第6幕:無職、引きこもる

「本を読みながら引きこもるなんて、何年ぶりだろうね」


 通商都市の中心区。

 そこに、教会図書館はあった。


 吟遊ブラザーズとの歓談で探索意欲が刺激された私は、まずは基本から始めようという事で、より基礎的な事柄を学ぶべく本の虫に。


 掲示板や攻略サイトも良いけど。

 こういう場所での調査も、とても風情があって…調べているという感じがするね。

 でも、私が目を通しているのは紙媒体の冊子でなく、タブレットのように広い画面の長方形。半透明で不思議な質感の機器は、中世風の街並みにはとても不釣り合いな、随分と進んだ技術だ。

 

 これはプレイヤーのステータス画面と同じもの。

 【叡智の窓】というのが正式名称だ。

 私達は当然のように使っているけど、個として用いるのはプレイヤーくらいなものらしく、この世界一般では情報を保存する魔術として使用法が確立されているとか。

 

 で、そんな情報媒体を手に。


 私は、黙々と攻略情報を確認していた。




――――――――――――――――――――


【クロニクル・クエスト】

 

オルトゥスの正史となる物語。

プレイヤー参加型。大規模なクエストが発令されるので、是非参加してみてください。参加賞枠でアイテムが貰える他、特定の戦果を挙げると強力なアイテム、武器等を得られます。

 

【開催】

・数時間~数日


備考:攻略進行度により、不定期に開催されるので、公式サイトを欠かさずチェック。






【イベント・クエスト】


大規模参加型で、定期的に行われる箸休めの物語。

長期間行われ、クリスマスに皆で火遊びしたり、ハロウィンにお化けと戦ったり、季節に合ったイベントを多数ご用意しています。


【開催】

・数日~数週間

 

備考:人を呪わば穴二つ。リア充を妬まずに思い切り楽しみましょう。






【オリジナル・クエスト】


中規模、もしくは小規模で進行する物語。

何らかの起点トリガーに接触することで発動されます。多種多様、長期のものから簡単なものまで存在しますが、中には一度きり・一人きりの物語も。

積極的にNPCと関わっていきましょう。


【開催】

・数分~数か月


備考:さあ、貴方だけしか手に入らないお宝を探しに!


――――――――――――――――――――




 実にワクワクしてくるものだね。


 悪ふざけと言うか、運営の親しみやすさというか。

 そういった物が、この半透明の機器よろしく、透けて見えている。


 中には、世界感を破壊してしまうような仕様が不得手と言うプレイヤーもいるだろう。

 そういう人向けにも通常の書籍や、怪しげな古文書のようなものもあったりと、しっかりとした気の配りよう。

 流石は業界シェア一位の企業が誇る最新ソフトだ。

 グラフィックもAIの性能も非の打ち所がないし。


 ある程度満足したので【叡智の窓】から視線を外し。


 プレイヤーのみが入り浸っている広い屋内を見渡す。



「しかしまあ、膨大な書架だね。一つくらい禁制品とか、すごいアイテムが隠れてそうなものだけど」



 それだけ広いのだけど。

 既に探索されているかな。

 総人口数万のプレイヤーがいて、この都市を訪れた者も沢山いる。

 なんなら、人間種の開始地点とされている都市だし、この一帯で掘り尽くされていない要素なんてあるんだろうか。

 

「…ん、良い質感だ。本革製と遜色がない」


 今度は、タブレットではなく紙媒体へ。

 手触りの良い古本を開くと、やや滲んだ手書きの文章には、この世界の歴史などが事細かに書かれていて。


 恐らく、【起源】とやらに近づくヒント。

 【クロニクル・ストーリー】にも関わってくるに違いない。



「一度くらいは参加したいけど…無職には酷かな?」




 天上の神々。

 

 そして、地底の神々。


 神代に巻き起こった大戦は前者が勝利し。

 敗れ去った地底の神の多くは世界各地に封印…又は消滅し、最後に残った一柱こそが、【魔族領域】の支配者にして、現在多くのプレイヤーが討伐目標としている【魔神王】だという。


 仕様的に。

 順当に行けば、いずれは倒される存在。


 でも、魔人種を選んだプレイヤーはそちら側につく可能性もあるし。




 想像するだけでワクワクする。


 まだまだゲームは稼働して3か月。

 何れはそこに到るんだろうけど…ね。

 私のような非戦闘者は、きっと見ていることしかできないだろう。


「戦場を駆けずり回る無職なんて、ギャグでしかないからね……と、失礼」

「はい、ごゆっくりどうぞ」


 文句があるのなら【斡旋所】へ行けばいいだけ。

 でも、今のところ職業に対する不満は無いし、このままでも良いだろう。 


 棚整理をしている司書さん。

 プレイヤーな彼女に断りを入れて古本を書架へ返した私は、再びゆったりと歩き回り。


 興味惹かれるような書籍を見つけては、パラパラとめくる道楽を満喫する。

 そんな優雅な時間を楽しみながら、どんどんと奥まったスペースへと入り込んでいき…そろそろ先の狼君に会った時の二の舞になるかも……。



 なんて思い始めた頃。




「……んう? あれは?」




 膨大な書架の中で。



 一つの区画に目を留める。



 …あの本の質感。

 ちょっと違和感があるね。


 小道具でよく使っているから、目が慣れているのか。

 通常のものと比べて、ごく僅かな違和感を覚え、書籍へと歩み寄っていく。


 

「何かの細工でもしてあるのか、隠し扉でもあるのかな?」



 触ってみて。


 違和感が確信になる。

 ずっしりとした重さはあるのに、僅かに感じる振動。

 これは、中にページではなく、別の何かが隠されているようで。


 取り出せるみたいだったから。


 試しに、書架から本を引き抜いてみる。


 すると、詰まっているのは紙の束ではなく。

 くり抜かれた空間に、良く分からない粉末状の……んう?
















『おめでとうございます。オリジナル・ストーリー【境界の深奥】が発動し―――』
















 パタンと。


 優しく本を閉じ、棚にしまう。


 ああ、とも。


 こういうのは、私のような道楽プレイヤーではなく、もっと夢と希望に満ち溢れた少年少女がやるべきものだ。

 一応、本の位置を確認し。


 こういうのを探すプレイヤーがいたら、教えてあげることにしよう。


 ハプニングに若干の高揚を覚えながら。

 私は、都市の景観を望める窓に視線を移す。

 外は既に日が落ちていて。…ゲーム内時刻では22、3時だから、現実では夕方にもなっている頃だろうね。


 丁度いい塩梅だ。



「さあ、そろそろログアウトしようか」



 本をじっくり読むのは時間がかかるもの。

 いつの間にか、随分と多くの時間をここで過ごしていたようで。


 向こうの半日は、こちらの一日。

 昼夜が逆転した人にも等しくゲームをプレイする機会を与えようという管理者たちの粋な計らい…だと思っておくことにしよう。


 トワはあれで。

 多少、性格に難があるからね。



「明日はちょっと練習して…ああ、本番と行こうか」

 


 図書館を後にし。

 ゆっくりと向かうは宿屋。



 明日は、楽しくなるよ。



 密かな計画を胸に、私は黄昏色の往来を歩き始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る