第36話 デュエル
今日は、友人である
合コンの会場は、通勤経路の反対側路線の電車で数駅先にある、おしゃれ系居酒屋であるため、普段とは違う電車に乗る。
大学時代の同級生だった
菅野は広告代理店で働いており、後の二人は彼の友人の商社マンだと聞いている。
女性の側は全員がOLで、大学時代からの友人同士らしく、最初から明るく打ち解けた雰囲気だった。
「いいだろ?」
席に座る前に菅野が鳥羽にそっと耳打ちしてきた。
確かに女性は四人ともいかにも都会的で洗練されたOLという出で立ちで、容姿も皆整っている。
菅野に誘われた時はあまり気乗りしなかったものの、高校時代から異性にモテていた彼の、「今回は特にいい女がくる」という言葉に釣られてつい参加を承諾してしまった鳥羽は、彼の言葉に偽りは無かったと少し胸が高まった。
小洒落た洋風居酒屋の個室で始まった合コンは自己紹介から始まり、自由な歓談が始まった。
鳥羽は対面に座った、茶髪でロングヘアーの女性と話し出した。
彼は自分の職業をプログラマーだとしか言っていなかったが、それはあらかじめ菅野から釘をさされていたからである。
「相手の女性陣には、お前はシステム系のプログラマーだって言ってあるからな。ゲームのプログラマーってのはよっぽど大手のメーカーじゃないと女性には案外受けが悪いんだ」
「それって嘘を言うことになるんじゃないか」
「いや、お前もう実際に転職するって言ってたじゃん。誤差の範囲だ」
「誤差ねえ」
相手は職業について特に言及はしてこなかったが、たわいもない話しをしている間に、お互い打ち解けて、互いに映画好きであることが分かるとさらに会話は弾む。
だが、話が仕事に及び、相手が仕事ではどんなプログラムを組んでいるのかと訊いてきた。
(ゲームのプログラマーってのは女性には案外受けが悪いんだ)
菅野の声が脳裏に走る。
受けが悪い、か……。
ゲーム業界のプログラマーは、世間で思われているほどの花形職業ではない。
どうしてもオタクなイメージがつきまとい、それから受けるネガティブな印象はぬぐえない。
さらに、日本のゲーム業界の場合、仕事はハードな割に、一部大手のゲームメーカー以外、収入もイメージほど高くはないのだ。
一九九〇年代後中盤以降の一時期は、プレイステーションやセガサターンといったハードの登場でゲーム業界が大いに盛り上がり、百万本も売れるようゲームソフトが何本も出て、技術やセンスのある開発者が高額の年収で引き抜かれるような景気のいい話もちらほら耳にしたが、今はそんな状況とはほど遠かった。
スマホのゲームでは、ガチャと呼ばれる仕組みで月に何十億と儲けるタイトルもあり、笑いが止まらないほど儲かっている会社もあるが、そんなところはごく一握りである。
だがそれでも、ゲームは毎週毎月のように発売され、リリースされている。
ゲームはアイデアがあれば自然にできあがるものではない。
開発者が仕様を決め、素材を作成し、プログラムを組み、必要ならサーバーを用意してサービスを実装してクライアントとやりとりの仕組みを作り、データを作成し、調整し、バグを取って実装しなければ形にはならないのだ。
それは、どんなに不出来なゲームであろうとも、決して変わらない。
商用のゲームを一本リリースすることの大変さを知っている者から見れば、日々これだけのゲームが出続けること自体、冷静に考えればすごいことなのだと感じるはずだ。
人が手を動かして作るという点で、ゲーム開発もまた物作りなのである。
そして開発の過程では、どうしても人間関係での
仕事上の能力差やセンスでヒエラルキーが生まれる。
それは能力評価に繋がり、誰もが会社の中で、「使えるやつ」「使えないやつ」というラベルを貼り分けられ、おいしいプロジェクトやポジションに就ける者とそうでない者との落差が生まれていく。
鳥羽は入社以来、いわゆる「おいしいプロジェクト」に関わったことはない。
特に話題にもならず売り上げもそこそこの、その他大勢のタイトルばかりを手がけてきたに過ぎなかった。
それでも、評価してくれるユーザーは必ずいた。
ネット上で見た「おもしろい」「ここがいい」「中盤から夢中になった」――開発したゲームに対するコメントを、事細かに鳥羽は思い出すことができた。
そう、あの
自らが工夫し、改善を重ねた箇所を評価してくれたユーザーは確かにいたのだ。
その時、ここ数ヶ月の、あの倉庫と呼んで差し支えないオフィスでの光景が、鳥羽の脳裏に浮かんだ。
最初はどうなることかと思ったが、急速に内容は良くなってきている。
ヒットの望めるタイトルではないのに、プランナー陣は熱心に動いてる。
デザイナー陣も。
プログラマーも
ゲーム業界の開発者は身体や精神を壊す者が珍しくない。
一昔前は、プログラマー三十五歳限界説すらあったくらいだ。
好きでなければ続かない。好きなだけでも続かない。
それがエンターテインメントの仕事だと鳥羽は考えるようになっていた。
多くのゲーム開発者は皆、ゲームへの愛情と仕事との大変さと収入を天秤にかけながら人生のタイトロープの上で毎日を送っている。
(あっ、『ルーン・ハンター』の新しいやつ、もう出るんだ!)
