第17話 バックビュー

 しばらくの間、前戸まえとの修正の手が入ったアウラ・ハント『ブレイシア』の操作を確かめていた矢切やぎりは、内心で感心した。

 確かに良くなっている。

 隣で伏野ふしのもまた自分の開発機材で『ブレイシア』を操作していて、矢切が何となく感じたことを言語化した。


「いいですね、コレ。触っていて、思った通りに動かせて、操作に違和感が無くなってます」

「ただ、気になるのはやっぱりジャンプから着地して、また動き出すまでの挙動なんス」


 伏野の言葉に前戸はうれしそうな顔をしながらそう返し、彼からコントローラを受け取るとデバッグ機能でカメラを俯瞰ふかん視点に切り替え、何度もジャンプの挙動を繰り返した。


「こうして、俯瞰で見ると違和感ないんスけど、主観視点だと、やっぱりモッサリ感が出るッス」

「そこは前に前戸君が言ってた通り、性能差ってことでいいんじゃないか?」

「そうですね、ゲーム自体、主観視点でリアルロボ系の寄りですし」

「そうなんスけど……、プレイしていて、やっぱりモッサリ感があると、ユーザーにとってネガティブじゃないかと思うんス」


 だからといって前戸にも具体的な改善案は無いようで、そのまま黙って「ブレイシア」を操作し続けた。

 矢切も画面内のブレイシアの挙動をじっと見る。

 ブレイシアがブーストで移動し、さらにジャンプし、構えたマシンガンを打つ。着地する。

 ぐぐっと屈んだ姿勢になる様は、見ていてリアリティがあるし、ゲームとしてもここが操作を受け付けない、いわば「隙」になることを考えれば意味もある。

 これが主観視点になると、自機の挙動が見えないため、それがストレスにつながる。

 いっそ、着地の隙をもうちょっと緩和するか。

 性能差は他のところでも出せる。あるいは。


「主観視点をやめて三人称視点にするか」


 矢切は何気なく言ったが、その瞬間に前戸も伏野も矢切の方に向き直った。


「それ! イイっす!」

「いや、ちょっと待ってください」


 伏野は席を立つと、矢切の机の横に来てかがんでモニタを見ながら続ける。


「矢切さん、三人称視点にするとはどういう風にするんでしょう?」

「いや、だから……カメラをアウラ・ハントのちょっと後ろにおいて、バックビュー視点にするんだよ」

「そうする意図は?」


 伏野の声は穏やかだが、その顔つきは真剣そのものだった。

 矢切は、少し気圧される感を受けながら、頭を巡らせる。


「コックピット視点で自分の機体が見えないから、操作にモッサリ感が出た時にネガティブな印象を受けるんだろ。だったら、機体が見えればいいと思って」

「それだけですか?」


 矢切はちょっと考えてから、思っていたことを改めて口にした。


「あと……、やっぱり、自機が見えた方がいい。せっかくモデルのクオリティもよくなって、アウラ・ハントを動かせるゲームなのに、肝心の自分の機体が見えないのはファンとしてはがっかりだ」

「なるほど」


 伏野は立ち上がり、腕組みをした。

 その表情は、面白いものを見つけたように、微笑をたたえている。

 それに後押しされるように、矢切は頭の中にあることをさらに口にした。


「それに、バックビューにすることで、アウラ・ハントの挙動ももっと派手に、より原作にあった動きを入れられるようになるんじゃないか。原作アニメじゃ敵弾を腰部のバーニアを全燃焼させて仰向け状態になって緊急回避しながらライフルを射撃して敵を撃破する荒技があるんだが、そういうのは主観視点でやっても目が回るだけだ。何が起こってるかさっぱりわからない」


 自分で話しながら、矢切はこれだと思った。


「そうだ、つまり、主観視点だと臨場感は出るかもしれないけど、代わりに自分がどうなってるかが把握しづらいんだ。それを三人称視点にすれば、自分の操作している機体の挙動を目にできるから、見た目と操作性が一致している状況になる。挙動と操作の調整がストレートになるし、より原作アニメに出てくるような、無茶だけど面白い挙動も仕様として入れられる」


 元の企画書に主観視点と明記され、途中まで作られた試作版にもそれが反映されていたからその通りに仕様も想定していたが、よくよく考えれば、派手な動きのあるアウラ・ハントを操作するゲームで主観視点にした意図が見えない。

爽快感のある3Dシューティングゲームという点からずれさえしなければ、バックビューを模索するやり方もあるのではないかと矢切は言った。

 これだけ話したのは、ここに来て初めてのことである。


「俺は矢切さんに賛成ッス!」


 前戸も前のめりになっている。

 伏野は少し待って下さいと言ってから、自分の席に座ってなにやらカタカタとパソコンで入力を始めた。

 矢切も前戸も自席に戻ったが、ほどなく、全員が参加しているチャットのチャンネルに伏野から、今から三十分後に全員での打合せを行いたい旨が送信されてきた。目的は、主観視点からバックビュー視点への変更に検討について。


