第7幕:興行のお時間

「おお、先日の姉ちゃんじゃねえか。随分面白いことをやったんだって?」


 次の日。

 ログインした私が店に入るなり。

 嬉しそうに声を掛けてくれる店主君。


 例の件は、彼の耳にも届いていたようだ。


 本当に、都市の情報網は綿密なんだね。

 もしもだけど、特定プレイヤーの悪い噂が立ったらどうなってしまうのかと、大部分の不安と若干の怖いもの見たさが湧き上がってきた。


「耳が早いね、君も」

「勿論よ。商売やってんだから、流行には耳聡くねぇと」

「ああ、確かにその通りだね。でも、あれは、あくまでも練習。本当は、店主君に見てもらうために訓練していたんだよ?」

「店主く……いや。――俺に?」


 店主君呼びはお気に召さなかったかな。

 確かに、見たところ彼の方が一回り年上っぽいし。


「うん。その通り。呼び方のほうは癖でね。もし不快感を与えてしまうのなら別の呼び方にするけど?」

「いや、それで良いさ。悪い気はしねぇ」


 では、これからも店主君で。


「今日はという訳でね。……ピートを二つ…三つ買おうか」

「ほい。毎度――っと」


 こちらが手を広げて受け身を取ると。

 案の定、彼は黒光りする球体を三つ、こちらに投げてよこす。


 ある意味では、既に術中という解釈もできるね。こういうノリのいい観客は、興行を行う側としても、とても相手のし甲斐があるから…。


 今日はお客様だ。


 無論、私の事ではないけど。

 そういう訳だから、一名様…ご案内。






 ―――さあ、開幕だ。






「…ほっ、ほら…ほれほれ」

「おぉ!!」


 受け取った果実をすぐさま宙へ。

 三つのピートは、リズム良く放物線を描く。

 速度は秒読みで早くなっていき、【道化師】の効果も相乗されているが故。


 ―――いつしか。


 残像が出来るほどに加速されていく。


「さてさて、どちらの手に?」

「ねえだろうが! どっち以前にどっか行ったぞ!!」


 興奮したように叫ぶ店主君。


 貌はあくまでも嬉しそうで。


 彼の興奮も仕方ないだろう。

 数瞬前まで確かに宙を舞っていたピートたちは、ひとつ残らず何処かへ消えてしまい。

 ほんの小手調べを終えた私は、次のステップへと踏み込んでいく。


「さあ、おいで? ―――“小鳩召喚”」

「鳩!? どっから……」


 今回は二羽。

 図らずも、一羽は希少な黒バトになってしまったようで。


 当初の予定では違う芸の筈だったんだけど、これは僥倖だ。

 あえて、今考えついた別の芸へ移行することにしようか。


 実は、このハト君たち。

 ある程度の動きなら私が操れるようになっている。

 勿論戦闘にお供できるような力はないし、動かせるからと言ってどうなるのかと言われれば、まあどうにもできないけど…多くの問題を解決できるのは確か。 


「店主君。今更だけど、店中にこの子たちを入れてしまっても大丈夫かい? フンも落とさないし、食べ物を漁ったりもしない、とてもクリーンな子たちなんだけど」

「いや…今はそんなことどうでも良いから、もっと見せてくれ!」


 おやおや、早くも虜かな?


