第57話 スタッフロール
元々、今の時期を見越して雑誌やウェブへの広告はもとより、原作を出版している
他のゲームの宣伝予定を一部繰り下げてまで、『放浪戦記ガンファルコン』に予算と人員を割いた。
ゲーム雑誌への露出はあまり多くはなかったが、ニンテンドーEストアで体験版をプレイ可能にしたあたりから、ユーザーからの反応が確認できるようになった。
「アウラ・ハントの操作は気持ちいい。アニメの雰囲気も良く出てる」
「最初のステージだけだけど、悪くない。ただ、この調子だと全ステージクリアしてすぐ終わりそう」
「でも放浪モードってあるみたいやな。これでプレイ時間稼ぐってやつなのか」
皆ゲーム全体のボリュームを気にしているようだが、基本的なゲーム内容や操作感については、好感触である。
「体験版の評判、いいみたいッスね!」
「まだまだですよ、ネガティブな意見が出だすと、ゲームがそこそこ広がった証になる」
ネットに感想を書き込んでくれるユーザーというのは限られている。
ポジティブな内容でもネガティブな内容でも、感想を書き込んでくれるユーザーというものは基本的にありがたい。
中傷ならば論外だが、ネガティブな感想でも、それがレビューや感想である限り、書き込むユーザーが現れるということは、それだけゲームが広く遊ばれている証左の一つと言えるのだ。
だが、この『放浪戦記ガンファルコン』は、大ヒットタイトルとしての見込みはない。
版権モノであり、また嵯峨が急速に広報展開に尽力したこともあって、知名度は広がっているのだが、いかんせんゲーム雑誌には新作ソフト紹介欄に小さな記事が数誌に掲載されただけで、あとはすべてウェブ媒体が広報の中心だった。
何せ、原作は矢切が中高生のころのもので、数年前にアニメがリメイクされたものの、結局ふるわない人気で終わっている。
公式サイトのページビューも、さほど伸びてはいない。
それもあるのだろう、初期生産数七万本というのは、とてもヒット作と呼べる数量ではない。
だが、矢切には確信があった。
――原作アニメのファンになら、絶対刺さる。
この内容で評価が低いなら、それはもうこのゲームのジャンルと相性が悪いユーザーだ。
そう言い切れるだけの出来になったという自負があった。
プロジェクトとしては、取り切れなかったいくつかの軽微なバグはあるものの、ロットチェックという最終的な量産承認を得るためのプロセスに入っている。
それから十日後。
二月末のある日の夕刻、矢切は嵯峨からチャットでの通信文を受け取った。
内容は、任天堂のロットチェック通過を待っている状態だったチームに対して、『HSG』のロットチェックが通過したことと、このプロジェクトにおける開発業務が一段落終わりを迎えたことに対して、感謝の意を伝えるものだった。
矢切は、早速全体チャンネルでアナウンスすると、全員から次々と「お疲れ様でしたー」の実声と共に返信が返ってくる。
『
嵯峨さんから連絡があり、ロットチェック通過しました。お疲れ様でした!』
『
おおー!お疲れ様でした!』
『
やったっス!お疲れ様ッす!』
『
よし!お疲れ様でした!』
『
お疲れ様でした。ホッとしますね。』
『
本当にお疲れ様でした!感慨深い。』
『
お疲れ様でした!』
『
お疲れ様でしたm(_ _)m』
チャットのウインドウに、林田が現在文章を入力中であることを示す、「林田啓文 :writing…」が表示されている。
林田の方を見ると、彼は目を赤くしながら、キーボードを叩いていた。
やがて、チャットウインドウに林田の投稿が表示された。
『林田啓文 :worte
みなさん、お疲れ様でした。そして、本当に今までありがとうございました。
みなさんのおかげで、夢が叶いました。』
『前戸満須雄 :wrote
林田さん、まだ見ていないスタッフロールを見ましょうよ!』
『林田啓文 :wrote
