第12話 UI

 打ち合わせを経て、改めてプランナー陣の作業割り振りが決まった。

 矢切やぎりは、アウラ・ハントの仕様の修正と全体のチェック。

 前戸まえとには引き続き、機体選択画面とステージ選択画面の仕様。

 伏野ふしのは、ステージ進行の仕様を新たに作りながら、前戸のフォローに回る。


 が、肝心の前戸の仕様書は、一向に精度が上がらない様で、今日もUI担当のデザイナーである真上まかみが、またしかめ面をして前戸に仕様書の不明点を問いただしている。


「そこはデザイナーさんのいいようにお願いするッス」

「いや、そういうプランナーって後で実装してから絶対文句言ってくるでしょう? ちゃんと最初にどうあるべきかを提示してもらわないと」

「いや、実装されてから修正って絶対あるじゃないスか」


 だんだんヒートアップしてきたのか、徐々に二人の声が大きくなってきた。

 矢切はヘッドフォンをして聞こえてないフリをしていたが、伏野が二人の間に入っていく。

 面倒見のいい野郎だなと思いつつ、矢切は自分の作業を続けながら、耳をそばだてて様子を窺う。

 伏野は、前戸の作成した仕様書を見ていたが、すぐに彼の方を向いて言った。


「前戸さん、まずちゃんとフローを作らないとだめですよ。でないと画面遷移も、それに操作がどう対応しているのかもわかりづらい」


 フローとは、フローチャートのことである。

 仕様書を構成する資料の一つで、ゲーム中の画面や、その過程での操作や処理を、どのような順番でどう処理すべきかを流れ図形式で図化したものだ。

 仕様によっては内容が複雑で、面倒なものも多いので、作らないか、精度の低いフローを作るプランナーも多い。


「えー、そんなの、仕様書見たら分かるじゃないスか」

「画面と画面がどんな操作で繫がるのかは分かりづらいでしょう。それに画面の仕様そのものにも、不足してる情報があります。状態はどれだけあるのか、種類がどれだけあるのかとか……」

「いや、それは推測して作ってほしいっていうかぁ、後から追加になるかもしれないし」

「ダメです。後から追加が必要になるかもしれないということと、現時点、仕様として必要な情報が記載されていないということはまったく別の問題です」


 伏野はあくまで笑顔なままでダメだしをしたが、不満げな顔で黙りこんだ前戸を見るとちょっと考えてから、改めて言った。


「とにかく、必ずフローを作成するようにしてください。代わりに、というわけじゃないですが、機体選択画面は時間もないので僕が引き取ります。ステージ選択画面の仕様をお願いします」

「えっ、いいんスか」


 前戸はパッと顔を輝かせて、仕様書の作り直しを了承してから飲み物を買ってくるといってオフィスを出た。

 伏野も、矢切の隣にある自分の席へと戻ってきたので、矢切は小声で言った。


「新人をあまり甘やかさない方がいいんじゃないか」

「うーん」


 伏野は苦笑してから続けた。


「甘やかすというよりも、彼はまだプランナーとして仕事の進め方をきちんと理解していない、もっというと教えてもらっていないのだと思います。言われなくてもできるならいいんですが、それができないからって放置するわけにはかないですよね」

「……そうか。まあ、よろしく」


 好きにしてくれと思いながらも、矢切自身、『プランナーとしての仕事の進め方』なるものをきちんと理解できているだろうかと思った。

 そして、トイレで聞いた「使えないやつらの集まり」という言葉が、再び頭の中に浮かび上がり、頭を振ってそれを打ち消けそうとした。


 その日の夕刻、定時間際になって伏野は自席に前戸を呼んだ。

 機体選択画面の仕様ができたので説明するというのである。

 もう仕様書を作成したのか。

 確かに、単一の画面の仕様だからさほど時間はかからないだろうが、矢切ならば三日はかかるところだった。

 それを伏野はほぼ一日で作成してしまっていた。

 前戸に自分の椅子ごと隣に来るように伝え、モニタに仕様書を映し出して伏野は解説を始めた。


「まず、概要からです。この概要は、画面構成の詳細な仕様の前に、この画面の目的は何か、どういう流れで進むのかと言った全体像を、後工程のスタッフに提示するためのものです」


