第18話 金矢拳

 新しいゲームの形が見えてきたことで、矢切やぎりは改めてアウラ・ハント「ブレイシア」の挙動の概要を作り直した。

 こうしたい、こうあるべきだというものを書面化すると、伏野ふしのに見せた。

 伏野ふしの誠太郎せいたろうという男はとにかく小まめに打ち合わせを行う。

 矢切の作成した「ブレイシア」の仕様を見ると、また前戸まえとを誘って打ち合わせを行った。


「機体の基本操作対応のアクションとして、歩く、走る、ジャンプ、ブーストダッシュ、ブースト回避、メイン武器、サブ武器、特殊兵装が二つあると……」


 そこでまた伏野は、矢切の作成した仕様書に、事細かに質問や確認をしてくるのである。

 彼は矢切に曖昧に答えることを許さず、そうした答えには、容赦なくツッコミを入れてくる。


「この特殊兵装2の『急降下』っていうのは? どういう意図で入れるんです?」

「あー……、それは、原作アニメで主人公がやってた操縦なんだよ」

「んー、ユーザーは、ゲームの中でそれをどう活用すればいいんでしょうか?」

「いや、だから、撃たれた際に急降下してしのぐんだ」

「それって、原作ではポピュラーは操縦なんですか?」

「いや、主人公が敵軍の高性能なアウラ・ハントに、技術で対抗したって表現だから……」

「んー、『ブレイシア』は標準的な量産型ですよね?」

「そりゃそうだが」

「そういう機体に、そういう主人公しかできないような挙動を入れるのはどんなものでしょうか?」


 矢切は、伏野の言い分が分かった。

 量産型の、一般兵が搭乗するアウラ・ハントにそんな挙動を実装してしまうのはアンバランスではないかということだ。


「言いたいことは分かるよ。けどな、あの挙動は序盤でも主人公が認められ始めるきっかけになった戦いの中で生まれたもので」

「今回のゲーム、パイロットの描写はないスけど」


 前戸が余計な口をはさむ。


「いや、あの挙動はファンの間でもよく知られてるんだ。入れないとやっぱり、その、ええと、何だ」


 矢切は頭をフル回転させる。

 伏野とまた仕事をするようになってから、矢切は自らの頭の中にある感覚や概念を言語化するという作業に追い立てられている。

 とにかく、伏野誠太郎という男は曖昧な言葉で逃げることを許さないのだ。


「やっぱり、原作のファンが見た時に、あそこのシーンのあれか! というようなモノが無いと物足りないと思うんだが」

「それは確かに」


 伏野もまた考えこんだ。

 前戸もうーんと考えだしている。

 彼は、以前に比べて思いつきを述べる時と、考えこむ時とのメリハリがしっかりするようになってきていた。


 金矢かなやけんは、プランナー陣の会話を聞きながらため息をついた。

 また、思いつきの、よく考えもしていない、面倒な仕様を告げられそうだ。


 (これだからプランナーってやつらは)


 心の中で毒づく。

 金矢にとって、仕事はもはや、生活のための作業でしかなかった。

 キーボードをたたきながら、眼前で活気づいてるプランナー陣を見る。

 すさまじくやる気が無さそうに見えた矢切やぎりたけしという男に加えて、同じ会社のスタッフでありながら、これまで面識はなく、経験も浅いとして使えないだろうとみている新人プランナーの前戸も、伏野誠太郎という男に引っ張られるようにして、伸び伸びと意見を述べている。

 そんな光景を、金矢は見たことがあったが、それはもう過去の記憶の一コマに過ぎない。


「あの……金矢さん」


 新人のはらが臆病を絵に描いた様な表情で話しかけてきた。


「なんだ」


 キツイ表情になっていることを自覚せずに原の方を向くと、彼はビクッとさらに怯えた様子を見せたが、相談したいことがあるのだとたどたどしい口調で続けた。

 あるプログラムのことで、彼はその説明をやはりたどたどしく続けたが、話の途中で金矢はモニタに向き直ると冷徹に言い放った。


「あー、わかったわかった。そこは俺が見ておくから自分できることをやっておいて」

「え」

「いやだから、そこは俺が見ておくからさ、君は君でできるところをやっておけって言ったの」

「あ、いえ、でも……」


 原は口をもごもごさせたが、金矢が面倒くさそうに右手であっちへいけというジェスチャーをすると、おとなしく自分の席へ戻った。


 (新人にあれこれ教えたってどうせ無駄だ)


 そう思いながらも、金矢は原がつまづいていた箇所を確認すると、箇条書きの無味乾燥なヒントだけ書いて個人チャットで彼に送ってやった。


 金矢拳は、大学を卒業後にIT企業勤務を経て、ゲーム会社、それもメーカーとしては大手のスキールニルに、プログラマーとして転職した。

 もちろんゲーム、それも対戦ものゲームが大好きで、ネット対戦で知り合った友人にスキールニルのプログラマーがおり、彼と意気投合して、彼の誘いに応じてスキールニルに就職したのである。

