第15幕:試練、来たりて
―――景色の彩も、虫の鳴き声も賑やかな6月……その末。
それは、正しく試練であった。
スクロールの如き難解な文字。
綴るは魔法の数式で。
導き出される結果は、果たして正か――誤か。
血と涙を重ねた末に得られるのは、自由という名の休息か、それとも絶望の牢獄か。
響き渡る悲哀の咆哮らは。
魔物が発するモノでなく。
「「――助けて優えもん―――ッ!!」」
「暑い! 引っ付くな!」
「……夏、近いですからね。ルミ姉さん、ここを教えてくれますか?」
うん、うん。
これこそが青春かな。
ゲームも良いけれど。
やっぱり学生は勉学も大事で。
あと三日もすれば、期末テストへ取り組まないといけなくて。
エナに乞われるまま。
私は、かつて学業に取り組んだ日々を思い起こす。
ここまでは教えるだけだったけど。
そろそろ、私も焚き付けようかな。
「――うん、よく出来ました。エナは本当にお利口さんだねぇ。撫でてあげよう」
「……ふふふっ――ふっ」
「ぐぬぬぬぅ……恵那ぁ……なじぇ腹黒恵那ばかりィ」
「真面目にやってるからだろ」
「こんくらい、私だって出来るさね!」
フォディーナの採掘イベント。
あれは、非常に有意義だった。
でも、皆で楽しくゲームをやるためには、こっちでも良い戦いを見せてもらわないと。
親御さんに申し訳が立たないから。
心を鬼にして。
見守らなきゃ。
私の自宅には、ゲーム内では【一刃の風】に所属する何時ものメンバーが集まり。
先生役を私と優斗が務める。
所謂勉強会というやつだね。
「――でも、七海はともかく、航までどうしたんだ? 普段はちゃんとやってんだろ?」
「たはは……ゲームが楽しくって」
「ねえ、何で私はともかくの?」
さて、何でだろ。
本人が知っていると思うな。
ワタル君は成績が良いけど。
それでも、分からない所がないわけじゃなくて……より上の人へ教えを乞える謙虚な子だ。
「まあ、教えはするが――今回ばかりは将太を見習えよ?」
「「………えぇ……」」
「やっぱ、おかしいよ」
「……うん、本当に将太? あれ」
そう思うのも無理ないよね。
少し離れた即席机。
【ON】のハードが入っていた丈夫な段ボールを活用したそちらでは。
「――ナツヤスミ、ブンカサイ……オデ、ガンバル」
「……オーク、さん……?」
「本当にどうしたのさ? 将太は」
「見てわかるだろ? やる気出してるだけさ」
魂が抜けたような彼は。
只淡々と教科書を読み、ノートに文字を走らせて。
やる気出したというよりは。
やる気を具現化したような。
……でも、なんだか。
違和感が払拭しきれないような不気味さを漂わせていて。
「試験が終われば、夏休みは近い。皆で思い切り遊べるんだからな。補習で潰したくないんだったら、大人しく手を動かせ」
「くッ……身体は屈しても、心は――」
「はよやれバナナ」
「バナナじゃないです七海ですぅ――ッ!」
「ガンバル、ガンバル」
「……大丈夫ですか?
