第8幕:カリスマプレイヤー来たる

 人々の視線の先。

 そこには、二人のプレイヤーPLらしき人物達が居て。


 明らかに装備も質がよさそうな感じだし、レベルの高い者たちなのは間違いない。

 

 確認のため、私が店先へ出ると。

 先程のお客さんの一人と思しきPLが耳打ちしてくれる。


「手品師さん。あいつ等、札付きの害悪PLたちだ。レベルも高いし、プレイヤーキルPKだってところ構わずやるような連中」

「……フム。やっぱり、そういうのもあるんだね」


 所構わずといっても。

 街中では出来ないだろうけど。

 嫌がらせと言うのは多種多様。暴力だけではないだろうし、目を付けられたら、都市外に出るのも苦心するという事なのだろう。


 そういう輩に限って。


 時間と執念は、たっぷりと持ち合わせている物だからね。


 …まあ、誰が悪いにせよ。

 漬け込む原因を作ってしまったのは、紛れもなく私なのだろう。

 ここは天下の往来で。

 いくら道が広いと言っても、数十人も人が集まるほどの人垣が出来てしまえば、影響は少なからずあったはず。


「教えてくれて、ありがとうね。じゃあ、ちょっと失礼」

「え? ――あ、ちょっと!」

「……奇術師さん?」


 教えてくれたのは、危険だから?

 恐らくそうなんだろうね。


 でも、私は当事者だ。

 話し合いで解決するのなら、いくらでも語ろう。

 今にも近くのNPCを突き飛ばしそうな男に向かって、すれ違う人々に謝りながら歩いていく。



「いや、済まないね。私が悪いんだよ」



「あぁ? なんだ、てめ――!」

「……おいおい、こりゃあ」

「ちょっとした見世物をやっていてね? それで人が集まってくれたんだ。もう終幕したから、ぼちぼち解散するよ。不利益があったというのなら謝罪もする。だから、堪忍してくれないかい?」

 

 如何にも虫の居所が悪そうな二人組。

 元々、嫌な事でもあったのではないだろうかと思う程度には機嫌が悪いみたいで。


 が、次の瞬間には。


 彼等の口元は、弧を描いていく。




「――じゃあ、しょうがねえよな」




「おお、許してくれるのかい?」


 なんて分かり良いんだ。

 やはり、【オルトゥス】は優しい世界……。


 ……なんて、ね。

 楽観して物事を見れるほど、私は純粋じゃないんだ。


「俺たちとも、一緒に遊んでくれよ」

「そうそう。こんなNPCとか、弱小PLたちの相手じゃなくてよ。こう見えて、俺たち3rdの【銃士】なんだぜ?」

「……そうなのかい」


 【3rd】

 一次職の段階の一つ。


 掲示板の情報から察するに。

 それは、現時点で一部の者しか到達できていない高みの領域なんだろうね。


 だけど。


 私には、全く魅力的には見えない。

 だって、私は無職だもん。無職と言うのは、【1st】以上に行けないから。憧れで上を見上げたりはしないし、嫉妬なんてしないんだよ?



「すまないね。君たちみたいな手合いは、あまり好きじゃないんだ。きっとそういうのが好きな子だっているだろうから、他所よそを当たってくれないかな」

「「おぉ!!?」」



 ……ああ、ダメだね。

 解散させるのが目的の筈なのに。


 これじゃあ、もっと人だかりが出来ちゃうじゃないか。

 周りのどよめきが響く中、肝心の二人組はその言葉を咀嚼し……。やがて、自分たちが愚弄されたと思ったのか。


「………は?」

「おい。優しくしてりゃあ、初期装備が調子に――」





「ねえ、何の話をしているの? 僕も混ぜてくれない?」




 折角居所が良くなった虫を。

 再びお腹にご招待した彼等。

 再び悪い虫が暴れ始めたところで、言葉を遮る者がいた。


 その言葉は、とても柔らかく。

 まるで平常心の高い声に、まずは一人が気を取られ。



「……お、おい。兄弟」

「――ああ? 何だよ。今俺は……はぁ!?」



 まるで、瞬間冷凍だね。


 狙ってやるのは難しいけど。

 私も、こういうのやりたいな。


 振り向いた彼らは、凍り付いたように動かなくなる。

 それは単純な驚愕ではなく、畏怖と驚愕…あり得ないという意外性の塊のようで。



「……なんだよ。天下の【円卓】さんが、こんな、ところ…で」

「楽しむなら、混ぜてほしいんだよ。3rdなんだろ? 良い暇つぶしになりそうだからさ」



 恐る恐る口にした言葉。


 それは明らかな尻すぼみ。

 反対に、高い声の持ち主は平常心そのもので。


「……行こうぜ」

「あ、ああ。狂人の相手なんかしてられっかよ」


 やっぱり、冷凍は寒かったかな。

 彼等は顔を青ざめさせて引いていき…。

 

