第37話 バーサスプレイ
『ワルキューレ』の立ち回りは明快だ。絶えず動く。
相手に的を絞らせない。そうやって徐々に間合いを詰め、距離に応じて攻撃しては変形して離脱するというヒット&ウェイを繰り返す。
だが、正確に意図通りの操作をこなすのは難しい。
矢切の『スパルタン』がブーストを噴かして急接近しながらホーミング性能の高いミサイルを放つ。鳥羽は逃げる。逃げきれないとふんだらブーストを噴かす。こちらも反撃する。
そんなやりとりを繰り返しているうちに、矢切の『スパルタン』がブーストを使いすぎてオーバーヒートした。
そこへ、鳥羽は『ワルキューレ』の持つハンドレールガンを放ち、予想していた矢切は走って逃げようとするが、ブーストダッシュでない限り逃げられるわけもなく、直撃をくらった。
「なんでそっちはそんなにブーストが持つの!」
矢切は叫び、鳥羽はニヤリと笑った。
ブーストゲージの使い方がこのゲームのキモの一つだった。
ブーストを使えば高速で移動したり、着地時の鋤や攻撃後の隙をキャンセルできたり、ダッシュで瞬時に間合いを切ったりと便利なのだが、使用するたびにゲージが減る。
ブーストを使わなければ自然回復していくが、ブーストゲージの大きさも回復スピードも、そして消費具合も機体によって異なる。
そして、『ワルキューレ』はブーストゲージの消費量が小さい上、着地モーションの最初四フレーム以内にブーストを使えば、着地モーションをキャンセルする際の、ゲージの消費量が減少する『着地緩衝材』という特殊性能を持っていた。
ブーストゲージをうまくマネジメントできれば、長時間にわたって近距離でのヒット&ウェイが可能になる。
相手がこの戦法につきあってブーストゲージをオーバーヒートさせれば、しばらくブーストが使えない。そこに、攻撃をたたきこむのだ。
「なにを!」
矢切はムキになって攻撃を乱打乱撃する。
攻撃力の小さいバルカン砲などを何発か受けたものの、致命傷ではない。
鳥羽は冷静にヒット&ウェイを繰り返して、矢切の『スパルタン』を撃破した。
「ぐぬぬぬう」
矢切はコントローラを握りしめる。悔しいらしい。
彼の立ち回りも決して悪くは無かったのだが、完全に自分の術中にはめての勝利だと鳥羽は思った。
「もっかいお願いします」
「望むところです」
そして、再び対戦が始まった。
その後連続三戦するも、鳥羽は矢切に全勝した。
矢切はあれこれ機体を変え、鳥羽は『ワルキューレ』一筋ですべての対戦に勝利。
感覚を取り戻した鳥羽は、射撃の際にもマニュアル射撃という上級テクニックを使って高速で射撃攻撃を雨あられと矢切の機体に浴びせ、三回も攻撃チャンスがあれば撃破できるようになっていた。
「も、もっかい」
「いいですよ」
そして五戦目が始まった。
もう、お互いコントローラだけでなく、身体を傾けたり笑顔になったり舌打ちしたりと、対戦の展開に応じて五体が連動して動くようになってしまっている。
矢切は、鳥羽に勝つまでやめるつもりはないかのように、負けては「もっかい」を繰り返した。
そうして延々と続く対戦のうち、さすがに『ワルキューレ』に飽きた鳥羽が機体を変更すると、試合展開はやっと互角になり始める。
さっきまで冷静にプレイしていた鳥羽も面白くなってきた。
久しぶりにゲームをプレイしている。
そして、プレイしながら、矢切が口を開いた。
「鳥羽さんは、なんでゲーム業界に入ったんですか?」
鳥羽の手が止まる。
彼の操作する重量級機体、『ジング・ルブ』の動きも止まり、矢切の機体の攻撃を次々と受け、撃破されてしまった。
「いや、それは……ゲームが好きだったからです」
鳥羽は苦笑し、また別の機体を選択した。矢切も機体を選択しなおす。
「今は?」
鳥羽は答えず、完全攻撃型のモビル・トルーパー『ディーオン』を選択して対戦を続行する。
ほとんどプレイしたことのない機体で、感覚のみで立ち回る。
