第30話 鳥羽琉一

 今年二十九才になる鳥羽とば琉一りゅういちは、業界歴六年目のプログラマーである。

 小学生のころからゲームに熱中した。

 中でも、国民的RPGである『ドラグーン・クエスト』シリーズの大ファンになった。

 RPGが大好きになった鳥羽は、ゲーム雑誌での特集や、町で見る看板を見るたびに、期待に胸を膨らませる日々の中、自分でも作ってみたいとすぐにパソコンを買ってもらい、まずはエディタの様な形でゲームを作れるソフトでゲームを作り始めた。

 だがすぐにそれでは飽き足らなくなり、中生学になるとプログラムを勉強し始めた。

 早速自分でゲームを作ってはみたものの、今一つ面白い仕上がりにはならなかったし、見た目も市販されているゲームに比べて数段見劣りがする。


 当たり前だと鳥羽は思った。

 市販のゲームはすべてを分業で、それぞれの分野の専門家が手がけているのだから。

 だがそれでも鳥羽は、自ら良いゲームを手がけてみたいという願望をあきらめることができなかった。


 自分は数学が得意だ。

 プログラムの専門家になって、開発チーム入りすればいいのだ。

 高校、大学と進学しながらプログラミングに精を出しながら多くのゲームに触れた。


 大学ではゲーム開発サークルに所属し、そこで彼は他の学生からプログラミングスキルを賞賛され、さらに自信をつけていく。

 鳥羽は、できればストーリー性の高いゲーム、それもRPGの開発を手がけてみたかった。

 だがそういったゲームは、鳥羽が就職活動を行い始めた二〇一二年ごろには大手のゲームメーカーで無ければとても開発できない状況になっており、彼は必然的にそれらのゲームメーカーを志望した。

 流行のソーシャルゲームやモバイルゲームには食指がまったく動かず、家庭用ゲーム機のタイトルを開発しているところを中心にして就職戦線へと躍り出たが、残念ながら大手のメーカーに採用されることはかなわなかった。


 ゲームプログラマー志望者の中での自分の実力を思い知らされた鳥羽だったが、落胆しなかった。

 とりあえずゲーム業界に入り、そこで頭角を現せばいい。

 結局彼は、ここトリグラフに合格し、入社したのだった。

 あらかじめゲーム業界の動向や現状については研究していたので、コンシューマの、それもRPGの開発に携われることなどそう簡単ではないことは分かっていた。

 まずは、現場で実力をつけるのだ。

 それに鳥羽は、RPGではなくても、アクション系のゲームもSLGも好きだった。

 どんな仕事だろうが、意欲的にやってやろう。

 俺はゲームはもちろん、開発そのものも大好きなのだ。

 鳥羽はやる気に満ちていた。


 入社してすぐの仕事は、開発中の受託案件で、3Dアクションゲームの移植。

 移植作でも、ハードの性能の違いからその作業は難航したものの、無事に予定通り納品することができた。

 鳥羽は現場では努めて明るく振る舞った。

 生来の気質、というものもあるが、ゲームは楽しいものだ。それを作る現場は、明るい雰囲気でなければならないと彼は信じていた。

 先輩の言うことには素直に従い、責められる同僚がいれば、それがプログラマーでもプランナーでもデザイナーでも、フォローしたり冗談を言っては場を和ませようと努力した。


 ところが、そのプロジェクトから次の、とあるカードゲームの受託開発のプロジェクト作業をこなすうちに、鳥羽は自社のスタッフ、特にプランナーのレベルに問題があるのではないかと考えるようになった。


 仕様書の精度が低い。

 読みづらいだけではなく、ゲームサイクルが考えられてなかったり、穴が多かったり、必要な情報が欠落している。

 打ち合わせをしない。

 仕様書だけあげて、「確認しておいてください」とくる。


 実装した報告をしても、実装内容のチェックをしない。

 また締め切りを過ぎてから仕様変更や追加要望を当然の様に要求してくる。

 仕様を変更しても、相談も連絡もない。

 仕様書がいつの間にか更新されていて、締め切りぎりぎりで「よろしく」とのたまう……。


 全員が全員、というわけではないが、プランナーによってそのスキル、もっというと仕事の進めやすさは、仕事をするプランナーごとに天地ほどに違いがあった。

 ただ、プランナーは仕事の範囲が広い。

 企画の立案から仕様書の作成、データやテキストの作成、レベルデザインやバランス調整、果てはデバッグ対応。

 彼らは彼らで、要求されるスキルの種類も幅も広いし、大変であることは鳥羽も理解できた。

 それに、仕事を介さなければ、自分と同じ、ただの善良なゲームファンだ。


 開発現場は明るくなければならない。

 だから、あまりキツく当たることはなく、穏やかに改善してほしい点を注意し続けた。

 鳥羽は、自身の経験をスキルとして地道に上昇させながら、三本目のプロジェクトにアサインされた。


 それは、特にボリュームが大きく、開発の難易度が高いことが予想される3Dアクションゲームの開発だった。

 鳥羽も課題の多いコンテンツのプログラミングを任され、奮闘の日々が続いた。

 一緒に組んで仕事をするプランナーは四名。ディレクター兼リードプランナーである栄村えいむらは、アイデアには優れているのだが、それを仕様書のレベルに落とし込むことができない。