 心配しなくても、まだこれからだよ。


 続いては、噴水広場でも披露した芸。

 ちょっとステップアップして、頭、両肩、掌の三箇所を不規則に移動させていく。


「次は? 頭かな、肩かな、それとも掌かな? 特別に、この三箇所だけで勝負と行こうじゃないか。さあ、張った張った」

「ええ…右? あ! ひだ…おい! いや、頭! ――そりゃねえぞ!」

「おやおや、上手く行かないものだね」


 頭と予想すれば肩と手に。


 掌と予想すれば頭と肩に。


 まるで、彼の予想のみを避けるように移動する白黒ハト君。


 当然だけどね。

 「まるで」ではなく、彼が持つを頼りに移動させているのだから。

 この先も、彼が予想を当てる可能性は絶対に存在しないのだ。


「――ああ、くそっ!! インチキだ!」

「そう、インチキそのものだよ。でも、あんまりやると彼らが疲れてしまうし、私もちょっと…ちょっと、お腹が減ってしまったんだ。だから……」











「黒バトくん―――良いよね?」

「「……ホ?」」











 勿論、答えなど帰っては来ず。


 豆鉄砲をくらったような声を出す店主君と、首を傾げるハト君。

 とてもそっくりな顔だね。


 こちらに向く、つぶらな瞳。

 キラキラした目をこちらに向けてくる黒バトくんを、スキルを解除することで送還し、先ほど隠していた代わりの物を再び掌へ。


 ……5%、流石に勿体なかったかな。

 頭の片隅で全く別の事を考えながらも、表面上は至って真面目に。



 ―――そして。



「……うん、美味しい」

「おぉぉ!? スッゲーな!」

「――うっそ。どういう芸当?」

「あれって…二次職の【道化師】か? こんな凄いなんて聞いてねえんだけど」


 ……おや、お客さんが増えてる。

 

 いつの間にか店の扉は開け放たれ。

 入口には人垣が出来ていて。

 それでも足らぬとばかりに、かつて私がにらめっこをしていた窓にはいくつもの顔が張り付いている。


 まあ、それは大歓迎だけどね。

 大勢での見物も、重要なスパイス。


 臨場感を共有してもらえば、受けた衝撃は2倍、4倍と跳ね上がるんだ。これは、ライブとかの一体感と一緒だね。

 彼らにも、ゆっくり見てもらおうか。

 丸まった状態の黒ハト君が一瞬にして、それをむしゃむしゃと頬張る私。


 アドリブで考えたにしては、随分上手く行ったじゃないか。



 ―――さて。



 掌には、食べ終えたピートの芯。

 ああ、何で皮は真っ黒なのに、ここまで真っ白なんだろうね。

 

 腕を振れば。

 無くなった芯の代わりに、そこからでたように真っ白なハンケチが出現。

 通りにある雑貨屋さんで買ったものだけど、これはとてもいい物だ。

 職人さんが丹精込めて手作りしたであろう純白の布。きっと、心も体も綺麗に洗い流してくれる筈だろう。


 だから、こうしてあげようか。


 芯だけになった果実にハンケチを被せ、皆に見えるように掲げ。


「皮は黒でも中身は白い。黒でも綺麗な心の持ち主。来世の『せんたく』という事で、黒ハト君を救ってあげなきゃ――ね」

「「………!!」」



「おや、ちょっと洗い過ぎてしまったかな?」



 布の下から現れたのは、純白のハト君。

 流石に5%の黒ハト君をもう一度引くのは難しいから。


 白黒と言うのなら新たなアドリブを考えなければいけなかったけど、三回目は安定して80%の条件をクリアできたようだ。


 ……ああ、おかしいね。


 いろいろな条件をしすぎて、色落ちしちゃった。


「ハト君。きみ、さっきと雰囲気違うね?」

「というか別人だろ」

「――いや、別バト?」


 ああ、いい野次だとも。


 言葉のやり取りも重要な要素。

 特に、私のように会話できる団員がいない一人劇団ではね。悲しきかな、話し相手がお客さんしかいないのさ。


 皆ににっこりと微笑み、会話を切り出す。



「確かにその通りだね。誰だって、変われる物さ。心なんか入れ替えなくて良い。ただ、変わりたいと願うだけで良いんだ」

「「………」」



 そういう人たちを、私は何度も見てきた。

 世界には、難解な悩みを抱えている人は星の数ほどいて。


 その苦しみを。

 少しでも解消してあげるのが私たち興行者の仕事だから。


 もう少しだけ。


 夢を見せてあげよう。


 

