第15話 マスクパラメータ

 改めてモデル担当となった真上まかみからアップ報告が来るアウラ・ハントの3Dモデルのクオリティは、矢切やぎりを驚嘆させるのに充分すぎた。

それは、原作のファンでもある彼を納得させるだけでなく、特にアウラ・ハントの出来は「これが動くところを見てみたい」、「操作したい」という欲求をくすぐってくる。


 ところが、モデルのクオリティが上がったことで、今度は挙動の荒さが余計に際立つ様になった。

 一応、矢切や伏野ふしのの挙げた修正点を、次のROMに実装される予定のアウラ・ハントのモーションから真上と林田やはしだが対応していってくれてはいるのだが、モデル作業もあって、その進捗はどうしても遅いし、イメージ通りの挙動にするためにどう指示を出したらいいか、試行錯誤が続いた。


「うーん」


 アウラ・ハントを操作しながら、矢切は考え込む。


「矢切さん、どうです? アウラ・ハントの挙動」


 隣の席の伏野が矢切の席のテレビモニタをのぞき込む。


「今度は操作性がなあ」


 現在、アウラ・ハントの挙動の修正指示を出すのは矢切の担当になっていた。

「原作をもっとも知っているから」という理由ではあるのだが、原作のアウラ・ハントの持つ動きを言語化することは、想像以上に難しかった。

 結局、アニメの動きを見せて「こんな感じで」という指示を出して、真上と金矢に修正してもらったのだが、今度は操作性の問題が解消しきれていないと感じた。


「操作性」とは、プレイヤーのコントローラー入力のわかりやすさとレスポンスの快適さ、と言い換えられる。

 基本的に、ゲームは遊び手であるプレイヤーの意思を、コントローラー等の入力機器を通じてゲームへインプットし、それに対するリアクションを画面上に出力していくことの繰り返しである。

 そのため、操作性が悪いと、「考えていることがすぐにできない」状態であるため、それだけでストレスになってしまう。


 そういった、プレイヤーのやりたいことが直感的に操作できなかったり、操作はできてもリアクションが遅かったりすることを一言で言うと、「操作性が悪い」ということになるのだった。

 だからといって、レスポンスを良くしすぎると、ペルガモンで開発されていた『ガンファルコン』の様に、急に向きを代えたり着地してすぐに移動を開始したりといった、「不自然な動き」になってしまう。


「確かにちょっと、レスポンスが悪い感がありますね」


 伏野もまた自席でコントローラーでアウラ・ハントを操作しながら感想を述べた。

 彼も今回の様な完全にキャラクターを操作するタイプのアクションゲームを開発するのは初めてということで、即応性のある対策を打ち出すことはなかなかできなかった。


「挙動の種類も見直した方がいいかもしれないですねえ。今の挙動数は多すぎるかもしれない」

「だな」


 伏野と話をしながら、とにかくレスポンスの悪さを解消すべく考えこんでいた矢切だったが、そこへ前戸まえとがやってきて、何か言いにくそうに、口をもごもごさせていた。

 何だよこいつ、言いたいことがあるならはっきり言えと矢切は口を開きかけたが、伏野が先に、穏やかにどうかしましたかと声をかけていた。


「えっとスね、そのう、ステージ選択画面の仕様のフローで」


 そこまでは理解できたが、後は脈絡のない文言が前戸の口から流れでて、矢切は彼が何を言いたいのかわからなかった。

 伏野が、相づちを打ちながら聞いているので、矢切はまたコントローラーを握って、アウラ・ハント「ブレイシア」の挙動をまた実機で確認していった。


「ああ、なるほど、ステージ選択画面の仕様で、ステージが増えるための条件があるのかどうかを確認したいわけですね」


 そこにたどり着くまでに数分は経過しているだろう。

 前戸は、発言が要領を得ないことが多々あって、矢切などは聞いているだけでイライラしてくるのだが、伏野は根気よく前戸が発言を終えるのを待ってから、話の内容をまとめるのだった。


「前戸さん、開発中、人に話しかける時のコツがあるんですよ」


 伏野は質問に答えた後、そう言って、前戸にそのコツをゆっくりと話し始めた。

 開発中、というか、仕事中他のスタッフに話しかける目的というのはほぼ種類分けできてしまうのだ。

 連絡か、報告か、確認か、相談か……。

 そういう類いにカテゴライズできてしまう。

 だから、他の人に話しかける際は、まず、質問なんですがとか、相談なんですがとか、そういった枕詞まくらことばを最初に付けて話しかけると、聞き手は相手が何をしたいのかが分かるので話し聞きやすいし、自らもまた話しかける前に内容を整理できるはずだ……。