 口頭でのやりとりを中心に実装を進めようとする傾向が強く、時間が経過すると実装した仕様に問題が生じた際、現場が混乱することが多かった。

 コミュニケ―ション能力は非常に高く、顧客との打ち合わせもスムーズにこなすが、顧客が言うことはなんでも鵜呑みにしてそのまま実装要望を下に下ろしてくるため、鳥羽がいちいちその内容の妥当性や方法論を検討する必要があった。

 残りのプランナー二人は、中堅といっていい経験年数はあるものの、仕様書の精度において問題が多く、デザイナーやプログラマーがかなり補間して手を入れてやらねばならない。


 細々と口頭で確認しながらの実装はなかなか進まず、実装してから後も大小様々な問題が生じては、それらをプランナー陣はなかなか解決のための指示を出せず、鳥羽が前に出て案を提示し、それにプランナー陣がのっかってアイデアを言い、それを何とかテキストファイルで仕様書化して実装を進める、といった有様だった。


 仕様書を作る、という作業が、自分が考えていたよりもずっと大変だということも鳥羽は理解できた。

 頭の中にあるイメージを、他人に明確に伝えるドキュメントを作成するということは、想像以上に難易度の高いスキルだった。


 プロジェクトは中盤以降、はっきりと炎上の様相を呈したものの、鳥羽が仕様面を陰に日向にハンドリングしたことから、だんだんと一本のゲームとしてまとまっていった。

 プログラマーの中には、明らかに鳥羽がプランナーの仕事を兼任していることから、プランナーセクションに対して苦言を呈する者もいたが、鳥羽は協力しあうのがチームだからと諭した。


 ところが、それからプランナー陣はあれこれと修正要望を挙げてくるようになる。

 すでに発売されている他社製ソフトを引き合いに出しては、こうしてくれ、ああしてくれ、他社で出来ていることが、どうしてウチではできないのかと言ってくる始末だった。


 さすがの鳥羽も、今更何を言っているのかとイラつく感覚を覚えるようになったが、それでもチームの和を乱してはいけないと、一つ一つを親身になって検討して、対応可能なものは順次対応していった。

 泊まりこみは珍しくなく月の残業時間は二百時間をゆうに超えたものの、少しずつプロジェクトは終了に近づいていく。


 顧客であるゲームメーカーの担当者からはまだ要望が届いていたが、さすがに今の時期からでは対応するものが難しいものや、関連要素にすべて波及して作業が後戻りするものが多かったので、さすがにお願いして断ることが多くなった。

 担当者も理解を示してくれ、何とか納期通りにマスターアップを迎えることができたのだった。


 そのタイトルが発売される直前の「週刊ゲーム通信」にレビュー点数が掲載された。

 あと一歩で「殿堂入り」を逃すおしい点数となった。

 特に受注数が多いと言うわけでも無かったが、マニア層に人気の、あるアニメのスピンオフ作品という触れ込みもあって、雑誌やゲームサイトへの露出もそれなりに多く、ファンからは注目を集めているゲームにはなっている模様だった。


 だが、発売後の売り上げは芳しくない。

 ネット上のユーザーの感想も、ポジティブなものとネガティブなものとの比率は4:6といったところで、それらの言語化された感想の数々、特にネガティブなものは、見るたびに鳥羽の心を少しずつ傷つけた。

 何せ、仕様の大半は鳥羽が考案した様なものだったからだ。


 (だが、どうすりゃよかったってんだ。プランナー陣がああも仕事をしてくれなければ、自分でどうにかするしかなかったんだ)


 鳥羽はどうにか自分を慰めようとしたが、これまでになく自分が仕様に深く関わったこともあり、その責任は今ごろ重荷となって彼のプライドに負荷をかけ続けた。

 そして、その心は、顧客のゲームメーカー担当者が会社を訪れた時に決壊することになる。


 顧客であるゲームメーカーの担当者は、チームを労ってくれた。

 殿堂入りできなかったのは残念だし、販売の初動も今一つではあるものの、きちんと納期通りにマスターアップしてくれたし、中身はきちんとファンが楽しめる及第点には達していると思う、次につなげられるように自分もプッシュしていくから――。


