第19幕:海岸都市リートゥス




 海岸都市の名で呼ばれるリートゥス。


 王国でも、最南端に位置する地域で。


 帝国は工業重視だけど。


 王国は農業や漁業とか。

 自然に即した産業に力を入れているらしく。

 他の国家に比べると、平和的と言うか、異種族融和の考えが最も浸透しているらしい。



「此処リートゥスは、王国貴族である伯爵【海洋伯】が治める都市である――ねぇ」

「ホホホ」



 海洋伯シュトラント・ドラコ・カンケール。


 凄く長い名前に感じるけど。


 ゲームでは案外普通だとか。


 ……あぁ、やっぱり。

 領主さんは、あの高台にある館に住んでいるらしいね。

 となると、あそこは当然PLが立ち入れない空間になっている訳で―――観光地候補が一つ減ってしまったよ。



 ―――此処は、例の如く教会図書館。



 何処にでもあるんだよね。

 広く大衆に学問を、というのは非常に素晴らしい考えだと思うけど。


 自由席に座わりつつ。


 簡単な情報を閲覧し。


 もうちょっと視ようかな、なんて。

 膝の上の存在を撫でながらパネルを弄っていると。



「――お客様。館内にもふもふは」

「……あぁ、ゴメンね。ちょっと話し相手が欲しくて」



 張り紙とかは存在しないけど。


 ペット持ち込みはダメらしい。


 この子達はペットじゃないけど。

 こういうのは詭弁きべんじゃなくて、素直に聞くのが正しいよね。



「じゃあ、先に出てる? それとも、2階のテラスで待ってるのが良い?」

「………ホ?」

「……………ハト……白バトですか」

「―――ホ?」

「うぅ……その――あの……」

「――ホホッ」


「―――少しだけもふもふ――宜しいですか?」

「……良いかな?」

「ホ」



 ……………。



 ……………。



 可愛いは世界を救う――と。

 まさしく、その通りという訳だね。


 皆に連れられ、海洋都市へ初めて訪れた次の日。

 私は、夜に一人でログインして街の様子を散策していたんだけど。


 丁度、図書館があって。


 これ幸いと入ったんだ。



「―――じゃあ、朧げに地理を覚えた所で、散策を続けようか?」

「ホホ……ホ?」



 大通りは素晴らしいお祭り騒ぎで。

 きっと、この都市で行われるイベントクエストの影響があるんだろうね。


 風船を配ったり。


 広告を配ったり。


 或いは、ギルドの勧誘があって。

 都市の入口辺りは賑やかで。

 PLに限らず、NPCも楽しそうに行き交っている。



「―――ウイユ♪ ウイユ♪ 甘い甘いウイユはどうですか~」

「―――パーヤ、アボーン、アンマー」

「―――O&Tの新聞如何っすか―――」


「農業に力を入れているとは聞いたけど――確かに、そういうお店が多いみたいだね」


「……チョコモヤシャイカガッスカー」

「―――あと、独創的なお店も」



 一瞬、チョコ最中かと思ったけど。

 香ばしいモナカじゃなくて、シャキシャキのモヤシャ。


 その専門店だなんて。


 興味自体は沸くけど。


 チョコレートと夢の共演なんて、実に新世界だけれど。


 今の気分は、断然果物。

 ……南国系果物が多くて。

 私が見た事も無いような、新種の果実も販売しているみたいだ。


 パパイヤみたいな【パーヤ】


 アボカドみたいな【アボーン】


 マンゴーそっくりな【アンマー】

 日本語では菴摩羅アンマラとも言われるらしいから、そこからかな?


 

 で――あの緑色の艶がある実は。


 どう見てもサボテンの実だよね。


 ドラゴンフルーツが有名だけど。

 こちらは、鮮やかな色というわけでもなく、青々として艶々。


 どちらかというと。

 ピタヤじゃなくて、トゥナ寄りなのかな。

 


「店員さん、コレはどういう果物だい?」

「えぇ、此方はですねぇ――そいっと」



 ―――むっ――包丁を入れるとは……!


 中々の商売人という訳だね。


 観光地ではよくある手法で。


 これをやると。

 お客さんは、買わない訳にも行かないから。

 押し売りみたいな手法で、お金がない時に困ってしまう。



「名前は、ディアボリカン。皮はこんな未成熟な色をしてますが、中身は絶品。青臭さもなく、果汁がたっぷりで美味しいですよ」

「ほう……? 果汁タップリ」

「えぇ、えぇ。――ただし!」



 ―――ただし……?