 全員といっても少人数だが、それでも九名。人数の多い打合せは、進行がとっちらかりやすい。

 まあ、伏野がうまく仕切ってくれるのだろうとふと彼を見ると、筒状の容器を取り出し、そこからラムネのようなお菓子を取り出して、飲んでいる様が見えた。

 三十分後に始まった会議は、やはり伏野が進行を取り仕切ってくれる。

 お疲れ様です、という一言の後、伏野はすぐに本題に入った。


「えーと、今回の打合せの目的は」


 そこで一旦間を置いてから、伏野は続けた。


「ゲームの視点をですね、コクピット視点からバックビュー視点に仕様変更したいという点についての相談となります」


 金矢かなやの表情が一瞬で曇るのが矢切には見えた。


「おいおい、企画書の内容と違うことになるぞ」

「そうなりますね」

「変更の理由は何だ?」


 金矢の問いに、伏野は会議室の大型液晶モニタに、ノートパソコンの画面を映す。


「今の主観視点より、バックビュー視点に変えた方がゲームとしても版権モノとしても良くなるんじゃないかという意見がプランナー陣であるんです。第一に、主観視点だと、どうしても自機がどうなっているかがプレイヤーにわかりづらい。第二に、バックビュー視点にすることで、アニメにあるような、派手な挙動を入れやすくなる」


 そこで一旦言葉を切って、全員を見渡してから伏野は続けた。


「結果、バックビュー視点にすることで、プレイヤーが機体の挙動と操作を認識しやすくなり、かつアニメや原作にある挙動を再現するような挙動を入れやすくなる。以上二点が変更したい理由です。みなさんの考えはいかがでしょうか?」


前戸が会議室に持ってきていたニンテンドースイッチを大型液晶モニと接続し終えて、開発中のゲームを起動させたところだった。

 伏野が液晶モニタの出力番号を切り替えると、前戸はデバッグ機能でバックビュー視点に無理矢理固定したカメラで操作をし始める。


「まさか、カメラ位置を変えればそれだけで済むとか考えてないだろうな」


 金矢がまた口を開き、伏野がそれに答える。


「もちろんです。カメラの仕様は新たに切り直さないといけないし、HUDハッドの仕様も変更になります。それ以外にも見えない部分の変更箇所は発生するとは思うのですが」


 HUDとは、ヘッドアップディスプレイの略称である。

 画面上の、耐久値などゲームプレイのために表示される情報群のことで、会社によってはコックピットとも呼ばれる。


「僕は賛成です」


 そう言ったのは、前戸からコンローラーを受け取り、バックビュー視点でアウラ・ハントの『ブレイシア』を操作していた真上だった。 


「やっぱり自機が見えている方が絵面的にも見映えがします。それに操作している実感が強くなる」

「他の方は?」


 伏野のその声に、 林田はHUDは変わってもいいですお任せしますーと軽い口調で言ったきりで、原、堀倉の三人から返答は無かった。鳥羽は、


「HUDをやり直すのは構わないですが、その遅れた分他の作業はできなくります。それでいいいならどうぞご勝手に」


 と言ったきり関心が無いようにスマホを触っている。

 伏野はしばらく床を見つめていたが、やがて何度か小さく頷くと、金矢の方を向いて言った。


「金矢さん、どうでしょうか? プログラマ的に問題ないでしょうか?」


 金矢は、面倒くさそうな表情は変わらずに頭をかく。


「まあ、クライアントから了承を得られるならというならやるさ。諸々仕様変更が必要になるが、それはしっかり頼むわ」

「それはもちろん」


 伏野はそう言って、今後のチームの動きを提案していた。


「次のROMバージョンなんですが、カメラをバックビュー視点にしたものと、現状のものと、二種類を用意したいと考えています。実際にバックビューにした状態のものを嵯峨さがさんに見てもらった方が、より話をしやすいと思うので」


 カメラの仕様は切るが、HUDの仕様変更は仕様変更の了承を得てからでいいと考えていることを告げ、それも林田と鳥羽から了承を得ると、伏野は会議を閉めに入った。


「それではー、ゲームのカメラをバックビュー視点に変更する、という方向で仕様変更を検討させていただきますー。次のROMには、バックビューバージョンも用意するということで、仕様のどこをどう変えるかについて、企画セクションで詰めてから、また改めて相談させていただきますー」


 伏野がそう告げたが、前戸と真上以外で反応があったのは、「ウース」と一声挙げた林田だけだった。

 矢切は、伏野に嫉妬していた。

 彼は、以前共に仕事をした時は、ここまではっきりと筋の通った話のできるプランナーではなかったはずだった。

 だが、今の彼は、堂々と議事をハンドリングするプランナーとして存在感がある。会議を自分が仕切ったとして、伏野の様に進行させられるかというと自信がまるでない。

 自分、矢切武と伏野誠太郎というプランナーとの間に、どんな差異があるのか。矢切は伏野の穏やかな顔を見ながら、面白くない思いを抱いた。


 全体の打合せの後、プランナー陣の矢切、伏野、前戸の三人で会議室で残り、打合せを続ける。

 伏野はホワイトボードに『タスク』と書いて、その下に想定されるプランナーの作業を箇条書きしていった。


「ええと、まずはメインカメラの仕様ですが……、これは僕が受け持ちます。それ以外ではHUDの仕様も切り直しですが、これは前戸さんに」

「えーっ、僕ッスかあ」


 前戸が不満の声を漏らす。

 HUDは、機体の耐久値や、ブーストの使用状況などを表わすゲージなど、ゲーム画面上に常時表示しておくべき2D表示物で、ゲームの「顔」の一端を担っている。重要性は高い。


