第4話 上司の家にはペンギンがいるらしい。
「失礼します」
そして、室長室に至る。
「この度は、申し訳ございませんでした—―っ!!」
一瞬の隙も見せない完璧な謝罪。
90度のお辞儀と、腹式呼吸による野太めの声。
「は?入室そうそうどうした?」
「え…私、何かやらかしてしまったのでは…?」
恐る恐る御手洗室長の顔色を伺う。
眉間にしわを寄せてめちゃめちゃお怒りである。
(やっぱ怒ってんじゃん!!)
室長は「頭をあげろ」と言った。
「そうやって、悪いこともしてないのに謝るのはやめろよ」
「すいません……」
「ほらまた。ついでに言うが、鏑木さんに仕事を押し付けられるのもそろそろ卒業したらどうだ?」
「え…」
「仕事を手伝う先輩を選べよ、ただ後輩の時間を搾取するタイプに易々と自分を売るな。いいな?」
「は、はい」
(知ってたんだ…!!)
思い返せば、室長とまともに話すのは初めてだ。
けど、なんだか、思っていたより部下に関心はあるのかもしれない。
「実は君に相談したいことがあって」
「えっっ、相談?私にですか?」
室長が私に相談なんて!
光栄な様な、恐ろしい様な…。
室長は、神妙な面持ちで薄い口びるを開いた。
「…ペンギンが居たんだよ」
「ペン…ギン…?」
「昨晩帰宅したら、俺の家にな」
「!!本当ですか!?!?」
昨晩、私の部屋には白イルカ、室長の家にはペンギンがいた。
こんな偶然があってたまるか!!
「く、詳しく!!聞かせてください!!」
私は興奮気味に室長に詰め寄った。
奇怪現象の理解者がいてよかった!と、神様がいるなら感謝したくなった。
(よっしゃー!わたしの妄想じゃなかったー!)
誰もが認める現実主義者の室長が、「家にペンギンが居た」なんてトンデモ発言をしているのだから。
「詳しく言うにも、俺にも状況がわからないんだ」
室長はだいぶ動揺しているみたいで、額に汗を滲ませている。
こんなに取り乱している室長はなんだか新鮮だ。
そうか、だから今朝ドアに足を打ち付けてたのか…と思うと少し笑えた。
「君の家には、白イルカが居たらしいな?原因に心あたりは?」
「ないですね」
「即答だな。まあ、それはそうか」
室長はまた考え込んだ。
私も考えてみたけど、やっぱり思い当たる節はなく。
「関係あるか微妙ですけど、子供のころ連れていってもらった水族館で、白イルカが一番好きな動物でした」
「………!」
「大人になってから思い出すことって、なかったんですけど」
「俺も同じだ…ペンギンが一番好きだった」
「そ、そうなんですか!?」
「これは共通点と言えるな!!」
室長は解決の糸口が見えたと言わんばかりに、元気よく立ち上がった。
室長、子供のころペンギンが好きだったのか…とじわじわ来ていたところで、驚きの提案がなされた。
「とりあえず今夜、仕事をさっさと片づけて、君の家の白イルカを見せてくれないか?」
「はい!…え??」
(それはつまり、室長が私の部屋に来るとな??)
私のプライベート空間が、職場の怖い上司に侵略されるのは避けねばならない。
しかも室長は男性で、一応女子である私の一人暮らしの部屋にいれるのはちょっと…。
(室長、真面目そうに見えてけっこう女性慣れしてそうだし)
いろいろと混乱した私はぎゅむっと目をつぶって、人生で初めて上司に意見した。
「その前に、室長が私にペンギンを見せてください!!!」
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