第20幕:無職でもなれる海賊





「―――我ら! 傍若なるパイレ――――ツ!!」



 森に住む山賊さん達が。

 何時の間にか、海賊さんに転職していたんだ。


 気持ち的にだろうけど。


 どうやら、一艘の船を借り受けた(或いは無断乗船した)らしく。

 彼等は、皆で船の上に乗り上げて。

 革のブーツ、肩掛けのコート、眼帯といったオモシロコスチュームに身を包んで現れた。


 海賊服は、中々の完成度だけど。


 どこかで売っている物なのかな。



「やあやあ。体験入船はやっているかい?」

「もっちもちです。どうぞ」

「男はぶちのめす!」

「女は攫う!」

「んでもって、ルミエちゃんさんには至高のおもてなし!」



 という訳で私も船に乗り。


 彼等の歓待を受ける事に。


 その流れで椅子を薦められるけど。

 見た感じ、音頭をとっているのはチャラオ君で、彼等の長がいないね。



「――君たちの大将は何処にいるんだい?」

「えぇ。少しばかり都市を下見に」

「最初が肝心だとか言ってたからねぇ」



 流石は、レイド君。


 本番も大事だけど。


 前準備の重要性を、誰よりも理解しているみたいだね。


 納得した私は、ご相伴に預かりお茶を頂き。

 手慣れたようにサーベルで剣舞をしたり、葡萄ジュースを掛け合ったりしている様子を見物する。


 どうやら、今の状況は。


 船の乗っ取りに成功した祝勝会のようだ。


 樽のワインを開けて騒いだり。

 仲間内で決闘したりとかだね。



 ―――そして、海賊と言えば。



 葡萄ジュースを薦められ。

 なみなみと注がれゆく杯。

 ボトルを傾けていたサムライなタカモリ君は、静かに言い放つ。



「……ときに、ルミエ殿。例のブツは?」

「「……………」」

「勿論、あるとも」



 そう、取引の時間だよね。


 彼等の期待を一身に受け。



 私がアイテム欄から取り入だしたるは……。



「「―――リンゴおぉ――――ッ!!」」



 勿論、ピートだけど。

 

 大して変わらないさ。


 かつて見た海賊映画では。

 リンゴが、とても印象的に描写されていたけど。


 実際の航海では、新鮮な食料は早々に腐ってしまって。

 野菜を育てようにも潮風で悪くなるし。

 食に飢えていたというのは、有名な話。 


 彼等、海賊たちは。

 食事の時、食べている物が見えないように、明かりを消して食していたというくらい劣悪な環境。

 

 だからこそ、私みたいに。


 果汁溢れる新鮮な果物が大好き。



「そういうイメージがあるらしいんだよ」

「「――ほえー」」

「何で見えないように?」

「腐ったとか?」

「………ふふ。ご飯が大好きなのは、人間だけじゃないんだよ?」



 ご飯にもなるし。


 住処にもなるし。


 幸せな大家族にだってなれると。


 ……想像が出来たのか。

 それ以降、彼等は細心の注意を払いつつピートを齧る。



 ―――ゲームだから、いないと思うけどな。



 腐らないように運ぶと言えば。


 テラリウムとかも有名だね。


 今は世間が外来種に敏感だし。

 やろうとしても、止められちゃうけど。

 

 その土地に育つ植物を海路で運ぶときは。

 勿論、生きたまま運ぶんだけど。

 そのままだと潮風でダメになるから、完全に密閉した瓶詰にして、数か月以上かけて運んだとか。



 昔聞いた話を思い出しつつ。


 

 彼等と一緒にピートを齧る。



「うめ、うめ。やっぱルミエさんのリンゴは一味違うな」

「何でだろなぁ……モグゥ」

「何でなんすか?」

「それは、取引の内容外だね」



 なんてことはない。


 人気店のだからさ。

 【秘匿領域】直送のブランド物だよ?



「……でも、こうしていると、本当に海賊みたいじゃないか」

「賊に変わりはないですからなぁ」

「お山か海かの違いだな」

「―――あ。因みに、俺っちは本当に【海賊】でっせ」



 団員君の何人かは盗人派生の2nd……海賊らしい。

 