でも、案外上手く行っているようで。
流石に進学校の生徒達と言うべきか。
やる気も違うよね。
「――さぁ! どうよ優斗ぉ!」
「……全問不正解」
「嘘だぁっ!」
「むしろ、どうやったら答えだけ間違えられるんだ? 公式も手順も完璧で――お前の頭には南国果物でも詰まってんのか?」
「バナナじゃないですぅ―――ッ!」
((言ってないから))
……って感じの顔してるね、皆。
確かに、誰もそこ迄言ってない。
でも、ナナミはご褒美があると凄いんだよ。
それはもう、とんでもない集中力で。
一夜漬けみたいな詰め込みをするだけでトップの成績を出せるくらいの子……なんだけど。
それはご褒美あっての話。
何もないとこれだからね。
「――ご褒美……気分転換……ねぇ? ふむ、ふむ――そうだ」
私は良い事を思いついて。
声に反応した皆に告げる。
「夏休みになったら、皆で海に行こうか」
「「海!!」」
「……ウ……ミ?」
どうやら、森のオークさんにも聞こえたようで。
彼は、ゆっくりとこちらを見る。
海にオークさん。
とても楽しいね。
きっと、キャーキャーと。
黄色い声が上がるはずさ。
彼の顔には生気がないけど。
ここは如何にか頑張って欲しい所なので、私は言葉を尽くす。
「そう、海だよ。青い空、白い雲……夕暮れに輝く黄金の地平線さ」
日中に泳ぐのも良いけど。
黄昏時の景色というのも素晴らしいモノで。
間違いないとも。
とても有意義だ。
周りの景色は変わってしまったけど。
スーパーは無くなり、モールのテナントも大きく入れ替わってしまったけど。
海は、何時だって海だから。
数年で代わり映えはしない。
私の知る穴場の海岸は、良い気分転換が出来るだろうね。
素晴らしい景色を想像していると。
やがて、ショウタ君の瞳にも生気が灯り始める。
―――良かった。
彼の調子が戻らないと。
皆が心配するだろうし。
上手くオーク語に翻訳できたみたいで―――
「青い瞳、白い肌……夕暮れに輝く黄金の長髪」
……………。
……………んう?
何か、噛み合ってないような。
「ルミさんの水着姿が――ブヒィ―――ッ!?」
「「何を! 想像してんじゃい!!」」
……水着姿。
あぁ、水着。
そちらも用意しないとね。
皆で買いに行くのも良いかもしれない。
「ほんっとにオークになってどうすんのさ!」
「変態! オーク!」
「……不潔です」
「―――ぇ……え? 何、なに? 何でぶん殴られて――というか、俺は今まで……ぇ?」
「……ちょっとばかり洗脳が足らなかったな」
「――え? 優斗? 洗脳って何?」
どうやら、見つかったみたいだね。
オークを操っていた魔王が。
物語の終幕も近いよ。
となれば、そろそろ。
「じゃあ、私は台所に行ってくるから」
「「―――――ッ!!」」
「魔物さんとの戦い、魔王との邂逅……それを乗り越えて勉強を頑張った者のみ、本当の平和は訪れるんだ。この意味が、分かるかね?」
気取って皆を焚き付けると。
部屋にはペンの音が満ちて。
なんて悪い大人なんだろうね、私は。
子供たちの性質を理解しているが故、こうした手も使えるんだ。
席を立って、台所へ。
まだまだ海には早すぎるから。彼らには、より現実的なモノが。
ご褒美の第一陣が必要だ。
冷凍のパイシート。
市販の大粒イチゴ…他果物。
これまた市販の生クリーム。
そして、細かなトッピングと甘いソース。
これらを合体させるだけで。
本格的で悪魔的なミルフィーユパイが出来るなんて。それぞれをバラバラに取り分けておくだけで、好きな組み合わせのデザートを作れるなんて。
「幸せっていうのは、こんなにも簡単なんだ……!」
作るに易い餌を釣り下げ。
最低限の労力で働かせる。
コレが、教師さんクオリティ。
どうやら、魔王の後にいる真の黒幕が決定したみたいだ。
とっても悪い顔をしながら。
私は、皆のいるリビングルームへとそれ等を運んでいく。
「―――さぁ、お待ちどうさま。悪い子はいるかな?」
「いや、問題な……おぉ!」
「天国があんな所に……」
「――これは、勝ったね」
「皆で自分だけの天国を築き上げられる、神様キットを持ってきたよ……ふふ」
「――何か、ルミさん」
「いつもより微妙に口角上がってますね」
それは、悪い顔してるからね。
「歴戦の勇者達よ。皆、天国へ到達したいかー」
「「――おぉ――!」」
「一区切りついたかー」
「「――おぉ―――!」」
それは、重畳。
「―――じゃあ、皆でおやつにしようか」
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