(めっちゃ楽しみだな)
楽しみ、か……。
「ゲームです。ゲームのプログラマーをしています」
同僚たちの顔がわずか数瞬の間に頭を駆け抜け、鳥羽はそう答えていた。
相手の女性は、えっ、と意外な表情をした。
「システム系のお仕事だと……」
「ああ、私の菅野への伝え方が悪かったですね。仕事は、中小のゲーム開発会社でプログラマーをやっています。もう六年になりますね」
女性は、「へーすごーい」と言ったが、明らかにその表情は曇った。
彼女はでもお給料は良さそうと言ってくれたが、鳥羽が大ざっぱな年収を口にすると、それを契機として会話は一転して当たり障りない話題にシフトしていき、そのまま時間が来て席替えとなった。
次に鳥羽の前へ座った女性は、きれいな黒のロングヘアーで、活発さをうかがわせる表情が、愛嬌と共にどこか暖かい印象を感じさせる。
「はい、ゲーム会社でプログラマーをしています」
「なんだか、大変そう」
「それは……大変といえば大変ですね」
鳥羽が苦笑すると、
時間稼ぎか品定めだろうと思いながらも、鳥羽は素直に答えていく。
彼女の質問は止まらずに、その口ぶりや質問の内容から鳥羽はひょっとしてと感じた疑問を口にした。
「あの、ひょっとして、お好きなんですか? ゲーム」
「いえ、私はゲームやらないです。でも、自分のやっているお仕事を語れるって、なんかいいですよね」
高木萌のその言い方には、媚びも、相手を見下すオブラートに包まれた持ち上げ感も無く、鳥羽はその言葉から受けた衝撃を顔に出さないようにしながら彼女に質問を返した。
「高木さんのお仕事は広報でしたっけ」
「はい」
鳥羽は広報という仕事とは具体的に何をやるのかと尋ねると、高木萌は丁寧に説明してくれた。
言葉遣いも、その内容も簡潔で要を得たもので、頭の良さを感じさせたが、彼女は話の流れで実は一時、この仕事が嫌いになっていた時期があると照れくさそうに言った。
「嫌いに? それはまたなぜですか?」
「嫌いになった、というのは正確な言い方じゃないかも。嫌いなフリをしていた、って感じです」
ある年、後輩が入社してきた。
数ヶ月で彼女が自分よりも優秀であることがわかり、また職場でもどんどん任される仕事の領域が増えていって、そうなると相対的に自分が彼女と比較されているのが分かって、仕事を嫌いになっていったという。
「でも、それって本当に嫌いなわけじゃないんですよ。なんていうか、こんな仕事おもしろくないって思うことで、自分のできてなさをごまかしてるっていうか……。好きなのに、そこに自分の思い通りになる姿が無いから、嫌うことで自分を守ろうとしてたっていうか……あれ、私何言ってるんだろ」
高木萌は照れくさそうに笑った。
鳥羽は、彼女のその言葉に、なるほどと答えてグラスのワインを飲み干すと、腹にスッとした甘みと苦みが落ちていく。
合コンが終わる前に、鳥羽は高木萌に連絡先を交換したいと申し出、彼女はそれを受けてくれた。
「鳥羽さんが作られたゲームって教えてくれます? 私やってみたいかも」
そう言ってくれた彼女に、過去携わったタイトルとハード名をいくつか言ったものの、最後に鳥羽は付け加えた。
「どうせなら、今開発中のやつが発売されたらプレゼントしますよ」
彼女は原作つきの、それもロボットモノのアクションゲームなど興味すら無いだろうが、そんなことはもはや関係が無かった。