 なるほどと矢切は思った。

 確かに、この仕事についてからの、開発中での他のスタッフとのやりとりを思い返すと、雑談以外は何らかの確認や報告や相談が多い。

 日頃の言動から見ても、この伏野ふしの誠太郎せいたろうという男は、この手の仕事の要点を簡潔にまとめて言語化する。

 しかも、それが実に要点を得ているため、矢切も表だって言うことはないが、正直、聞きながら感心させられることの方が多いのである。

 それは他のスタッフも同様らしく、伏野が話し出すと皆意識を彼に向けているのが分かるのだった。


 矢切は伏野が前戸との話を終えた後、再び画面に向かってアウラ・ハントを操作しながら伏野とモーションについて話し出したが、前戸も自席に戻らずにその画面をじっと見ている。


「まずこの、ブーストでジャンプして着地してからの操作性を何とかしたいな」

「ですねー」


 二人でどう修正すべきかを話している間も、前戸はその後ろでじっと画面を見つめ続けていたが、やがて口を開いた。


「あの」


 前戸は矢切が握っているコントローラーを見て言った。


「ちょっと、オレにも触らせてもらっていいスか?」

「ん? ……ああ」


 矢切は、前戸にコントローラーを渡してやった。

 前戸は早速、アウラ・ハントの『ブレイシア』を操作し始めた。移動したり、ジャンプしたり、ステージの中をあちこち駆け回る。

 しばらくそうやって操作していた前戸は、また「あの」と言ってから、また口をもごもごさせた。


「言いたいことがあるならはっきりと言ってくれ」


 矢切は不機嫌そうに言ったが、伏野は遠慮せずに思っていることを言ってくれと穏やかに話した。

 前戸は頷くと、修正した方がいいと思う挙動があると続けた。

 そんなこたおまえに言われるまでもねえよと矢切は投げやりに言ってやろうと思ったが、それよりも先に、伏野が具体的に言うとどこですかと前戸に訪ねたので黙っていることにした。


「ええと、まず動きだしッス。静止状態から動き出す時。ちょっとだけタメを作ってから、ぐっと加速するようにした方がリアリティが出ると思うッス」

「いやでも主観視点だから自分の機体の動きは見えないんだが」

「見えるから、見えないから、ということよりも挙動のリアリティを追求する方が、ここはいいと思うんス」

「もっと言うと? この動きだしをどうしたらいい?」


 伏野は、前戸からコントローラを受け取り、デバッグ機能を使ってメインカメラを俯瞰ふかん視点に変更した。

 デバッグ機能とは、開発中に、確認したいことや、実装された内容が正しいかどうかを、効率よく確認するために、意図的に実装されたチェック用機能の事である。

 ゲーム上で確認したいことがあるのに、いちいちゲームを馬鹿正直に進めるとなると時間がかかって効率が悪いため、デバッグ機能に、随時必要な機能を追加していく。

 自機を無敵にしたり、ステージを任意に変更できたり、武器の強さや、機体の性能の数値を意図的に変更できるなどの機能があり、それらの一つに、カメラの変更があった。


『ガンファルコン』は主観視点のゲームで、基本のゲーム画面はプレイヤーがコックピットにいることを模した画面になっている。

 だが、3Dのゲームとして、実際に乗っているアウラ・ハントはゲームのステージ上に存在させているため、デバッグ機能でカメラ座標を変えることで、自機を背後から映したり、斜め上から映すことが可能になるのだった。

 伏野はカメラ座標を調整して、自機を斜め上から見るようにして前戸にコントローラーを渡した。


「ええと、今だとこうなってるっスよね」


 前戸がコントローラの左スティックを前に倒すと、画面内のアウラ・ハント「ブレイシア」が前傾して移動を開始した。だが、明らかに不自然だった。


「モーションは、8フレームくらいやや前傾姿勢を取っているのに、今はすぐに移動を開始しちゃってますよね。これ、前傾姿勢を取っている間は移動は開始せずに、前傾姿勢を取ってから移動するようにした方がいいと思うっス」