 鳥羽の心にかすかな暖かみが芽生えた瞬間、ディクレター兼リードプランナーの栄村が言った。


「いやあ、鳥羽さん、もう少し融通を利かせてくれたらもっと良くできたと思うんですよ」


 その言葉を聞いた瞬間、鳥羽の中で何かが切れた。

 気がつけば栄村の胸ぐらを掴みながら立ち上がっていた。


「鳥羽さん!」


 傍らのデザインリーダーが止めてくれなければ、鳥羽は栄村を殴りつけていたかもしれない。

 担当者の顔は引きつり、改めてお礼の言葉を述べて、打ち上げは任せてくださいと言って急ぎ打合せを切り上げた。

 鳥羽と栄村は、その後別の会議室に呼ばれ、それぞれの上長と開発部門の部長から事情を説明するよう求められた。


 栄村は、鳥羽の暴力と開発中の一方的な進め方について非難をまくしたてた。

 鳥羽もまた激高しながらプランナー陣の仕様書の精度の低さや、ディレクターがハンドリングをせずに成果物のレビューのみするという仕事ぶりを非難した。


「仕様書なんて伝わりゃいいだろ! そんなバカ正直に仕様書なんて作ってたら間に合わない!」

「伝える以前に仕様を考えられてないだろ! だいたい時間があってもろくな仕様書しか作れないくせに何を言ってる!」


 売り言葉に買い言葉の応酬で、互いを非難する言葉が会議室に一通り乱れ飛び始めると、部長が机を叩いて二人を黙らせた。


 結局鳥羽は、顧客の前で同僚に暴力を振るったということで、会社内に正式にアナウンスを行う厳重注意処分となった。

 さらに、上司と共に担当者であるプロデューサーの元へ出向き、頭を下げて謝罪することとなった。

 担当者は苦笑して気にしていないと言ってくれたが、鳥羽は内心、まったく納得していなかった。


 事件は、個人名を伏せた形で全社員にメールでアナウンスされ、同様の事件を起こさない様注意が促された。

 社員の大半は、処分対象が鳥羽琉一であることを知っており、彼に同情する者も多かった。

 だが、その間に鳥羽は、自分の開発スタンスが間違っていたのだと考えを改めた。


 皆で協力して開発?

 和気あいあい?

 そんな開発はありえない、漫画やアニメの世界の中だけの絵空事だ。


 プランナーは、皆中途半端な連中ばかりだ。

 プログラミングもできなければ絵も描けない、音楽も作れない、けどゲーム開発には「携わりたい」。

 精度の低い穴だらけの仕様書をのんべんだらりと作成、それをアップして説明もせずに、「後はよろしく」とくる。

 いや、プランナーによっては「時間がかかるから」と、仕様書もろくに作らず、口頭ですべて指示するヤツすらいるのだ。

 そんな連中の中で、作る仕様に一貫性があって最後までまともにハンドリングできたヤツなど見たことがない。

 新人ならまだしも、中堅以上の経験年数を経たプランナーでもとりあえず適当な指示で作らせてから、後でダメだしをして自分のいいようにやりなおしをさせることが仕事だと勘違いしている連中の何と多いことか。


 デザイナーもまた、面倒な人間が多かった。

 尖った性格の人間が多い。細かな確認を疎かにする。

 素材が足りなかったり、動かないデータを平気でアップしたりする。

 頼まれたものを実装して、連絡してもろくに確認せずに、プランナー同様納期ギリギリになって、やっと確認したあげくに「調整」「修正」という名の「仕様変更」レベルの要望を挙げてくる。

 すべての負荷はプラグラマーにかかる。

 こうしてくれ、ああしてくれという要望の内容は、具体的な分プランナーよりはまだマシだが、残り時間を考えて断るとすぐ不機嫌になる。


 プランナーにしろデザイナーにしろ、全員が全員、というわけではないが、鳥羽にとっては信頼できるスタッフになどめぐりあえたことはなかったし、その後の開発でも同様の事態は続いた。

 そして鳥羽の心は疲労と共に急速に冷めていった。


 それから二年の間に、鳥羽はすっかり変わった。

 受け答えは事務的になり、やがて無愛想になり、常時不機嫌な態度で他のスタッフに接するようになった。

 ほとんどのスタッフが、鳥羽に話しかける時は、恐る恐る、という体になり、大半の者はチャットでやりとりを済ませようとした。

 スタッフのミスはボロクソに攻撃して、上司から注意されても意に介さなかった。

 自分の方が正しい。ミスをしたのは彼らだ。


 自分の仕事は完璧にこなしつつ、プランナーの仕様書をとにかく要求した。

 仕様書のゲームデザイン部分は無視し、精度的に穴があろうものならそこを攻撃的に責めた。

 仕様書が用意できていなければ、他の作業をするか、無ければ平気で帰った。

 それで納期に間に合わなくても、知ったことでは無い。

 自分は課せられたタスクをこなすだけだ。

 自然、リーダーからは外され、社内業務評価も落ちたが、鳥羽にとってはもはやどうでもいいことだった。


 (こんなくだらない世界はもうごめんだ)


 鳥羽はなおもゲームの話題で盛り上がる高校生たちの会話を聞きながら、電車の窓から見える駅に無数に貼られた『ルーン・ハンター』のポスターを、生気の無い目で見続けた。

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