 明日への勇気を得るための、優しい夢を。



「さて、店主君。貰った果実はいくつだったかね?」

「…三つだ」

「そうだった。うち一つは、先程ハト君に上げてしまったから……ああ、間違えて一緒に洗濯してしまったんだ。どうしたものかね」


 取り出したるは果実が二つ。

 しかして、その色は黒? いやいや、違う。



 ―――真っ白な二つのピート。



 きめ細やかなその色に。

 彼等は、再び息を飲む。


「……色落ち? するんですか?」

「いや、知らない」

「塗料を塗った…とか?」

「味は保証するよ。私がこの世界で最もおいしいと思う食べ物でね。取り敢えずは、試食と…はい、半分はそこの君にあげよう」


 果物ナイフを拝借し。


 二つに割れた、一個の白果実。


 半分は店主くんに。

 もう半分は、無作為に選んだ団体の一人に。


 手渡しする私を警戒しながらも、それを受け取った彼らは果物を齧り、咀嚼する。



「どうだ?」

「へんな味とか、爆発とか…?」

「鳩になったりしない?」

「…いや。普通に……うん、旨し。前食ったのと同じだな、コレ」



 お客さんは納得してくれたけど。


 こっちは、手強いかな?

 

 ここはひとつ。

 自身の技量と勝負してもらおうじゃないか。


 負けたら…まあ、その時はその時。

  


「……! ――これは、俺の店のじゃねえな?」



 ―――ああ、やっぱりダメだ。

 流石は、従妹が作ったものを卸しているだけある。


 舌も確かだ。


 だからこそ、その力量に。

 私は惜しみない賞賛と、可能性を感じ。


「そう、その通り。ついさっき手に入れた果実を短時間で白くするなんて、そんな芸当ができる筈ないじゃないか」

「…じゃあ、失敗?」

「これで終わりなの?」


 少しずつ広がる渋面。

 最後の最後でやってしまったのだから、仕方ないね。


「ああ、残念だ。最後に負けてしまうなんて。という訳だから、これは君の物だ。ゆっくりと味わって食べてね?」

「…くく、またかよ。手品が終わりなら―――!!」


 二個目の白果実。

 丸のまま齧った彼の表情は、たちまち驚愕に染まり。


 ああ、それだよ。


 私が欲しかったのは、その表情。




「……うちの、ピートだ」




「「―――!!」」

「さてさて、どうだろうか…ね? 真実は彼の胸の内。これがヤラセか、打ち合わせ通りか? 信じるも、信じないも…そう、君たち次第さ」


 最後に一礼を忘れずに。

 締めくくりは、はっきりと伝えなければ。

 

 次の瞬間に巻き起こる万来の拍手は…うん。

 私を信じてくれたという事であり、楽しんでくれたという証拠だ。



 ……。



 ………。



 ―――拍手が鳴り止む頃。


 店主君が咳ばらいをして口を開く。

 名残惜しいけど。

 そろそろ、お開きにしないといけないからね。


 ……けど。



 言い忘れたことが、あったね。



「じゃあ、これで――」

「ああ。ピートのお勘定入れておいたから、確認しておいてね? あと、そこの君も。謝礼としては本当にささやかだけど、私の気持ちさ」



「「へ?」」



 ゴソゴソ。

 ガサガサ。

 巨漢にはミスマッチなエプロンポケットと、お似合いの旅装の小物入れをまさぐった彼ら。


 そこからは、それぞれ【アル】が出てくる。


「――おい! マジもんじゃねえか!」

「誓って言うぞ? コイツは俺らの仲間だからヤラセじゃねえ、保証する! …てか、凄すぎだろ!」

「……なあ、ちょっと多くねえか?」

「前払いさ。これからも美味しい果実をよろしくね?」


 何度食べても飽きる気がしないから。


 謝意を込めて、彼と握手を交わす。


 やがて皆の緊張がほどけ。

 口々に議論や考察を交わしながら彼らは散って行く。



 うん。



 最初の本番は。

 大成功と解釈していいだろうね。


 私は、ゆっくりと店の一席に腰かけ、店主君に言葉を投げかける。


「……楽しんでくれたかい?」

「ああ、最高だった。本当に凄い――」





「――邪魔なんだよお前ら!!」





 …何か、あったのかな。


 突然、外から大声が響いてきて。

 私達の視線はそちらへ向くことになった。

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