第5幕:初めての戦闘

「―――ッツ!!」


 飛びかかってきた狼くん。

 その鋭い爪と牙から逃れんと、咄嗟に回避するも。

 現実は…うん。


 そう上手く行くはずもなく。

 

 左腕に引かれる三本線。


 実際の所、猟奇的表現が軽減されている影響でダメージを受けても血は出ないし、欠損もしないのだけど、それでも赤く走ったエフェクトは緊張感を生む。


 私の体力が10で、この減りようは。

 …4ダメージってところかな?

 腕を掠っただけでこれなのだから、まともに受ければ即死じゃないかな。


「…さて、どうしたもんかね?」

「ウゥゥゥ」


 まだお怒りのようだ。


 或いは、私は美味しそうに見えるのかな。


 狼くんは、牙を剥きだして唸っていて。

 こういうゲームには、死んだら罰則があるものも多いらしく。この世界のデスペナルティとやらは、どうなのだろう。

 あの宿に戻るのか、それとも別の何かがあるのか。

 試してみるのも一興だけど、今回はできればパスしたい。


 私は、街道を散策したいのだ。


「避けて、隙を見て逃げる…うん、そうしよう。きみ、言葉分からないよね?」

「ウゥゥゥ!」


 うん、大丈夫らしい。

 今にも飛びかかってきそうな狼くんの反応から、それを読み取る。


 ここは森と街道の境。

 頑張って逃げれば、どうにか撒けそうな気がする。

 流石にそこまで付いてこられたら困るけど、偶然通りかかった馬車を見れば逃げるよね。


「……さあ、おいで」


 次の攻撃を絶対に避けるため。

 両側どちらにも転がれるように態勢を取る。




「ウゥゥ――!? ……?」




 だが、そんな時。


 狼くんの横腹に一本の矢が突き立つ。

 と言っても、毛皮が頑丈なのか、あまり深くは無いけど。


 それでも意表を突かれたのは確かで。

 続けて別方向から、恐ろしい速さで放たれた矢。


「ウゥ!? ァ……ァァ――」


 一射目は本命ではなく。

 おそらく、その動きを反射的に固定するための物。

 狙い違わずなのか、動きが完全に固まっていた狼くんは、二射目を脳天に受けて倒れる。


 そのまま、身体は淡い光に包まれ。


 …後に残ったのは。

 ソコソコ質のよさそうな毛皮だけ。




「「ご無事ですか?(無事か?)」」




 そして、耳に届く言葉はほぼ同時。

 現れたのは、動きやすそうな軽装を身に纏った男たちだ。

 その恰好は屈強な戦士と言うよりは、スマートに敵を倒す狩人そのもので。特徴的な深緑と赤の髪色を持った二人組は、一応お友達の範囲だろう。


「おや、君たちは先日の――妖精ブラザーズ?」

「「吟遊ブラザーズです(だ)」」


 訂正はそこだけで良いのかな。

 ノリが良く、息もあった二人組。

 その腕には、お揃いの弓が握られていた。

 ゲームの中とは言え、狙い通り狙撃できるというのは凄いね。


 私は、二人の姿も気配もまるで分らなかったし。

 やや野性的な印象を受ける赤髪君が毛皮を回収し、紳士的な雰囲気を纏った緑髪君はこちらへと歩み寄ってくる。 


「ルミエールさん、でしたね。ご無事で何より」

「うん、心から感謝させてもらうよ。もう少しで、狼くんのおやつになるところだった」


 名乗った覚えは無いけど。


 フレンド登録をした仲だし、分かるのは当然だ。


 ちゃんと、私も確認をしておいたから。

 確か…モリス君とフィリップ君だったかな。

 フレンド登録も種族も同じだから、どっちがどっちか全く分からないけど。


「ええと、フィリップモリス君? どっちがどっちなんだい?」

「……繋げないでくれ」

「私がフィリップです。で、こっちがモリス。覚えてくれたなんて光栄ですよ。繋げるのは勘弁してほしいですけど」

「ああ、済まないね」


 一度聞けば、ちゃんと覚えられるから。

 

「あんた、トラフィークから出たんだな。てっきり、二次職第一で広場公演してるものと思ったんだが」

「おや、もしかして見ていたのかい?」


 広場公演だなんて。

 私がやっていることを見てなければ分からないだろう。

 しかも、まだ私は一度しかあの場で練習をしていない訳で。


 ……彼らに会ったのは、その前だから。


 もしかして、戻ってきていたのかな?

