第5幕:突撃、ギルドホーム



 翌日は土曜で、学校も休日。


 一日目が金曜だったからね。


 入学式の翌日としてはどうかと思うけど、日程が合わなかったから仕方ない。


 我々としては、こちらの方が有難いし。

 昨日は皆で街道を抜け…キャリーされ。


 その二日目というべきか。

 私は、再び【オルトゥス】にログインしていた。


 起き上がったのは【フォディーナ】にある宿屋。

 ギルドホームにほど近いし。

 歩けば、すぐに行ける距離だね。


 所属者でもない私が入っていいのかはさておき。

 ……集合までは、まだ時間があるみたいだ。なら、ちょっとばかり外を歩いてこようかな。


 ようやくやってこれたんだし。


 二つ目の都市を見学したい。



 そう考えた私は、宿から出て屋外へ。

 高低差のためか。

 この都市にはあまり馬車がなく。

 荷車を引いている人たちが多い通りを歩いていると、トラフィークとは毛色が違う木造の建物群が目に入る。


 食事処とか


 鍛冶屋とか


 雑貨屋とか


 宿屋に、変わり種で占いの店と……んう? あれは?


 目に付いたのは、小さなお店。


 流麗なデザインで描かれた小瓶。

 そこに蔓が巻きつくような意匠が施された看板は。



「……あぁ、さては薬屋さんだね?」



 薬草、薬品…ポーション。

 良いね、実にファンタジーしている。

 飲めば即座に体力回復…なんて、現実離れしたことだけど。


 ゲームは楽しんだもの勝ち。


 私は嫌いじゃないよ?



 ―――でも、ポーションか。



「一人旅にも、非常時への備えにも。……うん。一つ、買って行こうかな」



 備蓄は大事だ。

 特に、私のような低防御力かみそうこうには。


 ……大丈夫、だよね。

 金銭には余裕がある。

 トラフィークとフォディーナを簡単に移動できるから、節約に必要もなくなったし。

 【ゲート】を用いた転移は、一度自らの足で赴いた場合、必要となる料金が格安になる仕様が存在している。 

 これからは何時でもこっちに来れるし。


 品揃えを見る意味で。


 私は、店内へと踏み込んでいく。



「やはり、ありませぬか……」

「そうですねぇ。それこそ、迷宮走破者でも現れない限り、無理だと思いますよ?」


「では、申し訳ありませんでした。失礼いたします」



 ……取り込み中だったかな?


 店員らしき女性と。

 壮年の紳士。

 二人は額に皺を寄せて会話していたけど。紳士がいそいそと店を後にしたことで、店員さんさんも仕事へ戻り。

 こちらに気付いた彼女が、声を掛けてくれる。



「――あら? お客さん、ごめんなさいねぇ?」

「いえいえ。何かあったんですか?」



 気にならないと言えば嘘。


 私は、先程の件を伺ってみる。



「いえね? ちょっと前から、皇国のお姫様が病気になっちゃったらしくて、それが不治の病だって言うのよ」

「……ほう、病気に」

「えぇ。それで、治すにはそれこそ【神智の霊薬エリクサー】なんかが必要だと思うけど、そんな物流通してるわけないから国中を挙げて捜索しているんだって」



 フム……フム。


 国を跨いでまで、捜索。


 これも、大規模なイベントストーリーの一部なのかな。

 もしもお姫様が亡くなれば、大問題だし。


 じゃあ、多分。

 先程聞こえた「迷宮走破者」と言う単語は、おそらく。



「大迷宮の最深部にはそれがあるんですか?」

「可能性だけどね。一縷いちるとか、藁にもすがるってやつよ。とてつもない秘宝があるんだから、きっと霊薬もあるだろうって」



 本当に希望的観測か。


 それは、何ともはや。


 誰も踏破者がいない以上。

 確かに、真実は箱の中で。

 中に何が入っているのかを知るは創造主たちのみ。


 それも嫌いじゃないね。


 私は、謎の箱を作る側だったし。



「先の後でなんですけど。夢のある話、ですね」

「そうよね、冒険家さんだもの。――でも、気を付けなきゃダメ!」



 店員さんは、教え諭すように。


 人差し指をたてて顔を近づける。



「最近、どの国も名のある冒険家と傭兵を集めているっていうし、【異訪者】って人たちも集めてる。貴方みたいな美人さんは、に何をされるか分かったものじゃないの。…いやねぇ、戦争なんて」


