第4幕:職業斡旋所(現実)

「――ええ。ですけど、無職というのも許しがたく」

『なるほど、確かにな。私としても、の孫が無職というのは……うん』


 あっちで無職。

 こっちでも無職。

 こうも無職が飛び交う会話も珍しいね。

 

 私が【オルトゥス】へ降り立ってから一夜明け。

 帰国の挨拶を兼ねた相談をしているのは、私が小さい頃からの知り合いであり、かつての恩師でもある男性。 

 現在は高校で理事長をしているらしく。

 その縁でもって、何か知恵しょくを貰えないかと掛け合っているところだ。

 

『よし、分かった。そちらは何とかしよう。永久トワが迷惑をかけた詫びも含めてな』


 彼は、トワの祖父でもある。

 歴史ある学園の理事長が祖父で、当の親友は同年代にも拘らず、今をときめく大企業の…むむ。

 無職には、遥か雲の上の人間達だ。

 

 …よし、ここは媚びておこう。

 そもそも、ゲームの件は私自身も感謝しているくらいだし。


 あの世界は、本当に素晴らしいものだ。


「いえ、その件は私も楽しんでいるので、忘れていただければ」

「それならいいのだがね。――私としても、君がゲームでどのような遊び方を楽しんでいるのかは、実に興味深いよ」


 ―――あ、無職です。

 

 お構いなく。


 この話をするのは、ちゃんと職に就いてからだね。

 あっちで無職、こっちで無職では格好がつかない。

 愛想笑いで流していると。


 何かを感じ取ったのか、彼は話を変えてくれた。


『まあ、職の話から入ってしまったが、改めて言わせてくれ。最後の舞台、本当に見事だった。リアルタイムで見たのに、何度も見直して業務が遅延してしまったよ。はっはっはっは!』

「仕事は、ちゃんとしてくださいね?」


 どの面下げてと思うが。


 相手にはつらが見えていないので大丈夫。

 …仮面を外したことで、多少は面の皮というのも薄くなっている筈なんけどね。


『……まあ、そうだな。現無職とは言え、世界一の奇術師に言われてしまったんだ。座り心地の良いソファに細工されてはコトだから、真面目にやるとしよう』

「はは、まさか」

『君のそれは信用ならんのだ。結局、最後は笑わされてしまって』


 私とサクヤ、そしてトワ。

 悪戯三人娘に手を焼かされた教師は、いい思い出とばかりに笑う。

 こうしてよく笑ってくれる彼だからこそ、私たちも悪戯しがいやりがいがあるという事には、果たして気づいているのかどうか。


『…ああ、いい気分転換になった。例の件は、数日中には連絡する。まあ間違いなく色良い返事が出来ると思うから、期待しておいてくれたまえ』

「はい、よろしくお願いします」


 先に相手が切るのを待ち。


 私は携帯を置いて、ゆっくりと息を吐く。


 …ふう、緊張した。

 あれで、凄く立場のある人だ。

 親しき中にも礼儀ありというし、大人なんだからちゃんと応対しないと、夜にお爺様が化けて出るかもしれない。 


 そうなれば、寝不足でゲームができず。

 うん、それは困るね。


 たったの二日で、既にゲーム中毒になっている気がしなくもない。


「挨拶は殆ど終わったけど…三人は元気かな?」


 思い浮かべるのは、少年少女の顔。

 今だったら、高校二年になっている頃だろうか。

 私が以前に住んでいたアパートの近くで現在も暮らしているのなら、流石にこの近辺で会うことは出来ないだろうけど。

 連絡がつかないのなら、尋ねてみるのも良いかもね。


 この先の予定を改めて組み立てながら、ゆっくりとベッドに腰かけ。



「さあ、ゲームしようか」



 ……実に悪い大人だ。

 多分、その内本当に誰かが化けて出てくるかもしれないね。

 うん、大丈夫。

 明日にはきっと…多分…恐らく、日用品を買い込みに大型店へ足を運ぶ、と思うから。


 南無南無。


 お爺様、お婆様。




  ◇




「……ほお、セーブというのはこういうものか」


 ベットに横たわり、すぐに起き上がるという体験。

 それ自体は不思議なことではないけど、全く別の寝具と言うのは実に奇怪なものだ。


 昨日、ログアウトしたのは宿屋。

 如何にもな恰幅の良い女将さんに鍵を受け取り、100アルで宿泊。

 私自身は、そのまま公園のベンチで夜を明かしても良かったのだけど、野ざらしなどの環境下でログアウトすると【冷え性】や【伝染病】のバッドステータスが付くことがあったり、確率でお金を盗まれるらしい。


