第45話 マージ

 嵯峨さがは頭を切り換え、矢切やぎりの変化とは別に、今提案された『放浪モード』について、自分の所見を述べることにした。

 工数、期間的に間に合うわけが無いということを、ネチネチとした言葉の鞭でたたきつけてやるつもりである。


「ええと……、まずは」


 

 考えながら再び概要書を頭から眺めていた嵯峨は、脳内でゲームをイメージした。

 まずはジャブを放つ。


「まず、一見SLGぽい内容にした意図はどこにあるのでしょうか?」

「はい、このゲームでは、オリジナルキャラや原作キャラまぜこぜで多数キャラが登場しますが、ただ会話イベントでのみしか出番がありません。もっと、キャラの特徴をパラメータやスキルとして活かす内容にできないか……そう考えて、これらのキャラをプレイヤーが集めて部隊を編制・運用していく、という内容なら面白いのではないかと。そうして多数の味方キャラを扱うのであれば、SLGぽい内容がマッチしているのではないかと考えました」

「ふむ」


 嵯峨は矢切の返答に一応の筋らしきものがあることを認めた。

 言葉を濁したあげく、「何となく」とでも言うのではないかと思っていたのだが。


「つまり、プレイヤーが隊長として、各地に散ったキャラたちを集めて部隊を強化していき、あたかも原作の世界の中にいる楽しさを味わえる、というのがコンセプトです」

「なるほど、わかりました」


 嵯峨は、概要書を再度ざっと読み返した。

 ゲームの進行もイメージできる。どんな要素があるのかも分かった。


「新規で作成する素材はどれくらの想定ですか?」

「UIで新規で必要となる画面が、現在のところ十五画面程度、それにオープニングとエンディング用のカットが二枚です」

「それらに加えてシステムの実装、データの作成も含めると……。実装にかかる見積もりは?」

「実装に二ヶ月です。オールインの時期を二ヶ月ずらしていただきたい。デバッグと並行して、二ヶ月で調整を行うという体制で進めさせていたければできます」


 メインプログラマーの金矢かなやが答える。


「二ヶ月ずらす?」


 嵯峨は嘲笑した。ただで認めるわけがない。


「理由は、『放浪モード』以外にもあるんです」


 その伏野の声に、嵯峨は首をかしげた。


「うかがいましょう」

「実は、スタッフが一人外れてしまいます」


 今度は金矢が、林田はやしだ啓文けいぶんの事情について説明した。

 ペルガモンが倒産直前の状態にあり、林田はやしだはこのままだと二ヶ月後には在籍できなくなること、給料の支払いもすでに障害が起きていること……。


「代わりの人員をアサイン、といっても今の時期ではむしろ効率が悪くなります。ですので、林田さんが抜けても、残りのスタッフのみで開発を進めることになります。そのことを見越しての二ヶ月です」

「ふむ……」


 嵯峨は腕組みをした。表情は変えない。

 ペルガモンの事情が芳しくないのは聞いているが、現在『HSG』との開発契約はトリグラフとの間で結んでおり、林田啓文はトリグラフが出向契約を交わしているスタッフなのだ。

