第4話

「ありゃあ、琵琶だな」

 メーデル・ハーデルが、高らかに声を張った。べべん、という音色は、メーデル・ハーデルの声と蝉時雨に掻き消されそうだ。

 でも、素朴で繊細な音色。僕は自転車を放置して、音色のする方へ足を運んでしまう。

「ちょ、こら、ガキ! あんたの辞書に警戒という言葉はないのか!」

 なんだかんだで、メーデル・ハーデルもついてきてくれる。

 神社の裏手にまわると、カルガモの親子に会った。僕のことはどうでもよさそうに、公園の方へ行ってしまう。

 と、突然、空気が変わった。普段の町の空気とも、神社の空気とも異なる、不思議な空気感。周りの景色は変わらない。

 背の高い木に囲まれた切り株に、お坊さんの格好をした人が腰かけている。抱えているのは、弦楽器だ。

 琵琶。初めて見た。「平家物語」とか「耳なし芳一」を連想してしまい、今頃になって焦りを感じる。

 周囲を見回すと、僕の後ろでメーデル・ハーデルが呑気にしていた。本当に危なかったら、彼は騒ぐはずだ。だから、多分、平気。

 見られているにも拘わらず琵琶を奏でるこの人が、「がぁこちゃんねるっ!」の人だ。

 琵琶を奏でながら、朗々とバリトンボイスを効かせる。あれは古典の一節だ。

 クラスメイトは、「がぁこちゃんねるっ!」を弾き語り動画だと言っていたが。これは、琵琶法師の……。

「弾き語りって、そっちかよ!」

 僕は思わずツッコミを入れてしまい、わかる人だけわかればいい、と割り切った。

「ガキよ、今日初めて喋ったんじゃね?」

 メーデル・ハーデルに指摘され、その通りだと気づいた。メーデル・ハーデルのマシンガントークが思いのほか心地良く、僕が喋る必要がなかったのだ。

 琵琶を奏でていたお坊さんみたいな人が顔を上げ、僕達に気づいた。

 蝉時雨に交ざり、足音が近づいてくる。

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