第11幕:新たな技と向き合おう

 まっしろな光が目の前を支配し。


 起き上がったのは、自宅とは違う天井。


 見回せばベッドと簡素なタンスしかない…宿屋にも珍しいようなシンプルな部屋だけど、それはそれで味があって良いものだ。


 一階へ続く階段を下り。

 店内スペースへ。

 今日は黒い青果以外の食品も売っているようだ。

 居候の身という事でしっかり挨拶をしようと、足音に反応したこの店の主がこちらに振り返ったタイミングで声を掛ける。


「やあ。おはよう、店主君」

「……異訪者だから仕方ねえと思うがよ? おはようって時間じゃねえんだわ」


 だろうね。

 ゲーム時間では、既に昼過ぎだ。

 でも、私の設定的には全く問題ない時間なんだな、これが。




 ―――無職の道化師、推参。




 我ながら、実に滑稽な役職だ。

 

「今日は、専門店じゃないんだね。賑やかな店も良いけど、こういう閑古鳥なく店内も好きだよ? 私は」

「褒めてんのか? 貶してんのか? 喧嘩なら買うが」

「もちろん褒めているよ。確か――専門店になるのは偶数週なんだよね?」

「おう、人の入り格差を実感するぜ」


 つまり、これが平時と。


 まるで、朝と夜の変化みたいに。

 人気店と不人気店を行ったり来たりして、彼は楽しんでいるようだ。

 

「実にお得な職業をやっているようだね」

「やっぱ喧嘩売ってんだろ! ほっとけ!」

「宿泊費なら払うけど?」

「…いや、それは大丈夫だよ。ルミエのおかげで、隔日繁盛してんだから。恩返ししなきゃ月神様の罰が当たるってもんだろ。もしくは、領主様が兵団を派遣して来るかもな」

「そんなものかね。――では、私は出掛けてくるよ」

 

 「あーい」なんて気の抜ける返事を聞きながら。

 表情の変化が激しい店主君に手を振り、店を出ていく。

 一応、今日は私にとっての転換期ともいえる計画を実行しようと考えているのだ。


 ―――既に幾つかの変化はあったけど。


 前を確認しながらステータスを開き。

 ちょいと弄って職業欄を確認する。




―――――――――――――――

【無職(Lv.1)】

現代での人気職業の一つ。

まだ本気を出していないだけ。



【特殊技能一覧(スキルポイント:0)】

自堕落促進ニートズライフ(修得済み)

・戦闘系効果なし

・戦闘職以外の成長が早まります

―――――――――――――――





 無職の方は…うん。

 こちらは、全くもって変化が無いけど。


 毎日のように手慰みで続けていた二次職は……。




―――――――――――――――

【道化師(Lv.3)】

手指を用いた動作に補正が掛かります。

貴方のテクニックで世界を取りましょう。



【特殊技能一覧(スキルポイント:0)】


小鳩召喚サモン・ピジョン(修得済み)

・消費魔力3で、ハトを召喚します。

・召喚されるハトの配色 白(80%) 混(15%) 黒(5%)


縛鎖透過エスケイプ(修得済み)

・消費魔力5で、縄抜けを行えます。

・特殊な拘束魔法の場合、必要魔力が上昇します。

―――――――――――――――




 スキルとやらが増えた。

 やはり、冒険もせずに同じことばかりやっていると成長も早いらしい。


 記念すべき二つ目は、ハトの出現と並んでメジャーと言える縄抜け。手品の中では難易度も低く、初心者でも練習すれば案外できるようなものだけど。


 どうやら…。

 この世界のソレは一味違うらしく。

 消費魔力こそ上がるものの、魔法攻撃による捕縛にも有効らしい。


 これ、凄い事だよね?



「有用かどうかは試してみないと分からないけど、そんな攻撃をしてくれる友人は居ないし…。やはり、よね」



 流石の私でも。

 意味もなく往来で「縛ってくれ」なんて言えない。


 そんなことをした日には、変質者として警邏の人に捕まってしまうことだろう。

 この都市には、一応そういったNPCがいる。

 私は戦闘者じゃないから分からないけど、【牙兵団】という領主様の配下は結構…滅茶苦茶に強いらしくて、もしも街中で度を過ぎた行為をしているプレイヤーがいたら、特権でキルされてしまうのだとか。


 安全エリアなのに。


 現在、お世話になる予定はないので。

 そちらは良いとして…だ。

 


「問題は、スキルポイントが無くなってしまったことだね」


 