 嵯峨が関知する事柄ではない。


「もし、林田さんがチームに最後まで残れるとしたら、期間はどうなります?」


 その嵯峨の声に、金矢らに驚きと期待がまぜこぜになった表情が露わになる。


「一ヶ月延長いただければ」

「間に合います?」


 矢切は、嵯峨の目を見つめて言った。


「間に合わせます」


 ふん、と心の中で嵯峨はせせら笑った。

 間に合うものか。

 今まで、担当したプロジェクトの開発者の連中からさんざん聞かされた台詞だ。

 間に合わせます、がんばります、なんとかします……。

 実際間に合わせられた現場など、いくつも無い。


「間に合わせますと言われますけど、無理だと思うんですよね、今からシステムを一個新規に載せるのって」

「現場の皆で、すでにすり合わせをしました。何とかいけるだろうという勝算があってのことです」


 伏野ふしのがそう言って矢切を援護する。


「ふーん」


 嵯峨はわざと反感を買うように、呆れ顔と口調で言った。


「そう言われましてもねえ、無理でしょう。ここは、簡単に流用ステージの三つくらいの追加にしときましょうよ」


 嵯峨は『放浪モード』の概要書を裏返した。

 嵯峨の見立てでは、それですらギリギリの期間である。

 なのに、この開発者たちは、新規のシステムをまるまる一つ入れようというのだ。

 最初から想定していたならともかく、後から別のシステムを一つ実装するということは、極端な話、もう一つゲームを作るようなものなのだ。

 そこを理解していない開発者は多い。


 大げさに言えば、この『放浪モード』とは、3Dのアクションシューティングゲームに加えてシミュレーションゲームを追加して作ろうとしているに等しい。

 現在は九月の頭。

 現状のゲームでの実装作業もまだ残っており、オールインは二ヶ月後の十一月。

 そこからもうデバッグも開始される。

 デバッグ期間も二ヶ月、延長しても三ヶ月の予定だった。

 それが、リプレイモードの実装分を含めて、二ヶ月の延長期間でもう一つゲームを作って実装するというのだから、その無茶ぶりは相当なものである。

 しかも、彼らは自らその無茶をやろうとしているのだ。


「けれど、嵯峨さんもボリュームが不足しているということは言っておられましたよね?」

「納期に間に合わない内容なら本末転倒でしょ」


 矢切の確認に冷笑と共にそう答えたが、今度は伏野が食い下がってきた。


「このモードが実装されればボリュームの件はもちろん、ゲームとしての寿命も延びると思うんです」


 ゲームファンは、面白いゲームでも買ってクリアしたら即中古屋に売るというユーザーが多い。

 ボリュームが少ないと、発売日からほどなく中古屋にソフトが並び、それらが循環して売り上げに寄与しないという状況に結びつきやすいのである。

 ボリュームがあれば、中古屋に売られるまでの時間が長くなり、その間にプレイしたいユーザーは新品ソフトを買ってくれる。


「ええとねえ、このプロジェクトは納期通りにマスターアップすれば基本はそれでいいんですよ。ただ、今のステージ数では確かにボリューム感が少ないので、できる範囲で構わないから何か追加、という程度の話しなんですがね」

「でも、もったいないと思います」


 また矢切。


「これだけキャラクターの絵素材もあって、それが本編のストーリーで登場するだけでは、もったいないと思うんです。このモードを実装すれば、キャラクターを集めていく楽しみが生まれるし、またそれを部隊に加えてその性能を使えるゲームになったら、ファンにはすごく刺さる内容になると思います」


 馬鹿かこいつは、と嵯峨は思った。

 だから、間に合わなければ意味が無いのだ。

 どうせ今はうまいことを言い、やる気を見せて、いざ納期が迫れば延期をお願いしてくるに決まっているのだ。


「そうは言ってもね、結局間に合わなかった場合、遅延による損害金を支払うことになるのはそちらなんですよ?」


 まだ会社側とは何も詰めていないが、あえて嵯峨は強行策に出た。

 現場の人間がお金の話を聞かされることは通常ほぼない。

 ディレクター以上の立場の人間と、マネージャー、それに部門の責任者など、会社の組織運営に関わる人間と詰めるべきことなのだ。

 これで黙るだろうと思っていた嵯峨だったが、間髪入れずに発言したのは金矢だった。


「だから、間に合わせますよ。大丈夫です」


 この金矢という男、最初の印象ではやる気がまるで感じられずに、事実その目は「澱んでいる」という表現が似つかわしかった。

 相変わらず無精ひげをたくわえて髪もぼさぼさであるのに、その目つきはまるで違っていた。

 口調にも活力が宿ったかのように力強い。


「けっこう。わかりました」


 嵯峨は、結論をまとめた。

 オールインの時期を一ヶ月ずらし、『放浪モード』を実装する。

 ただし、版元に許可を得る必要があるため、概要を早急に監修側へ提出し、結果がNGなら流用ステージの追加のみとする。

 林田啓文の処遇については、自分がトリグラフと交渉して、契約社員として最後までチームに在籍できるよう「お願い」する。


「ただしこれで間に合わなかった場合、どうなるかはお分かりですね」


 嵯峨は最後に、冷淡にそう言い放ったが、開発者どもがはい、と威勢良く返事し、さらに皆がありがとうございますと頭を下げるのを見て、そそくさと席を立ってトリグラフを後にした。