菅野たちとも別れ、一人電車に乗った鳥羽は、会社の最寄り駅に到着する前、一瞬、窓から見える会社の二階、あの倉庫に作られたオフィスの、棚で塞がれた窓からかすかな光が漏れているのを見た。
腕時計を見ると、二十二時半。
(まだ誰か残っているのか)
鳥羽は電車を降りて、こんな時間になぜ俺は会社に行こうとしているのかと考えながらも歩き続ける。
非常口からセキュリティカードをかざしてビルに入り、二階にある倉庫――オフィスに入ると、中では矢切が一人で、大画面テレビでゲームをプレイしていた。
「あれ、鳥羽さん? 忘れ物ですか?」
矢切は入ってきた鳥羽の方に一瞬目をやったが、すぐにテレビに向かってゲームをプレイし続けた。
「ええまあ」
鳥羽は努めて冷静に答えようとして、自席に座ると、机の上で捜し物をしているフリをし始めた。
息抜きでやっているというよりも、操作感やキャラクターの挙動を開発タイトルの参考にすべくその感触を確かめているのだろう、何度も同じ動作を繰り返している。
(『太陽の機兵スパルタン~同盟vs帝国~』、それも一作目か……)
それは、世界的な知名度と歴史をほこる、SFロボアニメを原作とした対戦型アクションゲームだった。
人気が続いているシリーズものであり、何作も続編が出ている。
モビル・トルーパーと呼ばれる巨大ロボットが戦争の主力兵器となった時代の話で、『放浪戦記ガンファルコン』で言えば、アウラ・ハントがこれに相当する。
始めはゲームセンターで。家庭用に移植されたらまた家で。
もう十年以上前になる。
鳥羽は矢切のプレイをじっと見ていたが、手がうずきだすのを感じた。
ふと思い立って約一分思案した後に、静かに席を立つと、矢切の隣に椅子を引き寄せて座ると、もう一つのコントローラーを手に取る。
「いいですか?」
そう尋ねると、矢切はえっ、と驚いたが、すぐにどうぞと言ってくれた。
鳥羽はすぐにコントローラーを操作し、対戦相手として矢切のゲームに割り込んだ。
『Here Comes a New Challenger!』
ゲームが静止してインフォメーションが表示された後、鳥羽のモビル・トルーパーを選択する画面になる。
「俺は、強いですよ」
矢切が不敵に言う。
「ほう」
鳥羽は表情を変えずに、モビル・トルーパーを選択する。
矢切のそれは主人公機と言ってもいいもっとも有名な機体、同盟軍の機体である「スパルタン」だった。
耐久力、機動力、火力、接近戦のバランスが取れた機体。
鳥羽は、自分がもっともやりこんだ帝国軍の軽量級変形機体、「ワルキューレ」を選んだ。
「またマニアックな機体ですねえ」
矢切は苦笑して言った。
「ワルキューレ」は 耐久力や火力は大きく劣るものの、その軽さと、飛行形態と人型形態を自在に変形できる、圧倒的な機動力が武器となる機体である。
だが、その操作はいささかピーキーすぎる上、装甲は紙といっていいくらい薄い、上級者向けの機体と言えた。
ゲームセンターでも家庭用ソフトのネットワーク対戦でも、使用する人があまりいなかったマニアックな機体である。
対戦ステージはランダムに設定し、ルールは基本通り。
とある基地がステージとして選ばれ、対戦が始まった。
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