「全くですね。戦争は嫌です」


「……ふふっ。ごめんなさい、愚痴みたいになっちゃって。――お探しの品物はあるかしら?」

「ええ、と。体力が回復するような薬とかは?」



 どう説明したらいいやら。

 ちょっと困った。

 この世界の人たちと、認識に齟齬があるかもしれないし。


 歯切れの悪い私の言葉を受け。

 棚を漁り始めた彼女は、すぐさま緑や蒼の液体で満たされた小瓶を手に取ってカウンターに置く。


 それらは、さながら宝石のようで。



「――綺麗ですね」

「そうでしょう? 【錬成士】や【薬師】が作ってくれるものよ。これらは、私の手作りだけど」

「じゃあ、女将さんも?」

「薬師をちょこっとね。それでも、霊薬みたいな産物を作れるなんて御伽話、婆様にも聞いたことがないわ」



 じゃあ、文字通り次元が違うんだ。

 でも、いずれは。

 作れるようなプレイヤーも現れるかもね。


 二次職の種類は本当に多く。


 楽しみ方も目標も、人それぞれだから。


 ―――で、ポーションだけど。


 青が小回復。

 緑が中回復。

 それ以上は、店に無いらしい。

 使用方法などの説明を細かくしてくれた女将さんに感謝を込めて、青の瓶を幾つか購入。


 私の最大体力なら。


 これで、事足りるだろうし。

 


「では、また来ますよ」

「ええッ! ぜひ来てちょうだい!」



 徐々にお客さんも入り始めたので。

 話もそこそこ、お暇することに。

 そろそろ、ユウト達もログインし始めているかな?


 ゲーム内時間ではお昼前で。


 現実でも、同じくらいの時間の筈なんだけど。




  ◇




「――やあ、こんにちは。【一刃の風】さんのギルドホームはここで良いのかい?」


「ルミねぇ、昨日も来たじゃん」

「道場破りみたいなもんだろ」

「…ははは。無職って聞いたんだけど――ッ!」


 うん、集まってる集まってる。

 昨日はいなかったワタル君も。

 ノリ良く反応しながら、私を迎え入れてくれて。


 ……でも。


 人の良い笑みは、すぐに固まり。



「……本当に現実のままなんですね、先生」

「ルミで良いよ。――そうだね。ここだけの話、ちょっとした陰謀に巻き込まれてしまってね?」


「「陰謀?」」



 うん、陰謀。

 私から言えるのは…それだけかな。


 そこから理解できるのは。


 現在いる三人の中では、ナナミだけだろうけど。


 私の親友と面識があって。

 その繋がりでこのゲームをしている彼女なら。


 私の言葉が指す意味を、想像していることだろう。



「…やっぱり、そういう事なんだ。――ふふっ」

「ナナミちゃんや?」

「納得するのは良いんだけど、僕たちにも話してくれると嬉しいな」


「幼馴染特権の黙秘を敢行しまーす」



 とても、仲が良いんだね。


 三人が話している間。 

 私は、ギルドホームというものを検分する。


 昨日も一度見て回ったけど。

 彼らが拠点としているのは賃借の住居で。


 一階がリビングとかで。


 二階には、セーブ地点の寝室が数部屋。


 大規模で、上位のギルドにもなると。屋敷ほどにもなる家屋を買い付けて拠点とすることもできるらしいけど、5人だからね。


 金銭面と扱いやすさの面では、仕方ない。


 それに、シェアハウスみたいで。

 こういうのも良い物だよね。


 私も、昔はトワたちとしていた……なんて、昔を思い出していると。



「――みんな、早いな」

「お疲れ様です。ルミ姉さんも」



 上階から降りてくるユウトとエナ。


 今ログインしたみたいだけど。

 これで、【一刃の風】メンバーは揃ったみたいだね。



「うし、みんな揃ったな」

「ひい…ふう…みい……ふふッ。一人、お客さんが居るけどねー?」


「おや? 誰だい?」


「そんなの、決まってるさ。勿論…俺だろ。――なぁ? ワタル」

「……いや、僕だよユウト」

「アホか、お前ら。俺に決まってんだろうが」


「私かもしれませんね」


 

