第12幕:平和主義と言ったな



 …こんな間抜けな様子。


 直面したのは、いつ以来だろうね。

 ショーの最中だったら、放送事故になっていたかも。


 とにかく。

 立て直しのためにどうすべきかを考え、彼に終わりを与えられるようなものがその辺に無いかどうかを確認する。


 まあ、あるわけないか。


 今手持ちにあるのは……。

 ああ、で。

 

 荒縄の表面を削るのに用いた工作用の短剣。

 縄と一緒に買った、いわば百円ショップの包丁。

 刃渡りも短く、薄く。

 ハッキリ言って、切るという点には全くもって不向きだけど、無抵抗の相手を介錯するには十分すぎるだろう。


 …済まないね。


 私の道楽に付き合わせてしまって。


 仮想世界の産物とは言え、先ほど一緒に縛られた仲だ。 

 なまじそのAIの完成度が途轍もないと理解しているが故に、やりにくさを感じて。

 だけど、ゲーム一つ…敵対MOBの命一つ取るのに一々感じ入ってしまっていては、会うものが皆呆れてしまう。


 だから、やるさ。

 その首を刈る。


 狼の生態は良く知っているから。

 魔物と言う区分けでも、違いはないだろうと急所の首筋を断ち切り、その身体が光に包まれていくのを見送った。

 あとに残ったのは、前に見たような皮。


 これが、最初の狩猟だ。



「――ああ。情報通り、レベルが上がるのだけは早いんだね」



 脳内に響く不思議なアナウンス。

 たった一匹倒しただけでレベルが上がったようで。


 なんでも、この一次職は成長が非常に速いらしい。

 無職で、何を学んでいるやら。

 逆に学ぶものが無いからこそなのかもしれないけど、それはそれで、経験値は何処に行き、何に使われるのだろうね。



「……斡旋所で転職すると、二次職のレベルもリセットされる…か」



 これこそ、【無職】の最も悪い点。

 他の職業の場合は一次職のみの話だけど、無職ともなれば被害はよそへ波及する。

 せっかく頑張って二次職のレベルをあげていても、全て水泡に帰す。

 与えたスキルポイントも一緒に消去され、習得していたスキルがあれば未習得状態へ戻ってしまうのだとか。


 まあ、あれだ。

 無職にとってのみそぎ…過去の清算という事なのだろう。

 何の前情報もなしにそれを知ったプレイヤーたちは、いったいどれ程の悲しみを背負ったのか。



「つまり、私が積み立てられるのは無職のLv.20までということだ。それ以降は…うん、今は考えたくないね」



 一段階当たりのレベル上限。


 早めに転職するも良し。

 最後の最後まで縋るもよし。


 恐らく…間違いなく、賢明なのは前者で。

 でも、私は強くなるためにレベルを上げているわけではないから。



「使いこなせるかは、プレイヤーの技能次第…ね」



 【道化師】は、私にとっての天職。

 何なら、スキルが無くてもある程度はできるのだから。

 今回はやむなく魔物狩りという手段を行ってレベル上げ勤しんでいるけど、ゲームシステム上で可能とされる【対人戦】というのはやるつもりがない。


 必要とあらば、ね。

 またここに来ればいいし。

 だから、もう少し無職と付き合ってみようか。



「さて、結果も得られたことだし、今日は帰って――」

「「ウゥゥゥ!!」」



 ………。


 ―――団体様、来ちゃった。


 仲間の鳴き声に反応したのか、獲物の匂いを嗅ぎつけたか。互いに間隔を空けず、一目散にこちらへ駆けてくる四匹の獣。

 少々、考え事が長すぎたかな?

 取り敢えず、この窮地と言うべき状況をどうにかできるような起死回生の一手プレイヤーさんが偶然やってきてくれるのを……。


 ―――待つべき? 頼るべき?


 いや、ちがうな。


 フム、フム…?


 焦るようなことじゃない…かな?

 彼等の柔らかくも、ごわごわな毛並み…柔軟性のある肉質。

 


 ―――ああ、そうだとも。



 むしろ、これはボーナスゲーム。


 一網打尽と行こうじゃないか。

 失敗して死亡したら…。


 その時は、その時で。


 ツルツルの体表や硬い鱗、丸みのある体躯ならまだしも。

 彼らのようなしなやかで柔らかい身体なら、纏めて縛ることができるだろう。互いが互いの身体を潰し合い、隙間を埋め、強固な縛りとなる。


 確信ともいえる未来予想図。


 奇術師とは、常に最上の可能性を信じるものだ。

 それに、一匹でも取り逃がしてしまえばゲームオーバーという逆境。…とても、とても興奮してくるもので。



「――さあ、おいで。私は、美味しいお肉だよ」



 愛犬に餌を供するように。


 我が身を囮にして罠へ誘う。

 …目の前にいるのはケチな短剣を持っただけの弱そうな獲物で、自らの仲間は多数。当然その利を頼りに、彼らは一斉に飛びかかり―――



「「―――!?」」

「ああ、痛い。爪は立てないでほしいな。美味しいとは言ったけど、食べて良いとは言ってないよ?」



 もふもふ、もふもふ。

 ……否、ごわごわ。


 問題なく、罠は作動。


 複数体用に仕掛けておいた二重の縄が駆動し。

 私は、再び圧迫感のある体毛に包まれた。


 複数で縛られた中、自分だけ通り抜けた経験も多いから。

 時間と余裕があるのなら、を試してみるのも良かったろう。

 だけど、実際にゲームの中でも可能なのかは分からないので、今回はもっと確実な方法でどうにかさせてもらうことにする。



「では、諸君。“相乗り詐欺おさきにしつれい”」



 道化師の第2スキル【縛鎖透過】を用い。

 ただ一人だけ縄を抜け。

 「キャンキャン」、「アオーン」、「ウガー」など、三様・十色の叫びを上げる狼くんたちを見下ろす。

 予想違わず、彼らは二重の縄でキュッと絞められてしまい、抜ける余裕はなさそうだ。


 その数は、しっかり四匹。

 一匹も逃さずに縛り上げられたようで…今日は大量だね。



「すまないけど、あまりゆっくりもしていられないんだ。次は、もっと上手くやってね? 私も応援してるから」

「「!」」



 終わりはあっけないもの。

 思うように動けない彼等の首を素早く断ち。



「……少しばかり、骨が折れたね」



 目の前に転がる五枚の毛皮。

 それらを見下ろしながら、息を吐きだす。


 残り体力は…4。

 揉み合いだったから、多少なりとも反撃を受けたのだろう。

 ゲームの中なので、装備にも身体にも生傷の類は存在しないけど、倦怠感は確かにあって。


 やがて襲い来る達成感に額を撫でる。



「このどろっぷ品は後で売りに行くとして…これは?」



 目を留めたのは、見慣れぬ素材。

 毛皮と一緒にドロップしたのか、転がっているは一本の牙。


 拾い上げてにらめっこをしていても仕方ないので。

 所有者の存在しないそれを、私の物とばかりに所持品欄アイテムボックスへと送り。


 ―――さあ、リザルトと行こ……じゃなくて。


 達成感を感じつつも。

 忘れずに外周部へと歩き、いつ敵の足音がしても街道へ逃げられるように準備だけはしておいて。


 

 ようやくステータスを開く。




―――――――――――――――

【Name】    ルミエール

【種族】   人間種

【一次職】  無職(Lv.4)

【二次職】  道化師(Lv.3)


【職業履歴】 

一次:無職(1st) 

二次:道化師(Lv.3)


【基礎能力(経験値8P)】            

体力:10 筋力:10 魔力:10 

防御:10 魔防:0  俊敏:10   


【能力適正】

白兵:E 射撃:E 器用:E 

攻魔:E 支魔:E 特魔:E

―――――――――――――――




 レベルが上がり、経験値が手に入った。

 これを振り分けて能力値を上昇させるらしいね。

 自身で成長を弄れるというのは、好きな者にとってはたまらない要素なのだろう。


 実際、私もなかなかワクワクしている。

 でも、5匹で3も上がるのは良いんだけど、果たしてこの職業のレベルが上がるのは良いことなのかね。



「取り敢えずは…魔力、かな?」



 スキルを使うのには必須。

 今回の件で有用性を理解できた【縛鎖透過】も、もっと使いたいから。

 取り敢えずは始めた時からあった2ポイントと、今回のレベルアップで得た経験値を、魔力のパラメーターにつぎ込み、18にする。

 これで、一気に6羽もハト君を召喚できるね。


 私のジャグリング最高記録は10本。

 ここまでくると、流石に不可視になるほど早くはできないけど、ハト君たち6羽で…出来るかな。


 生き物だし、ちょっと難しいかも。


 練習する楽しみが増えてしまったね。


 ワクワクしながら。

 ステータスの延長線で、そのまま所持品欄へ。

 先の戦利品を一覧から探し出して概要を開く。



 

―――――――――――――――

 【素材名】スロウ・ウルフの仙牙


 RANK:D


【解説】 

小柄な地狼種の牙。

群れの中でも強力な個体の牙が成長した物。

もっとも大きく、鋭い一本のみが仙牙となる。


【用途】 

売却用・武器の素材となる。

―――――――――――――――




 …狼くん、名前あったんだ。


 ゲームなのだから当然だけど。

 体力とか、能力値とかも、そういうのを看破できるスキルなども存在するのだろうけど、私では倒してみないと分からないから、ちょっと悲しいね。


 そして、この用途は。



「…なるほど、武器の素材なのか」



 よく考えれば、この森は初心者用の狩場。

 強い武器を作って次のステージへ向かうためのアイテムがあって然るべきだ。


 となると、これはそういった類。

 未だ鍛冶屋には行ったことが無いけど、お世話になるのも…いや。

 


「その前に、一度帰らなきゃね。初めての戦果を売却するとしよう」



 毛皮の方はどうだろうか。

 …まあ、最弱と言える魔物の通常ドロップだ。二束三文で売れるかどうか…ね。


 縄を不思議なアイテムボックスに収納し。

 歩き出した私は森を抜け、無事に街道へ戻ることが出来た。

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