第20話 ポインタ
翌日、倉庫の中のオフィスに出勤するまでの時間中も、始業時間になってからも、
冨和は今夢中になっているというゲームについて熱を帯びて語り、今自分が担当しているゲームについても、こうしてみたいという自分の展望を語っていた。
「今まで、ポシャッたヤツを含めても、大小八本ゲームを作ってきたなァ。なんだかんだ反省は多いけど、楽しかったわ」
それから冨和は、「あと何本ゲーム開発できるやろなァ」と言った。
その言葉に、金矢は同じことを考え始めた。
今、自分は三十五歳。
特にコンシューマと呼ばれる家庭用ゲーム市場でのソフトの開発に携われる機会そのものが、現在の業界ではかなり限定されてきているのが実情だった。
モバイルゲーム市場では、基本無料でプレイし、課金によって収益をあげるというビジネスモデルがスマホのゲームを中心に莫大な利益を上げている一面はあるが、それももはや一部のタイトルだけで、多くのタイトルは数年のうちにサービスを終了ししてしまうのもまた事実だった。
青息吐息だったコンシューマのゲームも世界的規模で売れるゲームがまた現れ始めてはいるが、そういったゲームはもう数年に数えるほどしかない。
金矢自身、今回コンシューマのゲーム開発に携われたのはある意味、幸運だったと言える。
だが同時に、今の開発の現場でがんばることに、どれだけの価値があるのだろうかとも思ってしまう。
かつては、現場のレベルを上げたくて日々努力したこともあったが、結局それは自分を開発の現場から一歩後退させるという結果になってしまったし、トリグラフに移ってからも同じことになった。
だから自分は、もうがんばることを止めた。
給料さえもらえればいい。面倒ごとはごめんだ。
もはや誰も自分に期待していないし、自分自身熱意も無い。
「結局、ブレイシアⅡ型の仕様で、これ実装するか」
「そっスね」
「見た目ほとんど変わらないのにブレイシアとの仕様差が激しいですけど、まあそこは改良型ということで」
プランナーの三人が打ち合わせから戻ってきた。
次のアウラ・ハントの仕様について詰めたらしい。
そういえば、『ブレイシア』の仕様を変更したいと言っていた。
もう実装期間は終わったとしてけんもほろろに断ったのだが、その仕様を、別機体扱いの『ブレイシアⅡ型』で実装するつもりらしい。
振り返ると、以前と違って次のアルファ2版へ向けての実装作業は、なんだかんだ着々と進行していた。
元々、企画内容そのものはシンプルである。
主観視点とバックビューの両方を作る予定だが、テストということもあってさほど作業は重くない。ゲーム進行も変わったが、大変なのはステージを構成するデータの作成と調整だろう。
ゲーム中、タイムスケジュールやフラグに沿って、敵やイベントが起動する。
それをプランナー単独で作成、調整ができるようにスクリプトの仕組みを作成し、表計算ソフトでデータを設定して、それをコンバートしてゲーム中に仕える形にする必要があるが、それ自体はゲームではよくある仕組みであり、金矢にはもうどのようにプログラムを組むか、見通しが立っていた。
金矢は並行して、アウラ・ハントの実装を順調に進めてもいる。
(俺はこれでいい。今更ゲーム性がとかクオリティがとか熱気あげる歳でもないだろ)
金矢はちょっと気分転換にと、ネットでニュースを見始めたが、ある見出しが目に飛びこんできた。
『ゲーム会社が倒産、解雇予告なしで問題に』
そのニュースの詳細を見ると、ウールヴルーンというゲーム開発会社が倒産したらしく、しかも従業員には給料日に給料が払えない状態で、突然倒産が知らされたとのことで話題になった様だった。
ウールヴルーン。
金矢はその開発会社に聞き覚えがあった。
スキールニルに勤めていた時期の後輩プログラマー
例によって金矢と仕事をすることを嫌ってチームから去った一人なのだが、後に異動ではなく退職していたことを知らされた。彼の転職先がウールヴルーンだったのだ。
(とにかくつっかかってくるやつだったが、仕事はよくできた)
勝ち気で生意気で、だから金矢も余計にキツク当たってしまったことを思い出しながら、
生意気だがどこか人に好かれる素養を持っていて、自分もたまに彼と意見があった時はポジティブな気分にさせられたものだと思い返す。
スマホを取り出して電話帳を調べると、井出野の番号があった。
社員旅行の折、同じ班だったことから連絡用に交換したものだった。
金矢はそっと席を立つと、オフィスを出て人気のない非常階段へと歩いた。
そこでまたスマホを取り出して、井出野に電話をかける。
数コール後、もしもしという声が聞こえた。
「あー……、金矢と申しますが」
「え? ああー ……金矢さん、ですか。お久しぶりです」
井出野の声は事務的だった。
「何かご用でしょうか」
「あ、いや、あのな、ちょっとニュースでウールヴルーンが倒産したってのを見てな。井出野君の転職先だと聞いてたからちょっと気になってな」
「ああ……わざわざどうも」
「丈夫なのか? その、次の職場とか、お金とか」
「大丈夫ですよ。ええ、知り合いのツテもありますし」
だが井出野の声は、突如トーンダウンしたのを金矢は感じ取った。
どこか紹介しようかと言いかけたが、咄嗟に口をつぐんで、ならいいんだと社交辞令のあいさつを交えてから電話を切った。
切ってからもしばらくスマホを握っていた金矢は、また電話帳を開くと、冨和に電話をかけた。
「おお、金矢君か。どないしてん」
「ええと、実はですね、ウールヴルーンていう開発会社が倒産したっていうニュースを見たんですが」
「ああ、ワシも見たわ」
金矢は冨和に、井出野卓のことを話した。
