第3幕:降り立った世界

 あの白い部屋に始まり。 


 光に包まれて場面が変わると、私は街中にいた。

 どうやら、あの空間にはもう戻れないらしく、ちょっぴり寂しい。


 静寂に包まれていた筈なのに。


 今は、喧騒に包まれていて。


 ここが、人間種の開始地点。

 【人界領域】とやらにある【通商都市:トラフィーク】か。

 街並みはレンガ造りの住居が広がる西洋方式。

 天下の往来は日本の狭い道路が猶更狭く感じてしまうほどに大きく、いくつもの馬車が行き交っていて。


「……馬車、欲しいな」


 まさか、降り立った第一声がこれとは。


 自分でもびっくりしてしまうね。


 でも、奇術師として活動した記憶の中で、何度か願ったことがあった。馬車で旅をするという、サーカス団のような生活がしてみたいと。


 しかし、ビギナーが買えるようなものでは無いだろう。

 今は諦めるけど、希望がない訳じゃない。

 先の掲示板には、確か【御者】の二次職に就いている者がいた。…という事は、プレイヤーでも買えるという事だ。


「目標は決まった――んう?」


 目まぐるしい大通りから目を背け。

 振り返った先に有ったのは、生鮮品を扱う商店。


 恨みがましくスーパーマーケットの件を思い出したわけではなく、店のガラス窓に映ったものに反応しただけだ。

 そこに映ったのは、もちろん女性。


 簡素な旅装に身を包み。


 丸腰のまま立っているまでは良いのだが…。


 ―――ほぼ現実のままと言って良い自身の顔。

 髪色は変わらず金で、瞳は青。


「…おかしいね。トワは、ランダムだと言っていたのに」


 確かに、性別などの要素は汲み取られるらしい。

 しかし、容姿全般…髪や瞳の色は勿論、背丈や容貌も完全に運任せの筈。

 でも、いくら見ても映った顔は同じで…まあ、なんとも現実準拠な夢の世界を見せてくれるものだ。


 夢の中くらい。

 全く違う自分も良いと思ったんだけどな。


「おおっ、客さんか!」

「…そうだね。そんなところだよ」


 自身の顔とにらめっこをしていると。

 店中から出てきた男に声を掛けられる。


 当たり前に考えて、物色していると思われてしまったのだろう。流石に本当の事を伝えるのは失礼だと考え、相槌を打つ。

 そのまま案内するように店へと入って行く男。

 入店決定という事で抵抗せずに付いて行くと、丸く艶のある球体を渡された。


「今日の一押しはピートだ。一つ、味見してみな」


 ふむ。

 黒い…リンゴ?


 ピートって聞くと、泥炭でいたんのイメージなんだけど、黒っぽいと余計そう見えるね。

 ちょっと躊躇いを覚えるけど。

 どれ、物は試しだ。

 

 大きさも形もそのままリンゴな『ピート』を口に運び、ひと齧り。

 

 ―――確かな甘い芳香。


 咀嚼すると。

 梨のように豊かな果汁が弾ける。


 食感もシャキシャキしていて、凄く…ああ。

 ゲームの世界という事を忘れてしまうほどに素晴らしい完成度は、果物一つ取っても…そして、NPC一人でも同じようだ。


「どうだ? うちの従妹が作ってんだ」

「……ああ、感動だよ。この世界で、一番美味しいものに出会ったね」

「は? はは? ――はっはっは! そいつは最上の誉め言葉だ! こんなに嬉しいことはねぇな」


 豪快に笑う店主。

 プレイヤーアイコンとやらがない以上、彼はノンプレイヤーNPCで、親戚にはピートの農家を運営している者がいるのだろう。

 それは、一人一人のバックストーリーで。


 なかなかどうして―――いや、信じられない程の完成度。

 これが、【オルトゥス】の世界なのか。


 ピートを齧りながら、その事実に認識を改め。


 …いや、本当に美味しいね。

 この世界で食べた物はこれだけなので、暫定の一位だが。

 転落するのはしばらく先になりそうだ。

 ……で、流れで食べてしまったが、お金は持っているのかね、私。


 一昔前のRPGでも。


 雀の涙くらいの金は、王様がくれるものだ。


 だけど、今の私は王様に会っていない。

 取り敢えずは、持ち合わせがあるかどうかの確認をしないと。


「ええ、と? こうかな」

「――お、あんた異邦者か。通りで、別嬪さんな訳だ」

「知っているんだね、これの事」

「おう、当然よ。客のニーズは常に把握しとかねえといけねえからな」


 ステータス画面は、彼も見えるようで。

 この世界では、プレイヤーは『異邦者』と呼ばれるらしい。

 他に読み取れる情報として、ランダムではあるが、一律で平均以上の容姿であることが多いのかな。

 