 ―――始まってしまった。


 私がとぼけてしまったことで。

 口々に始まる、集団記憶喪失によく似た何か。


 和気藹々とした雰囲気は。


 身内でしか出せないもので。

 彼等は、本当にみんな仲が良いんだろうね。




「――というかさ? いっそ、ルミねぇもギルドに入ってもらえば良いんじゃない?」

「「!!」」




 わぁ……なんて凄い。


 一斉にこちらへ向く視線。

 それらは、実に純粋。

 私自身はそう思わないけど。彼らにとって、私という無職PLは価値のあるモノみたいだね。


 なら、存分にレートを釣り上げよう。



「――ふふっ。どうしようかね?」

「「…………」」

「これが、魔性ってやつか。なんて恐ろしい」


「――みんなッ! こういう時は上目遣いだよ!」



 むむ、流石はナナミ。

 私の弱点を心得ているとみた。


 両手を組み。

 可愛らしく、上目遣いを披露する少女。

 元々の容姿が整っていることも相まって。それは、勘違いする者が続出する程の威力がある攻撃となっているのだろう。


 ―――でも、ね?


 単体の攻撃であるのなら。

 私だって、捌くことは容易なんだよ。



「残念ながら、その作戦は失敗みたいだね?」

「なッ! 何ですと!」



 やっているのは、彼女だけ。


 如何に99%のHPを削っても。

 後に続く者がいないのでは、どうしようもなく。


 可愛い勇者の敗北も必定だ。


 さて、どう料理してやろうか。



「――何でよッ! なんで皆やらないの!?」

「あの…恥ずかしいので」

「まさか、地獄絵図を作る気か?」

「……うん、ゴメン。女性陣はともかく、僕たち男三人がそんなことしたら、互いの顔見て吹き出しちゃうよ」



 私は見てみたいと思うけど。

 男の子だもんね。


 普通、両手を組んで上目遣いはしない。


 する子もいるだろうけど。


 それは、本当に可愛いか。

 逆に、ウケを狙っているかのどちらかだ。

 


「――でも、ユウトの上目遣いはとても可愛かったものだよ?」

「ちょっ! ルミねぇ!」


「「ほっほーう? それは良いことを」」

「優斗を脅せる材料が増えたね」


「10年も前の話だッ! ノーカン! ノーカン!」

 


 そう、昔の話さ。

 ユウトたち三人は幼馴染だもんね。

 

 本当に、この子たちは成長して。


 ……しかも。

 あの三人が友達となんて。

 嬉しくて、気分も高揚しようというもの。


 

 私が感じ入っていると。


 いつの間にか、皆の話は終わっていたようで。



「あの…ルミ姉さん」

「んう?」

「ちょっと時間貰っても良い?」



 時間…時間ね。


 無職に聞くなんて、優しい子達だ。


 甘やかしすぎともいうけど。

 恐らく、単位を狙っているのだろう。


 私にその権限が無い事を言うべきだろうか? ……いや、今はそういう話じゃなかった。



「勿論、時間はあるよ? こっちの私は無職だし。何より、今日は皆と遊ぶためにログインしているんだからね」

「「――やった!」」



 あぁ、嬉しいね。

 こんなに喜んでくれるなんて。


 時間を聞くという事は。


 これから、何かやるのかな?


 私がワクワクして待っていると。

 相談は既に終わっている様子で。


 皆は席を立ち。


 彼等五人を代表してなのか。


 ギルドリーダーのユウトが外を示す。




「――じゃあ、ちょっとしたクエスト行くかッ!!」

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