矢切は、「ワルキューレ」を操り、先ほどの鳥羽の立ち回りを真似しているようだが、ところどころ判断が悪く、また操作もミスも多い。
鳥羽は、生じた隙に攻撃を次々と当てて、最後は『ディーオン』のロングレンジビームソードで矢切を撃破した。
「ゲームは遊び手でいる方が幸せなんだと思います。作るのはキツイ」
鳥羽そう口を開くと、今度は矢切が黙って、再び『ワルキューレ』で鳥羽の『ディーオン』に挑んできた。
矢切の立ち回りは先ほどよりも正確になり、互いに互角と言っていい展開が続く。
だが、やはり軽量級の泣き所である『ワルキューレ』の低装甲と、重装甲の『ディーオン』とでは、同じミスをしても、受けるダメージの深刻度が異なる。
鳥羽は、矢切をあと少しのところまで追い込んだ時だった。
「しまった」
鳥羽は気づいた。弾数がゼロになり、射撃様武器が使えない。
このゲームは武器を撃ち尽くしても一定時間立てば再度使用可能になるが、その際『補給ゲージ』が消費される。
このゲージがゼロになれば、再度使用可能になるまでの時間は大幅に長くなってしまううえ、『ディーオン』はその時間が輪をかけて長い。
今、使用可能な武器は、アームクローによるパンチのみとなってしまった。
そこへ、矢切の『ワルキューレ』が飛行形態で急接近してきて人型形態になると、矢切は落下しながらマニュアル射撃を使って全射撃攻撃を『ディーオン』の脚部にたたき込む。
『脚部破壊』の文字が画面に表示され、『ディーオン』は低速でしか移動できなくなってしまった。
すかさず着地モーションをブーストでキャンセルした矢切が、ビームセイバーで切りかかると、『ディーオン』は爆発した。矢切の勝利である。
「まったく」
鳥羽は首を振った。
「このゲーム、補給ゲージがなんで操作しないと表示されないんですかね。ユーザーにとって重要な情報なんだから、耐久ゲージの回りにでも配置して目立たせるべきでしょうに」
「でも、シリーズ四作を通して全部こういう仕様だから、意図があるんだと思いますよ」
「んー、僕なら反対しますねえ」
そう言って、鳥羽は再び『ワルキューレ』を選択した。
「来やがった」と嬉しそうに矢切は言って、同じ機体同士での対戦が始まる。
互いにヒット&ウェイを繰り返す展開になるかと思いきや、鳥羽は執拗に矢切の機体にひっついた。
焦った矢切は操作ミスを連発する。
飛行形態で間合いを切ろうとした矢切だが、変形操作をミスして不要なジャンプをしてしまい、そこへ鳥羽がマニュアル射撃をたたきこみ、あっという間に撃破してしまった。
「だーっ、鳥羽さんまじでつええ」
矢切が天を仰ぐ。
鳥羽は今度は違う機体を選びながら言った。
「このゲームのマニュアル射撃の仕様、ウチのゲームにも入れませんか」
矢切は思わず鳥羽の方を見る。
「え?」
「マニュアル射撃ですよ。今のところ、ウチのゲームってロックオンしているかしていないかの、二つの射撃状態しかないでしょ? マニュアルで照準を合わせて撃ってヒットさせれば、早撃ちとダメージアップっていうメリットをつけるんですよ」
「あー」
なるほどと矢切は思った。確かに、アウラ・ハントの操縦にマニュアル射撃という概念を入れたら、テクニック的な要素として面白くなりそうである。
自分が気がつかなかったのが不思議なくらいだった。
「仕様としてはよくあるっちゃよくあるものですが、ゲームが面白くなるならいいんじゃないですか」
鳥羽はそう言いながら、また『ディーオン』を選んだ。
この機体はマニュアル射撃でフルファイヤーをすると気持ちがいい。
「そうですね、確かにそう言われると面白くなりそうです。でも」
そこで矢切は言いよどんだ。金矢は今日正式に決まった『リプレイモード』の実装を行う予定である。
そこに更に、メインゲーム部分の仕様を新規で追加することにためらいがある。
「工数が問題なのでしょう?