 ここで言うフレームとは、モーションのコマ数のことである。

 3Dのモーションとは、動作の始めから終わりまで、このフレーム一コマごとに、3Dモデルを構成するすべての「頂点」がどう移動するかのデータであると言っていい。

「ブレイシア」の場合は、基本となる「フットワーク」というモーションから始まり、プレイヤーが「前方移動操作」入力を行うと、今度は「移動開始」というというモーションにつながっているが、前戸はこのモーションの動作と実際のモデルの移動が合わず、不自然だと言っているのだった。

 前戸は何度も静止状態からの前進を繰り返した。


「それだと操作のレスポンスが悪くなるだろ」


 矢切は画面を見ながら言ったが、前戸は事もなげに言った。


「だから、モーションも修正してもらうんスよ。5フレームくらいがいいかと思います。それから移動開始後も、すぐに最大移動速度になっちゃってますけど、これも徐々に加速していって、最大速度になるようにした方がいいスよ」


 伏野は、やや間を置いてから口を開いた。その表情はいつになく真剣である。


「ほかには?」

「ええと……、次はジャンプ……はまあいいとして、着地です」


 前戸は何度もブーストを利用したジャンプを繰り返した。


「この着地で気になるのは、着地してから一切移動がない点ス。ジャンプして慣性がついているはずなのに、着地時に機体が一ミリも動いてないのは不自然ッス。真上にジャンプしてからの着地ならいいッスけど、フワッとしたジャンプから着地しているのに動かないのはちょっと変ッス」


 そこは、矢切も気にはなっていたので、修正はしてもらうつもりだと言いかけたが、前戸はどんどん話しを続ける。


「それから、操作性で言うと、着地後に次の操作を受け付けるまでの時間が短すぎると思うッス。だから不自然に感じるッス」

「それはそうだが、そこをリアルにすると、今度はレスポンスが悪くなるだろう」

「それはそうッスけど、この『ブレイシア』でしたっけ、この機体は量産型の性能が低いやつですよね? だったら着地の隙は性能の低さの表現ということで、レスポンス悪くするのはイイと思うッス」


 アウラ・ハントの機体ごとの性能差をどう出すのかについては、矢切には機体の耐久値などの数値以外は、まだおぼろげなイメージしか無かったが、着地時の隙の大きさというのは確かに重要な要素になりそうだった。


「前戸さん、ひょっとして挙動の修正、やってみたいですか?」


 伏野が前戸にそう訪ねると、前戸はやってみたいと即答したが、矢切はおいおいと思った。


「矢切さん、前戸さんに修正を任せてみたらどうでしょうか。もちろん、私や矢切さんのチェックは受けてもらうとして」

「うーん」


 矢切は、どうしたものかと思ったが、前戸のフレーム数を交えた意見には、妙な説得力があると感じた。

 矢切もゲーム開発の経験だけは長いので、アクションゲームや格闘ゲームでは、キャラクターのモーションをどう修正したり調整していくのかが、どれだけ大事なのかは理解できている。

 そして、そのセンスに秀でている人間というのは確かにいるのだ。


 彼らは、少しゲームを触ってキャラクターを動かせば、

「ガードが有効になるタイミングとモーションが合ってない。このガードは1フレーム削った方がいい」

 とか、

「この技は強力すぎる。出した後の硬直時間をもう2フレーム増やした方がバランスがいい」

 といった、ゲームに見合った改善点がスラスラでてくる。

 他の人間が、何となく「感じていること」を明確にして改善するためにどうすればいいかを的確に言語化できるのだ。


 矢切は前戸を見つめた。

 この、まだルーキーといっていいプランナーには、その種のセンスがあるかもしれない。

 どのみち、自分のチェックは受けるのだから、作業は誰かにやてもらった方が、ラクでいいだろうと矢切はいつもの結論に落ち着いた。


 「わかった。前戸君、『ブレイシア』の修正指示、やってもらおう」


 前戸の顔が輝き、「はいッス!」と答えた。


 それから、前戸は自分で挙動の修正点をリストアップして、真上や林田、金矢かなやに相談しながら、『ブレイシア』の挙動を修正していった。

 一週間後、挙動の修正が終わったとのことなので、矢切は早速実機で確認することにして、実機のコントローラーを握り、最新版の『ガンファルコン』を起動させた。

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