ちょwおまwバラさないでww』
『鳥羽琉一 :wrote
えっ、林田さんまだスタッフロール見ていないんですかwまじすかwww』
林田は、プロジェクト終了のタイミングまでスタッフロールを見ないと決めていたらしく、事前にスタッフロールに載せる自分の名前表記に間違いないがないかの確認をお願いした時も、テキストデータのチェックを行ったのみで、実機ではまだ見ていないのだという。
前戸がはしゃいだ様子で林田を引っ張り、大型テレビの前に連れてきて、開発機材のニンテンドースイッチを起動させると、皆も続々とテレビの前に集まり始めた。
前戸が操作してセーブデータをロードし、『放浪モード』の終了直前の状態にしてから林田にコントローラーを渡す。
彼はコントローラーを受け取ると、脱出ポイントに部隊を移動させ、エンディングに入った。
エンディングは、レーダースクリーンによる演出から始まる。
ゲーム中の演出を生かす形にしたいという矢切の提案を皆がのんでくれ、作成したものだった。
ゲーム中、何度も見ることになる敵襲をアナウンスするための演出。
だが、エンディングでは、途中からレーダースクリーンに映ったのは友軍である、という内容に切り替わる。
キャラクターたちの歓声が上がり、堀倉が何度も監修を受けては修正したエンディング用の一枚絵が大きく表示され、その上にキャラ同士のかけあいが何度か続いた後、スタッフロールが始まった。
初めに、原作者である
プロデューサー
嵯峨剣聖
「……嵯峨さんとも色々あったけど、結局あの人のおかげでゲーム、良くなりましたよね」
伏野がしみじみと言う。矢切も同感だった。
嵯峨は、『偵察』の仕様を承認してくれたころから、それまでとは比較にならぬほど『HSG』に力を注ぎ、差し入れをしてくれたり、雑誌やウェブ広告を積極的に展開してくれている。
彼につき従ったアシスタントプロデューサーや広報・営業のスタッフの名前が終わると、前戸が林田に言った。
「さあこっからッスよ!」
しばらく間を置いてから、開発チームのクレジットが始まる。
開発スタッフ
エグゼグティブ・マネージャー
プロジェクトマネージャー
「
トリグラフでは、プロジェクトマネージャーという肩書きが付けば、役職手当として、プロジェクト終了まで毎月二万円が給与に加算される。
だが後山がやったことは機材の手配くらいで、それも半分は却下されている。
「渉外もスケジュールも何もかも全部現場任せで、スタッフロールだけはしっかりチェックしやがったが、結局最後までここに顔を出すことすらなかったもんな。まあ、ウチのプロマネは皆似たようなもんだ。プロジェクト終了面談の時に、彼がこなしたタスクとやらを確認させてもらうさ」
ディレクター
矢切 武(株式会社オストマルク)
プランナー
前戸満須雄(株式会社トリグラフ)
伏野誠太郎
「……」
矢切は、感慨深くスタッフロールを見ていた。
実装されてから、何度も何度も見たはずなのに、湧き出てくるとしか言い様のない高揚感と達成感が身体を駆け巡る。
自分が初めてディレクターとしてクレジットされたタイトルであり、仕事と真剣に向き合った証として、それらはただの肩書きや文字の羅列ではなかった。
同時に、伏野誠太郎に会社名が無いことが、何度見ても気になる矢切だった。
会社所属でもフリーランスでもなく、派遣社員である彼は、派遣元の会社の方針で、スタッフロールには会社名は出さないということになっている。
果たした役割的にも、リードプランナーとして、ほぼ新人の前戸よりも先に名前をクレジットすべきなのだが、これもトリグラフの方針で、「派遣社員よりもウチのスタッフを先にクレジットしてくれ」というプロジェクト・マネージャー後山の方針によって、伏野誠太郎の名前はプランナーの最後になってしまったのだった。
リードプログラマー
金矢 拳(株式会社トリグラフ)