「画面構成仕様の延長としてやってみくてださい。僕も協力しますから」


 伏野にそう諭されて、前戸は渋々承知したが、以前よりは細かな仕事に対して前向きになっていると矢切は感じた。


「俺は?」

「矢切さんは、『ブレイシア』の……というか、登場する『アウラ・ハント』全体の、操作方法と挙動の方向性を検討していただけませんか」

「えっ」


「バックビュー視点に変更することで、矢切さんが言われていたような、アニメにあったような挙動も実装が可能になります。それらに精通しているのは矢切さんです。矢切さんの知識とファンとして目線から、改めて挙動の仕様がどうあるべきか、再考していただきたいんです」

「再考、といってもなあ」


 矢切は渋い顔をした。

 バックビュー視点にすることで、どう操作と挙動を再考したらいいのか、おぼろげにしかイメージできない。

 アニメにあるアウラ・ハントの挙動ならば、いくらでも印象的なシーンを挙げることができるのだが。


「ポイントは二点あると思います。ステージクリア型の、バックビュー視点のロボット物アクションゲームとしての操作がどうあるべきかという点が一つ。もう一つはアニメの挙動を、そこにどう組みこむか、という点だと思うのですが……」


 伏野はそう言いながら、ホワイトボードに図を書きながら自分の考えを説明した。

 バックビュー視点に変更するとして、企画のコンセプトである「爽快感のある3Dシューティングゲーム」からズレてはならない。

 また新たな「アウラ・ハント」のアクションも入れるなら、それも込みで、改めて移動、ジャンプ、攻撃の操作を切り直す必要がある……。

 伏野の説明を聞いていると、矢切の頭に少しずつイメージが出来てきた。

「エアーコンバット」シリーズをモデルケースとして考えていたが、舞台のメインは地上としてイメージしてみると、ゲームをプレイしているイメージをより強く脳裏に描くことができた。


 ブレイシアが走る。

 ブーストによるジャンプから攻撃、マシンガンを打つ。

 ミサイルが飛来してくるのを緊急ブーストで逆制動をかけて回避する……。

 原作にもアニメにも、多彩なアウラ・ハントが登場する。

 それぞれ特徴があるのだ。

 汎用的に使える機体、遠方からの狙撃に特化した機体、格闘攻撃に特化した機体、移動速度を重視した機体、火力重視の機体……。


 そうだ、ファンの目線から見ると、アウラ・ハントを操作する3Dシューティングゲームであれば、劇中でパイロットたちの個性も合わせて、様々な戦い方を見せるアウラ・ハントの挙動を自分で操作して楽しめるように仕立てるほうが絶対面白い。

 主観ビューはリアリティがあるが、その分操作する爽快感はマニアックなものになる。

 対戦を主眼とするゲームならアリだろうが、今作は一人用ゲームなのだ。


 それに、原作は幅広い年代に読まれ、愛されている。

 であれば、アウラ・ハントの姿も、それを操るプレイヤーも気持ちよくないといけない。

 それにはリアリティのある主観ビューではなく、バックビュー視点の方が適切だ。

 矢切は力強く頷いた。

 王道の、アクション・ロボット物の操作でいこうという方向性が見えた。


「わかった、やってみる。操作の仕様と、基本機体になるブレイシアの仕様をまとめなおしてみるよ」

「お願いします」


 伏野は嬉しそうに、頭を下げた。


「後は……嵯峨さんへの説明ッスね」

「まあ、それは次のROM提出の報告時に相談、という形で報告に追加しましょう。それは矢切さんお願いできますか」

「え、俺かよ」

「矢切さんがディレクターなわけですから」


 ディレクターという肩書きは嬉しくても、面倒な実務は可能な限り回避したい矢切は、この手の『渉外』関係は苦手、というよりはもっとも嫌な仕事の類いだった。

「矢切さんは言葉使いに配慮が無く、文脈も散らかって何が言いたいかわかりづらい」と過去にクライアントやスタッフから苦言を呈されたことを思い出す。


「僕も協力しますから」


 結局、事前に伏野に文章をチェックしてもらうこととなった。

 だったらお前がやった方が早いじゃねえかと言いかけた矢切は、


「矢切さんのアイデアが形になるんです。これが通ればもっとゲームが良くなりますよ」


 との伏野の言葉に、矢切は口にするのを止め人差し指で鼻の下を撫でて、わかったと言った。

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