第五章 転換
第22話 アルファ2
アルファ2ROMに向けて、ゲームは実装と修正が活発に繰り返された。
実装されるステージの敵配置や会話のデータがとりあえず、という体で実装されると、プランナーセクションの三人は実装を確認しながら、
その課程で、当然バグも生じる。
金矢は
後の面々は相変わらず、という体だったが、アルファ2ROMに向けての作業は、提出日前日にはほぼ終えることができていた。
金矢は、ROM出しの日の朝、チャットの全員が参加しているチャンネルで、今日はROM出しのため、データのコミットを午後十五時以降は禁止し、以後解禁までは、コミットしたい場合は申告の上で許可制とすることを伝えた。
アルファ版や進捗ROMではそこまで厳密にコミットを制限する必要はないという考えがこの業界では一般的だが、金矢はROM出し作業には緊張感を伴うべきだという考えの持ち主だった。
締め切りを設けないと、だらだらとデータ更新が続いてしまう。
『お待たせしてすいません。敵配置データ、更新してコミットしました。これで終わりですー。』
締め切り時間を過ぎてから、伏野がどうしても修正したい箇所があるとのことでそれを待っていた金矢に、作業が終わった旨の投稿をしてきた。
『了解、じゃあすぐにROMを作ります』
金矢はそう返信すると、データを更新し、コンバートをかけてから、プログラム、素材、データを、一つにまとめてパッケージング化する作業を行おうとしたが、それ以前の段階で、ほどなく開始されたビルド中にエラーが発生した。
ビルド前のコンバートは通ったので、伏野がコミットしたデータが原因とは考えづらい。
疑問に思いながら当該の箇所を確認すると、原因は新人の
(新規ファイルのあげ忘れか)
原が、コミット締め時間の直前、自分のパソコンで作成追加したプログラムの新しいソースファイルを、アップし忘れている。
原のパソコンでの動作には当然問題ないが、他の人がゲームに必要なファイルを最新に更新したとしても、彼が新規作成したファイルは取り入れられないため、正常に動作しなくなっているのだ。
新規にファイルを追加する場合、コミットする時に新規ファイルの上げ忘れが無いよう注意しろと言ってきたのだが、原はこれまで同じミスを二度していた。
「原」
金矢はモニタに向かったまま、隣の席の原を呼んだ。おまえ、と言いかけたところで止め、原の方に顔を向ける。
「ファイルの上げ忘れがあるんじゃないか? ビルドが通らない。確認してくれるか」
原は顔を青くして、すいませんすいませんと言って慌てて確認を始めた。
「慌てなくていい。まず事実を確認してくれ」
「は、はい、すいません」
以前の俺なら反射的に怒鳴りつけていただろうなと金矢は思った。
「同じミスを三回なんてお前は馬鹿か」くらいは言ったかもしれない。
だが、金矢は冷静になっていた。
そもそもコミットの締め時間直前に、原が組み終わって一通り動作確認した箇所があるが、時間ぎりぎりなのでコミットしていいかと確認してきた時、早くあげろと急かしたのは自分なのだった。
威圧するような上司に、締め時間間際にそう言われたら、原の立場や性格からして焦るなという方が無理というものだった。
「す、すいません、ファイルの挙げ忘れがあります……」
「うん、じゃあ構わないからコミットしてくれ」
またすいませんと謝る原に、金矢は苦笑した。
俺がここまで焦らせていたのだな……。
「時間的には問題ないんだ。コミットしたら俺の方でも更新かけるから教えてくれ」
金矢の穏やかな声に、原ははいと返事をして、ほどなくコミットしたことを告げた。
金矢は最新版に更新すると、原がコミットしたソースファイルだけが追加され、コンバート、ビルド、いずれも問題なく通った。
「うん、ビルド通った。ありがとう」
金矢は原にそう告げると、パッケージング化の処理を実行させる。
これから、ざっと一時間程度か。
時間は、ちょうど十九時。
「お疲れ様」
