第2幕:隠居前のひと手間




 窓から差し込んだ、眩い太陽光。


 実に、頭がすっきりしているね。


 さて、と。

 今日のスケジュールは―――んう?


 

 ……………。



 ……………。



 そうだった、引退したんだった。

 見知らぬ天井にすらなってしまった自宅の天蓋を見上げながら思い出し。


 現在に至るまでの出来事を、ゆっくりと咀嚼して。


 何も予定がないっていうのは。


 あぁ、こういう気分なのかと。


 なんて退廃的で、清々しく……そして、手持ち無沙汰なんだろう。


 こんなの。

 ゲームをする以外にないよね。

 

 ありがとう、トワ。

 転売なんてもっての外だとも。

 

 ベッドの傍らに存在する新品のVR機器へ視線を向け、昨日の出来事を思い出す。


 そして、今日。

 私は別世界に降り立つことになるのだろう。



「―――先に、ご飯だね。自分で準備しなきゃいけないし……あぁ、部屋の整理も、掃除も。悪くない、悪くない気分だとも」



 待っていればご飯が出るわけでなく。


 散らかしても、片付けてくれる者は居ない。

 実に新鮮で、ワクワクしてくる。

 大学は行ってないし、高校時代もシェアハウスみたいな状態だったから。


 今が、初めての一人暮らしで。


 社会人一年目のような心境で。



 ―――まぁ。



 職、失ったんだけどね。



「行きつけのスーパーは、今の時間は営業中かな?」



 適当に着替えをして。

 癖でソファに掛けてしまったコートを回収して羽織る。


 季節は、三月の半ば頃で。


 風の冷たさは格別だろう。


 今の自分には、何もかもが新鮮だった。



 ……………。



 ……………。



 向こうはそうでもなかったけど。

 今私がいるのは、四季がはっきりと区分けされた国だから。



「んん……っ。まだ寒いね、日本は」



 冬の終わりと共に去る。


 私の引退も、風情があったことだろう。

 しっかりとコートを着込んできた過去の判断に太鼓判を押しつつ、早歩きでアスファルトの道を歩んでいく。


 早く、いそいそと買い物を楽しんで。


 早く、ぬくぬく自宅に帰りたいから。


 懐かしい景色へと気を配りつつ、行きつけだったスーパーへと―――んう?



 あの建物は……。



 ほう、今の時代に珍しい。


 随分と大きな健康ランドだね。

 記憶が正しいなら、ここは私の良く行っていたスーパーマーケットで間違いはないんだけど。


 理解した途端に、踵を返して。


 途中にあったコンビニへと入店。


 新しく生鮮品を扱っている大型店を探さなければと考えながら。

 間に合わせの総菜類を手に取って、カゴへ放り込んでいく。


 栄養バランスは、後日考えよう。


 さあ、お会計っと。 

 マイバッグ……ないね。

 厚着をする事だけに気を取られ過ぎてたみたいだ。



「お、お決まりでしたらこちらのレジへどうぞ?」



 男性の店員くんへカゴを渡し。

 まだぎこちない動きのレジ捌きを見守る。


 ―――そうそう。

 最初は機械の動きに掛かりきりで。

 客の顔を見ながらなんて、とても出来るものでは無いよね。


 少なくとも、高校時代のサクヤは危なっかしかった。

 あれから、いくつもバイトを掛け持ちして超人への階段を……と、いけない。


 待たせるのは悪いし。


 お財布を出さなきゃ。

 


「お会計、2331円です。レジ袋……ふくろ……へ……?」

「うん、レジ袋は付けて――どうかしたかい?」



「―――――へ?」



 そのまま、ほうけた顔とにらめっこして。


 やがて、彼は思い出したように首を振る。



「………ぇ? ……あああぁぁぁぁぁ、いいえっ!! 何でもないです!」



 年の頃は10代後半……まだ、高校生かな。


 挙動不審な若い店員くんから袋を受け取り。


 そのまま、コンビニから退店。

 こういうのは、優しくスルーしてあげるのが良い大人というものさ。


 しかし、職業柄。

 鋭敏になってしまった感覚が背後からの視線を伝達していて。


 ……珍しい容姿だよね。

 向こうでは結構居たから、とても新鮮な反応だよ。


 歩道を歩き。

 受け取ったレシートを拝見しながら考えるけど。



 ……………。



 ……………。



 レジ袋が10円……高いなぁ。





   ◇





「実に悪い大人だね、私は」



 外出から帰宅した後。

 間に合わせの総菜をテーブルに並べ、ただゲームの事を考えながら口に運ぶ20代無職。



 暫くは……いいや。


 食べるに困らない貯蓄があれども。


 これでは、人間としてダメな方へ向かって行くのは間違いないだろうね。

 確かに楽しみであるゲームは目の前にあって、何時でも遊べる。


 とはいうけど、流石に。


 現実でも無職はないね。


 履歴書も買って来るべきだったかな。

 パソコンで作成するという高等技術が存在するのは知っているんだけど、生憎と私の家にそんなものはないし、印刷機など論外だし。


 だからこうして、調べ物も携帯でする。

 食事しながらとは、実に背徳感と優越感があるね。


 お行儀が悪いと怒る者もこの場にはいないし。



「―――掲示板、とやらは……ここかな?」



 検索結果の一番上に出てきたページ。


 【オルトゥス完全攻略サイト】なんて、字面だけで強そうだね。


 ファンタジーの敵役。

 魔王さんくらいなら倒せそうな名前じゃないか。

 

 私は、何をするにも。

 最初に説明書を読み込むタイプだ。


 だから、昨日自分が選んだ職業などについて、少しばかりどうすべきかの意見を先達せんだつに頼らんと、検索エンジンの一番上にあったサイトへやって来た訳だけど。



「えぇ……と。無職とやらの情報は……」




――――――――――――――――――――




121:名無しの戦士

マジでゴミ職。存在意義も、転職の仕様も意味不明行方不明。



122:名無しの騎士

本当にそれですね。二段階2ndにもなれない真正クズですね。



123:名無しのエルフ狩人

オラァ! 迫害だァ!