 でも、ここなら。

 リスポーンというのを固定できるらしく。

 なんらかの都合でログアウトしても、セーブ機能のように固定地点から続きが出来るようで、安全圏がこの身を守ってくれる。


 そう、宿屋ならね。


 …100アルと言えば。

 私の初期装備の一角、500アルの二割。


 どう過ごすも自由だけど、初期はどうしても戦闘が避けられないシステムのゲームだ。

 本来なら、魔物というのを討伐して、得た素材を売却することでこの世界の貨幣【アル】を手に入れるのだろう。


 無職の私が行けば…うん。


 多分、すぐにやられてしまう。


 だが、今の私に死角はない。

 なにせ、良い稼ぎ方を知ってしまったからだ。


 現在、私の所持金は…1230アル。

 これは、昨日の広場で貰った…言わば、投げ銭。

 まだまだちっぽけな額なのだろうけど、初期の二倍以上あると考えると、何処か全能感を感じる。


「さて、取り敢えずは……どうしようかね」


 まだまだ、この都市で出来る事は多いだろう。

 昨日見て回ったのは、殆ど外面のみ。これが建物内部も含めると、本当にいくら掛かっても網羅できる気はしない。

 なのに、この【トラフィーク】ですら、広い世界のたった一都市で。


 なんと壮大な世界なんだろうか。

 都市が変わると全く別の景色だともいうし。

 早くよその都市や【領域】とやらに赴いてみたいものだ。


 重要都市には、プレイヤー専用の【転送装置】があるらしく。

 装置で、簡単に別都市へ行けるらしいけど、通行料が必要だというのだ。だからこそ、猶更お金は必要なんだけど……。


 今回は、街道を歩いてみようか。

 こちらのルートなら、他の都市に行くにはお金がかからない。

 流石にすぐ行けるとは思わないけど、都市外の自然を見て回るというというのもいい物だろうし。


 沢山の馬車を羨ましいと思いながらも。


 私は、検問の緩い関所を抜けて歩いていく。


 魔物が存在する世界感ではありがちだと思うけど。

 この都市も同じように、街を覆うように城壁のような境界線が築かれていて。

 各部に設置されている関所から多くの他都市・他国へ行くための街道が伸びているみたいだね。


「トラフィークは、【帝国】の一部なんだっけ?」


 世界感はまだ良く分からないけど。

 都市がある以上国があって。


 敵対したり、協力しながら愉快にやっているらしい。

 プレイヤーたちも、そういった勢力と協力したり対抗したりできるらしいし…ああ、とても自由度の高いゲームで、グラフィックも美麗。


 傍に見えるあの森なんて。


 入ったら、熊くんでも出てきそうだね。


「現代都市での生活ではなかなか見られない景色だから、楽しくなってしまうよ」


 ルンルン気分で街道を行き。

 森の緑を楽しみながら、わき道にそれていく。

 方向感覚にはそこそこ自信があるし、ほぼ一本道みたいなものだから大丈夫さ。


  


 そして―――




「ウゥゥゥゥ!」

「…ふむ。何でかな」


 何時の間にやら安全区域を外れてしまったみたいで。

 目の前には、すらりとした狼。

 大型犬ほどのサイズで、まだ小柄ではあるのだけど、現実で出会ったら死を覚悟するに足る恐怖だろう。


「ふむ、フム」


 ―――これは、よもや。


「ここに来て、強制戦闘というやつなのかな? …わん、わん?」

「グラァ!」


 大昔に市販されてた犬用翻訳機。

 それを真似て呼びかけてみたが、効果の程は?




「……? ウアァァァァ!!」




 ああ、うん。




 ―――普通に飛びかかってきた。

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