「何と、種子の中に、激辛成分が入ってます」

「……種が……ゲキカラ」

「火を吹く程辛いって事でこの名前が付いたんですが、魔神王の御馳走……なんて呼ばれたりもしているみたいですねぇ」



 魔神王って、辛いのが好きなのかな。

 会った事がないから、よく分からないけど……でも。


 なんて面白い木の実だろうね。


 押し売りじゃなくても買うよ。



「面白そうだし、買うとも。一ついくらだい?」

「毎度、一つで150アルです! 包丁を入れたのは、オマケして120アルで良いですよ」

「じゃあ、それと……あと三つも頂こうかな」




   ◇




「凄いねぇ。本当は自宅にいるのに、遺産並みに素晴らしい景色を間近で堪能できるなんて」



 ディアボリカンを購入してから。


 海岸沿いのベンチへ腰を下ろす。



「ホホッ―――ホホホッ」

「種子は避けてね」

「―――ホ……?」

「私でも、辛いモノを食べさせたことはないから、どうなるか分からないんだよ」



 半分食べるのは良いけど。

 キミにはちょっと大きいかもしれないし。


 丸呑みなら、大丈夫かな?


 彼等はフンはしないから。

 外来種として別の所で芽吹く事もないだろうし。



「まぁ、この饅頭は貸しにしておくから」

「ホホ……ホホ……」

「また、色々と私の不正に協力してもらうよ? ふふふっ……お主も悪よ――」


「―――あぁ―――ッ!!」

「……………んう?」



 不意に響いた声に。


 思わず、密談を聞かれたかと気を取られ。

 私が、そちらへ視線を向けると。



「………うぅ………ふぇ……ぇ」

「これは、参ったなぁ」



 せっかく貰った風船が。

 飛んでっちゃったんだ。

 NPCの幼い少女が泣いていて、その両親が困ったように空を仰いでいて。

 

