第3区 報酬
列車は定刻通り新市街区までの各駅を回っていた。
男は恐る恐るカーテンの隙間から外の様子をうかがった。
静かな闇だけがそこにあった。男は安易に"外の景色"を見たことを後悔した。夕方に出発したのだから夜であるのはわかっていたし、時間を知るなら列車内にある置時計を探す方が、よっぽど正確な時間を知ることが出来たからだ。
見慣れない新市街区の闇は、男の不安を膨らませただけだった。
男は、旧市街で出会った背の高い男から"荷物"を預かっていた。
何が入っているかは知らされなかったが、開けることや、まして盗もうとすることは"お薦めしない"と言われていた。男は良い生まれではなかったから、その背の高い男が言わんとすることはよくよくわかった。彼らとはあまり深く関わってはいけないだろう。
彼は駅で腰の曲がった男を見つけるとすぐに仕事を頼みたい旨の話を持ち掛け、この不思議な重い鞄を渡した。仕事があるならわざわざ
男はひどく恐れていた。何を恐れているのかは男自身わからなかったが、不安で、何か恐ろしい気分を味わっていた。
男はもう一度後悔した。妙に簡単なこの仕事を受けてしまったことを。
旧市街区まではかなり距離があるから、戻るのは明日になるだろう。報酬金がいくらかは知らないが、もし前金の半分でもよこされようものなら、おいそれと使いきれない額になる。
男は鞄を抱く腕がぶるぶると震えているのに気が付いた。
瞬間、鋭く長い汽笛の音が響いた。
列車が新市街区ひとつめの駅に─男の目的地に着いたのだ。
男はもう座っていることもできずに、緩やかに走行している列車内を歩きだした。
ドアを蹴破るように駅に飛び出し、男は彼に告げられた通り階段を下りた。石柱の陰から現れた女に、鞄を押し付けるように渡した。
黒い帽子をかぶったその女はしかし、鞄を受け取るや否や、あっという間に夜の雑踏に溶け込んで見えなくなった。
男は呆然とした後、納得がいかないように顔をしかめたが、似合わない大金を抱えて同属に怯えるのも御免だった。
ポケットに突っ込まれた紙幣は今日明日の食事代にしても多く、旧市街区に戻るにしても寒い時間が続くので、売店で外套を買うことにした。
しかし、残念なことに、男が旧市街区で朝を迎えることはなかった。
外套の下で死んでいるのが発見されたのだ。
報酬は一発の鉛玉だった。
男のすべては過去のものになってしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます