第102話 カエサル、イヴァンの提案を承諾する

 ん、何故わし(カエサル)は平原にいるんだ?


「陛下、隣国の魔教徒の軍勢が押し寄せています! その数1万です!」


 魔教徒の軍、それは数十年前に隣国で流行り出した危険思想の宗教団体から生まれたものだ。

富める者、優秀な者をより長寿にするためその宗教内で不要と選別された人間の生命力を奪っているのだとか。

選別により人口が減った彼らは、家畜用の人間を捕獲しようと近隣諸国へ戦争を仕掛けた。


「うわぁ、なんだこいつら! 化け物すぎる!」


 身体に触れることなくこちらの数千の兵が壊滅させられた。


「陛下、ここは退却しましょう! 籠城して連合諸国の援軍を待つべきです」


 わしは宰相の肩に手をそっと置いた。


「案ずるな、わしが出る」


 怯える兵士、頭を抱える宰相。

貴様らの気持ちはよくわかる。

いくらこの国で最も力があるこのわしでも、1万の精鋭に立ち向かうのは不可能と考えているのだろう。


「大剣を持ってこい、2本だ」


「2本ですか?」


「早くしろ!」


「お持ちしました、これでよろしいでしょうか?」


 兵士は5人がかりで大人の身長ほどある剣を2本、地面に突き刺して差し出した。

ふん、この力を見せることが来ようとはな。


「おい、ほんとにあんな重そうな剣持てるのかよ」


 兵士の誰かがそう呟くが気にしない。

私は大剣を片手で持ち上げ、切っ先を重ねた。


「す、すげぇ。5人がかりでもきつかった大剣を軽々と、それも2本」


「大昔に絶滅した巨人族の血を引いていると噂で聞いていたが、本当なんじゃねえか」


 ふふ、正解だ。

巨人族の固有魔法、リミッター解除は対峙した相手に加減ができない。

普段は使うことができなかったが......。


「カエサルがいたぞ! 殺せー!」


 目の前に広がるこれらは全て敵、巻き込むことなぞ気にする必要がないな。

身体をねじり片方の大剣を垂直に、残った方を水平に構える。


「グランドクロス!」


 十字に重なる2本の大剣、その形を模した光はだんだんと輝きと大きさを増した。

上半身にため込んだ魔力、それらを全て大剣に流し込む。

今だ......そう直感して放たれた2つの斬撃。

縦に伸びる斬撃波に追いつこうとするように、水平の斬撃波が草を刈りながら敵へ向かう。

そして2つの攻撃が交わる瞬間、目の前に広がる其処此処(そこここ)が爆発した。

轟く音と共に地面が激しく揺れ、煙が天空へと昇っていく。

煙が消え、地表が姿を現すと目の前は何事もなかったように落ち着いていた。

大軍の足音や声はどこにもない。

我が軍でさえ、わしの力に言葉を失ったようだ。


「さ、事は済んだ。凱旋するぞ」


 どんな強敵が現れようと、このわしがいる限りこの国に危機は訪れない。

城壁に作られた巨大な門を抜けると、街中から歓声が鳴り響いた。


「カエサル様! 今回もありがとうございます!」


 わしは手を振り、彼らに応える。

この日常がずっと続く......そう思っていた。


「きゃあ! 私の子どもが! 誰か助けて!」


 その尋常ならない声と共に、わしは目を覚ます。

馬車から降りたわしは、何となくだが状況を把握した。

冒険者が捕獲したノイズモンキーを脱走させてしまったようだ。

3体のノイズモンキーは街路を疾走し、目の前で鉢合わせた子どもに襲いかかろうとしている。

わしはその現場に直面したというわけだ。


「陛下、危ないのでお下がりを」


 宰相はあの時と同じく、そう言葉を投げかけた。

わしは再び彼の肩に手を置き、あのセリフを吐く。


「案ずるな、わしが出る。大剣を持ってこい」


 目の前に差し出された2本の剣を握り、子どもの元へ行こうとしたその時だ。

身体は剣の重みにつっかえて止められた。

まさか、このわしが剣を持てないというのか?

リミッター解除していなくても、大剣を持ち上げることなど造作もなかったはず。

クソ、これが老いか。

わしは仕方なく、宰相の腰に携えた普通の剣を奪うことにした。


「待ってろ! わしが助けてやる!」


 振り下ろした剣は、一体のノイズモンキーの肩に切り込んだ。

しかし、渾身の力を振るったそれは肉を深く切り裂くことなく骨の手前で止まった。

わ、わしの剣はこんな雑魚モンスターの肉体1つ引き裂けぬというのか!

リミッター解除はここでは危なくてできない......くっ、どうすれば。


「キィ!」


 ノイズモンキーは甲高く耳をつんざく奇声を発し、わしの意識を刈り取りにくる。

下唇を強く噛み、気絶を避けるが他の2体が奇襲を仕掛けてきた。

あぁ、子ども1人救えずなんと惨めな最後だ。

そう悟りかけた瞬間だった。


「水弾!」


 そう言い放つ声と共に、襲い掛かる2体は水の弾丸に吹き飛ばされた。

遠のいたノイズモンキーたちは、こちらを見るや何かを察して逃げる動きを見せる。


「逃がすな! やれ!」


 わしは目の前の個体に追撃を加えて倒し、振り返る。

そこにはイヴァンが数人の貴族を連れていた姿があった。

イヴァンは的確な指示で残りノイズモンキーを処理し、こちらに心配する声をかけた。


「あぁ、怪我はない。それより子どもは」


「ありがとうお爺さん!」


 庇っていた子どもは、わしではなくイヴァンに頭を下げた。

そしてその光景を見届けていた人々は拍手と共に、彼らを褒め称えた。


「みなさん、ありがとう! しかし、私よりもここにおられますカエサル王が身を顧みず助けに入ったのです! それをお忘れなきよう」


「あ、そうだった! ありがとうカエサル王!」


 あぁ、わしはもういるだけの王なのだな。

この力1つで人心を集めてきたが、身体に頼っていたは限界だ。

早くテッタに半神の剣を完成してもらわなければな。

わしが憂いながら馬車に乗り込むと、イヴァンはこちらに近寄る。


「イヴァン、先ほどはすまなんだ。わしも身が衰えてきたようだ。この国の統制を図るために、お主の力が更に必要だ。これからも頼むぞ」


「はっ。しかし、気を落としてはなりません陛下。威光を取り戻すのです!」


「取り戻すだと? はっ、昔ならともかくもはやこの弱い力で何ができる」


「失礼ながら、陛下は王です。どんなに力が衰えようと命令は絶対」


「何をさせる気だイヴァン」


「はっ、囚人のクロノスを公開処刑するのです」


「そ、それでは恐怖政治ではないか! 更に人心が離れていくぞ」


「これまでは陛下のその御身の力に畏怖し、この国の治安は他国と比べて低くありました。

しかし、今回の件で陛下の力が減っていることが知られてしまいました。

このままでは国は荒れてしまう。

そこで、罪人への刑を重くすることで治安を落ち着かせるのです。

はじめのうちは国民も驚くでしょうが、数か月もすれば王への人心もあの頃のように集まるでしょう」


 あの頃、わしが凱旋して鳴りやまない感謝の声が響いた時のように。

わしはもう一度、この国を建て直せるのか。


「わかった。イヴァン、そなたに事をすべて任せる」


「はっ!」

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