  (何なんだ、あいつらは)


 使えない連中と言われたあの集まりに、何が起こったというのか、嵯峨は疑問だった。

  嵯峨は会社に戻ると、改めて『放浪戦記ガンファルコン』を、最新ROMでプレイし始めた。

 残り数ステージを残し、調整や挙動の変更は行っているらしいが、後はほぼ実装が終わっている。

 最初から改めてプレイしていくと、3Dのアクションシューティングとしては遜色ない出来に仕上がっていること分かる。


 これに、『放浪モード』の内容をイメージして重ね合わせていくと、確かにゲームとしては面白くなりそうだった。

 ファン向けのゲームとしても適切な内容になっている。

 キャラを集めて、それがゲームとして性能が発揮されるというのは、ファンにとっては刺さるものだ。

 だが、納期に遅れれば無意味である。


 もしこれが実装されるとなれば、恐らくデバッグの人員も今予定している人数では期間内に終わらせられないだろう。

 その分、予算がかかる。

 だが、嵯峨はなぜかそれを打ち合わせの時に指摘しなかった。

 脳裏には確実に計算に入れたロジックであったのに、それを口にせず、実装が間に合うかどうかだけを論点にした理由が、自分でも合理的に説明できないまま、憮然として嵯峨は『放浪戦記ガンファルコン』をプレイし続けた。


 それから一週間の間に、林田啓文はペルガモンを退職し、トリグラフの契約社員として、『HSG』終了までを期間としてチームに残れることが正式に決まった。

 嵯峨が、トリグラフのプロジェクトマネージャー後川と「交渉」した結果である。

 林田はもちろん、チームは沸き立ち、代わりに怒濤の日々が始まった。


 版元による『放浪モード』の監修も早々と通過して実装に許可が出ると、チームは便宜上『ストーリーモード』と呼ぶことになったゲーム本編の残りステージの実装を予定よりも一ヶ月早く、十月末で終えると、『放浪モード』の実装準備に本格的に突入した。もちろん、調整やその他の仕様変更と並行作業である。

 担当のプログラマーは鳥羽とば。矢切、伏野、前戸まえとが協力して作った仕様書を元に打合せを行い、さらなる仕様の変更とブラッシュアップ内容が決まると、堀倉ほりくらがその場であらかじめ準備していたというUIのラフ・デザインをいくつか提示してくれ、デザインの方向性が決まると、いよいよ『放浪モード』の実装が動き出した。


 まるまるゼロから作成するモードだけに、鳥羽も試行錯誤が必要で苦戦している様子が見えたが、それでも十一月の半ばには、ゲーム上で『放浪モード』の流れをが確認できるようになった。

 UIをのぞいてとりあえずフローを貫通実装させた鳥羽の手の早さは驚嘆に値する。

 だが鳥羽本人に言わせると、あらかじめ内容を聞いて準備が出来ていたこと、仕様書がある上打合せも行っているので、質問や確認の時間を短縮できていること、毎朝の朝礼で問題点の解消が早くできること、そして『放浪モード』以外の作業を金矢とはらが受け持って、単独でこの仕事に専念できていることが大きいと言う。


「はっきり言ってプログラマー一人がどうがんばったったって、実装期間を短くすることには限度があるんですよ。ゴールイメージの共有と、問題の共有と解消が素早く、手軽にできないと」


 そう笑顔で語る鳥羽には、以前のような当たりのキツさはもうかけらも感じられない。

『放浪モード』の実装は、早くも佳境を迎えた。

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