第5話 ウツケ参上

「……タ、タイムトラベル? は、長谷川さんもそんな冗談を言うんだ」


 そりゃ「もしかして」とは思ったよ? でもまさか、学年一秀才の長谷川さんがそんな事を言うなんて。きっと冗談だ。彼女流のジョークに違いない。


 私はそう自分に言い聞かせるように尋ねたのだけれど、彼女はいたって真面目な顔(と言っても、いつもと変わらない無表情だ)を崩さない。


「私も馬鹿げているとは思う。でも、そう考える方がむしろ自然」

「そ、そのショーコはなんなのよ!」

「証拠もない。けれど、あまりにも不可解な事が起きすぎている。私たちは戦国時代へとタイムトラベルしたと考える方がむしろ納得できる」


 そう……なのかな? 長谷川さんがそこまで言うのならそうなのかも。

 いやいや待って、そんなの物語の世界だ。特別な二人はともかく、モブキャラの私がこんな不思議ストーリーに巻き込まれるのはおかしい。


 ……うん。でも山から浜辺に突然移動している時点で、大掛かりなドッキリでもなければ説明つかないよね。じゃあ戦国時代かー。タイムトラベルとは普通な私も偉くなったものだ。


「ちょっとお! ここが戦国時代なら、どうやって帰ればいいのよ!?」

「それを私に言われても困る」

「松田さん落ち着こうよ」

「落ち着けって、じゃあ彩花はどうやって元の時代に帰ればいいのかわかんの!? タイムマシンでも持ってんの!?」

「そ、それは持ってないけど……」


 唯一の手掛かりと言えば、マダムさんから借りたこのポケベルくらい。けれど、ボタンを押してみてもさっぱり反応しない。


「とりあえずいったん落ち着こ。落ちつ――」

「おうおう、嬢ちゃんたち。珍しい着てんな!」


 ありえない状況に混乱してわーわー騒いでいた私たちは、後ろから人が近づいてきているのに気がつかなかった。


「べ、べべ……?」


 わからない言葉を聞き返しながら、ゆっくりと振り返る。


「服のこと」

「あ、ありがとう長谷川さん」


 長谷川さんが答えてくれたけれど、その声は少し震えていた。


「なんだあその格好、異人かあ? いや、違うみてえだなあ」


 大柄な男の人だった。それも三人。

 腕は太くて、日焼けした肌には傷なんかもあって、めちゃくちゃ怖い。


「おいお前ら、どこのモンだ?」


 迫る男の人の時代劇でしか見ない服装と髪型が、タイムトラベルしたという現実を嫌でもつきつけてくる。


「わ、私たちは……」


 どうしよう。怖い。息ができない。二年生の時に犬に追いかけられた時よりずっと怖い。比べ物にならないほどに怖い。


「さっさと取っ捕まえて売っ払いましょうぜ」

「そうでさあ兄貴。人が来たらめんどうでさあ」


 逃げなきゃ。ここから逃げなきゃ。でもどこへ?


 右を見る。いつも冷静な長谷川さんの顔が真っ青だ。

 左を見る。松田さんは頭を押さえて、「もうヤダ……」と泣きそうだ。


「さあ、こっちに来やがれ!」


 男が吠え、野太い腕が私に迫る。

 どうする? どうにかしなきゃ。

 そうだ助けを。声を振り絞って助けを呼ばないと。誰か、誰か――、


「――助けて!」


 その声がどれくらい大きかったかわからない。もしかしたら、さっき驚いた時の声の方が大きかったかもしれない。それを聞いて来てくれたのかはわからない。けれど、何かは起こった――。


「おいおい、何をやってんだ手前ら!」

「なんだ……?」


 男の子の声が響き、振り返る男たち。

 その顔がみるみるうちに焦りに染まっていく。


「ゲッ! !?」


 男の内の誰かがそう叫ぶと、男たちは我先にと逃げて行った。

 た、助かった……?


「おい、うぬら大丈夫か?」


 私たちの前に現れたのは、羽織った真っ赤なアロハシャツが目立つ、髪をひとつ縛りのちょんまげヘアにした、同じ歳くらいの男の子。不良っぽい仲間を何人も引き連れて、彼自身も悪っぽい感じだ。


 アロハ? もしかして……いや、まさか。とりあえずお礼は言わないと。


「助けてくれてありがとう! 私の名前は上林彩花。こっちはクラスメイトの長谷川唯ちゃんに松田陽菜ちゃん。えーっと、あなたのお名前は?」

「名前? ああ、とくと聞くがよい! 俺の名は吉法師きっぽうし! 織田吉法師だ!」


 へえー、吉法師。珍しい名前だ。

 というか腰のそれってやっぱり刀?


「――き、吉法師!?」

「どうしたの、長谷川さん?」


 長谷川さんが、かなり動揺しながら素っとん狂な声をあげた。さっき怖い思いをしたばかりだから、さすがにまだ落ち着いていないのかな?


「……吉法師は、信長の幼名ようみょう

「ようみょー? 何よそれ?」


 ぼそっとつぶやいた長谷川さんに、松田さんはハテナがいっぱい浮かんだ顔で聞き返す。私も知らない。なんだろう?


