第3話 上司の奢りで食べる牛丼はおいしかった。


 昼休み、いつものように涼香がランチに誘ってくれた。 


「白イルカが居た??」


 今朝の事件のことを打ち明けると、肘をついた細い腕で、涼香は悩まし気に頭を抱えた。

 涼香が肘をつくと、チェーン牛丼屋のカウンターが、お洒落なバーのカウンターに見えてくる…不思議だ。


「それ、やばいね」

「だよね。正体わかんないけど警察に通報とかすべき?」


 大真面目な私に対して、涼香はふう、と息をついた。


「病院行きな。望、あんた疲れてるんだよ…」

「え…」


 涼香は、私をそっと抱きしめてくれた。

 バニラっぽい香水の匂いがふんわりと漂って、同性ながらうっとりとした。

 

 …けど待って、涼香。

 私の話、信じてない??


「妄想だとしても幻覚だとしても、白イルカが見えるのは相当まずいよ。今すぐ病院!帰宅!就寝!」


「え…。いや…でも仕事が…」


「だめ。望は真面目でお人よしだから、仕事を引き受けて、頑張って、疲れちゃったんだよ」


 心なしか涙目になっている涼香の優しさが嬉しいような、困惑するような。


(白イルカが居たのは本当なのに…)


 だけど涼香の言う通りだ。


「そうだよね、白イルカがいるなんてありえないよね…」

 

 子供のころ大好きだった、白イルカ。

 無意識に現実を逃避した私の、妄想か幻覚だったのかな。


 思えば社会人になってから、仕事に追われて、休日も休めた気がしない。

 学生の時みたいに、涼香と買い物にいったり、コンサートに行ったり、スイーツや焼き肉を食べにいったり…そんな自由な時間は、ほとんどなくなっちゃったな。


(わたし疲れてんのかな…)

 

 白イルカが幻覚や妄想だとしたら、確かに私はおかしいな。

 もんもんと考え始めたとき、背後から聞きなれた冷たい声がした。


「鳴川」


 私は反射的に立ち上がる。


「み、御手洗、室長!!」


 私と涼香のやり取りを聞いていたのか、御手洗室長はめちゃめちゃ眉間にしわを寄せてこちらを睨んでいる。


(まさか白イルカの話、聞かれた??)


 白イルカがいたなんて話をする私をみて、

 さらに間抜けな部下だと思われたかもしれない。


「昼休み終わったら室長室に来てくれ、話がある」

「は、はい!」


 やばい。

 室長に呼び出された。

 え、私なんかやらかした!?


「それと。これで温玉でも乗せろ!」


 焦る私をよそに、室長はバチン、と千円札2枚を私たちのカウンターに置いて立ち去った。

 私たちの牛丼代…?おごり??


「あ…ありがとうございます!」


 お礼を言ったころには、既に室長はいなくなっていた。


「アハハ…呼び出しされちゃた。何だろう」


 おどけて笑って見せるが、涼香は目尻を下げた切ない顔で、ぽつりとつぶやいた。


「あの鬼の室長に、呼び出されるなんて…」

 

 涼香は、がっしりと私の肩を掴む。

 そして祈るような表情で私の目を見つめた。


「望……!無事で居てね…!」

「え??大げさじゃない??」


 この後のことはさておき、

 室長のおごりで食べた温玉乗せ牛丼はとても美味しかった。


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