リクルートスーツの死神

佐倉島こみかん

就活と終活

 一浪して血反吐を吐く思いをして一流大学に入ったまでは良かった。

 それなのに一体、何を間違えたんだ。

 80社も受けて、まだ内定の一つも貰えないだなんて。


 午前中にあった合同企業説明会の帰り、最寄駅から自宅に向けて歩きながら鉛のように重い溜息を吐く。

 ちょうどその溜息に重なるようにスマホのメール着信音が鳴ったので、ポケットから取り出した。

 件名を見れば、先週受けた会社の最終面接の結果だった。

 11月頭で肌寒くなってきた時期だが、緊張でじわりと手に汗がにじむ。

 頼む、どうか採用であってくれと必死で祈りながらメールを開封した。

 一通り目を通し、お祈りの文面にまたしても溜息が出る。

「ここもまたダメ……か」

 誰に言うでもなく呟いた。面接の手応えがそれなりにあった所だけに、落胆も大きい。

 早く就職しなきゃいけないのに。いい会社に入らないといけないのに。どうしてこんな。

 大概の企業は書類と一次面接までは通過するのに、大体、二次・三次・最終面接で落とされている。

 つまり、俺の人間性が合わないとされているわけだ。

 俺の居場所なんて、どこにもないってことなんだろうか。

 暗い気持ちで歩いていたら、高い建物の影に入って、ふとその建物を見上げた。

「あれ……ここ、潰れてたのか」

 駅からしばらく歩いた所にある、以前は何かしらの会社のオフィスだった10階建てのビル。

 これまで気づいていなかったが、いつの間にか廃ビルになっていたようで、立ち入り禁止の看板が出ていた。

 それを見て、ふと魔が差した――いや、心が晴れたのかもしれない。

 ずっと選考に落ちっぱなしなのだから、もういっそのこと、この屋上から落ちてしまおうと、思いついたのだ。

 入口には立ち入り禁止の看板と、胸の位置辺りまでの高さの柵があるだけで、中に入ろうと思えば容易に入れる。

 俺は、何かに引き寄せられるかのように、ビルの中に入って行った。


 ビルの玄関はさすがに施錠されていたけど、裏手にある窓が一枚割れていて、そこから鍵を外して中に入ることが出来た。

「さすがに階段で屋上まではきついな……」

 息を切らしながら、スーツのジャケットを脱いで、ネクタイを緩める。

 流石にエレベーターは止まっていたので、地道に階段で屋上まで上ってきた。

 不用心にも屋上へのドアの鍵は開いていて、簡単に屋上に出ることができた。

 遮るもののない屋上から見えたのは、生きているのが馬鹿らしくなるくらい青い空。

 解体予定のせいなのか、屋上のへりにはフェンスさえない。なんておあつらえむきだろう。

「あー、本日は晴天なり、ってか。いっそ清々しいな――母さん、ごめん。俺、もうそっちに行くよ」

 そうして虚空に向けて一歩踏み出そうとした、その時。

「失礼します」

 ――喉元に突きつけられたのは、綺麗に弧を描いた大きな黒い刃。

 真正面から声を掛けられて思わず半歩後ずさった。

 確かに死にたくはあるが、俺は投身自殺をしたいのであって、刃物で首を落とされたいわけではない。

「はじめまして、死神です」

「は……?」

 本来なら重力に従って落下するはずの俺の一歩先の空中にいたのは、黒い鞄、黒いパンプスに、ぴっちり束ねられた黒い髪、そして闇より黒い――リクルートスーツを身にまとった女。


「加藤亮一さん。それではまず、あなたの死亡動機をお聞かせ下さい」


 寧ろお前がそれを答える側ではないかと言いたくなるような自称死神は、自分の背丈ほどもある巨大な鎌を俺に突きつけたまま、面接官受けしそうな笑顔で、そう言った。

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