 こればかりは、一次職のレベルを上げないと入手できないらしく。

 ただ二次職…【道化師】のレベルを上昇させるだけでは、どん詰まりになってしまうという事。


 だから、条約破棄。

 獲物を狩るしかない。

 私はここに来て、魔物狩りを敢行しようとしていた。




 ―――でも、目下心配事もあるわけで。




 私一人で戦える魔物、いるのかね。

 正直自信がない。


「正面から言って勝てるとは思えないし…。こういう時に、気軽にご一緒できるフレンドがいてくれたら良かったんだけどね」


 未だ数えるほどしかおらず。

 遠慮なく何か言える間柄でもない。

 店に来てくれたプレイヤーと偶然フレンドになった例もあれば、街中を歩いていたら声を掛けられて…という感じが多く。

 一番親しい人たちでも、偶に会う吟遊ブラザーズくらいだろうか。



「考えるほどにドツボだね。やっぱり、小細工が必要だ」



 ここはひとつ、姑息な戦法が通用するのか試そう。

 なに、これ程リアルなんだ。

 も、できるだろう。

 新技もあるし、今回はちょっと趣向を変えてやってみよう。



「―――案外、面白いアイデアが浮かんでくる物だね」



 そうと決まれば。


 善は急げ……いや。


 やることは全くもって善ではないけど、必要なものを揃えなきゃ。

 通りを歩くその足でハンケチをまとめ買いした雑貨屋さんへ向かい、噴水広場のベンチに座って姑息な作業に没頭する。


 通りかかった人も、興味津々だ。


「縄……なわ? 実際に買ってるプレイヤー見ないわね」

「――手品師さん。これ、何に使うんですか?」

「ああ、ちょっと脱出マジックを…ね。なに、上手く行けば、その内もっと面白い芸を見せられるようになると思うから、期待してて」


 手元からは目が離せないので。


 顔の見えない人々と歓談を楽しみながら、作業を続けた。


 


  ◇




「さあ、本番だね。…しょっと」



 少し時間が経ち。


 再びやって来たのは、都市外にある街道。

 そのすぐ真横の森林だ。

 初期開始地点のすぐ外なだけあって、この森に生息する魔物はかなり弱いらしく。だが、私に油断は許されない。

 一度死にかけているからね。

 なんなら、森に踏み入れた瞬間、森林で最も弱い生命体は私になるのかも。



「…取り敢えずは、森に踏み込み過ぎない地点に罠を幾つか」



 良さそうな場所を見つけ。


 取り出したるは、一本当たり50アルで購入した丈夫な荒縄。

 表装の粗さを自身で削り、ほんの少しだけ滑らかに仕上げたものだ。

 これまでの経験通りにそれらを配置していき、もしも失敗したときの保険にもう一つ、さらにもう一つと次々に設置していく。

 縄の在庫が切れるまで。


 もしくは、魔物かれらが来るまで続けるつもりだ。

 

 …もう少しで一通り。

 なんて思っていた頃、変化が訪れる。




「――来たかな?」




 遠くから、疾駆してくる音。

 聴力を強化する能力値があるのかは分からないけど、確かに聞こえるね。


 担いだ縄をパラパラと地面に降ろし。

 身軽になったうえで、音の方向へと視線を定める。


 …やがて。

 前に見た種類と全く同じ、小柄な狼くんの姿が見えた。匂いで私を見つけたのか、動きは一目散そのもので。

 私からすれば、とても都合がいい。



「では、ちょっと付き合ってくれたまえよ?」

「ウゥゥ! ――グラァァァ!」



 止まることなく。

 本能のままに飛びかかってくる獣。

 だからこそ、人よりもやり易い。


 私自身が捕まるように起点を踏みつけると、ついでに狼くんも一緒に。

 一人と一匹で仲良く同じ縄に絡め捕られ、もふもふと言うにはいささかゴワゴワした自然の毛皮を感じる。

 ちゃんと洗っているのかね?


 ともあれ。

 ここからが、私と彼との勝負だ。


「―――!?」


 当然のことながら、異変を感じてジタバタする狼くん。

 私も真似るように、縺れ合ったままジタバタと辺りを転げまわる。

 互いに攻撃し合う暇などなく、生じた異変から逃亡することのみを考えているような構図……だが、この時点で全て道化師の術中さ。


 縄とは、非常に便利なもの。

 ちょっと学べば、誰だって「もがけばもがくほどに、きつく縛られる縄」というのを習得できるだろう。

 私のは、その延長線上にある技。

 何百もの試行錯誤を重ねて辿り着いた、慣れ親しんだ捕縄術だ。


 とうとう息苦しくなるほどに締め付けられ。

 彼? も、自慢の爪でひっかくことが出来ない程に絡め捕られていた。



 ―――さあ。


 

 手並み拝見、だね。




「さあさ、種も仕掛けもございません。ですがほれこの通りに――“縛鎖透過エスケイプ”」



 

 江戸に寄りすぎたかな。


 これじゃガマの油売りだ。

 今までに一度として体験したことのない、荒縄をという感覚。

 不思議な浮遊感を受け。

 転がっていきそうな身体。

 受け身を取ってそれを抑え、すぐさま隣に有る縄の端を気合いで縛り上げると…。




「――キャン!? キャンキャン!」




 そう、自然の摂理。

 残酷な生存競争の末路。


 それは、可愛らしくも、もの悲しくて。

 完全に縄に縛られてしまった状態で横たわる狼くんは、暫くじたばたと暴れていたが、流石に丈夫な荒縄を破壊することは出来なかった様で、みるみる力を失っていく。


「捕獲完了。『相乗り詐欺おさきにしつれい』…は、ちょっと技名向きではないかな?」


 上手く行ったのが嬉しくて。

 思わず、いつもの調子で命名してしまった。

 罠も現実のように問題なく作動してくれたわけだし、本当にこの世界は凄いものだ。改めて技術の進歩に舌を巻き、感慨に浸る。


 だけど、余裕はないね。


 もし、新手が来たらコトだ。

 だから、早いうちに…うちに……。 



 ……うん。

 


 さて。



 縛られて弱弱しく鳴く狼くん。

 そして、棒立ちで見下ろす私。



 ―――これは、あれだ。




「困ったな。ここからどうしようか、考えていなかったぞ」

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