プログラマー
鳥羽琉一(株式会社トリグラフ)
原 才人(株式会社トリグラフ)
プログラマー陣は、本当によくやってくれたと改めて思う。
三人。たった三人で、このゲームの開発をやりきったのだ。
改めて金矢や鳥羽のすごさを思い知らされたし、新人の
リードデザイナー
真上剣風(株式会社シヴァ)
モデリングデザイナー
真上剣風(株式会社シヴァ)
林田啓文(株式会社ペルガモン)
堀倉蘭人(株式会社シヴァ)
モーションデザイナー
真上剣風(株式会社シヴァ)
林田啓文(株式会社ペルガモン)
エフェクトデザイナー
堀倉蘭人(株式会社シヴァ)
林田啓文(株式会社ペルガモン)
UIデザイナー
堀倉蘭人(株式会社シヴァ)
林田啓文(株式会社ペルガモン)
続いて背景のデザイナーは、ペルガモンが外部に発注した開発会社のスタッフ名を、結局倒産した元ペルガモンの
デザイナーの三名は、全員がほぼ全カテゴリーの職域に関わったが、リードデザイナーの肩書きは、カテゴリーの枠を超えて全体のクオリティを引っ張ったとして、他のデザイナー二人から推される形で、
そして
デザイナー陣もまた、たった三名である。
確かに、背景モデルは最初から完成されたものがあったが、モデルやモーションも大半がリテイク、エフェクトやUIに至ってはほぼゼロからということを考えると、各自の才能と手の早さがどれほどのものか、矢切は改めて思い知らされるのだった。
適材適所、という言葉があるが、その言葉を現実化したような成果を皆が出してくれた。
エフェクトもまた、専門人員をさけなかったにも拘わらず、堀倉と林田が手分けして、金矢と共に創意工夫して、違和感のない、さらに処理負荷を軽減した内容にまで品質を上げられた。
もともと題材自体がリアルロボットもので、ファンタジーRPGによくある魔法などがない分、エフェクト周りは地味にはなる。
だがそれでも、当初の違和感だらけのエフェクトに比べれば、普通に感じられることそのものが格段の進歩になっていると矢切は考えていた。
スタッフロールは続き、外注のサウンド会社の後、元々このゲームを開発していたペルガモンで、今のゲームの初期版を作ったスタッフたちを、オリジナルゲームデザインとして、部門別にクレジットするセクションに入っていた。
当初は、入れなくていいのではという意見もあったが、スタッフロールの尺的に短くなってしまうことと、林田の「彼らも好きで現場を離れたわけではないので、できれば載せてもらえないか」との一言で、嵯峨と田村にも相談の上で、スタッフの名前を掲載することになったのである。
クレジットがデバッグを担当したQA部門に入ると、矢切は林田を見た。
彼は、目を腫らしている。
誰も、何もしゃべらない。
そして、エンドマークが表示され、画面が暗転し、再びタイトル画面に戻ると、前戸が叫んだ。
「終わったッス-!」
「ざまあ見ろ!」
「できたあ!」
矢切は前戸とハイタッチして、その勢いのまま自分の前に立った伏野とハイタッチした。
「しゃあ!」
金矢が右拳を突き上げる。
「やりましたねえ」
鳥羽が笑顔で言う。
原は何も言わずに何度もうれしそうにうなずく。
彼にとっても初めての商用ゲーム開発だった。
「いいゲームになりましたねえ」
「ほんとに」
堀倉の言葉に真上が同意し、そして林田は泣いていた。
大粒の涙をこぼしながら、コントローラをそっと段ボールの机の上に置くと、皆を振り返って頭を下げ、「みなさん、ありがとうございました」と言った。
矢切が黙って拍手する。
すると、全員がそれに倣って拍手し、前戸が万歳を始めると、皆それに乗っかる形で万歳を三唱した。
そして、金矢が会社に用意させたといって、スチール棚に入れていたビールや酒やおつまみを取り出し、改めて乾杯をして、打ち上げが始まった。