 前戸は、椅子に座って大人しくモニタを見ているが、顔つきがどう見ても面倒くさそうである。

 伏野はそれでも気にしていないかの様に説明を続けていったが、耳をそばだてて聞いていた矢切はその内容に内心驚嘆することとなった。

 伏野は、仕様書を構成する内容を一つ一つ丁寧に説明しているのだが、それが説得力のある内容だったからである。


 まず何よりもビジョンだ、プランナーが、その仕様の中でやりたいことをきちんと言葉にすることが大事だと伏野は話し始めた。

 それらを、概要、フローチャート、画面構成仕様、素材リストなどの仕様を構成するドキュメントに落とし込んでいくが、それぞれがなぜ必要なのか、何を目的としてるのか、総じて仕様書とは何かを理路整然と伏野は説明していった。


 仕様書とは何か、同じように新人に説明しろと言われたとして、ここまでの説明ができるかどうか、矢切はまるで自信が持てない。

 前戸もいつの間にか、面倒くさそうな表情は消えて、モニタを観ながら伏野の説明に耳を傾けているようだった。

 今や伏野の説明を、このオフィスにいる全員が聞いている様で、キーボードを打つ音すら消え、この場には淡々と響く彼の声だけがあった。


 やがて説明を終えた伏野は、前戸にこれを参考にして仕様書を修正してくれと伝えてから、真上と鳥羽とばに声をかけた。


「真上さん、鳥羽さん、明日機体選択画面の仕様について打ち合わせをしたいんです。よろしいでしょうか?」

「了解です」

「はあ、まあ」


 真上は望んでいたことだったのかすぐに快諾したが、鳥羽の返答は冷淡だった。


「いいですが、定時以内に終わるようお願いします」

「もちろんです、というか、お昼休み前にやっちゃおうと思ってるんで。あ、あと矢切さんと前戸さんも参加してください」

「おい俺もかよ」


 矢切は不満の声を挙げた。

 前戸は本来自分の仕事を伏野に肩代わりしてもらっているので当然だと思うが、自分は直接関係ないではないかと言おうと思ったが、伏野は両手を合わせてきた。


「矢切さんが現場でのディレクターだと思うんでお願いしますよ。最初にディレクターに方向性とかは見ておいてもらわないといけないと思うんで」


 ディレクター、という言葉に矢切は引きこまれた。

 ディレクター。そうか、自分はこの『ガンファルコン』のディレクターなのか……。

 脳裏には瞬間的に完成されたゲームを前に、ゲーム雑誌のインタビューに答える自分の姿がよぎる。


「わかった、出よう」


 伏野ふしの誠太郎せいたろうは現在のところ、矢切にとって都合のいい人材としてうまく立ち回ってくれそうだと彼は思った。


 翌日、会議室で、改めて「機体選択画面」の仕様について打ち合わせが行われた。伏野が準備から議事進行まですべてを取り仕切ったのだが、矢切が今まで参加した打ち合わせの中で、無駄がないという表現がもっとも似つかわしいものだった。

 まず、打ち合わせの冒頭で座ったままで一礼した伏野は、普段の話し声とは異なる、よく通る声で開始を告げる。


「お疲れ様です。今回の打ち合わせの目的は、『機体選択画面』のレビューとすりあわせです。その後、タスクの確認と実装時期を決めたいと思いますので、よろしくお願いします」


 そこから伏野は、モニタに映した仕様書に沿って打ち合わせを進めた。

 まず、「概要」として、この画面が何を目的とした画面なのか、画面はどのように遷移するのか、構成する要素は何なのかを説明し、全体像を提示する。

 その後で、フローチャートは頭から終わりまで作成してあるので、実装時に問題があれば指摘してほしいと言った。

 それから具体的な画面構成の仕様について説明をし、質疑応答を行った。


 鳥羽はほぼ黙って聞いているだけだったが、真上はいくつか確認をしたり、疑問を呈した。

 伏野はそれにもきちんとした答え、必要に応じて仕様を変するところをホワイトボードに書き出していった。

 それらも一通り終わると、今度は作業を今後、どのように進めていくかについて詰めだした。


「僕が仕様書にまとめたものは、画面の目的から必要な要素と種類、状態を整理し、自分なりに考えた配置にしているだけなんで、レイアウトの詳細と見た目に関するところはデザインさんのお力を借りたいんですが」