 双方には、確かな力量差があることが理解できた。



 ……フム。

 キャラクリエイトから、年齢層くらいなら分かるから。

 私はその姿をよくよく見る。

 

 その人物は、少年ともいえる容姿で。

 

 瞳、髪色共に蒼。

 派手ではあるけど、あくまでも気品を損なわないような同色の鎧。腰に下がった剣なんて……どれだけ使っても折れなさそうで。


 …そういえば。

 装備画面、全くと言って良い程開いていないね。

 既に三日経つというのに、未だ初期装備のまま。無職な所為だと言い訳することもできるだろうけど、姑息な小金稼ぎをしていた以上、お金が無いという言い訳はできず。


 

 ―――ただ、忘れていただけ。



 3rd二人組が去って行くのを見届けてから。

 私は、いざこざを解消してくれた青い騎士くんに向き直る。


「本当に、ありがとうね」

「いいよ。丁度、暇だったところなんだ。……もっと面白いことをやってたみたいだし、ちょっと残念だけどね」


 彼は、店の方へ視線をやり。


 そこには、未だ熱の覚めていなさそうな人たち。

 明らかに、何かしらあったと推測することが出来たのだろう。



「うん、ゴメンね。――時に、もしかして君、有名人なのかい?」



 明らかに雰囲気も違うし。

 高名なプレイヤーなのかも。

 

 私自身はそういった情報は調べていなかったから。

 他の人たちより疎いのは間違いないだろう。

 何より、無職だからこの都市から出るというのはなかなか難しいし。初期開始地点であるトラフィークに有名人がいることは少ないだろうからね。


 私の疑問を受け。


 彼は、ちょっと恥ずかしそうに頷く。



「一応ね。ええ、と……は、このゲームは最近?」

「ああ、つい数日前だよ」



 本当に最近も最近。

 知らないことが山ほどあるおのぼりさんだ。


 だから。

 こういった機会に、少しでも知恵を付けておかなきゃ。

 上位のプレイヤーさんなら…そうだね。


 良い情報が聞ける可能性大だ。


「知っているかもしれないけど、このゲームにはギルドのシステムがあるんだ。好きなようにグループを作って、ロールプレイを楽しむんだけど、僕が所属しているのは【円卓の盃】っていう、ランキング一位のギルドってわけ」

「なるほど、それでなのか」


 ギルドシステム……ね。

 うん、初耳かもしれない。

 この都市を巡った時にはそういった感じの建物は見かけていないし。


 もしかして。

 重要都市なのに、トラフィークには関連施設が存在しないのかな?