「お疲れ様でした」
と金矢と伏野が声をかけたが、鳥羽は無言でオフィスを出て行った。
金矢は、チャットで全員宛として発言を投稿する。
『金矢拳 wrote:
アルファ2ROMのパッケージング開始しました。動作確認はこちらでしておくので帰ってもらっていいです。』
だが、その後帰宅したのは
約一時間後、金矢はパッケージングされたデータをアップした。
矢切がその報告を受けて、データを開発機材にインストールしてから、物置という名のオフィスの奥に配置された大型テレビと接続し、ゲームを起動させる。
ゲーム内容の確認そのものは、各スタッフが自席で終えているのだが、パッケージング化したゲームが起動、動作するかの確認はまた別途行う必要がある。
仮のタイトル画面。
『放浪戦記ガンファルコン(仮)』というタイトルと、「コクピット視点」、「バックビュー視点」の項目が選択できるようになっている。
両方ともチェックは済んでいるので、矢切は今回テストとして実装したバックビュー視点を設定した。
ステージ選択画面に遷移する。
ここもまだシンプルな作りだ。
ステージ1を選択して、機体選択画面に遷移。
本来は機体線前にミッション内容を説明するブリーフィング画面が挟まるのだが、まだ未実装である。
矢切のコントローラを握る手に力が入った。
思わず声が出る。
「おお……、いいなあコレ」
「いいですね」
伏野も側で頷く。
「すごいっス! 端末で見てた時もきれいだと思ったけど、テレビで見るとまた臨場感がすごいッス!」
前戸も興奮している。
ニンテンドースイッチは、携帯ゲーム機としてもテレビにつないでプレイするテレビゲーム機としても使えるハードだが、皆の机にあるのは開発機材だけで、音声が出るテレビモニタは貸与されていない。
そのため、皆基本的に携帯モードで開発を進めている。
先日、流石にテレビでのチェックを行わないのはありえないだろうと、金矢が会社に交渉して大型テレビを一台借りてきたのだった。
矢切と伏野と前戸の三人で、オフィスの本棚に押し込まれていた古い技術書や雑誌を段ボールに詰め、それを並べて台代わりにしていた。
ゲーム機を差し込むドックなど、開発機材ではなく矢切の私物である。
格納庫の3Dモデルに、アウラ・ハント「ブレイシア」と「ブレイシアⅡ」が立っている。
格納庫はアニメで見た臨場感そのままに、あちこちが光ったり動いたりして、矢切のファン心をくすぐった。
無意識に右スティックで動かすと、カメラの向きが変わり、格納庫を定位置ながら三六〇度見渡すことができる。
「あれ、こんな仕様あったっけ」
午前中のチェックでは入っていなかった仕様だ。
矢切は嬉しそうに言いながらカメラを操作する。
「たいした手間じゃないから鳥羽君に断りを入れて勝手に入れた」
金矢が、横で見ている真上を見ていう。
「私は問題ありません。というか嬉しいです」
真上が感慨深げに言った。
携帯モードでは何度も見ているが、やはり大型のテレビで見るとまた別の感慨深さがある。
カメラの位置を確認し、そこからならどこを見られても恥ずかしくないように仕上げたつもりだった。
「いや、やっぱりカメラ動かしたくなるでしょコレは。いいです。素晴らしい」
矢切は興奮気味に言った。
やはり携帯モードとは違う。
機体選択をブレイシアからブレイシアⅡに動かすと、ブレイシアがベルトコンベアーで前へ移動し、後ろのブレイシアⅡも同様に前進してきて、選択中の状態になった。
矢切はそのままアウラ・ハント「ブレイシア」を選択した。
出撃演出はまだ未実装なので、そのままステージ1が始まる。
ホワイトフェードインから、ゲーム画面が表される。
バックビュー視点。周囲には味方機のブレイシアも数機いた。
画面上に、ストーリー上の、隊長機のセリフが表示される。
<ベイル>
「全機予定通り敵基地を襲撃しろ! 一機も逃がすなよ!」
