第23話

大学は最高だ。髪を染めても、メイクをしても、どれだけ短いスカートを履こうと怒られない。そんな最高な大学のキャンパス内の屋外を友達と歩く。




憧れのキャンパスライフは想像以上に楽しい。縛りと焦燥感と様々な辛さに溢れ、煩悩を抑えてひたすら勉強した修行僧のような受験生時代の苦しみが全て報われる。




そして忍んでいる。龍人のプライベートを邪魔しないように。私がオタクなのも隠している。変な誤解を与えないように。ただ彼の名前を聞いた途端、条件反射で体が勝手に反応してしまうのでバレかけている気はする。




大学に来てまでも彼を追いかけまわしたいとかではなくて、私が彼の努力に見合うくらいの努力をしなければいけないと思ったし、彼が見ている景色を少しでも見たかった。




龍人が万が一でも単位を落とすと仕事に影響が出てしまう。だから私はここでアニメだとただのシルエットになるくらいの脇役に徹して、龍人には主役として笑顔で卒業してもらいたい。




今年入学した私は一年生で龍人は四年生だからそんなに会うこともないだろうし。




私はモブとして平穏な大学生活をここで送って何事もなく過ごし…




「きゃあ!蜂!」




友人が悲鳴をあげた。


蜂!?一体どこに…




「そっち行った!」




蜂の大群が私に向かってきてるんですけど!?


た、助けてー!!


思わず走り出した。




確かに敷地内に植物も生えてるけど、まさか蜂がいるなんて聞いてない…!




あれ、蜂に会ったら走って逃げちゃダメなんじゃなかったけ?


でももう走っちゃってるし…蜂もさっきよりなんか怒ってるし!




ああ、今日は全然ツイてない…


蜂って刺されたら痛いのかな。痛いの嫌だな。あんまり腫れないといいな。オタ活に支障ないくらいにしてください…




無我夢中で走ったせいで入れそうな建物がないんだけど…うちのキャンパスなんでこんな広いのよ…




つ、疲れた…いつも運動不足だけどもっと運動しておけば良かった…


私、絶体絶命…




諦めかけた時、視界の端にチャペルが見えた。


鍵開いてるか分からないけど、もうここしかない!




ドアを力いっぱい押してみたけど全く開かない。


後ろから羽音が聞こえてくる。


やばい、終わった…


ドアの前で立ちつくし、試しに引いてみると軽々しく扉が開かれた。




あ、これ押すんじゃなくて引くタイプじゃん。




チャペルに入ると誰もいなかった。




「はぁ〜危なかった!」




なんか昔こんな風に追いかけられて急いで中に入ったことがあるような気がする。いつだっけ?でも全然思い出せないな。夢かな…?そんなことなかったような気もしてくる。




「あんな蜂の大群に追いかけられて刺されるかと思…」




人がいた。


1人の男子学生が1番端っこに座って本を読んでいた。


はっきりとして整った目鼻立ち、髪は烏の濡れ羽色のように黒く艶やかで、座っているだけでもスタイルの良さが分かる。




うそ…龍人…




驚く私と同じように、龍人も驚いた様子で私のことを見ている。




手元をよく見たら、それは本ではなく台本だった。


そうか、周りに人が多くて集中できないから忙しい合間を縫って、わざわざ人のいないチャペルでセリフを覚えてるんだ…




なんて努力家なんだろう…!




って、感動してる場合じゃない!


これじゃまるで龍人の一人の時間を邪魔しに来たストーカーみたいじゃないの!




「すみませんすみません!今すぐ出るので!」




慌ててドアを引く。


あ、開かない…




「ふふっ。出る時は引くんじゃなくて押すんですよ」




は、はずかしい…




「あ、ありがとうございます…………ぎゃあ!蜂!」




せっかく外に出たのに中に舞い戻ってしまった…




「ふ、ふははは!」




え、私笑われてる?




「いや、ごめんなさい。出てから一瞬でまた入ってきたから、面白くて…」




面白かったかな…?


龍人は立ち上がって近づいてきた。




「1年生?」




近い…嬉しいけど近い…カッコイイ…




「そ、そうです…」




「ここ意外と蜂出るんだよね。だから気をつけて、アリエッティ…」






そう誰かの名前を言った彼は、自分で言ったのに目を見開いて私のことをじっと見つめている。




アリエッティ…?




そう思うのに、知り合いも含めてそんな名前の人は居ないのにアリエッティという言葉にこんなにも体が熱くなるのはなぜだろう。


まるで私がアリエッティという名前だったみたいに。






「ケイト…?」






誰かも分からない、自然と出たその名前がとても愛おしくて、大切で、安心する。




無言のまま、お互いの目が離れなくなった。何か不思議な力が働いているかのように。


過ぎ行く時間も気にせず、何も言葉を発さず、見つめあうことしかできない。




遠くからどこか学校のチャイムが聞こえる。




彼がはっとしたような表情をした後ゆっくりと微笑んだ。




「約束、覚えてる?」






涙が勝手に目からこぼれる。






「うん。もちろん…」






声が震えてしまったのも気にせず、彼が私の目元を指で拭う。










「また会えたね」

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悪役令嬢の私が推しに似てる隣国の王子と結婚してました。 いずれ菖蒲か杜若 @story_nagisa

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