 にしても、逞しい店主だ。

 豪快に見えて、この職が似合っていると分かるほどに客とのかかわり方を良く知っている。

 …ああ、コレだ。

 見つけた所持品画面の金銭『アル』を確認し、店主に視線を送る。


「ピート一個はいくらだったんだい?」 


 ―――残金500アル。

 足りなければ、どうなってしまうやら。

 開始すぐでBANとか、警察のような人たちに捕まるのは、ちょっと嫌なんだけど。


「ん? 金は良いぜ。元より試食で渡したんだし、あんなに嬉しいこと言ってくれたんだ。金を取るのは二個目からよ」


 …身構えた意味は完全に霧散し。

 なんとまあ、優しい世界だ。

 世界を旅していたころは、写真を勝手に撮って金を払えとか言う押し売りが日常茶飯事だったのに。 

 これは、固定客にならざるを得ないね。


「なら、お言葉に甘えよう。代わりに、次来た時にお礼をするよ」

「そりゃあ良い。是非お得意様になってくれや」


 試したいことがあったから。

 練習してみて、成果が出たら最初のお客として見てもらうことにしよう。


 ……それはそれとして。


「ところで、いくらなんだい?」

「一個50アル、二個でサービス90アルだ」

「では二個買おうか」



  ―――良い買い物をしてしまった。




  ◇




 ピートを齧りながら公道を行く。


 気分は、本当に中世へ来たかのよう。

 物見遊山とばかりにあっちへフラフラ、こっちへフラフラと歩き回り、地理と街並みに目を向ける。

 都市というだけあり、一日ではとても回り切れない広さ。


 恐らく、人口数万は下らない。

 極論を言えば、全プレイヤーが集まっても大丈夫なようになっているのだろう。


「プレイヤーも多いね。初期地点なだけはある」


 歩き回ること十分ほど。

 夢を見ているような違和感も抜けてきて。


 プレイヤーアイコンとやらを持っている者も頻繁にすれ違うし、中には小柄な割にずんぐりとした体躯を持つ者や、長い耳の男女もいる。

 サービス開始から三か月経っているというし、既にこういった情景が浸透しているのだろう。

 流石に半魔種は一度も見ていないけど、彼らは赤い瞳と白い肌が特徴の種族らしいので、出会えばすぐにそうだと分かるだろうか。

 

 歩けども疲れは全く感じないけど。

 座りたい気分の所に、待ち合わせに良さそうな噴水の広場。


 丁度存在していた適当な木製ベンチに腰かけ、自身のステータスとやらを確認する。




―――――――――――――――

【Name】    ルミエール

【種族】   人間種

【一次職】  無職(Lv.1)

【二次職】  道化師(Lv.1)


【職業履歴】

一次:無職(1st) 

二次:道化師(Lv.1)


【基礎能力(経験値2P)】            

体力:10 筋力:10 魔力:10 

防御:10 魔防:0  俊敏:10   


【能力適正】

白兵:E 射撃:E 器用:E 

攻魔:E 支魔:E 特魔:E

―――――――――――――――




 名前はこれで良いよね。

 

 当たり前だけど、レベルは1。

 職業履歴の(1st)というのは、第何位階の職業という事らしい。

 勿論、上がれば上がるほど強くなる。

 これが何処まで存在するのかは分からないから、後で調べておかないといけないかな。

 

 ……いや。

 無職は、レベルが上がるほどダメになりそうだね。

 項目が多くて目まぐるしい限り。しかも、ここに装備の枠も存在しているわけで。本当に、多様性を極められる世界らしい。

 

 …で、職業か。


 存在するのは説明と、スキルポイント。 

 一次職と二次職で共用らしいけど、これらを操作して技能を習得するらしい。


「物は試し、やってみようかね」


 無職は見るのも無駄になりそうだから、当然【道化師ほんめい】を。

 詳細設定という項目が存在していたので、それを指で押してみる。



―――――――――――――――


【道化師(Lv.1)】

手指を用いた動作に補正が掛かります。

貴方の奇術で世界を取りましょう。



【特殊技能一覧(スキルポイント:10P)】

小鳩召喚サモン・ピジョン(必要:5P)

・消費魔力3で、ハトを召喚します。

・召喚されるハトの配色 白(80%) 混(15%) 黒(5%) 


―――――――――――――――



 ……むむう。


 これだけなのか。


 レベル1だから仕方無いけど。

 もっと他にもあるものじゃないかな。

 主たる説明が簡潔過ぎるし、スキルだけでしか職業らしいことが出来ないのは、ちょっと考えられないんだけど。


 ここまでの質が良すぎた分、期待しすぎたかな?


 取り敢えず、もう少しいろいろ試して―――


「そこのお嬢さん、不明なことがあるのでしたら、私がお手伝いしましょうか?」

「おい。私たち、だろ? なあ、姉さん」


 ……ふむ?


 これは、ナンパで良いのだろう。

 遊び慣れてそう…というより、実際ゲームの中だから遊んでいるのだけど、いかにもな雰囲気を纏った二人組の男が話しかけてきた。

 

 しかも、どちらも長耳。

 一方は薄緑の髪で、もう一方は赤。


 スーパーな妖精種エルフブラザーズだ。

 

「いや、ちょっと職業の確認をね。君たちはどんな二次職を?」

「「もち、吟遊詩人」」


 なるほど、ピッタリだ。

 方針ロールプレイ的には、里を出てその道に進んだ兄弟と言ったところか。

 もう少し私が熟達していたのであれば、演技と歌で共演してもらうことも考えたけど、生憎初心者だ。

 ここは、丁重に断ることにしようか。


「すまないね。今は、方針を決めているから。次の機会にしようか」

「では、是非フレンドに」

「なってくれ。いや、マジで是非! …あ、やり方? ほれ、このアイコンを――」


 赤くんが、ポチポチと慣れた手つきで見せてくれ。

 あっという間にフレンドが二人追加された。

 名前とかちょっとした基礎情報…ログインしているかが分かるのか。


 後で確認させてもらおうかね。


「これで大丈夫です。ニュフフ…失礼」

「金髪美人さんヤッター! あ、俺たち当分はトラフィークにいるから。何時でも連絡してな」

「ああ、機会があったら連絡させてもらうよ」


 まるで嵐にでも遭遇したかのようなテンポ。


 そのまま上機嫌で歩いていく二人組。

 性格は違えど、良い兄弟…相棒のようだ。

 でも、妖精種―――エルフっていうのは、もう少し慎ましいものだと思っていたんだけど。随分俗っぽい二人組だ。


 それもロールプレイRPの方針なのかな? 

 

「…うん。やはり、ナンパされる側な気がするね、エルフは」 


 私の勝手な考えだが。

 固定概念はいけないね。


 ―――さて。

 続きと行こうか。

 先程やってみようと思っていた、スキルの取得。

 5ポイントを払い、新たな力を手に入れてしまったわけだ。




「さあ、おいで。小鳩召喚サモン・ピジョン




 ここはゲームの世界。

 鳩を育てる必要もなければ、フン問題で攻められることもないので。

 練習とばかりに、立て続けに三回…自分の今ある魔力で召喚できるだけのハトを呼び出す。本当に、何もしなくてもやって来た三羽は、みな白いハトで。


 これぞ魔法だ。

 

「どれ、数日程度で鈍るわけはないだろう」


 傍ら…ベンチに降り立った三羽の御遣い。

 一羽を包み込むように両手の平に乗せると、小さな身体は柔らかくて、温かくて。現実と遜色ない命の鼓動を感じる。

 

 …ああ。本当に。


 この世界は凄いね。


 トワに会ったら、褒めちぎってあげなきゃ。

 良い気分になったところに酒を入れて、スヤスヤしたところで、あのイカっ腹を枕にしてやろう。

 

 ―――スライハンド。

 関節を使って、腕を振ると。

 少しのブレもなく、丸まっていた態勢のままハトは私の頭の上に移動した。

 もしも観客がいれば、突然瞬間移動したように映ったことだろうが…残念だね。


 だけど、これで確信した。

 この【道化師】というのは、あくまで手品ので、技を行う手腕というべきものは、使う者自身の技能に依存しているんだ。


 ここから察するに。

 この職をデザインした人は、余程の手品オタク。

 まさか、ゲームの中にまで技術を要求して来るとはね。


 それは、使用者が少ない訳で―――

 

「…っとと」


 高いところが好きなのか。

 争うように頭へとまる、もう二羽のハト。

 自然、挟まれた一羽が転がり落ち、再び私のてのひらへ。


「…ふふっ。面白いね、君たちは。熟練の手品バト君たち顔負けだよ」


 その動きがおかしくて、私は笑う。

 卵から孵化させ、愛情を込めて育てた小さな団員たちよりも上の技術を持つとは。


 ―――まだまだ日は高くて。

 現実とは違い、温かな日差しが心地よい。先ほどよりも深くベンチに腰を掛け、掌のハトを撫でながら移ろう風景を楽しみ……。


 ……んう?


 さっきまで殆ど人の居なかった広場が、いつの間にか賑やかだ。

 そして、その誰もが遠巻きに私を伺っている所から察するに……ああ、目立っているね。恐らくだけど、頭に二羽もの白ハトを乗せているのがおかしいのだろう。

 

 でも、これはある意味ではチャンス。

 まだまだ動きを練習するつもりの手品で良ければ、いくらでも見せてあげよう。


「「おぉぉ!!」」


 三羽を、お手玉のように。

 負担をかけないように頭と掌の上で往復させると、面白いように反応する人々。

 どうやら、中にはプレイヤーもいるようだが、このくらいで恥ずかしがるようなら大観衆の前に立って興行などしない。


 あまりやるとハトがかわいそうなので。


 最後にバランスよく三羽を頭に乗せ、軽く会釈を取る。


 左手は掌を上にして真横へ伸ばし。

 右手は心臓に重なるように胸へ。

 出来るだけキザったらしくポーズを決めるのが、私の流儀だ。

 

 一人が、手を叩き。


 二人が四人…四人が八人。

 いつしか、広場には笑顔が溢れていて。


「……ふむ、これは」




 ―――新しい遊び、見つけた。 

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