ボイスはないものの、BGMは流れ、SEも原が作成したエディタを使って今回実装するアウラ・ハント用のものは軒並み設定されているため、前回とは比較にならないくらいゲームらしく仕上がっていた。
画面の小さなレーダーマップ上に、攻撃対象の地点が図示される。
そこに向かって矢切はコントローラのスティックを傾け、「ブレイシア」を移動させ始めた。
前傾姿勢になり、走り挙動で移動する。
スティックの傾きを浅くすると、歩き挙動になる。
向きを変えてみる。
今度はジャンプボタンを押すと、ぐっとかがんでから「ブレイシア」がバーニアを噴かせて上昇した。
スティックを倒しながら再度ジャンプボタンを押すと、空中での移動を開始する。
ブーストーゲージが無くなる前にジャンプボタンを離すと、機体は自然落下して着地。
「おっと、攻撃しなきゃな」
矢切は笑顔で操作し、味方が攻撃中の敵基地ポイントへと機体を向かわせる。
試し撃ちだと、攻撃ボタンを押すと、「ブレイシア」は、マシンガンを進行方向、HUDとして表示されているターゲットサークルへと射撃開始する。
すべてがスムーズだった。今のところ違和感は無い。
(だが、肝心なのは、実際に敵と戦っての操作感だ)
この手のアクションゲームでまず大事なのは、ユーザーの意図通りにプレイヤーキャラクターが動かせることだ。
自分の意図をキャラクターに反映させる操作を通して、達成感や爽快感を楽しんでもらうからである。
矢切は、ステージ上の敵基基地の近くまで来ると、機体をジャンプさせてビームライフルを打った後、特殊技を使った。
ブレイシアが、ブーストのエフェクトと共に右にローリングしながら、全ての兵器を前方に一気に全弾発射する、『フルファイヤー』という技だった。
約五分後、ステージをクリアして矢切はそっとコントローラーを置いた。
「圧倒的に良くなったな」
「前がひどすぎた、というのもありますがね」
金矢と真上は、手応えを感じているようだった。
ゲームの先が見えた、と矢切は思った。
敵基地に攻撃している間に、色々な方向から、時間差をつけて敵の援軍が押し寄せ、やがて罠にかかったことが、戦いながらキャラクターのセリフで演出される。
それで状況を把握してから、次にどうすればいいのかが提示され、それにそってユーザーがどこへ向かうべきかを判断し、操作し、敵を倒していく。
機体の操作は、基本的には武器の弾のマネージメントとブーストゲージの管理にゲームとしての遊びが仕込まれている。
武器は弾切れを起こしても一定時間で自動的に補充されるが、その間は攻撃手段が限定される。
ブーストーゲージは高速で移動したり、回避したり、ジャンプしたりするたびに消費され、使わないと自動的に回復していくくが、使い続けるとオーバーヒートを起こして一定時間使用不能になってしまう。
これだ。これが、このゲームの基本だ。
状況に応じて、ステージ上のどこへ行き、何をさせるかを判断し、その都度機体を適切に操作し、敵を倒し、あるいは目標地点に到達して目標を達成する。
そして、やはりバックビュー視点の方がコクピット視点よりも圧倒的に良い。
臨場感よりも爽快感という点で、別のゲームかと思えるほどにプレイ感覚が違う。
そうだ、爽快感だ。
爽快感と、ステージを攻略する達成感を提供しながら、物語や世界観を味わってもらう。
(それが、このゲームだ)
矢切は、このゲームの進むべき方向性を、ある程度具現化できたと確信した。
もちろん、手を入れなければならないところは多い。
だが、この方向で作り込んでいけば、必ず面白いゲームになる。
ファンが楽しめるゲームにできる。道筋を見いだせた。
「……OKだ。監修用の資料とデータは先に真上さんが嵯峨さんに提出済みだから、今回のROM出し作業はこれで終わり」
矢切がそう言うと、伏野がお疲れ様でしたと皆に言った。
大型テレビの前にいる皆ははお疲れ様でしたと返しあい、原は自席で頭を下げた。
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