スキールニル時代、冨和は井出野とは接点があり面識もあったが、彼が会社を辞めてから交流は無く、ウールヴルーンにいることも知らなかったのだという。
「本人は大丈夫と言ってたんですが、冨和さん、もしスキールニルが人を探してるようであれば、井出野に声だけでもかけてやってもらえませんか。本人にその気があるかどうかもわからない状態で申し訳ないんですが」
「なるほどな」
冨和は、確かに今は会社全体が人手不足だし、自分の上長もいい人がいたら紹介してくれと言われているのでツテはあるのだと言った。
「そやけど、君が直接言うた方が早いんちゃうか? スキールニルは今人探してるでて」
「そうなんですが、俺に職場の世話をしてもらうこと自体彼のプライドに傷をつけてしまうと思います」
そう言うと、冨和はやや間をあけてからそうかわかったと言った。
冨和も彼の電話番号は登録してあるというので、後は任せることにしてお礼を言ってから電話を切る。
金矢は、スマホを胸ポケットにしまいながら、昨日までの自分ならこんなことはしなかっただろうと思った。
どうしてこんな余計なお世話をする気になったのか、合理的な理由を見いだせないままで自席へと戻った。
数日後、定時を過ぎてから帰り支度をしているところへ、冨和からまた飲みにいこうとの誘いの電話が来た。
「井出野君も一緒やねん」
「……わかりました」
オフィスの入っているビルを出ると、そばにもう二人が待っていてくれた。金矢が歩み寄ると、井出野はお久しぶりですと言った。
「久しぶり。元気そうで何よりだ」
金矢はそう言った。
現に、ジーンズに古ぼけた薄手のパーカー姿の井出野の顔には焦燥感があるものの、どこか安堵したような空気があった。
だが、やはり全体的に生気に欠け、頬はこけて口周りの無精ひげも目立った。
「何だよおまえひげくらい剃れよマリオかよ」
自身も無精ひげをはやしているくせに、金矢はわざとおどけて言った。
「そりゃひどいっすよ金矢さん」
井出野も、ホッとした表情で笑った。
冨和のほないこかの声で三人は歩き出し、彼は自分が奢るから店は任せてほしいと言った。
電車に乗って数駅、そこからさらに五分ほどの表通りから外れた道路にある『ほおずき』という古びた居酒屋に着くまでの間、金矢も井出野もあまり話さず、冨和が今やっている仕事についてたわいもない話題を提供してくれた。
古ぼけた店内は白熱灯で照らされ、カウンターが五席ほどと、小上がりの座敷が四卓あり、セレッソ大阪と中日ドラゴンズのカレンダーやポスターがあちこちに張ってあった。
冨和は一人でお店を切り盛りしている店主にあいさつすると、座敷に二人を促した。
三人とも生ビールを注文して、とりあえずの乾杯をする。
飲みながら、金矢は井出野が言い出さない限り、倒産の件や就職の件は口にすまいと決めた。
だが、冨和がすぐに、井出野君がスキールニルに戻ってきてくれることになったと口火を切った。
「井出野君が了承してくれたんで、もう僕がおるとこの上長には話をつけたんや。一応履歴書と職務経歴は出してもらって面接はやるけど、まあ形式的なもんやな」
昨日の今日でか。冨和がすぐに渡りをつけてくれたのだろう。
「そうなのか。まあ早く次が決まって良かったな」
何も知らないフリでそう言ったが、井出野が急に正座をして言った。
「冨和さんから、金矢さんが口をきいてくださったとお伺いしました」
「い、いや、俺は冨和さんにちょっと訊いてくれって頼んだだけだ。お礼なら冨和さんに言えよ」
それはもちろんですと言いながら、井出野は正座のままで頭を下げた。
こいつはこんなに殊勝な男だったろうかと意外さを覚えながら、冨和と二人で井出野の頭を上げさせ、冨和が楽しく飲もうと言って料理を注文した。
料理が来てから井出野はスキールニルを辞めてからのことを語りだした。
スキールニルを辞めてウールヴルーンに入社したのは五年前のことになる。
ウールヴルーンは、実は友人が作ったスマホゲームを作る会社で、スカウトされたのだ。スキールニルでは不満があった。
もっとゲーム内容に口を出したかったし、自分が主導権を握りたかった。
友人が作った会社であればそれが許される地位に就けてくれるということだったので転職したのだ。
意気揚々とウールヴルーンに入社し、まずはメインプログラマーとして働き始めた。
他者に仕事を振ったり、任せるということがこれほど大変とは思わなかった。
だが、メインプログラマーとしては高く評価され、社内でも一目置かれるようになった。
次のプロジェクトではディレクターということになったのだが、自分のイメージするゲームというものをうまく伝えることができずに、下についてくれたリードプランナーに大きな負荷をかけてしまうことになった。
結局自分はディレクターとしてではなく、プログラマーとしての仕事しかできなかった。
その後、会社としても大勝負のプロジェクトが立ち上がり、今度こそディレクターとして自分の存在価値を示してやろうと思ったものの、別の会社から転職してきたプログラマーが非常に優秀で、次第に彼に主導権を奪われた。
その人はプログラムのスキルも統率力も、何もかも自分を上回っていて、皆が彼についていくようになり、だがそれでも結局プロジェクトは外的要因もあってうまく進まずに遅延していき、次第に会社の資金繰りは悪化した。
気がつけばそのプログラマーも退職していなくなっていて、また自分が舵取りをすることになったが、もはやプロジェクトの立て直しは混乱し、結局中止となった。
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