第17幕:街道は潮の香り




 ゴトン……ゴトン……揺れる荷台。

 でも、負担は少なくて。

 前のやつには及ばないけど、十分に質が良い馬車だね。

 

 もっと楽しみたいのに。


 折角の馬車なのに……。


 どうして、こんなにも。




「………はぁ」




「―――ねぇ。ルミさん、どうしたの?」

「確かに、いつもより陰が差しているような感じするよな」

「アレは……多分」

「だろうね、多分」

「恐らく、そういう事だと思います」



 皆の話し声が聞こえる。


 楽しく、歓談する声が。


 私も加わりたいけど……うん。

 今は、そういう気分じゃないんだ。



「―――いや、どういう事だよ」

「説明、してくれる?」

「恐らく――初めて行く都市を、ただ乗り換えに使っただけなのが残念なのかと。ルミ姉さんは観光を楽しむ人なので」

「【学術都市】……初めてだったらしいからね」


「「……えぇ………?」」



 そう、そうなんだよ。


 トラフィークから移動装置を使い。

 せっかく四大都市の一つである【学術都市:クリストファー】に飛んだのに。


 そこからは、回れ右。

 すぐに街を出て街道を行くなんて。


 なんて非情なんだろう。



「確かに、今回の目的は王国だしなぁ」

「ルミねぇが転移できるのって帝国限定だし、こっちへ来るには交通網経由しかないんだよね」

「という訳で、今回はお預けという事で」



 ―――そんなー。



 酷いね、みんなして。

 ちょっとくらい遊ばせてくれたって良いのに。



「ホッホッホ―――ホ……?」



「ホーホー?」



「「ホッホッホ……ホー」」



「―――もふもふがぁ――――ッ!」

「あの、質量が……あ、頭に」

「定員オーバーでーす」

「あれ? 黒バトって」

「レアな奴だな……じゃなくて、ルミねぇ? 拗ねてハトを大量召喚しないでくれ。踏み場が無くなる」



 可愛いだろう?

 これから、彼等で気分を安らげるんだ。

 所謂アニマルセラピーというやつだね。


 争うように頭へ留まり。


 膝の上へもトコトコと。


 競うように登頂するハト君たち。

 そこに山があるからだというけど、今から行くのは海なんだよね。



 ―――はぁ。



「ほら、ルミねぇ? 一緒に景色楽しもうよ」

「中々良いモノですよ?」

「前々から、馬車に乗って気楽に旅をするのが夢だって言ってただろ?」



 確かに言ったけどね。


 時と場合があるんだ。


 でも……海沿いの景色。

 確かに沈んだ気分を盛り上げるには良いのかもしれない。



「大丈夫なのかい? 整備されていない街道を荷台に乗り込んだまま進んでて。魔物がやってきたら……」

「あぁ、それは大丈夫っすよ」

「馬車で襲われる可能性なんて、凄く低いですから」



 そうなのかな。


 そうだったかな。


 でも、皆が言うならと。

 ナナミに倣って。

 私も、反対の窓からひょこりと顔を出す。


 誰も見ていないそちらの側には。

 なにやら生き物が蠢いていて。


 NPCの御者さんも気付いてないみたいだ。



「ほら、ね? 良い景色でしょ?」

「偶には外に出るのも、新鮮で良いと思いますよ?」



 それは勿論否定しないし。

 天気もいいから、随分と清々しいには違いないんだけど。


 良い、というよりかは。


 奇妙な景色だと言えた。


 側方の青々とした草原。

 にも拘らず、更に青い身体――銀に光る体表。


 ヌルヌル滑り気。


 ひらひらな四肢。



「――うん、そうだね。新鮮……とても新鮮そうだよ。二足歩行で走ってくる魚なんて」

「でしょ? 魚が二足――なんて言った?」


 

 私の言葉で一斉に顔を出す皆。


 小窓だから、ちょっと狭いね。



「―――――魚……あぁ、走ってるな」

「わぁ……! 全力ダッシュ」

「銛もって追ってきてるなぁ」

「追ってきてるねぇ」


「………あの――コレって………?」





「「――狙われてんじゃん―――ッ!!」」




 あ、やっぱり?