 盗賊、山賊、海賊の三つ。

 御三家と言うべきかな。

 基本的には、この中から自分の成りたい職業を選ぶらしいね。



「ふふふ――海賊は良いですぞ、ルミエ殿。毎日新鮮な生魚を食べられて、一回の航海で報酬は数百から数千万」

「……あれ? それ、マグロ漁船――」

「カニも食べ放題です!」

「そっちはベーリングなカニ漁船――」

「福利厚生充実、完全週休二日制!」

「無職さん歓迎!」

「初心者歓迎、経歴不問、アットホームで24時間明るい職場だぜ!」



 お話が盛り上がって。

 私は、例の如く彼等のお誘いを受けているわけだけど。



 ―――なんて怪しいお仕事なんだ。



「えぇ? 無職からでも入れる海賊団があるのかい?」

「「おうともよ!」」

「今なら、この素敵なコスチュームをプレゼント!」

「某の【裁縫】スキルで一人一人丁寧に作り上げたこの海賊衣装こすぷれ! 自由度の高さが売りで全く能力補正の無い自慢の一品ですぞ!」



 それは凄いね。

 特に、能力補正皆無の所。


 私にピッタリじゃないか。



「―――で……あの――ルミエ殿の衣装もあるのですが」

「む………?」



 ……………。



 ……………。



「さて、これでどうかな?」

「「……………」」



 今までは、能力補正が魅力だったから、ずっと貰ったドレスを着ていて。

 周りからの視線が痛かったからね。


 薦められるまま着たけど。


 私も、結構意外だったよ。


 何と、用意されていたのは。

 蒼を基調としたコートで。

 それらは全て男物のブーツやベルトなど、女性が装備すると、どうにも違和感が出るものだ。


 でも、私なら。

 こういうの一日の長がある。



 今の私は、さながら……。



「「貴公子だコレ!!」」

「……海賊貴公子ルミエール卿。某の目に狂いは無かった」


「はぁっ――はっはっはっはっ!」


「「――――ぇ――ッ!!?」」

「そうさ。今の私は、誇り高き海賊だとも」



 例えゲームであろうとも。


 この自由度の高さならね。



「―――あの、ルミエさん? なんか、声変わってないっすか?」

「如何にもなイケボに」

「というか、笑ってんの初めて……え?」

「今、俺の中で乙女が目を醒まして……」

「いや、それは寝てろ」


「ふ……くくくッ。海賊貴公子(無職)だからね。今の私は、誇り高き海の男さ」



 声を変えるのは確かに大変だ。

 無意識に枝分かれしてしまうのは、性別によって使う器官や発声の仕方に大きく差異があるから。


 一番に大事なのは。

 良く観察すること。

 その仕組みを理解し、時間をかけて勉強すれば。


 こういう事だってできる。



「どういう仕組なんです?」

「両声類って言ってね。先天的な物じゃなくて、訓練で身に着けた使い分けだよ。チェストボイス――早い話が、胸の響かせ方」

「「………むね」」

「……ありがとうございます!」



 船もあれば、団員もいる。

 つまり、これはもう航海へ出て良いという事で間違いはなく。


 私は彼等を扇動して。

 

 旗揚げを行う事に。



「さあっ、諸君! 我が旗下にて共に戦おうではないか!」

「「―――おおおおおお――――ッ!!」」




「………何やってんだ? お前ら」




  ◇




 不意に本物の団長せんちょうさんがやって来て。


 旗揚げクーデターは中止になってしまったけど。


 レイド君が合流して、暫く。

 私達は、相変わらず船の上でお話を楽しんでいた。



「良くこの都市へ来れたよなぁ、お前さん」

「私は最弱だけど、現実での友達が一緒でね。皆に連れてきてもらったのさ」

「あぁ、話に出てくるアイツらな」

「自慢のお友達さ」


「……キャリー出来る連中ねぇ。戦いてぇって言ったら?」

「良いんじゃないかな」

「「良いの……?」」

「そこは、皆の自由さ。でも、あの子たちはかなりやるよ?」



 相変わらず、彼等は戦闘狂。


 とても生き生きしているね。


 精強な彼等が此処に居るのは驚かないけど。

 海岸都市と言えば、前回のクロニクルで襲撃された重要都市の一角で。


 気になっていた事が一つ。



「時に、君たちは前回のクロニクルは参加しなかったんだよね?」

「ん。ちょっくら様子見のつもりでな」



 様子見――成程。


 それもアリかな。


 特に、レイド君は最強PLの一角だろうから。

 爪を隠し、牙を研いでおくのも手だ。

 

 でも、今は虎視眈々こしたんたんと……。


 私と話しながらも。

 ちらちらと船の外へ視線を送るレイド君。

 船ドロボーがバレないように警戒している訳じゃないよね。



「気になる人たちでも居たかい?」

「―――ん? ……あぁ」

「ターゲットさんだね?」

「おう。海岸都市も、そこそこ有名な狩場の近くだからな。――ほれ……例えば、あいつ等だ」



 彼が視線を送るのは。


 PLさん達なんだけど。



「彼らは?」

「あいつ等は、GR5位の【戦慄奏者】だな」



 ―――ほう、ほう。

 やはり、上位プレイヤーも来ているんだね。


 彼等の恰好は、とてもフリーで。


 凄くちぐはぐでバラバラな衣装。


 雰囲気関係なく、好きなものを着ている感じで。

 南国的な要素のあるこの都市には、何処か不釣り合いに感じるね。



「奴らは、大々的にユニークを宣伝して団員数を稼いでる連中だ。ランク的にはトップクラスだが、個々の実力は大したことないって話だな」

「実際、団員弱かったしな」

「……大方、イベント参加も宣伝でしょう」



 流石に、良く調べてるね。


 まるで、盗賊団―――あれ?


 まるで狙ってる―――あれ?


 全部当てはまるね。

 これじゃあ、レイド君達が悪い人達みたいじゃないか。



「君たち、もしかして此処に来たのもPK狙い?」

「五割くらいそうっすね」

「某たちの飯の種です故」

「上位ギルド……特にギルド長なんかをキル出来れば、ポイントが滅茶苦茶に旨いしな」



 普段、ナワバリの森から動かない分。

 やっぱり、そういう事をしないといけないんだね。

 有名になればなる程、強力なPLが討伐に来るって事なんだろうけど。


 こっちもこっちで。


 中々黒い考えだね。



「――でも、やっぱりランク最上位勢もたくさん来てるのかな?」

「……さあ、どうだろうな」

「違うのかい?」

「上位ギルドの連中は、あくまで攻略第一だ。クロニクルの前日譚とは言え、イベントクエスト自体に興味はないんだろ」

「……ふむ。そういう考え方もあるんだ」



 私は楽しそうだから来たけど。


 攻略優先も理解はできるんだ。


 およそ、未発見のエリア。

 そして、一回きりのクエストによる報酬が眩しいだろうし。


 イベントクエストは箸休めで。

 報酬も一点物は期待できない。

 教会図書館で読んだ内容にもそうあったからね。


 

「んで、俺らは暫く偵察でもしてるが――お前さんはどうするんだ?」

「―――ふむ、時間は……0時と」



 ゲーム内時間はお昼過ぎ。


 現実では深夜に入る所で。



「じゃあ、そろそろ宿屋にチェックインしようかな」

「「ガタッ」」

「では、案内を――」

「何なら、同室――」


「……座ってろ、アホ共」

「じゃあ、また時間が合ったら合流しようね」



 愉快にじゃれ合う彼等に別れを告げ。

 私は、一人船を降りる。


 体験入船をしてはみたけど。


 やはり無職には厳しいよね。



 ……………。



 ……………。



 ―――宿屋は、大通りに多数あって。



 内装も様々、部屋にもグレードがある。

 だから、その都度選ぶのも中々に良いモノで。


 今回私の触角が反応したのは。

 通りでも、最も目立つ建築。

 そんな筈はないけど、船を改造して建築したような実に遊び心のある外装の宿屋だ。


 ドアの無い扉を潜ると。

 エントランスにはハンモックが在って。

 観葉植物が鉢から飛び出して、壁と融合したり、窓際でカーテンを形作っている。


 やはり、雰囲気良し。

 私の触角を信じるのが大正義だね。


 そのまま受付へ――あれ。


 カウンターが二つあるよ。


 一般的で、簡素な木製カウンター。

 作りが深く、花や貝殻などで装飾されたカウンター。


 これは、あれかな?


 格付け的な感じとか。

 泊まる部屋の豪華さでカウンターが分かれている、とか。


 とても良い趣向じゃないか。


 ……うん、せっかくの旅だ。


 貯金も大事だけど。

 私の場合は、お金を使う機会も限られるし。


 今日はチートディ。

 来訪初宿泊記念に、ちょっと贅沢をして。



 いそいそと雰囲気二重丸の方へと向かう。



「―――なんか、違うんだよねぇ」

「すみません、宿泊を」

「異訪者さんって皆綺麗なんだけど、ちょっと均一的過ぎるっていうか、ボーダーがそれになっちゃって、むしろ普通っていうかさ?」

「あの、すみません」

「うっきうきで受けちゃったけど、今更ねぇ……」

「こんにちは、お嬢さん」

「――あぁ、はいはい。申し込みの方です―――へ?」


 

 ……………。


 ……………。


 ダウンロード中かな。

 さては、記憶に新しい機人種さんとか。



「わぁ――海賊さん……! コンテスト参加の方ですね――?」

「うん。私もコンテストに参加―――んう?」



 コンテスト参加?


 宿泊じゃなくて?



 ひょっとして。

 カウンターを間違えちゃったのかな。

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