矢切が再び『ワルキューレ』を選んで対戦が始まる。
「でも大丈夫ですよ、リプレイモードは俺がやります」
矢切の『ワルキューレ』が棒立ちになり、そこへ鳥羽は『ディーオン』のマニュアル射撃でフルファイヤーを見舞う。ワルキューレはあっという間に爆発四散した。
「ええ?」
矢切は、コントローラを落としかけて慌てて持ち直す。
「はい、週明けにでも金矢さんに頼んでみます」
その時、オフィスのドアが開いた。
「あれー、鳥羽さんじゃないスかー」
「どうしたんすかみんな」
矢切は目を丸くして言った。皆がめいめいビニール袋からビールやらおつまみやらを取り出して、矢切と鳥羽がゲームをしている大型テレビを設置している横の段ボールの上に並べだした。
「いやな、週末だし久々に気分転換に原と飲みに行こうって店に行ったんだが、あいにくといっぱいでな。で、駅前でうろちょろしてたら前戸と林田さんも同じで居酒屋難民になってて、そこへ伏野君、堀倉さんと真上さんも偶然帰りが一緒になって」
「それなら矢切さんもオフィスにいるだろうから、いっそ今からみんなでオフィスで飲もうって話しになったっス! お金は全部会社持ちなんで!」
「あー、二人で『
伏野がビールを次々と皆に回し、矢切と鳥羽にも渡してきた。
「俺もやりたいッス」
前戸は缶チューハイを手にした。
「はいみんな開けて開けてー」
陽気な林田の声で、皆は缶を開けた。プシュ、という音が次々と響く。
「えーと、それじゃ乾杯の音頭はやっぱり矢切さんかな」
「えっ」
矢切はそうい言ったものの、ちょっと得意そうに缶ビールを掲げた。
「えーと、それでは
そこまで言った瞬間、前戸と林田が乾杯と声を挙げて、つられて皆も乾杯した。
あっけにとられた矢切だったが、「ひどい」と苦笑して、皆と乾杯してからビールを飲んだ。
皆が一口か二口くらいで缶を口から離す中、鳥羽は一人、缶ビールを飲む頭の角度を下げない。
ビールが鳥羽の喉を通るごく、ごく、という音だけがオフィスに響いて、皆はあっけにとられた様に鳥羽を見ている。
やがて、三百五十ミリ缶とはいえ一気にビールを飲み干した鳥羽は缶をテレビの横においた。
「おおーっ!」
「鳥羽さんやりますねえ」
林田が鳥羽にまた缶ビールを渡す。
鳥羽がまたすぐに飲み口を開けて飲み始めたところへ、伏野と前戸が『同盟vs帝国』で対戦を始めた。
「うわー、矢切さんボロ負けしてるじゃないスか」
これまでの対戦成績を確認した前戸が茶化す。
「鳥羽さんが強すぎるんだよ。前戸君も揉んでもらえ」
「よし、いっちょ飲みながらゲーム大会といくか」
金矢がそう言うと、原がすぐにホワイトボードに総当たりの対戦表を書き始めた。
にわかに始まったゲーム大会だが、この『同盟vs帝国』をやりこんでいるのは、矢切、鳥羽、前戸、真上で、後は触ったことがある程度だった。
堀倉などはこの種のゲームはやったことがないのだという。
「それでも参加はしますよ、枯れ木も山の賑わいというし」
堀倉はお酒が強いらしく、自分で日本酒のワンカップを買ってきていて、うまそうに飲み始めた。
伏野と前戸の勝負は前戸の圧勝に終わり、金矢と原の対戦はほぼ互角だったものの、金矢が何とか勝利。
「原さん、上司だからって
「そうだそうだー」
前戸と伏野が軽口を叩く。
「い、いえ、忖度なんて……」
「外野がうるせえな」
原は焦りながら、金矢は苦笑しながら席を譲る。
堀倉対真上は真上の圧勝、矢切対林田は矢切の勝利に終わり、鳥羽と前戸の対戦が始まると、場は異様に盛り上がった。
二人とも五分で、互いにジリジリと耐久値が時間と共に減っていく。
双方共に決定的なミスをしないまま、一進一退の攻防が続いた。
それは、これで決着かと前戸の機体をオーバーヒート寸前にまでに追い詰めた、逃走する前戸の背後から撃った鳥羽の射撃を、前戸がおそらくは勘で、機体のローリングスキルという一瞬無敵になる技で回避した時に頂点となった。
「うわー避けますか今の!」
「横の画面見てたのか? すげえ勘だな」
「決まると思ったけれど…」
「ま、前戸さん、や、やりますね」
「イエッヒー!」
鳥羽はこれで終わると考え、油断が生じていた。前戸の機体『ザンボザート』はリングを組み合わせて構成された球体の中に人型形態のモビル・トルーパーが入っているという異色の機体で、特殊スキルが多くあるが、細かく記憶していなかった。