 にしても、円卓……か。


 アーサー王伝説になぞらえてなのかね。

 何度か題材にしたけど…そう来ると、思い当たる節が。


 脳を回転させ。

 私の少ない情報網に引っかかった資料を引き出す。


「もしかして、【騎士王】さんの?」

「うん、そうそう。その人はうちのギルドマスターで、【幻想都市:アヴァロン】の領主をしているんだ。で、僕は……っとと。これ以上は詮索なしでね?」

「すまないね。守秘義務があるんだろうし、しょうがない」


 とても。

 ああ、とても男の子が好きそうな情報の塊。


 まだサービス開始から三か月程度なのにね。

 もう、領地を持っているプレイヤーが……というか、プレイヤーでも領主になれるんだ。私自身は領地経営は興味が薄いけど。


 そういう人への尊敬は抱くことが出来る。


 うんうん頷く私に。

 彼は得意げという訳でもなく、あくまで秘密で…と言いたげに人差し指を口元にやる。




「今日はちょっと気分転換に――ぷぇ」 




 ……うん。


 それは、運が悪かったとか言いようがなく。

 私達が立っているのは、歩行者用の道。


 当然、真横は馬車のための道があって。

 今しがた通った車の車輪に付着していたのか、揺れた拍子に湿り気を帯びた土くれが飛んで行き。


 彼の綺麗な鎧にかかってしまう。

 あと、顔にも少し。 



 ……これは、うん。



「……いや、ね? 見ての通り、ぼくって基本的に運が悪いんだ」

「みたいだね。じゃあ、せめて――」


 気の毒としか言いようがないので。

 助けてもらった恩もあるし、少しくらいは出来る事をしてあげよう。


 私は先ほど使ったものとは別。


 ストックのハンケチを取り出して、彼へと差し出す。



「これで、拭けるかな? まだ使ってない新品だよ」

「―――!」



 アイテムの譲渡は双方の合意があれば簡単。

 武器類は例外だけど、雑貨の類は二つ返事だ。


 ハンケチの在庫は余裕がある。

 何せ、所持金の多くを削ったからね。

 彼は角度を変えたり目を凝らしらりしながら手に取ったハンケチを確認するけど、当然へんなギミックのようなものがある筈もなく。


「――驚いたな、全く見えなかった。所持品アイコンの操作もしてないし…もしかして、初期装備詐欺の上級プレイヤーだったり?」

「いやいや、ただの万年1stだよ。私が出来るのはあくまで小手先の技だけで、戦闘では役立たずも良い所なんだ」


 いや、本当に。

 ただ用意してあったのを引き出しただけ。


 「そこの森の狼にも勝てないんだよ?」


 なんておどけながら言うと。

 彼は、噴き出して。


 拭く前のハンケチを口に当てて笑う。

 

 ……余程琴線に触れたようで。

 ひとしきり笑ったあと、バツが悪そうに顔をしかめる。


「いや、ゴメン。ちょっと……うん」

「問題ないよ。私は、二次職で楽しむためにやっているようなものだから」


 人それぞれさ。


 バカにしている訳でないのは、その態度で分かるし。



「……ん~、うん? ……ああ、これで綺麗になった。やっぱり鎧はピカピカじゃないとね」

「そうだね。――さっきはありがとう、本当に助かったよ」

「うん。機会があったら、また会おうね。…是非、今度はんだ」



 別れる機会を切り出すと、それを察したのか。


 意味深な発言を残して歩いていく少年騎士。


 あの言葉は…もしかして。

 一応は、さっきのを見ていたのかな。


 後ろの方で見えなかったから、とか。


 確かに、背丈自体は低めだったし。

 それでもちゃんと存在感があるのは、やっぱりカリスマなんだろうね。

 


「……大丈夫か?」

「うん。とてもいい子だったよ」



 私達を遠巻きに伺っていた人たち。

 歩み出てきた店主君は心配そうだけど、問題ないと手を振ると安心したように息を吐きだす。


 …彼等NPCから見て。

 先の騒動は、どんなふうに映っていたんだろうね。



「――じゃあ、こっちをお願いできねぇか? もう一回声を聞かねえと解散できねえってよ」



 …ふむ?

 残っているのはNPCだけでなく。

 プレイヤーも割合では少ないけど、確かにいる。


 こちらも、機会を逸してしまったのかな。

 なら、宣伝のチャンスだとでも思っておこうか。

 ……もちろん、【道化師】という扱いづらいものを薦めるわけにはいかないので、もっと簡単に手に入ってとっても質の良い物だ。


「今日は見学してくれてありがとうね。まだ暫くはトラフィークでお世話になるから、気が向いたら話しかけてほしいな」


 フレンド、もっと増やしたいし。

 せっかくこんなに面白い世界にいるんだから。


「あと…この店のピートは、私が食べた中では最高の果物さ。という訳で…ええと。――大将くん? このお店、何て名前だっけ」

「おい」


 いや、すまないね。

 彼自身の名前もそうだけど、店の名前も聞いてなかった。

 角度を付けて突っ込むという器用なことをした店主君は、一つため息をつくと、集まった人たちみんなに聞こえるように愛想の良い声を出す。


「【黒鉄商店】をよろしくなー!」


 …ああ、そういう名前なのか

 ピッタリかもしれないね。

 屈強な男店主らしき彼の容貌とも合致するし、何より黒光りする果物が連想されてとても良い。




 ……あれ?


 ここ、一応食料品店だっけ。




 よく考えたら、リンゴ専門店じゃないね。

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