「うーんと」


 真上はちょっと考えこんだが、あんまり具体的なイメージがわかないなと自信無さそうに言った。


「それでもまあ、それっぽくは仕上げておきますよ」

「あんまり面倒なことは勘弁ですよ」


 それまでほぼ無言だった鳥羽がやっと口を開いた。


「わかってますって」


 真上は苦笑しながらノートを片付けたが、矢切は異を唱えた。


「いや、ちょっと待ってくださいよ。自分、アニメのブルーレイも持ってきていますし、ヘクトルから送られてる資料もあります。原作らしさってやつをこう」

「いやねえ、そういうのは具体的に言ってもらわないと」


 真上はそうは言ったものの、とりあえず資料はお借りしますといって席を立ち、鳥羽も無言で後に続いた。

 後にはプランナーの三人だけが残ったが、伏野は相変わらず明るい口調で言った。


「矢切さん、後でちょっとこの機体選択画面のデザインの方向性、資料を基に一緒に考えてみましょうよ」

「えっ」

「原作らしさ、というの確かにこの手のゲームでは大事ですから。真上さんも、実際作業を始めれば力を入れてくれるとは思うんですが、それにブーストをかける意味でも、こっちから方向性を提案してみましょう」

「おいおい」


 勘弁してくれと矢切は思った。

 デザインの方向性を考えるなど、デザイナーの仕事ではないのか。

 なぜ俺がそこまでやらなきゃならんのかと不満顔で告げたが、伏野はこれもディレクターの努めですよ、資料化は僕がやりますからと言ってくれたので、了承することにした。

 彼はさらに、前戸にも参加するように言った。

 前戸は不満げだったが、ディレクターの意向や方向性を知り、それに沿って仕様を考えることはプランナーにとって大事なことだと伏野に説得されて渋々了承した。


 その後、会議室をそのまま借りることにして、矢切のノートパソコンと『ガンファルコン』のブルーレイセット、それに関連書籍数冊を持ちこむと、早速伏野が打ち合わせを進行してくれた。


「機体選択画面の、というよりも、UI関係の全体的な方向性を決めるということが打ち合わせの目的になると思います。僕はまだアニメの方は五話までしか見ていないんですが、前戸君は?」