「幼名というのは、武士の習慣にあった子どもの時の名前。大人になったら別の名前を名乗る。吉法師は信長の幼名。つまり目の前の人物は、たぶん状況的に織田信長の子どもの頃」


 つまり織田信長さんの小さい頃の名前ってことだね。

 へえー、のぶながね。織田信長……。


「――信長ァ!? アロハなのに!?」

「私も信じられない。でも、そう言わざるをえない。アロハだけど」

「「ええええええっ!?!?」」


 もしかしたらと思っていた。だって目の前の吉法師——信長さんの着ているアロハシャツは柄も色合いも、さっき変なモノ博物館でマダムさんから見せてもらったものと瓜二つだ。


 でもまさか、本当に織田信長だなんて信じられない。だってアロハ着てるし!


「どうした、そんなに驚いて? いや、うぬらに怖い思いをさせてすまなかったな。父上からこの那古野なごやの地を与えられたのに、あのような無法者をのさばらせてしまっている……」


 と、心の底から申し訳なさそうな吉法師君。うん。すごく申し訳なさそうだ。

 でも……言っている意味がいまいちよくわからない!

 ”うぬ”って言うのは、君たち的な事なんだろうけれど……。


(長谷川さん、信長さんはなんて言ってるの?)

(怖い思いをさせてごめんなさいって)

(あ、そこはわかる。その後は?)

(この那古野——現代で言う愛知県名古屋市の辺りを統治しているのに、あんな乱暴者がいるのは自分の責任だって)


 へー、私と同い歳くらいなのに、そんな市長さんみたいな事してるんだ。

 やっぱり小さな頃から普通じゃない特別な人なのかな?


(私、愛知県と名古屋県って別にあると思ってたわ)

(はあ、松田さん……)


 松田さんは喉元過ぎれば熱さを忘れるタイプなのか、そんな気の抜けた質問をして長谷川さんに溜息をつかれる。でもごめん。私もそれ思った。


「うぬら、先ほどから何をこそこそ話している?」

「あ、いえ、ごめんなさい! 信長さん――いや、さま!」

「信長……誰だそれは?」


 あれ、どういうこと?

 私はヘルプの眼差しで長谷川さんに助けを求める。


(信長は大人になってからの名前。今の彼にはまだ未来の事)


 あ、そっか!

 じゃあえっと……。


「ご、ごめんなさい! えーっと、吉法師様?」

「よい。俺はわらべ相手に偉ぶるつもりはない。ただの吉法師でよい」

「童って、自分も子どもじゃ――」

「ちょっと松田さん! あー、じゃあ吉法師くん、質問していいかな?」


 私もそう思ったけど! そう思ったけど!

 私はばっと松田さんの口をふさいで、話を変える。


「質問? いいぞ、なんなりと聞け」

「ありがとう。じゃあ、今って何年?」

「何年? 奇妙な事を申す女子おなごだな。今は天文十三年に決まっておろう」


 うん。予想通りだけど、やっぱり令和じゃないよね。もうここまで証拠を見せつけられた以上、戦国時代で間違いないでしょ。アロハだけど。


「じゃあもう一つ質問! そのアロハシャツって、どこで手に入れたの?」


 私の手を振り払った松田さんが、ぴょこっと飛び出て質問する。

 ええ、それ聞いちゃう? 本当に物怖じしないなあ、この子……。


「……あろは?」

「あー、あんたが来ている派手な着物の事よ」

「おお、そうか。これはアロハシャツと申すか! うん、これは拾った!」


 拾った!?


「……で?」

「……で、とは?」

「いや、どういう風に拾ったとかいう由来はなしなの?」

「ない! しいて言えばそこらで拾った」


 えー。未来人が持ち込んだとか、実は昔の尾張国にはハワイがあったとか、そういう不思議エピソードじゃないんだ。拾ったって。


「そんな変な格好しておいて、それだけってのはないでしょ!?」

「ちょっと、松田さん失礼だよ」


 私も同じこと考えていたけど。


「まったく、そこな娘の言う通りだ。だいたい、うぬらの方こそ奇妙な格好であろう……ま、他人の格好をとやかく言わん。なんたって俺は尾張一のだからな! アッハッハッハ!」


 何が楽しいのかわからないけれど、吉法師くんと仲間たちはそうやって大笑いした。


(長谷川さん、ウツケって?)

(うーん、この場合は変人)

(当たってるじゃん!)

(だから松田さん、失礼だって)


 いや、私も変人だと思うけどね。

 相談を続ける私たちに、笑い終えた吉法師くんはずいっと近づいた。


「うぬらの傾奇者がごとき格好はどうでも良い。怖い思いをさせた詫びに、この俺自ら町を案内してやろう。ついてまいれ」


 そう言って歩き出す、吉法師くんと仲間達。

 どうするか、という選択肢は今の私たちにはない。元の時代に戻る手段がわからない以上一番の手がかりは、あのアロハを着た吉法師くんこと将来の織田信長な気がする。


 二人もちょうど同じように考えていたのか、私たちはうなずききあって彼らの後を追った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る