 その様子に、周囲の人も。


 思わず真上を仰いでいて。


 風船再入手の為には。

 もう一度、都市の入口へと戻らなきゃいけないだろう。


 ……………。


 ……………。



「―――ふふっ。早速、一宿一飯の恩を返してもらう機会が来たね? 用心棒さん」

「………ホ……?」



 越後屋だったり。


 用心棒だったり。


 忙しいね、君たちも。


 ある程度の操作が出来るとはいえ。

 かなり精密な作業になるだろうけど―――さて。



「―――射程距離は――まだ間に合う。じゃあ、頼んだよ」



 どんどん飛び上がる風船。


 飛び立った白のもふもふ。


 海沿いで、やや風が強くて。

 不規則に高く飛んでいく風船へと、その鳥は追いすがり……私もちょっとクラッとして。


 一度目―――失敗。


 二度目―――失敗。


 数人が刮目かつもくして空を仰ぎ。


 その様子につられて。

 また、周りの人々が。 

 大勢が見守る中で、小さな鳥が、針の穴を通すように細い細い糸をついばむ。



 ―――そして、連打の五回目。



「「――――ッ―――――!!」」

「―――わぁ………!! ―――スゴイ、スゴイッ!!」



 一際大きな風が吹くも。


 赤い球が揺れるだけで。


 確保は成功―――だね。

 後は流れ作業で降りてくるハト君を、少女の足元へ……と。



「……………」

「取って……くれたの………?」

「ホ」


「―――ありがとう―――ッ!!」



 降り立ったハト君。

 開けない彼の嘴から赤い風船を受け取った少女は、満面の笑みを浮かべて。


 ……やはり、そうだとも。

 変わらないじゃないか。

 PLであっても、NPCであっても、この世界での笑顔は何も変わらないじゃないか。



 ―――その笑顔を見届け、指を鳴らし。



 目の前で消えたハトに。


 彼等は視線を彷徨わせ。



「―――あれ……? もふもふさん……?」

「消えた、のか?」

「一体……夢か……?」

「……ふふふ。もしかして、精霊様だったのかもしれないわねぇ」



 ―――精霊さん。



 名前だけは聞いたことがあるね。

 曰く、凄く珍しい魔物の一種で。

 テイム可能な存在でもあり、妖精種が神聖視する存在でもあるとか。



「―――ホホホホホ」



 どんな姿形なのか。


 気になる所で……。




  ―――――二次職の LEVEL UP を確認しました




「……………おぉ………?」



 そろそろとは思ってたけど。


 まさか、このタイミングで。


 恐らく、再召喚したハト君で。

 雀の――ハトの涙程の経験値が貯まったんだろうね。


 私は急いでステータスを開き、成長を確認する。




―――――――――――――――

【Name】    ルミエール

【種族】   人間種

【一次職】  無職(Lv.15)

【二次職】  道化師(Lv.6)


【職業履歴】 

一次:無職(1st) 

二次:道化師(Lv.6)


【基礎能力(経験値0P)】            

体力:10 筋力:10  魔力:27(+20) 

防御:10 魔防:0(+6) 俊敏:23(+12)   


【能力適正】

白兵:E 射撃:E 器用:E 

攻魔:E 支魔:E 特魔:E

―――――――――――――――




 能力適正の貧弱さが光るね。


 流石は、無職と言うべきか。


 手慰みで、常時やってるようなモノ。


 しかも、私の場合。

 手業が大体手品の判定になっているのか、凄い勢いで経験値が貯まるんだ。



「こんなに成長が早くて良いのかな。どう思う?」

「ホホホ……?」

「――うん、良いよね」



 私にはこれしかないし。

 何より、今回は。

 記念すべき第三の力を手に入れる事が出来るんだよ。

 



―――――――――――――――

【道化師(Lv.6)】

手指を用いた動作に補正が掛かります。

貴方のテクニックで世界を取りましょう。



【特殊技能一覧(スキルポイント:28)】


小鳩召喚サモン・ピジョン(修得済み)

・消費魔力3で、ハトを召喚します。

・召喚されるハトの配色 白(80%) 混(15%) 黒(5%)


縛鎖透過エスケイプ(修得済み)

・消費魔力5で、縄抜けを行えます。

・特殊な拘束魔術の場合、必要魔力が上昇します。


鏡界製作シュピーゲル・グラス(必要:5P)

・魔力を消費して鏡面や硝子を生成します。

・生成される物質の大きさは消費魔力に依存。

―――――――――――――――



 シュピーゲル――ドイツ語だね。


 グラスは、簡単にガラス――と。



「硝子や鏡を生成する能力――ねぇ」

「ホ?」

「うん、食べて良いよ」

「ホホ……ホホ……」

「色々とやりようはあるし、応用は利きそうだけど……やっぱり、どうすれば良いかを示してくれないのは不親切」



 用途が何も書いてないじゃないか。


 入門書だって、もっとマシだよね。

 

 そういう所だよ? 道化師くん。

 君が不遇とされるのは、説明力の低さにあるんだ。


 ……無理に薦めはしないけど。

 もうちょっと、道化師の人口増えないかな。


 ―――で、習得可。

 ポイントも間に合っている。


 本来なら、優先的に一次職を上げて。

 戦闘スキルを取るのがセオリー。

 でも、私の場合は無職にスキルポイントを使うことが無いから。


 その分余る――余り過ぎるんだよね。


 無職のスキルって。

 初期で習得済みの【自堕落促進】だけだし。



「……でも、限界はある」



 もしも無職Lvが20に到達したなら。


 それ以降、SPは入ってこない訳で。


 転職しようにも。

 道化師のレベルさえリセットされてしまう。

 遂に、私は袋小路の未来を感じ始めていたんだけど―――鏡界製作……取得っと。



「悩むのなんて、その時で――んん――メールだ」



 好きだった鬼ごっこゲームのナレーター風に。

 呟きながら、気を取り直して。


 誰かと思いつつ、確認すると。



 ―――意外な事にレイド君だ。



 あれから懇意こんいにしていて。


 偶に彼らの拠点にお邪魔して。

 お話をする事もあるのだけど。

 彼等【傍若武人】は、基本的に【商業都市】近郊の森から離れないんだよね。


 こうしてメールが来たっていう事は。


 もしかして、何かの情報が……おや?


 

「―――――奇遇――いや、奇特な事だね。彼等が、海岸都市に来てるんだ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る