「オレはまだ一話も見てないッス」

「じゃあ、まずはアニメを観てみましょうか。矢切さん、使えそうなところってどの辺りの話か見当つきます?」

「そうだなあ……戦闘シーンでお勧めなのは第十三話の『死線』あたりか」

「じゃ、それお願いできます?」


 矢切は、ブルーレイセットからディスクを取りだすと、持ち込んだノートパソコンにセットした。ほどなく、アニメが始まる。

 まず、アバンと呼ばれる出だしから始まってからオープニングがそれに続く。


「オープニングは全体的にしっとりとしていておとなしめなんですよね、僕は好みですコレ」


 本編が始まると、矢切は早送りをして、アウラ・ハント同士の戦闘シーンにくると通常再生に戻した。

 だが、しばらく見ていた矢切は、ふとひらめいて再びオープニングを再生した。


「これ、サビのこの空母からの出現シーン」


 オープニングでは、主題歌のサビの部分で、空母からアウラ・ハントがカタパルトから射出される映像シーンが展開される。


「この空母から射出されるシーンって、アニメでもたくさん出てくるんだよ。アニメの前半は基本、この空母『アーレン』がベース基地だし」

「あー、確かに僕が観たとこまででも、やっぱり発進シーンて毎回出ますよね」

「機体選択画面に関して言えば、やっぱりこの空母の格納庫の様子をモチーフにした方がいいと思うんが」

「なるほど。じゃあ、とりあえず、機体選択画面のイメージは空母の格納庫……と」


 伏野がホワイトボードに書きだす。


「ってことは、アウラ・ハント以外も3D主体で作ることになるんスかね」

「そうなるな」


 矢切は、真上や鳥羽は面倒がるだろうと思った。ゲームと一口に言っても、2Dで作るやり方と、3Dで作るやり方がとがある。

 2Dとは、X(横)とY(縦)で構成される世界の事で、紙に描かれた絵の世界だと考えればいい。あらかじめ用意したキャラクターなどの素材も2Dで、紙の上で動かす。

 3Dとは、XとYに加えて、Z(奥行き)が加わった世界だ。

 素材もまた3Dで用意され、プログラムでカメラを配置すれば、色々な方向から、ゲームの進行やユーザーの操作に応じて、リアルタイムでカメラに何がどう写るかが計算され、表示される。

 すべてを随時計算して処理しなければならないため、昔のゲーム機の性能では対応できなかったが、今のゲーム業界では当たり前に使われる時代になっている。


「機体だけじゃなくて、格納庫も3Dか」

「そうなりますね」

「なんかカッコ良くなりそっスね」


 三人とも、機体選択画面の方向性はこれで決まり、残りの画面や、全体的なUIの方向性も案としてとりまとめた。

 伏野は、前戸に今出た案を、資料としてまとめておくよう頼んだ。

 矢切はまた前戸は嫌がるだろうと思っていたが、彼は素直に「かしこまりッス」と軽く引き受けた。

 それから翌日、伏野は前戸がまとめた資料をチェックして修正指示を出し、その結果を確認してから改めて真上と鳥羽を呼んで相談に入った。

 真っ先に嫌な顔をしたのは鳥羽である。


「昨日と話がちがうじゃないですか」

「すいません、でもやれることそのものは変わってないです。原作モノという点からの配慮が最初からできていないくて申し訳ないのですが、格納庫っていいモチーフになると思うんです。出撃シーンとか他の演出にも使い回せそうですし」

「格納庫の3Dモデルってどうするんですか?」


 鳥羽が冷たい声で続ける。

 真上は基本的にUI、2Dの担当者としてこのプロジェクトに参加している。

 デザイナーと一口に言っても、その職域は多岐に渡るのが今のゲーム業界だった。

 デザイナーは、会社によってはアーティストとも呼ばれる、ゲームに登場する素材を作成する仕事である。

 といってもその職域は広く、ゲームに必要な情報や、そこでできることを提示し、対応操作、操作結果などを適宜反映していく画面を作るUI担当、キャラクター担当、キャラクターアニメーション担当、背景担当、エフェクト担当、ゲーム中の素材でリアルタイムにシーンを再生するシネマティック担当、あらかじめ用意された動画であるムービー担当など、まさに多彩なカテゴリーに分かれている。

 それらはものによっては2Dで作るケースと3Dで作るケースとがあり、それによってまた作り方も異なるのだ。

 一人で何でもできる、という多才なデザイナーもいるにはいるが、多くはある特定のカテゴリーのスキルに特化しているのが普通である。


林田はやしださん、格納庫モデルって作れますか?」


 離れた席にいる林田へ声をかけた伏野に対して、彼は手を挙げた。


「あー俺やってもいいですよー」


 林田が、このチームにおける3Dモデルやモーションの担当ということになっている。

 彼自身元々このプロジェクトを手がけていたペルガモンのスタッフであり、現在はペルガモンの元のスタッフが作成した、アウラ・ハントのモデルをリファインしたり、新規モデルを作成している最中だった。

 そのアニメ映像に似せりゃいいんでしょ、と引き受けてくれてたが、その軽い受け答えに矢切は若干不安を覚えた。

 ともあれ、これで機体選択画面の仕様や、UIの方向性は一応方向性が出たこととなるが、すでに予定日数の半分を過ぎている。

 翌週には、林田は大まかな格納庫のモデルをアップしてくれた。


 そのモデルを見た真上まかみ剣風けんぷうは、誰にも聞こえないよう小声で、「しょぼい」と呟いた。

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