第16幕:良く落ちる消しゴム




「――皆、お疲れ様。出来はどうだったかな?」

「「……………」」



 天国へ到達した勉強会から数日が経ち、学校での帰りのHR。


 生徒達へと問いかけるイツキ先生。

 しかし、反応は芳しくないようで。


 渋面を作っている者。

 机へと顔を埋める者。

 底冷えするうなりを相槌にする者と。


 反応はそれぞれで。


 良くない物が多い。



 ―――けど……。



「英語と国語なら――まあ」

「大丈夫じゃないかな」

「案外イケた気がする」

「先生たち、教えるの上手だったから。私は、返却ちょっと楽しみかも」



 嬉しい事を言ってくれるね。


 生徒たちの反応に。

 私とイツキ先生は、目配せをして頷き合う。



「留光先生からは、どうです?」

「私も、結果が楽しみさ。でも、結果が振るわなかったからと言って落ち込まなくて良い。次で挽回すれば良いんだからね」

「るみセンセ……!」

「もう、女神ィ……」

「神は死んでいなかった――ラーメン」



 叉焼も豚骨もセーフだね。

 他の宗教は、豚肉を食べない所もあるけど。


 帰りに寄っていくつもりなのか。

 少しずつ調子を取り戻していく生徒たちは、ソワソワとしたオーラがあって。


 頑張ったんだもんね。


 沢山遊びたいだろう。



「では、あまり話すと自由な時間が減るから、今日は終了だ。皆、気を付けて帰るように」

「また明日ね」

「「――有り難うございま―――ッ!!」」



 私達の言葉をトリガーに。

 無音で器用にスタートダッシュ。

 競うように廊下へと飛び出していく生徒たちは、とても元気で。


 HRが終わっているのはウチだけかな?

 

 他のクラスからは。 

 まだ、生徒たちが出てきていない様子で。



「――では、留光先生。僕は先に職員室に」

「うん。私もすぐ行くよ」



 教員同士の会議――という名の反省会だ。

 学年単位でやるんだけど。

 次のテストの話とかに関しても、今から準備する必要があるから。


 ………でも、私は。


 その前にちょっと。



「やあ。最終日はどうだったかね? 諸君」

「……ルミ姉さん」

「うぅ――ルミねぇ……慰めてぇ」



 おぉ、よしよし。


 ちょっと残念な結果だったらしい。

 机に顔を埋めていた一人は、今度はこちらに顔を埋め。


 結果はまだだけど。


 私としても、不安が残るね。



「……記憶……えぇ、試験中の記憶が無くて――何ででしょうか」

「僕も。消しゴムが落ちる音は良く覚えているんですけどね」


「あぁ、アレね。私もよく覚えているよ」



 何故かは知らないけど。

 

 頻繁に落ちるんだよね。


 あっちでコロコロ。

 こっちでコロコロ。

 教壇に戻る暇なく連続して落ちている時もあったし。



「もしかして、サイコロに委ねていたのかな?」



 マルかバツか。

 正か誤か……とか消しゴムに書きこんで。



「――いや、それは……」

「多分、拾ってもらうのが狙いというか」

「ドアップ狙いというか、ご尊顔というか」


「……はて………?」

 


 どういう事だろうね。

 

 

「んで、まぁ。ようやく終わってくれたわけだから。試験中に来てたイベント告知の話が出来るってわけだな」

「長かったよなぁ」

「いっぱい遊ぶぞ!」

「……一応返却まだだし、先生ルミさんの前で言わない方が良いんじゃないかな」



 良いとも、良いとも。


 私も当事者だからね。


 そういう意味でニコニコする私。

 皆はコチラへ一斉に視線を向け。

 ある者達は納得したように頷き、ある者達は首を傾げる。


 

「ルミ姉さんは、大丈夫っぽい顔してますね」

「「……………?」」

「分かるまでには苦労するよねぇ」

「良いよな? ルミねぇ」

「勿論良いとも。――でも、赤点をとっちゃった子は、暫く個人指導だよ?」


「「……………」」



 ふふ、恐ろしいだろう。


 教師と一対一の授業は。



「――残念だったなぁ、優斗くんと航くんよ」

「「………はい?」」

「くくく――優斗。これが日頃の“行いの差”、だよ」

「私達の勝率は高いです」


「言ってて虚しくないのか? お前等」

「いや、本当に。どういう会話だろうね、コレは」


 