 スキールニルは、かつては家庭用ゲーム機の製造も手がけていた老舗の大手ゲーム会社で、現在こそゲーム機開発事業は行っていないものの、ヒットしたシリーズのタイトルを何タイトルも有し、ゲームファンからの人気も高い。


 そこで金矢は入社してから二本目の仕事でいきなりヒットを飛ばした。

『空手ラブアタック』という恋愛異種格闘ゲームにプログラマーとして参加し、これが大ヒットしたのである。

 金矢はこの時に3Dを扱う術を学び、続いて参加した『竜虎の維新』という幕末を舞台にした乱戦3Dアクションゲームもまたヒットした。

 それが、金矢の頂点だった。

 新人を中心とした部下もつくようになり、彼らに指導しながらの開発が始まると、金矢は自己流の指導を開始したが、遠からずそれは社内で問題視されるようになった。

 部下たちから、苦情が上がっているというのである。


「金矢さんは当たりがキツすぎる」


 金矢はミスや怠慢を許さない。

 徹底的に理詰めで部下を追いこむ。

 さすがに直接暴力は振るわないものの、時に大声で怒鳴り、罵倒し、椅子やゴミ箱を蹴っ飛ばして感情を顕にした。


 (ここまでしなければ彼らは必死になろうとしない。プログラマーとして、クリエイターとして一人前になるには、普段から緊張し、徹底的に考え、修羅場を乗り越える必要があるんだ)


 金矢は、IT企業での勤務経験から、それが彼らのためになると本気で信じていた。

 そして、いつしか厳しく接した自分に感謝してくれる日が来るに違いないと考えた。

 二十八歳で初めて部下がついてから、金矢はその自らの信念に基づいて開発の仕事に従事してきたが、上長から部下への接し方を改めろと幾度となく注意された。

 君の熱意は買うが、皆がついてきてくれないと仕事はできないと諭されると、それからしばらくは罵声は控えめになるが、ほとぼりが過ぎて、部下のたがが緩んでいると見るや、金矢は自らの信念に基づく指導を再開した。


鉄拳てっけん」と陰口をたたかれているのを知った。

 鉄拳とは、金矢拳という彼の名前を指す隠語で、口で相手を殴り倒すという揶揄やゆがこめられているのだった。

 そこまで言われてもなお、金矢自身は自分の指導が、彼らのためになると信じていた。


 やがて、ある日突然部下の一人が異動していった。

 事前に連絡も相談もなかった。

 それを契機として、部下は間を置きながら一人、また一人といなくなっていった。

 二年も経つと部下は誰も彼の下には配置されなくなり、仕事でもめざましい実績を挙げることができなくなっていた。


 それでも、自分の技術には自信があった。

 かつてのヒット作を作ったチームのメインスタッフであったという自負もあり、会社の飲み会の席で、同僚にその時の苦労や培った経験を自信たっぷりに話した。

 だが、次第に自分が疎まれていることを感じ取るようになり、それが目に見える形として現れたのは、ゲーム開発の部門から外れて、基礎研究の部署に回された時のことだった。

 上長からは、これまでの部下への接し方はパワーハラスメントに相当すると判断したと言い、さらに「もう君と仕事がしたいという人がいない」とはっきりと言われた。


 確かに、部下だけではなく、他のプランナーやデザイナーに対する接し方もわざとキツい言い回しをしていた。

 自分の言い分は完全に正しいものであったし、また部下への指導と同様、キツイ言い方をしても、その方が彼らのためになると信じたからだった。

 だが、彼のそういった考えは何も伝わらず、結局金矢は基礎研究の部門でどのプロジェクトでも利用できるライブラリを作る仕事に従事することになった。


 ライブラリを作る仕事は嫌いではなかったが、金矢は何よりもゲームそのものが作りたかった。

 初めてゲーム開発に携わり、無我夢中でプログラムを組み続け、処理速度の向上やロード時間の短縮のために、あと一行、あと一行とプログラムの短縮や改善に意欲を燃やし、期間ギリギリでマスターアップを迎えられた時の現場の安堵感。

「空手ラブアタック」が「週刊ゲーム通信」のクロスレビュコーナーで、ゴールド殿堂入りを果たした時の現場の熱狂。

 そしてどきどきしながら迎えた発売日、目の前で自分が手がけたゲームソフトが売れる様を大手家電売り場のゲームコーナーで見た時のうれしさ。

 そしてその日からしばらくはネット上のユーザーの評価に一喜一憂した。

 あの興奮と充実感は、やはり最前線でゲーム開発に携わっていないと味わえるものではない。


 一度下されたスキールニルでの周囲の評価を覆すのは難しいと考えた金矢は、知人を頼って今の会社、トリグラフに転職した。

 大手ゲームメーカー出身でヒット作のメインスタッフ、それもプログラマーとの触れこみで歓迎されたが、それは長く続かなかった。

 あるチームにアサインされたが、そこで彼は浮いてしまったのである。

 最初こそおとなしくしていたが、さして時間もかからないうちに、尊大で、過去の実績をひけらかし、他人の仕事にも上から目線で口を突っこむものだから周囲からすぐに疎まれるようになった。