 邪推すると、彼は訂正するように首を振る。


「いやな、フレンドに聞いたんだよ。ハトを頭にのせた金髪美女が凄いって」

「モリス、圧縮しすぎです。それでは伝わりませんよ? …まあ、当事者ですからお分かりだとは思いますが、昨日の今日で、ちょっとした噂にはなってまして」

「それは意外だね。まだ、私はプレイ二日目なんだけど」


 たった一回の訓練で、ね。

 これからもやろうと思っていたんだけど。

 細かい情報まで彼らに届いているみたいだし、どういう事だろう。


「NPCは、個として存在していますから。印象的なプレイヤーがいると、噂が広まることも多々あるらしいですよ?」

「成程ね。そういう事もあるのか」

「外で戦っている一次職より、街にいる二次職の方が広まりやすいしな。一時、吟遊詩人のグループみたいなのが話題になってたこともあるし、色々だ」


 色々、いろいろ。


 とても良いことだね。

 隣人NPCと仲良くなって、彼らに存在を覚えてもらえる。

 何と素晴らしいことだろうか。


 感じ入っていると。


 フィリップ君が「ところで」と切り出した。


「狩りに来たと思うんですけど…。ルミエールさん、武器がありませんよね?」

「あ、確かに。もしかして、【術士】とか【僧侶】の1stか?」

「……狩り…か。うーん、ちょっと恥ずかしいな」


 こんなところにいるのだから、勘違いされるのは当然。

 でも、私のそれは「狩り」と言うには余りにもおこがましくて…どちらかと言うと、哀れにも狩られに来てしまった側なんだ。


 あまり声高々にいう事では無いけど。

 助けてもらった身だし、ここは言うべきだろうね。


「隠すほどの物じゃないんだけどね? 無職なんだよ」

「「………oh」」


 ああ、やはりそうなるか。

 如何にも「しまった」とでも言いたげな顔をする二人。

 触れてはいけないことを聞いてしまった申し訳なさを覚えているのだろうけど、【職業斡旋所ヘロウワーク】で何時でも転職できるというし、そう深刻でもないだろう。


「…ええと、その」

「すまんかった。この通りだ」

「気にしないで、自分で選んだんだから。それよりも、さっきの動き、見事なものだったね。やっぱり、狩りは慣れているのかい?」

「…まあ、俺達もつい最近始めたんだけどな? これでセンスはあったのか、この辺の魔物くらいなら苦労せずに倒せるようになってるぜ」

「レベル自体は、あまり成長はしていないですけどね」


 うん。

 やっぱり、センスが重要だよね。

 ステータスの能力にも、【基礎値】とあったし。

 能力を十全に引き出せるかどうかは、その人物の力量次第なんだろうね。


 彼らの動きはそれは素晴らしいもの…見えなかったけど、鮮やかな手並みだったし、なかなかのセンスを持ち合わせているのだろう。


 そのステータスに、興味がわく。


「宜しければ、確認しますか?」

「良いのかい?」

「ええ、勿論大丈夫ですよ。というより、見てほしいです」


 …何故そこまで?

 激押ししてくる彼に乞われ、共有された画面を覗く。




―――――――――――――――


【Name】    フィリップ

【種族】   妖精種

【一次職】  狩人(Lv.14)

【二次職】  吟遊詩人(Lv.2)


【職業履歴】 

一次職:狩人(1st) 

二次:吟遊詩人(Lv.2)


【基礎能力(経験値:*P)】            

体力:15 筋力:7 魔力:24

防御:7 魔防:5 俊敏:30  


【能力適正】

白兵:D 射撃:C 器用:D 

攻魔:E 支魔:E 特魔:E


―――――――――――――――




「…なるほど、これは中々。少なくとも、私よりずっと強いことは分かったよ」


 やはり、妖精種と狩人は相性が良いんだね。

 俊敏30ってかなり大きいんじゃないだろうか。しかも、まだ1stの【狩人】だし、まだ上があることを考えれば、攻略向けの構成であることに間違いはない。

 スキルポイントが化けているのは…うん、おそらくは閲覧不可。


 個人情報の扱いという事だろう。


「一次職を上げるのなら、やはり戦闘をするしかないですね。二次職でしたら熟練度システムといって、使うほどに経験値が溜まるのですが」

「因みに、レベル上限は知っているか?」

「…レベル上限」

「伝聞とか攻略情報で良いなら、教えられるぞ?」

「うん、ぜひ頼むよ」



 ―――曰く。

 一次職は一段階当たり20レベル、二次職も総合で20レベルまで。

 1stだと1レベル辺り2ポイントの経験値を得られ、好きな能力値に割り振れるが、2ndに行けば3、3rdに行けば4という感じに増えていくらしい。


「だから、上の位階…2nd、3rdになると、飛躍的に強くなるらしいな。あとは職業の固有能力とか上昇値とかも入るから、そっからは未知の世界よ」

「現在、プレイヤー最強は【騎士王】だと聞いています」

「ほう、凄い名前だね」


 騎士王だなんて、随分と。


 本人から名乗ったのなら、かなりの傑物。


 羞恥心を捨てた、ロールプレイの鬼と言うべきだろうか。

 …なんて、もしかしたら失礼に当たることを私が考えていると、表情から何かをくみ取ったのか、フィリップ君が訂正するように言う。


「ええと、あくまで【ユニーク】の名前から来ているらしいですよ? 職業派生の一つで、特定の条件を満たすとただ一人のみが取得できる物なんだとか」


「そんなものまであるんだ」


 興味深くはある。

 ただ一人が得られるなんて、凄くロマンがあるし。

 でも、私の知る管理者さんの性格上、あまり格差のある仕様は作らないと思うんだけどなぁ。トワの事だし、そこも考えているんだろうけど。


 とはいえ、だ。

 冒険にすら出ない無職には縁のない話かな?


「まあ、【ユニーク】の情報はあまり出回らないらしいですから。聞いた話だと、プレイヤー保護のために秘匿できる機能が備わっているとか」


 そんなものまで。

 こればっかりは本人達しか分からないだろうけど。

 運営も、ちゃんと考えているんだ。

 


 ……。



 ………。



 その後も、ちょっとした豆知識を伝授してくれた二人。

 解散ムードになった頃。


 フィリップ君が、遠慮がちに聞いてくる。

 

「どうしますか? レベリングなら、協力しますけど」

「……いや、遠慮しておくよ。私は、こういうのには不向きらしいから。それよりも、基本から学びなおすために、情報サイトでも見ることにしようかな」

「なら、教会図書館が良いぞ。基礎的な用語ならあそこが一番わかりやすい」


 教会図書館?

 それは面白そうな。


「じゃあ、そこで。…トラフィークで良いのかな?」

「おう。NPCならみんな知っているだろうし、尋ねてみな」


 到れり尽くせりで。

 ちょっと申し訳なくなってくる。


 彼らにもその内お礼はするとして…図書館ね。

 まだまだ時間はある、というより時間しかないから。



 今からでも、行ってみることにしようか。

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