 やっぱり生徒と教師。

 私じゃ付いて行けない話も、彼ら同士なら通じ合えているようで。


 何の話か分からないけど。


 ちょっと、羨ましいよね。



「―――で、それって何処で話すの?」

「うぅ……ん――今から?」

「でも、それだと……」

「じゃあ、そろそろゴメンね? 私は、今から会議だから、皆だけで――」

「「ダメです!!」」



 そう言われてもね。


 お仕事なんだから。


 ナナミとエナに両側から抱き着かれて。

 身動きが取れなくて困ったしまう私。



「じゃあ、僕達だけ先にファミレスでも行って……うう~ん」

「だいぶ掛かるよな、多分」

「そうだねぇ……ちょっと長いかも」

「――んん~? 長居できて、文句言われなくて、旨いモンが食える――あ」

「「お?」」

「出たね、将太くんの閃き」

「格変か破綻の二択だけどな」



 ショウタ君の閃きは、両極端だから。


 凄く良いか凄く悪いかの二択らしく。


 皆が注目する中。 

 彼は、得意気に鼻を鳴らして。



「普通に、皆が一回くらい想像したアレで良いだろ?」

「いや、でも……」

「私達、あんまりそっちは詳しくないし」

「……あったか? そんな所」

「――記憶にないですけど」

「いや、いや。タダでドリンクバーが楽しめる喫茶店が、すぐそこにあるじゃないっすかぁ……へへへッ」




  ◇




「んで? 話がしたいから俺の店貸し切り上等――と?」

「「そゆこと」」

「……おい、保護者」

「ゴメンね、店主君」



 確かに、ゲームの中なら。


 夜に集まれば良いだけで。


 でも、攻略ガチ勢さんの彼らに。

 馴染みの飲食店なんかなくて。

 楽しんで会議できる所でこの店を考え付いたショウタ君は、素晴らしい思考を持っているね。


 なんせ、此処なら……。



「――私、前のリンゴパイ食べたい!」

「取り敢えず、生を6個」

「生ジュース、な」

「何なら大瓶でお願いします」

「良く冷えた奴を」

「試作のデザート、何でも実験台になりますから、どんどんお願いしますねノルドさん」


「――おいっ、保護者ァァ―――ッ!」



 だって。

 喫茶店とか、ファミレスとか。


 最近では人の眼が厳しくなっているというし。

 一々自宅でというのも、交通費が馬鹿にならないという問題。


 だからもう、直接ゲームで話すのが良いんだ。

 話したいのも、オルトゥスのイベントについてだし。



「勿論、皆食べた分は払うんだよね?」

「「――はい―――ッ!」」

「……らしいよ?」


「――あのな……はぁ。材料費は各自負担だからな」



 そう言って、店の方へ行って。

 店頭に並んだ新鮮と思われる果物を選び始める店主君。


 凄く面倒見が良いからね。


 とっても慕われてるんだ。



「んで、告知に出てた名は【夏のアレコレ】……複合のイベント、と」

「相変わらずだねぇ」

「あの運営だからな」

「まだメインが発表されてないみたいだけど、何やるんだろ」



 夏って言っても沢山あるから。

 そんな表題じゃまるで想像が付かないよね。


 海水浴とか湖水浴。


 縁日での食べ歩き。


 バーベキューに花火大会。

 イベント盛りだくさんで、賑やかなのが夏だから。



「――うぅ……。やるとして、虫取りだったら、ちょっと」

「恵那、苦手だもんね?」

「僕も虫触るのは苦手だな」


「実は、俺もちょっと」

「将太は普通にインドア白モヤシだからな」



 ほう、意外と男性陣も苦手なんだね。

 特に、ショウタ君は喜んで虫取りをやっていそうなイメージだったけど。


 会話に華を咲かせつつも。


 皆で考察を重ねていると。



「―――の話が聞こえたが、今回は使ってねえぞ?」



 大きなトレーを抱えた店主君が戻ってきて。

 鼻孔をくすぐるソレは、甘くかぐわしい。



「……もやしはおやつに入りませんので」

「デザートには向かんな」

「モヤシ、この世界でもめっちゃ安いんだけどなぁ」

「特に効果ないし、料理スキルなんて僕たち持ってないからね――モヤシャ」


 

 白くて瑞々しくて、とってもお安い庶民の味方。


 この店でも売ってるんだけど。


 PLが買うとこ見た事ないよね。


 三食モヤシャ食べてますとか。

 無職のロールプレイRPには使えそうだけど。

 私自身、こっちでは料理しないし、そのまま食べるという選択は無いし……不遇なんだ。

 


