幕間:光は登らず




「―――異訪者たちによる、大迷宮プレゲトンの探索はどうなっているのだ」

「えぇ。順調に進んでおります」

「では、此度の仕掛けは」

「そちらも、何ら滞りなく」


「……何も、憂う所はないというわけだ」



 薄暗い大部屋に存在する影。

 

 卓を囲む、複数の人物たち。


 未だかつて。

 何人も深淵――最奥へと到達してはいない迷宮。

 その探査へと異訪者たちを駆り立てたのは、他ならぬ彼等であり、差し迫ったイベントの糸を引いているのもまた彼等だった。


 彼等の根は、人界へ深く張られている。

 帝国も、王国も――皇国ですら、例外ではなく。


 通商は勿論、貴族蔓延る財界。


 そして、政治の場にまで……。


 故に、誰にも気取られること無く。

 計画の全ては、その自覚すら無き末端を通して、悠々と進めることが出来る。



「―――しかし、憂慮すべきことが二つ」



 この部屋の中で唯一。

 唯一、席に着いていない者が、物腰柔らかな声で話を続ける。



「鉄血のが、なにやら異訪者を集め、動いていたようです」

「―――クラウスめ」

「………狸が」

「あれの考える事は、やはり理解が出来ん。であるが、油断しては足元をすくわれる――か」

「間違いないであろうな」



 帝国の古狸。

 彼の金庫番には、何度もしてやられた。


 いや、古狸だけではない。


 刀剣たる銀狼。


 防壁たる金盾。


 そして、頭脳たる蛇。

 四大貴族共は、常いかなる時も皇帝の名のもとに彼等を阻んできた。



 ―――だが……しかし。



 今だからこそ、動ける。

 図らずも発生した、魔族による襲撃。


 それによって、人界の目は東へと向けられている。

 襲来によって受けた被害も多く。

 都市の復旧や再編にも多くのリソースを裂かねばなるまい。


 であるから、他都市への支援は難しく。


 今が、重い腰を上げる機会でもあった。




 ―――卓に広がる大陸図。




 指されるは王国南方。


 海岸都市リートゥス。



「時は来た。今こそ、我らが神の一柱――【鋼鉄神】様を再びこの地上へ」

「「然り」」



 今より遥か昔。


 創世の時代に。

 

 天上の神々によって封印された地底の神々4柱。


 彼の都市にも、神の一柱は眠る。

 その権能を剥奪され、自らの属性届かぬ深き水底に。


 彼らが崇拝する神々を復活させ。

 大陸をその権能により再編する。

 あらゆる異種族を討滅し、決して光届かぬ宵闇を世界の果てまで。



 それこそが、彼等の最終目的。



 完全に復活さえすれば。


 大神一柱で事は足りる。


 神とは、人知の及ばぬ力を持つからこそ、神足り得る。

 天上の神々が眠りについた今、復活した大神を止められるモノなど存在はしない故に。



「ですが、やはり。の妨害は必至かと」

「――海洋伯……か」



 海洋伯シュトラント・ドラコ・カンケール


 王国に属する、海岸都市。

 リートゥスを治める伯爵。

 そして、人界三国を統べる12聖天が一角。


 一戦士としても。


 指揮官としても。


 比類なしと称される彼を出し抜くのは容易なことではない。


 此処までは順調に進んだが。

 向こうも、此方の痕跡には既に気付いている事だろう。



「だが、直接出てくるのであれば、好機よ。異訪者たちが主催するイベントというモノを隠れ蓑に、計画を進め、可能ならば鎖となる獣とヤツを喰らわせ合う」

「欲張り過ぎとは思うたが……どうだ?」

「失敗したとて、此方に被害はない」

「然り。両者共に、我らには目障り極まる存在。どちらか一方が消えるだけでも充分な結果よ」



 「無論、最上は共倒れ」……と


 話を進めていた影が口を閉ざし。


 一度の静寂が訪れ。

 


「――問題は、綱がどれ程目覚めているか、であるな」



 再び、言葉が紡がれる。



「一度に全てを目覚めさせる事は至難。しかし、一か所の要さえ崩れれば、いずれ他も崩れるであろう」

「異訪者の働き次第だな」



 イベントという名を使い。


 異界より現れた者たちの物量を持って、封印を外す。

 既に、下準備の殆ど――九割は完遂している。


 そうなるように仕向けた。


 そうさせたのは、彼等だ。


 

「まこと、死なぬというのは便利な力よな」



 口ではそう言いながらも。

 呟いた者――進行役の対面へ座っていた痩躯の男には、呆れともとれる溜息が混じっていて。

 

 それに反応した別の者。


 恰幅の良い男が、頷く。



「便利かつ、厄介であり、口が軽く、何より自由な者たちよ」



 一言で言えば、扱いづらいと。


 無限に出るは只の悪口である。


 陰謀の場で鬱憤を晴らす。

 何とも微妙な空気が流れ始めた頃――長らく口を閉ざしていた男。


 席に着いていた四人目の男が。


 何かを確かめるように頷いた。


 興味を持ったのは進行役。

 彼は、二メートルに及ぼうかという体躯の屈強な身体を持つ男へ向かい、尋ねる。



「―――何か話があるのか? 盗賊王」

「……その海岸都市で行うイベントとやらの話を小耳に挟んだ。異訪者共は、自らが丹精を込めて生育した果実を、意味なく叩き割る事を好むと―――真実か?」



 ……………。


 ……………。



「「……………?」」

「―――アール。誘致の手法は、奴らの風習を用いるが良いとは言ったが、その様なモノが?」

「えぇ。どうやら、真と」

「ほぅ? ……ふふふッ」

「……面妖な。――しかし、貴様とは馬が合うか」


「ふふ――そうやもしれぬな」

「相も変わらず、趣味が悪い事だな」

「そう言うな。自ら手を尽くし、手塩にかけて育て上げたモノ。それを、理も、利もなく手折る――素晴らしい事ではないか」

 


 高揚したように大男は笑う。


 そのような筈がないが。

 

 まるで、この空間に。 

 肩を震わせ、剛と笑う。



「……良からぬものが阿呆の琴線に触れたが――まあ、良い。実働は任せよう、アール」

「はい、畏まりました」


「では、終いか?」

「の、ようだな。ならば、我は失礼するが……良いか? 暴虐王」

「良かろう。今宵は、此処までとする」



 この場に座する者たち。


 その殆どが仮面を持つ。


 彼等は皆、表舞台における権力者たち。

 人界における絶大な発言権を持つ故に、すべきことも多く。


 ただ、暗い空間に集まり。

 世界の転覆を狙うだけというわけにもいかない。


 だが、それでも。


 彼等は、認めぬ。




「「―――光は地底より登らず。我らノクスに神の意思あれ」」




 夜明けなど、決して認めはしない。


 全ては、闇より出でしものゆえに。


 代弁者にして影。

 代行者にして腕。

 我らは、天上より、光の神々を引き摺り下ろす手であると。




 ―――――彼等の姿は。




 映し出された映像が如く、一斉に闇と消えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る