124:名無しの無職

なにするだぁ!



125:名無しの無職

オラたちの子供部屋が!



126:名無しの銃士

≫125 

子供部屋おじさんで草



127:名無しの魔女

≫126

お、廃ゲーマー3rd到達ニキやん。

現実無職ならちょっと時間分けて?



128:名無しの銃士

ネカマ兄貴姉貴ちっすちっす



129:名無しの商人

二次職失礼

うちの奴隷馬車から逃げ出したエルフさん知りません?



130:名無しの戦士



131:名無しの銃士



132:名無しの無職

≫123

迫害された側で草

早く燃えエルフの森に戻ってどうぞ



133:名無しの戦士

無職は黙っとれ!



134:名無しのエルフ狩人

そうだそうだ!

……という訳で失礼!



135:名無しの商人

待てこら。お仲間がどうなっても良いのか? ん? ん?



136:名無しの聖術師

この先R18注意ですね、分かります。




――――――――――――――――――――




 ……無職、酷い言われようだね。

 口調は訛りのある農業従事者っぽいけど、守っているのが畑じゃなくて自分の部屋だなんて。


 これが本当の無職……ニート。


 本当に職業は数多いみたいで。


 生産者向けのものもあるんだろうね。


 実際、昨日見た二次職の中には【農耕者】というのもあったし。


 しかし、この惨状は、

 予想通りと言えば予想通り。

 一次職という、戦闘のために存在する分類の中に在って、あえて選ぶメリットは少ないだろう。



 でも、案外……。




――――――――――――――――――――




152:名無しの無職

俺たちには無限の可能性がある! 今こそ革命じゃぁぁぁ!



153:名無しの無職

うおぉぉぉ!



154:名無しの無職

yapaaaaaaa! 斡旋所ヘロワへ!



155:名無しの術士

何だこの団結力は! うわぁぁぁ!? ゴブリンかコイツr……



156:名無しの狩人

術士が呑み込まれたぞ!

うわっ! 何をする!? やめめめめm……




――――――――――――――――――――




 楽しくやっているみたいだ。


 これもロールプレイの一環。


 不遇職の割には、そこそこ掲示板は賑やかで。

 メジャーという程ではないものの、コアな需要があるらしいね。

 

 ただし、という致命的な欠陥を除いて。


 何処の項目を見渡しても。

 存在するのは、ロールプレイを楽しみたい村人A向けといった情報ばかり。


 間接的に、役立たずと言われているようなものだ。


 一次職には、派生と。

 レベル上限に到達するごとに、二段階目……三段階目と進化する制度が有るらしいけど。


 【無職】の上位クラスは発見されておらず。

 パワープレイというものによってレベルを上げる試みが何度かあったらしいけど、特に旨味はなかったどころか、二段階目が存在しないと判明したらしく。


 そもそも、無職の上が職業持ちみたいなものだ。

 昨日の説明にも、「満足するまで付き合う」とあったし。



「救いは、職業斡旋所ヘロウワークで転職が可能なこと―――ね」



 本当に、らしいというか。


 今の私みたいじゃないか。


 これ以上見ていても。

 まるで光明がないし、次に行くことにしよう。


 最初から、こちらが本命だったしね。



「道化、どうけ……【道化師】に関する項目は……うーーん?」



 全然情報が無いよ。


 他の職業は、曲がりなりにも賑わっているのに。

 

 無職でさえ賑わっているのに。

 二次職という違いこそ有れども、このページだけ明らかに短く。


 履歴を見返すと、サービス開始から数日たつ頃には過疎化が見られ始め。

 最近の書き込みは、数日間隔の空白も珍しくない。



 大人気ゲームなんだよね?




――――――――――――――――――――




21:名無しの道化師

あの、使い方が……

もしかしてスキルあれだけなんですか?

知っている方いましたら、返信お願いします



22:名無しの御者

悪いことは言わないから、転職しな

使い勝手良いものだったら、調べればいくらでも出てくるし



23:名無しの吟遊詩人

≫22

返信ありです。僕も諦めました(小声)



24:名無しの道化師

今日始めたんだけど……あれ? 過疎ってる?




――――――――――――――――――――




 何より、だよ。


 総プレイヤー数の割に。

 まるで情報整備も開拓もされていないじゃないか。


 実際にやってみるに越したことは無いだろうけど。

 先行きが実に不安になってきたね。

 このゲーム、一つのソフトにつき一キャラクターしか作れないらしいのに。


 とは言え、トワが【道化師】を激押ししてたし。


 やってみるしかないのかな。


 友人知人への連絡もしたいけど。

 今するよりは、安定した職に就いてから改めてするのが賢明かもしれず。


 それは、仕方なき事。

 行き当たりばったりで今まで歩み続け、先の予定も考えずに終わらせたツケが回って来ただけだ。


 ゆっくりと考えようと。


 そう気持ちを切り替え。


 確かな意志を込めて立ち上がる。

 匂いが移らないように、お惣菜の容器をしっかりと処理するのは大切。


 現実の職業探しも……あぁ、大切なことだとも。

 しかし、今の私がやりたい事……もとい、すべきことはただ一つで決定されていて。




「―――さぁ、ゲームしよ」




 完全に、怠惰の一言に尽きた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る