ローリングスキルからすかさず方向転換して鳥羽の『ワルキューレ』に向けて突進してくる。
オーバーヒートするかと思いきや、しない。鳥羽は射撃を当ててひるませようとするが、前戸はそのままつっこんできた。
「しまった」
鳥羽は声を挙げた。『ザンボート』をはじめいくつかの機体が持つ、『ブースト中スーパーアーマー』という性能である。
ブースト移動中は、射撃を受けても大きな攻撃でない限り、ダメージは与えられても、「ひるみ」というダメージ挙動にならないのである。
次の瞬間、『ザンボート』のスクエアブレードと呼ばれる近接武器の直撃を受け、鳥羽の『ワルキューレ』は爆散した。
おおーと皆が拍手をした。
「前戸も鳥羽もすごいな」
金矢の声に、鳥羽は初めて苦笑すると、席を譲るとおつまみのチーズサラミを一切れ食べてから、新たなビールを手にした。
結局『同盟vs帝国』の総当たり戦は優勝は前戸、二位が鳥羽、三位が矢切という結果になった。
だが酒もまだあるしということでゲーム大会はそこで終わらず、今度は落ちモノ対戦パズルの『ぷにょぷにょ』での大会が始まった。
普段のオフィスとは思えない賑やかさと酒の匂いに満ちている。
これだけは奥さんが好きなので対戦をやりまくったという堀倉が、開始からわずか三十秒で勝利し、うるさく騒いでいた対戦相手の前戸を絶句させた様子を見て、皆が笑った。
堀倉はすでにビールの他に日本酒を三合は飲んでいるというのに、一向に酔う気配が無い。
今度は堀倉に挑戦したいという林田がコントローラーを手に取る。
林田は意外にこの手のゲームは得意らしく、堀倉とも良い勝負を展開している。
皆が対戦の様子に集中していた。
その様を見ながら、鳥羽は堀倉から譲ってもらった日本酒のワンカップを飲み始め、横でビールを飲みながら対戦を見守る金矢に頭を下げた。
「金矢さん、今日は大変失礼なことを言って申し訳ありませんでした」
頭を下げたまま、鳥羽は続けた。
「俺にリプレイモードをやらせてもらえませんか」
金矢は鳥羽の方を向き、ビールを飲んだ。
「もちろん、今抱えているタスクも、これから発生する予定のタスクもすべてやります。その上で、リプレイモードをやらせてほしいんです」
金矢は鳥羽の目を見て、やがて頷いた。
「助かるよ。よろしく頼む」
そしてその横には伏野が来ていて、ありがとうございます、よろしくお願いしますと頭を下げた。慌てて彼に頭を上げさせ、何かをごまかすようにワンカップの酒を煽ると、やはり堀倉にはかなわず負けた林田に代わってコントローラを手にとった。
ゲーム大会が一段落したところで、前戸は矢切がホワイトボードに何やら書いているのに気がついた。
何をしているのかと問うと、鳥羽さんがいいアイデアをくれたので、忘れないうちにメモしているのだという。
「へーっ、あ、マニュアル射撃か、いいッスね」
前戸が感心するのと同時に、でも工数大丈夫ッスか、と言った。矢切は笑顔を浮かべて鳥羽の方を見る。
「リプレイモードは自分が担当します。だから金矢さんが実装してくれますよ」
鳥羽が言うと、金矢は笑いながら聞いてねえよと言ったが、ホワイトボードのマニュアル射撃の文字を見て、よしわかったとビール缶を掲げた。
すると、真上が実は自分も聞いてほしいアイデアがあるんですと言い出した。
続いて、前戸も俺もッスと手を挙げ、堀倉や原もそれに続いた。
金矢は呆れ顔で鳥羽の方を見たが、鳥羽は頷いて、もうめんどくさいからこの場でまとめて聞いてしまいましょうと言った。
「よし、この際だからゲームに言いたいことあがればどんどん言ってください」
矢切が言うと、伏野がホワイトボード用のマーカーを手にした。
皆が酒を手にしたままはいはいはいと次から次に手が上がり、ゲーム大会は、いつの間にやら即席の打ち合わせに転じたのだった。
「それにしても、鳥羽さんがこんな時間に会社にいるなんてどうかされたんスか?」
前戸の疑問に、鳥羽は言った。
「ちょっと、忘れ物を取りにきたんですよ。もう見つけました」
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