正式な打ち上げは改めてやることになるだろうが、林田啓文が参加できるかどうかが不明のため、とにかくやってしまおうと、トリグラフの面々が酒や食べものを用意をしてくれたのだった。
話題はネットに上がっている体験版の感想から、今回の開発で気づいたこと、改善した方が良いと思うことなどにも及び、前向きな会話が弾んだ。
矢切もまたその輪に参加することができる喜びに満ちている。
その会話に加わりながらも、矢切は一抹の寂しさが身体を覆ってくる感覚に捕らわれ始めていた。
『HSG』は無事にロットチェックを通過し、工場での量産に入ることになる。
マスターROMでは取り切れなかった軽微なバグがいくつかあり、それらを発売日に適用するデイ1パッチの開発は残っているが、それも概ね用意できており、トリグラフに残るスタッフがそのまま引き継ぐ。
現在は、皆で再現度の低いバグを追ったり、開発素材や仕様書の整理作業を行っているが、それも概ね終了のメドが立っている。
この開発チームはもう、解散の時がやってきていた。
予定通りのマスターアップを迎えたため、矢切たち出向・派遣組は明日が最後の出社日となる。
もともとトリグラフの正社員である、金矢、鳥羽、前戸の三名は当然会社に残り、このプロジェクトの残務作業を引き継ぐ。
そして、他社からの出向組である矢切、真上、堀倉も元の会社に戻り、派遣社員の伏野はまた別の現場へ派遣されることになるのだろう。
林田は、当面はアルバイトでもやってしのぐつもりだと笑っていた。
――これで、終わりか。
矢切は、ビールを飲みながらこのプロジェクトが終わるということの実感をいまだ掴めないでいる。
それはある意味、怖さでもあった。
また次もこのチームで仕事ができたなら、俺はプランナーたりえるだろう。
だが、会社に戻るとどうなるだろう……。
いや、と矢切は気づいた。
今回、自分は原作に精通していたから、このポジションに立てたのだ。
原作を知らなかったり、原作のないゲームのプロジェクトであった場合、果たして自分はゲームプランナーとして仕事ができるかどうか、怪しい。
それは、自分の、ゲームプランナーとしての力量を正しく把握し、そしてそれに自信を持てていない証だった。
特定の現場でしか通用しないプランナーなど、開発会社では不要だろう。
その不安を、つい口にして皆に言ってしまいそうになったが、それはなんとか思いとどまった。
矢切は、改めてオフィスを見渡す。
倉庫として使用しているスペースに、無理矢理作られたオフィス。
周囲は見渡す限りスチール棚と段ボール、古びた機材に埋もれたこの狭い開発現場に、矢切は愛着と言ってよい感傷を抱いていた。
この狭い現場で、皆で一本のゲームを最後まで開発したのだ。
感情のごった煮とでも言うべき開発の悲喜こもごもを、この現場で味わった。
そしてチームとして、「戦った」としか形容できない開発の日々を乗り越えたのだ。
矢切は皆の顔を、一人一人見た。
皆、共にゲームを開発したスタッフだ。
「何せ、使えないやつらの集まりだからなぁ」。
プロジェクト開始直後、トイレで耳にしたあのセリフが頭をよぎる。
使えないやつらの集まり? 冗談ではない。
彼らが使えないのではない。
連中が彼らを使えなかったのだ。
現にこうして、無事にマスターアップを迎えられた。逆転だ。
本当に使えないやつだったのは――。
「俺だけだ」
矢切は苦笑すると、新たな缶ビールを開け、『週刊ゲーム通信』でのクロスレビューでの得点予想で賑わう話の輪に向けてそっと掲げた。
プロジェクト『HSG』は、残ったトリグラフのスタッフによって開発されたデイ1パッチが審査を通過したことで正式に終了。
以後、何か問題が生じた場合は金矢に連絡が入って対応することになり、ビルの二階に設けられた臨時のオフィスも片付けられ、元の倉庫に戻った。
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