「ホレ、お待ちどうさん。まずはそろそろ旬の季節な焼きウイユからだ」

「「待ってましたぁぁぁ!!」」

「――うん、甘い!」

「やっぱバナナだよな、コレ」

「糖分多めだから、甘くないレンジュのフレーバーティーがお薦めだ。デカンタに入れとくぜ」

「オレンジティー!」

「……旨いし、食べ合わせにもアリだな」


「甘い飲み物もカモン!」

「そんな我が儘にはグラナトのフレッシュジュースだ」

「甘酸っぱい! ウマい!」

「……アマ……い、ウマ……い」



 一旦、イベントの話はそっちのけで。

 皆が思い思いに自身の取り分をカスタマイズし始めて。


 私が取ったのは焼きウイユ。

 ねっとりと、クリーミーで。

 焼く事で甘さがより一層引き立つのは、南国の焼きバナナを思い出す。


 味も形もそっくりだし。


 ウイユも良い果物だね。



「――じゃあ、店主君。ココノシロップと蜂蜜はあるかい?」

「おぉ? 流石だな、ルミエ」

「「……………?」」


「ルミ姉さん、それは?」

「クルアイピン――タイの焼きバナナだよ。甘い蜜と一緒に食べるんだ」



 本当は、専用の品種があるけどね。


 この味はレンジュティーが進むよ。



「―――ソレ、私もやりたいです!」

「ノルドさん。俺も一つお願いします」

「あい、あい。エナもユウトも、本当にお前らは甘ぇモンが大好きなのな」



 基本的に、この子達は皆甘いものが好きだよね。


 で、店主君の二次職が一つ。

 彼の【料理家】はLv.8で。

 実は、とんでもない料理上手だったりするんだよね。

 NPCはよく分からないけど、PLの二次職上限は総合で20レベルまでだから、その半分近くを料理に費やしていて。


 それで、他にも職があって。


 とっても多彩な商人なんだ。


 今更だけど、やっぱり。

 彼、この職向いてない?

 店主君は別の働き方改革を行ってみるのもアリなんじゃないかなぁ。



「んで、冒険家さん達。今回は何の話してたんだ?」

「「――んんっ――んんんんッ!」」

「……成程、分かった。食い終わってからな」



 ……………。



 ……………。



「王国……ねぇ。また、随分と遠い所に出張すんだな」

「何なら、店主君も来るかい?」

「―――おぉ?」


「――さっきから思ってたけど。ノルッちは、案外海の家やるとか良いんじゃないかなぁ」

「……海のいえ?」

「それ、良いんじゃない?」

「売れるかも」

「あの都市、コンセプトの割にそういう感じの施設珍しいからね。ビーチに屋台でも建てて、冷たいジュースとか、こういう料理出したりするのも――」

 

 

 冗談で言ってみたけど。


 色々意見が出るもので。


 彼自身「アリだな」とか言っている。

 ノリの良さも二重丸だね。

 でも、何だかんだで忙しい曜日――主に専門店の時もがあるから、出張は難しいかな。


 彼は転移装置を使えないし。


 頑張って街道を行かなきゃ。



 ―――勿論、今回の私も。



「ま、その内観光で行ってみるかね」

「ぶ~~う……」

「ぶー垂れんな。暇だけど、暇じゃねえ時もあんだよ。んじゃ、御代わり持ってくんな」


「「――神ィ―――ッ!」」



 本当に調子が良いね、皆。


 ……今回は、夏のイベントクエスト。

 でも、只の娯楽イベントじゃなくて。


 第二次クロニクルへ繋がる前日譚があるらしく。

 それが、夏のイベントストーリーでもあるとか。


 季節ごとのイベント。


 そこに正史を合わせてくるだなんて。

 とても面白い事を考えるね、運営は。

 これなら、続きが気になって多くの者が参加すると踏んだのかもしれない。



「……今回も、報酬一杯欲しいねぇ」

「イベントだし、頑張り次第かな」


「毎日ログイン余裕っすわ」

「赤点なかったらね……ね」



 きっと、大丈夫さ。


 

 楽しそうに話す仲間たち。


 彼等の話を聞きながらも。


 食事に精を出すリーダー。

 でも、その瞳はぎらぎらしていて……ゲーマーさんの目で。



「ふふ――楽しくなりそうだね? ユウト」

「あぁ。……王国【海岸都市】で行われるイベント――存分に楽しませて貰おうか」

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