 だが金矢自身は気にしなかった。

 俺が一番仕事ができるのだ。

 スキールニルの様な大手では確かに人が多いために俺がいなくてもどうにかなるかもしれない。

 だが、ここではそうはならないはずだ。

 そう思っていたが、思惑は外れた。

 そのうち主流のプロジェクトから外されるようになり、気がつけばヘルプ要員としてあちこちのプロジェクトの手伝いにだけ回されることが増えていった。

 そして、それでもプロジェクトはそれなりに進行して終了する様を見ているうちに、だんだん金矢の気持ちは、冷めていった。

 自分がいなくても現場は回っていく。

 そうなると、自分が働く意味を見いだせなくなった。


 転職から二年。

 三十五歳になった金矢は、ゲームを冷めた目線で見るようになった。


 (もうゲームゲームって年齢でもない。後は仕事として片付けるだけだ)


 入社時の契約から給料は悪くないから一人で生きていくには充分だ。

 妻子のためにあくせく働く必要もない。

 金矢には学生時代からつきあって、スキールニル時代に結婚した妻がいたが、退職前からうまくいかなくなり、結局退職を契機として離婚したし、子どももいない。

 昔は休日にはよく妻とゲームをプレイしたものだったが、今、マンションにあるゲーム機はもう何年もホコリをかぶったままだ。


 (そうさ、俺はもうただのプログラマーだ。ゲームみたいなお遊びの開発のために残業したり、泊まりこみするなんてあほくさい。そんな仕事にどっぷりつかるのなんてごめんだ)


 ゲームやスタッフへの指導に熱心だった「鉄拳」はもういないのだ。

 金矢は面倒くさそうに、担当箇所のコードを組み始める。


 株式会社トリグラフの二階の倉庫に無理矢理作られたプロジェクト「HSG」用のオフィスは、狭い空間に九人が押しこめられているものだから、現場に何かあればすぐにその気配を感じ取ることができる。

 金矢はプランナーセクションの三人が、仕様変更を相談しているのを聞き取り、内心辟易しながらどうそれを撤回させるかを考えていた。

 もちろん、バックビュー視点への変更のような、妥当性があるものならばまだ検討の余地がある。

 だが、金矢はこれまでの経験から、「とりあえず適当に作らせてから、後で気軽に変更すればいい」と考えているプランナーの方が多いことを知っていた。

 彼らは、まるで自分たちが才能のある有名なゲームクリエイターであると錯覚しているのではないかと金矢は考えている。


 簡単な変更ならいい。

 だがどうも、そのレベルでは収まらない変更の様だ。

 ほどなく矢切と伏野が二人そろって金矢の席にやってくると、矢切が相談があるのだと言った。


「えーっとですね、ブレイシアの仕様をちょっと、修正したいと思いまして」

「言葉は正確にしてくれ。修正ってのはミスを直すことだ。仕様の修正じゃなくて仕様の変更だろ」


 金矢は先制のジャブを放つ。

 プランナーの仕様変更という名の思いつきをつぶすには、徹底的にロジックでやりこめることだ。

 金矢のぶっきらぼうな口調に矢切という男は押し黙ったが、伏野がまったくひるまずに後を継いだ。


「申し訳ありません、その通りです。意図があってのことなので、話を聞いていただけないでしょうか」


 渋々といった体で、金矢はとりあえず話だけは聞くことにした。

 その内容は、すでに実装したブレイシアの挙動をほぼ全面変更したいとのことだった。


「仕様変更の意図と目的から説明します」


 伏野が、プロジェクト用に一台だけ支給されたノートパソコンを金矢の机の上に置いた。


「まず、ゲームが三人称視点、しかもカメラがバックビューに変更になったことで、複雑な挙動もユーザーに視覚的に伝えることができるようになりました。そこで、よりアニメにあったような挙動を実装したいんです。ファンゲームとしての満足感を上げ、さらに特殊な挙動を活かせる状況を作ることで、ゲーム性も高めたい、というのが仕様変更の狙いです」


 この伏野誠太郎という男は、いつでも意図を的確に言語化する。今まで金矢が共に仕事をしてきたプランナーたちに比べれば、「相当まともなレベル」にある。

 事実、その仕様変更の意図は金矢も納得はできた。

 だが、やる気はゼロである。


「いや、もうそれに費やす期間終わってて、次の機体の実装に入ってるんで対応不可だ」

「あー、なるほど」


 金矢の宣告に伏野は苦笑したが、実装の時期をずらして先にこちらをやってもらえないかと粘ってきた。


「だから、それって納期が延びる訳じゃないだろう」

「それはそうなんですが……」

「それで話は終わるだろ」


 そこまで金矢が言い終えると、伏野は分かりましたと頭を下げてノートパソコンを持つと矢切と共に引き下がり、自席へ戻った。

 オフィスは静まりかえって、キーボードを叩く音だけが響く。

 腹の中に、どこか小さな棘が刺さった感覚を味わいながら、金矢はモニタに向き直り、担当箇所のプログラミング作業に戻った。

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