 おかしいと思ったんだ。


 とても友好的な感じじゃないし。


 死んだ魚の目そのものだったし。


 皆が叫んだ瞬間。

 NPCが運転していた馬車が突如として停車して、甲高い叫び声が聞こえる。


 私が馬車に乗ると碌なことがないね。



「――ひィ!? お客さん―――ッ!」


「僕たちに任せてください。すぐに倒します」

「ルミねぇ隠れてて!」

「俺達がやりますんで!」

「――あぁ、うん……うん?」



 魚さん達を前にして。

 ワタル君の言葉を皮切りに。

 次は身と骨だとばかりに、次々と馬車を飛び出し、戦闘に突入する彼等。


 私はお留守番らしい。


 足手纏いだからねぇ。



「――ぎょぎょ!」

「「ぎょぎょ!」」



 それは、本当に奇妙な生物たちで。


 の~っぺりとした顔――顔の彫りは非常に浅く。

 裸の上半身はやや緑ががっていて、鱗のようなモノがあり……腕にはヒラヒラのヒレ。


 ゲーム性を考慮したのか。

 下半身は丈夫そうな腰ミノで隠され。

 しかし、裸足だから、しっかり水かきの付いた足が伺える。



 ―――そして、手には鈍色のもり……と。


 

 完全な半魚人さんだね。



「来い魚野郎! スモークサーモンにしてやる!」

「……燻すの?」

「というか、絶対アレ白身じゃん」

「鮭も白身魚だぞ」


「「――そうなの―――ッ!?」」



 で、相対する面々は。


 完全に関係ない話をしつつ、武器を振るう。

 余程、彼等には朝飯前の戦いなんだろうね。



 ―――夜ご飯……うぅ~ん。




「―――吹っ飛ばせ――“紅蓮咲き”―――ッ!!」




 ショウタ君が魔力を消費し。


 中規模な爆発が発生する。


 火属性の上位派生、炎属性の技だね。

 最近はリストラの危機があったとか言うけど。

 掘削に使ったり。

 回避に使ったり。

 明らかに本来の使い方から外れるけど、威力が高くて燃費の良い彼の得意技らしく。


 パーティーの火力担当が誇る一撃が、敵を焼く。



「――ぎょぎょ!?」

「サシミはお好みか? ―――“一閃”」



 ユウトが放つは戦士系2nd【剣士】の基本技。


 暗黒騎士との戦いで見た奴だ。


 切り札と言える技でもあるね。



「はいはーい、並んでください。鮮魚コーナー本日の逸品は――エナさん、こっちに串打ち宜しく!」

「“一の矢”―――三連です!」



 魚さん達を引き付けたワタル君。


 彼に乞われてエナが放ったのは。


 本来は、単体で行うスキル技。

 速さが売りの速攻技だけど。

 三本一気にやるのは、完全に彼女自身の高いプレイヤースキルPSによるものだね。


 矢はそれぞれ頭、胴、ももへ串打ちされ。

 彼等、どんどん美味しそうになっていくじゃあないか。

 

 燻製、お刺身、串焼き……あぁ。


 どれも捨てがたいけど……うん。


 今日の夜ご飯は、アジの開きで決定だね。


 確か、冷凍庫に入ってた筈。

 庭裏の倉から七輪でも出して、贅沢に炭で炙り焼きにするとしようか。


 他愛無い事を考えていると。


 すぐ傍でガサガサという音が――おや。



「ぎょぎょぎょ―――ッ!!」

「――ひッ……!」

「やぁ、お魚さん」



 目の前に飛び出してくるのは良いよ?


 どう見ても、私達がねらい目だから。


 エネミーさんだって知能はある。

 それぞれの魔物に個別で設定された頭の良さをフルに活用してPLを出し抜こうとしているんだ。


 人型の魔物たちは。

 より、人に近い高い知能があると聞いたけど。

 逆に、こういう時こそ、人間の悪い所も浮き彫りになる。


 およそ、今の彼の心理的には。


 勝利を確信したんだろうけど。


 逆に、自身が受けるかもしれない奇襲への対処は疎かで。



「君は御造り希望かな?」

「ぎょぎょぉぉ――――オォ―――ッ!?」



 今や飛び掛かろうとしていた魚さんは。


 背後から首を横薙ぎにされて砕け散る。



「―――“神経締め”……って。本当に活け造りになっちゃうじゃん」

「テツ君に包丁でも打ってもらうかい?」

「良いかも。切ったら一緒に焼けるだろうし」



 今の“神経締め”は彼女のスキル。

 相手に【麻痺】の状態異常を与えるらしいね。


 完全な不意打ちだったから。


 一撃必殺の判定だったけど。


 火力の高さに定評のあるナナミは、お魚さんを切り裂いた手持ち武器に鼻をひくひくさせた後「んでぇ」……と、勿体ぶったように呟き。



「――御者さん、ルミねぇ。ダイジョウブ?」

「……へ、へい……」

「こっちは大丈夫だよ。有り難うね? ナナミ」

「へへへへッ!」

「ナナミ、ズルいですよ」



 そうは言っても、ナナミ以外気付いてなかったみたいだしね。

 どうやら【暗殺者】という職業は、索敵の範囲が飛び抜けて広いみたいなんだ。


 ……で、護られた私自身は。


 ご飯の事考えているし。


 全然心配なんてないさ。


 皆、とても強いから。

 私は、ただ座って夜ご飯の事を考えているだけで……ふふっ。


 余程ご飯が楽しみなのか。



 ―――――何か、段々と調子が戻って来たね。

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