 ぎゅっと握りしめたそれの液晶には、何も文字は表示されていない。けれど、あの不思議な戦国時代で体験したことを思い出す。あれが夢じゃなかったと教えてくれる。その思い出が、なによりの証拠だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る